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VSラーメン屋
第十話 誘う女
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「あーあ、おもしろいことねーかな~」
昼下がり、おれはアンとふたりで街を歩いていた。
転生してから約二ヶ月。
おれは文字をほぼ完全に習得し、この街で食えるものはほとんど口にしていた。
しかし、退屈だ。
金ならいくらでもある。
ショーンズ・キッチンは街一番の高級店なだけあって金持ちで、かなり豪遊してもまだまだ蓄えが残っている。
となればそろそろ遊びがほしい。
だがこの世界の遊びはクラシックだ。ショウやサーカス、見せもの小屋、的当てボール投げなど、アナログなものしかない。
当然っちゃ当然だけどな。
なんせ電気が通ってねえ。テレビゲームのテの字もねえんだ。
夜はランプかロウソクで暗いし、燃えるもんはもったいねえから夜更かしもできねえ。
マンガがあるって聞いたから読んでみりゃ、毎ページ挿絵が載ってるだけの小説だしよ。
あんなもんをマンガと訳すたぁ、翻訳の魔法もいいかげんなもんだぜ。
遊技施設も飽きたし、鑑賞も飽きたし、スポーツクラブもろくにねえ。
これじゃ食う以外のたのしみがねえや。
「でもサーカスはおもしろかったでしょ?」
ああ、おもしろかったさ。
でも毎日見るか? ああいうのはたまに見るからいいんじゃねえか。
「それじゃ虫採り行かない?」
行かねえよ。こちとら現代っ子だぜ。昆虫はテレビか動画で見るもんだ。
「なによ、あんたつまんない男ね。見てみなさいよ、そこらじゅうにおもしろいもの散らばってるわ」
そう言ってアンは大通りを見回した。
ここにはさまざまな店舗が並び、また各地からの行商も多く、日々変化するので飽きが少ない。
歩いていると、方々から呼び声が聞こえる。
『安いよー! ペット安いよー! 命が金で買えるよー! いくら払っても安いもんだよー!』
「ねえ、ペットだって! あたし犬飼いたいかも!」
「冗談じゃねえよ! うちは飲食店だぜ! もし間違ってメシにクソでも入ったらどうする!」
「ううん……そうねぇ」
『らっしゃいらっしゃいー! 見せもの小屋だよー! すごいブスがいるよー! こんなブスほかにいないよー!』
「聞いた!? すごいブスだって! あたし見てみたーい!」
「はあ? ブスなんか見たくねえよ! なんで金払ってブス見なきゃなんねえんだ!」
「う~ん……あんたろくに興味持たないわねぇ」
しょうがねえじゃねえか。ペットなんざ興味ねえし、ブスも見たくねえしよ。
「それじゃ、あーゆーのは?」
「あーゆーの?」
そう言われ、おれはアンの指さす方に目を向けた。すると!
『ハーイ! 夜のお店はいかがー!? まだ昼だけど、中に入れば夜ですよー! みーんな美人でテクニシャンですよー!』
うわあ! すっげえセクシーな姉ちゃんが客引きしてる!
服がところどころ透けて、かなり肌が見えてるじゃねえか!
顔も美人だし、遠くからでもいいにおいがしそうだ!
「あらっ? なーに赤くなってんのよー!」
「べ、別に赤くなんか……!」
「好きでしょ? あーゆーの」
「す、好きじゃねえよ!」
「嘘つきなさいよ~。あたし知ってんだからね。あんたの部屋にエロ本隠してあんの」
うっ!
「ひとりでシコってないでお店行ってくれば~? お金ならいっぱいあるんだし~」
「ば、ば、ば、バカやろう! なに言ってんだ!」
「別に恥ずかしいことじゃないでしょ? 男ってそーゆーもんじゃない。あたしミュージカル見てくるから、しっぽりたのしんできなさいよ」
うっ……そ……そ……
「そんなことはできねえ!」
「は?」
「おれは女を金で買うなんていやだ!」
「なに言ってんの? 売りもんに買いもんじゃない。向こうだってお金ほしくて売ってるんだし、みんな使ってるわよ」
「いや! ならねえ!」
「なんで? 女に興味ないの?」
「ある! そりゃああるさ! だけどそういうのは愛し合ってするもんだ! 愛する人じゃなきゃダメなんだ!」
おれは胸をドンと叩いて言い切った。
そりゃアンの言う通りかもしれねえ。利害の一致したどうしが金銭という対価によって同等に益を得ることは、なにもやましいことじゃない。
正当な取り引きだろう。
だけどこれがおれの本心だ。
大人が聞いたらガキと笑うかしれねえが、そう思ってるんだ。
……それに、こいつの前でちょっとかっこつけたかったし。
「ふーん……」
アンは目を細めておれをじろじろ眺め、
「いいんじゃない? マジメで」
そう言ってクスリと笑った。
こ、これってもしかして脈あり!?
「そーゆー相手が見つかるといいわね。まあ、あたしは絶対いやだけど」
うっ……! べ、別にそんな言い方しなくてよくない!?
なんて話していると——
『ねえ~、お兄さん遊んでかな~い?』
よ、呼び子のお姉さん! いつのまにこんな近くに!?
つーか近い! 肌が! 甘いにおいが!
『安くはないけど、料金分すんご~いサービスするわよ~』
す、すんご~いサービス!? う、ううう!
「呼び子さんごめんね。こいつ愛する人じゃないとダメなんですって」
えっ!?
『あら~そうなの? この子かわいいから、わたし逆指名したかったのに。ざんね~ん』
お、お姉さんが!? そのお体で!? 直々に!?
「ほら、行くわよコトナリ。もたもたしてるとミュージカルはじまっちゃうじゃない」
うぐっ……!
「なに口惜しそうな顔してんのよ。時間決まってんだから早くして」
うぐぐぐ!
「今日の演目はラブロマンスよ。よかったじゃない。あんたの好きな純愛が見れて」
うぐぐぐーーーーッ!
そんなわけでおれたちは劇場に入り、とってもステキなショウを観た。
「ああー、ステキだったわねー! あたし感動しちゃった!」
そりゃよかったな。おれはまったく頭に入んなかったよ。
ずっと悶々してやがった。視界にはいろいろ映っていたが、おれの脳内は呼び子のお姉さんでいっぱいだった。
だって、そうだろ?
あんな美人が近くに寄ってさ、透け透け衣装でセクシーで、甘い香りがふわっとにおって、まっすぐ見つめられながら、
「すんご~いサービスするわよ~」
だぜ? 正気でいられるはずがねえ!
こちとら十五歳だぞ! エロの好奇心がマックスだぞ!
すんご~いサービスってどんなんだよ!
レロレロか!? レロレロチュパチュパなのか!? にゅぷにゅぷネチョネチョなのか!?
あーもうイライラするー! 息子がイライラするー!
「ちょっと、なに機嫌悪くしてんのよ」
い、いや……機嫌悪いんじゃねえんだ。そーゆーんじゃねえ。
「なら早く帰ってごはんにしましょ。感動したらお腹減っちゃった」
アンはおれのことなんかどーでもいいって感じでスタスタ歩き出した。
ちくしょう、自分ひとり満足しやがって。
腹なんか減らねえや。
こうなったらあれだ。
帰ったらすぐ部屋にこもって発散しよう。そのための“マンガ”は十冊ほどある。
といっても今回は記憶を頼りに妄想した方がはかどりそうだが……
そんなことを考えながら店の前まで来ると、
「あ、オーナー! お待ちしてました!」
外の掃除をしていたスタッフがおれに声をかけた。
なんだよこんなときに……
「実はオーナーと料理勝負がしたいという方が現れまして」
ええ~? 料理勝負~?
「応接間で待たせております。早く行ってあげてください。なにせ一時間近く待たせてますから」
マジで? やだな~、これからひと仕事あるってのに。
こっちは二時間以上“待たせてる”んだよ。
「コトナリ、そんな顔しないで早く会いに行きましょうよ」
なんだよアン。人の事情も知らねえで。
「いいじゃない、とりあえずあいさつだけで。別に勝負はすぐじゃなくてもいいんだし、そもそも断っちゃえばいいんだから」
まあ、そうだけどよぉ……
「ほら、さっさと済ませて夕飯にしましょ!」
アンがおれの手を握り、強引に引っ張った。
——うっ! すべすべでやわらかい!
おれは言われるがままに連れていかれた。
本当ならすぐに振りほどいて、ひとりになりたかったが、気になる女子の手の感触には逆らえなかった。
このやろう、てめえも今夜のオカズだ!
そんなこんなで応接間にたどり着き、おれはやや前屈みで扉を開けた。
「待たせたな」
おれはソファに座る客に言った。
応接間は狭い小部屋で、真ん中にテーブルがひとつ、それを挟んで前後にソファが置いてある。
客は入り口に近い方に座り、長いストレートの黒髪と、白い肩が見えていた。
そいつが振り返り、言った。
「あら、あなたがオーナーさん?」
その姿を見た途端、おれはドキッと緊張しちまった。
なんせすげえ美人だ。
長いまつ毛にふたえまぶたで、ゆるりとした目が色っぽく、眉はやわらかだがくっきりと細い。
鼻筋も映画のヒロインみたいに整って、くちびるはプルンと艶があり、わずかに目にかぶった前髪の下から覗く上目遣いは淫靡極まりない。
それに体もセクシーだ。
ワンピースドレスの胸元が大きく開き、豊満なバストをこれでもかと露出している。
なだらかな肩も丸見えで、手脚は細すぎず、太すぎず、脂肪の薄い完璧なスタイルは、もはや鎖骨のラインでさえ魅力的だった。
そんなドチャクソエロい女がフフと笑い、
「もっと怖い男性かと思ってたわ。まさかこんなかわいい男の子だなんてね」
なんとウィンクしやがった! ドッキーン!
「ななななんの用ですか?」
おれはクソうわずった声で言った。顔が真っ赤で女を直視できなかった。
「あら、かわいい。照れちゃったの?」
ててて照れちゃいましたよー! 見りゃわかるでしょーがー!
「クスクス。かわいい~」
あ、あははは! あははははは!
「なーにスケベなツラしてんのよ。バカみたいにニヤけちゃって」
う、うるせえよアン! こちとら童貞だぞ! 目も合わせらんねえってんだ!
「それで、料理勝負ですって?」
アンが呆れ声で言った。おれがマトモに話せねえでいるからだろう。
女は言った。
「ええ、今日はオーナーのコトナリさんにラーメン勝負を申し込みに来たの」
ラーメン勝負? 料理勝負じゃなくて?
「もちろん料理勝負よ。ただ、わたしラーメンしか作れないから、ほかのお題じゃ困るのよ。ねえ、お願い。わたしとラーメン勝負してくださらない?」
女がそこまで言うと、アンが、
「ふーん……」
と、なにやら冷めた態度でじっとり半目になり、
「あんた名前は?」
「わたしはオロシィ・ポーンズ。ラーメン専門店“ドラゴン・ミェン”の店長よ」
「そ。あたしはアン・コーシィ。ま、別に覚えてもらう必要ないけど」
アンの口調は妙にトゲがあった。
目つきも悪く、腕を組んで斜に構えている。
なんでこんな敵意剥き出しなんだ?
「それで、なにが狙い?」
アンはだらりと首をかたむけ言った。
するとオロシィはフフと微笑み、
「もちろん、わかってるでしょ?」
「……店ね」
「正解」
なに!? 店だと!?
「だと思った。オーナーに勝負を挑むとしたら、まあほしいのは店よね」
「当然でしょ。じゃなきゃわざわざ仕事休んで会いに来たりしないわ」
「ま、そうね」
アンは声だけでうなずくと、フッと鼻で笑い、見下すように、
「言っとくけど、受けないから」
悪辣な笑みで言った。
「店を失うリスクは負いたくないのよ。あんたがどんな大金を賭けるつもりか知らないけど、お金ならいっぱいあるの。悪いけど帰ってくれる?」
「あら、この前は勝負したって聞いたわよ?」
「それは前オーナーの息子だから特別。無関係のヤツとは勝負しないの」
アンはかなりのケンカ腰だった。
声色も低く、ふだんの明るさが微塵も感じられない。
だがオロシィの貌はやわらかだ。痛くも痒くもありませんって感じで笑っている。
しかしほんのり声が硬い。笑顔の能面が話すような、演技めいた口調で、
「あなた、オーナーの奥さん?」
「まさか。こんなヤツの女なわけないじゃない。ただの居候よ」
「そう。じゃああなたには関係ないわね」
「こいつがオーナーじゃなくなると困るのよ。店の金、好き放題使えなくなっちゃうから」
な、なんちゅう女だ! かわいい顔してガメツすぎんだろ!
……でもなんで敵対してるのかわかったぜ。
おれがオーナーでいるうちは金持ちだからだ。
もしおれが負けて店を失ったら、アンも同時に財産を失う。
たとえ新しいオーナーに頼んで居させてもらっとしても、いまみてえにタダで贅沢はさせてもらえねえだろう。
ふつうに考えて、妻でもない居候に散財させるバカはいねえ。
アンはオロシィが店を狙ってると見抜いていた。
だからあんなに敵意剥き出しだったんだ。
「そーゆーことだからコトナリ、こんな女ほっといてさっさとごはん食べましょ」
アンはおれの手をつかみ、部屋を出て行こうとした。
しかし、
「あら、いいのかしら」
オロシィの言葉に足が止まった。
「わたし、お金を賭けるなんてひとことも言ってないわよ?」
「じゃあなにを賭けるっていうのよ」
「フフフ……」
オロシィは不敵な笑みを浮かべ、きゅっと肩をすぼめた。
そして、自身を抱くように両腕を滑らせ、甘い声で、
「か・ら・だ」
ドッキーーーーン!
おれは脳みそが沸騰しそうなほどドッキンした。
か、体だって!? そのクソエロい体!?
「はあ!? な、なに言ってんのよ! 頭おかしいんじゃない!?」
アンは真っ赤になってどもり叫んだ。
唐突な賭けの対象に驚いたんだろう。
あるいはあまりの色っぽさに同性でさえ魅せられたのかもしれない。
「そう? 妥当じゃない?」
オロシィは勝ち誇ったかのような含み笑いをし、
「これだけのお店をタダでほしいと思ったら、人生のひとつやふたつ賭けて当然でしょ?」
「そうかもしれないけど…………ちょっと待って、いまあんた人生って言った?」
「ええ、言ったわ」
「それじゃまさか……体ってひと晩じゃなくて、ずっと!?」
「あたりまえでしょ? お店の権利だってひと晩じゃないんだから」
な、なんだって!? こんなスケベな女がずっと!? 毎晩!? エベリデイ!?
「そうよぉ~。もしあなたが勝ったらこのエロエロボディを毎日好き放題できるの。上も、下も、お口も、手足も、ぜ~んぶ」
おわわわわわ!
「ねぇ~、いいでしょお~? 勝負しましょうよぉ~」
な、なんて誘惑だ! 体をくねくねさせて、胸を強調するポーズなんかしやがって!
「コトナリ! 絶対受けちゃダメよ!」
「ああ~ん、おねがぁ~い。いっぱいご奉仕するからぁ~ン」レロレロちゅばちゅば!
うおおっ! 親指をアレに見立てて口で、舌で! なんてドスケベな動きだ!
前屈みにならざるを得ねえ!
「女なんて店で買えばいいでしょ! 第一ラーメン屋とラーメン勝負なんて勝てるわけないでしょ!」
「やってみないとわからないわよ~。ほらぁ~、この体とヤッてみたいと思わない~?」ばいんばいん! ぽよんぽよん!
お、お山をユッサユッサ揺らして……! あらららららぁー!
「コトナリ行くわよ! ほら!」ぎゅっ!
うっ! アンがおれの腕をがっつりかかえて! やわらかい感触が!
「待ってぇ~。おねがぁ~い」ぽょよぉ~ん!
オロシィが反対の腕を! ほおおおおおお! やわらかああああああ!
「ダメ! 断って!」ぎゅー!
「勝負しましょ~。負けたらなんでも言うこと聞くからぁ~」むにゅ~~~ッ! ぷにぷにぽよぉ~ん!
わあああああーーーーッ!
「わかった! 勝負だ!」
「あははっ、やったわ」
「ば、バカーーーーーーッ!」
昼下がり、おれはアンとふたりで街を歩いていた。
転生してから約二ヶ月。
おれは文字をほぼ完全に習得し、この街で食えるものはほとんど口にしていた。
しかし、退屈だ。
金ならいくらでもある。
ショーンズ・キッチンは街一番の高級店なだけあって金持ちで、かなり豪遊してもまだまだ蓄えが残っている。
となればそろそろ遊びがほしい。
だがこの世界の遊びはクラシックだ。ショウやサーカス、見せもの小屋、的当てボール投げなど、アナログなものしかない。
当然っちゃ当然だけどな。
なんせ電気が通ってねえ。テレビゲームのテの字もねえんだ。
夜はランプかロウソクで暗いし、燃えるもんはもったいねえから夜更かしもできねえ。
マンガがあるって聞いたから読んでみりゃ、毎ページ挿絵が載ってるだけの小説だしよ。
あんなもんをマンガと訳すたぁ、翻訳の魔法もいいかげんなもんだぜ。
遊技施設も飽きたし、鑑賞も飽きたし、スポーツクラブもろくにねえ。
これじゃ食う以外のたのしみがねえや。
「でもサーカスはおもしろかったでしょ?」
ああ、おもしろかったさ。
でも毎日見るか? ああいうのはたまに見るからいいんじゃねえか。
「それじゃ虫採り行かない?」
行かねえよ。こちとら現代っ子だぜ。昆虫はテレビか動画で見るもんだ。
「なによ、あんたつまんない男ね。見てみなさいよ、そこらじゅうにおもしろいもの散らばってるわ」
そう言ってアンは大通りを見回した。
ここにはさまざまな店舗が並び、また各地からの行商も多く、日々変化するので飽きが少ない。
歩いていると、方々から呼び声が聞こえる。
『安いよー! ペット安いよー! 命が金で買えるよー! いくら払っても安いもんだよー!』
「ねえ、ペットだって! あたし犬飼いたいかも!」
「冗談じゃねえよ! うちは飲食店だぜ! もし間違ってメシにクソでも入ったらどうする!」
「ううん……そうねぇ」
『らっしゃいらっしゃいー! 見せもの小屋だよー! すごいブスがいるよー! こんなブスほかにいないよー!』
「聞いた!? すごいブスだって! あたし見てみたーい!」
「はあ? ブスなんか見たくねえよ! なんで金払ってブス見なきゃなんねえんだ!」
「う~ん……あんたろくに興味持たないわねぇ」
しょうがねえじゃねえか。ペットなんざ興味ねえし、ブスも見たくねえしよ。
「それじゃ、あーゆーのは?」
「あーゆーの?」
そう言われ、おれはアンの指さす方に目を向けた。すると!
『ハーイ! 夜のお店はいかがー!? まだ昼だけど、中に入れば夜ですよー! みーんな美人でテクニシャンですよー!』
うわあ! すっげえセクシーな姉ちゃんが客引きしてる!
服がところどころ透けて、かなり肌が見えてるじゃねえか!
顔も美人だし、遠くからでもいいにおいがしそうだ!
「あらっ? なーに赤くなってんのよー!」
「べ、別に赤くなんか……!」
「好きでしょ? あーゆーの」
「す、好きじゃねえよ!」
「嘘つきなさいよ~。あたし知ってんだからね。あんたの部屋にエロ本隠してあんの」
うっ!
「ひとりでシコってないでお店行ってくれば~? お金ならいっぱいあるんだし~」
「ば、ば、ば、バカやろう! なに言ってんだ!」
「別に恥ずかしいことじゃないでしょ? 男ってそーゆーもんじゃない。あたしミュージカル見てくるから、しっぽりたのしんできなさいよ」
うっ……そ……そ……
「そんなことはできねえ!」
「は?」
「おれは女を金で買うなんていやだ!」
「なに言ってんの? 売りもんに買いもんじゃない。向こうだってお金ほしくて売ってるんだし、みんな使ってるわよ」
「いや! ならねえ!」
「なんで? 女に興味ないの?」
「ある! そりゃああるさ! だけどそういうのは愛し合ってするもんだ! 愛する人じゃなきゃダメなんだ!」
おれは胸をドンと叩いて言い切った。
そりゃアンの言う通りかもしれねえ。利害の一致したどうしが金銭という対価によって同等に益を得ることは、なにもやましいことじゃない。
正当な取り引きだろう。
だけどこれがおれの本心だ。
大人が聞いたらガキと笑うかしれねえが、そう思ってるんだ。
……それに、こいつの前でちょっとかっこつけたかったし。
「ふーん……」
アンは目を細めておれをじろじろ眺め、
「いいんじゃない? マジメで」
そう言ってクスリと笑った。
こ、これってもしかして脈あり!?
「そーゆー相手が見つかるといいわね。まあ、あたしは絶対いやだけど」
うっ……! べ、別にそんな言い方しなくてよくない!?
なんて話していると——
『ねえ~、お兄さん遊んでかな~い?』
よ、呼び子のお姉さん! いつのまにこんな近くに!?
つーか近い! 肌が! 甘いにおいが!
『安くはないけど、料金分すんご~いサービスするわよ~』
す、すんご~いサービス!? う、ううう!
「呼び子さんごめんね。こいつ愛する人じゃないとダメなんですって」
えっ!?
『あら~そうなの? この子かわいいから、わたし逆指名したかったのに。ざんね~ん』
お、お姉さんが!? そのお体で!? 直々に!?
「ほら、行くわよコトナリ。もたもたしてるとミュージカルはじまっちゃうじゃない」
うぐっ……!
「なに口惜しそうな顔してんのよ。時間決まってんだから早くして」
うぐぐぐ!
「今日の演目はラブロマンスよ。よかったじゃない。あんたの好きな純愛が見れて」
うぐぐぐーーーーッ!
そんなわけでおれたちは劇場に入り、とってもステキなショウを観た。
「ああー、ステキだったわねー! あたし感動しちゃった!」
そりゃよかったな。おれはまったく頭に入んなかったよ。
ずっと悶々してやがった。視界にはいろいろ映っていたが、おれの脳内は呼び子のお姉さんでいっぱいだった。
だって、そうだろ?
あんな美人が近くに寄ってさ、透け透け衣装でセクシーで、甘い香りがふわっとにおって、まっすぐ見つめられながら、
「すんご~いサービスするわよ~」
だぜ? 正気でいられるはずがねえ!
こちとら十五歳だぞ! エロの好奇心がマックスだぞ!
すんご~いサービスってどんなんだよ!
レロレロか!? レロレロチュパチュパなのか!? にゅぷにゅぷネチョネチョなのか!?
あーもうイライラするー! 息子がイライラするー!
「ちょっと、なに機嫌悪くしてんのよ」
い、いや……機嫌悪いんじゃねえんだ。そーゆーんじゃねえ。
「なら早く帰ってごはんにしましょ。感動したらお腹減っちゃった」
アンはおれのことなんかどーでもいいって感じでスタスタ歩き出した。
ちくしょう、自分ひとり満足しやがって。
腹なんか減らねえや。
こうなったらあれだ。
帰ったらすぐ部屋にこもって発散しよう。そのための“マンガ”は十冊ほどある。
といっても今回は記憶を頼りに妄想した方がはかどりそうだが……
そんなことを考えながら店の前まで来ると、
「あ、オーナー! お待ちしてました!」
外の掃除をしていたスタッフがおれに声をかけた。
なんだよこんなときに……
「実はオーナーと料理勝負がしたいという方が現れまして」
ええ~? 料理勝負~?
「応接間で待たせております。早く行ってあげてください。なにせ一時間近く待たせてますから」
マジで? やだな~、これからひと仕事あるってのに。
こっちは二時間以上“待たせてる”んだよ。
「コトナリ、そんな顔しないで早く会いに行きましょうよ」
なんだよアン。人の事情も知らねえで。
「いいじゃない、とりあえずあいさつだけで。別に勝負はすぐじゃなくてもいいんだし、そもそも断っちゃえばいいんだから」
まあ、そうだけどよぉ……
「ほら、さっさと済ませて夕飯にしましょ!」
アンがおれの手を握り、強引に引っ張った。
——うっ! すべすべでやわらかい!
おれは言われるがままに連れていかれた。
本当ならすぐに振りほどいて、ひとりになりたかったが、気になる女子の手の感触には逆らえなかった。
このやろう、てめえも今夜のオカズだ!
そんなこんなで応接間にたどり着き、おれはやや前屈みで扉を開けた。
「待たせたな」
おれはソファに座る客に言った。
応接間は狭い小部屋で、真ん中にテーブルがひとつ、それを挟んで前後にソファが置いてある。
客は入り口に近い方に座り、長いストレートの黒髪と、白い肩が見えていた。
そいつが振り返り、言った。
「あら、あなたがオーナーさん?」
その姿を見た途端、おれはドキッと緊張しちまった。
なんせすげえ美人だ。
長いまつ毛にふたえまぶたで、ゆるりとした目が色っぽく、眉はやわらかだがくっきりと細い。
鼻筋も映画のヒロインみたいに整って、くちびるはプルンと艶があり、わずかに目にかぶった前髪の下から覗く上目遣いは淫靡極まりない。
それに体もセクシーだ。
ワンピースドレスの胸元が大きく開き、豊満なバストをこれでもかと露出している。
なだらかな肩も丸見えで、手脚は細すぎず、太すぎず、脂肪の薄い完璧なスタイルは、もはや鎖骨のラインでさえ魅力的だった。
そんなドチャクソエロい女がフフと笑い、
「もっと怖い男性かと思ってたわ。まさかこんなかわいい男の子だなんてね」
なんとウィンクしやがった! ドッキーン!
「ななななんの用ですか?」
おれはクソうわずった声で言った。顔が真っ赤で女を直視できなかった。
「あら、かわいい。照れちゃったの?」
ててて照れちゃいましたよー! 見りゃわかるでしょーがー!
「クスクス。かわいい~」
あ、あははは! あははははは!
「なーにスケベなツラしてんのよ。バカみたいにニヤけちゃって」
う、うるせえよアン! こちとら童貞だぞ! 目も合わせらんねえってんだ!
「それで、料理勝負ですって?」
アンが呆れ声で言った。おれがマトモに話せねえでいるからだろう。
女は言った。
「ええ、今日はオーナーのコトナリさんにラーメン勝負を申し込みに来たの」
ラーメン勝負? 料理勝負じゃなくて?
「もちろん料理勝負よ。ただ、わたしラーメンしか作れないから、ほかのお題じゃ困るのよ。ねえ、お願い。わたしとラーメン勝負してくださらない?」
女がそこまで言うと、アンが、
「ふーん……」
と、なにやら冷めた態度でじっとり半目になり、
「あんた名前は?」
「わたしはオロシィ・ポーンズ。ラーメン専門店“ドラゴン・ミェン”の店長よ」
「そ。あたしはアン・コーシィ。ま、別に覚えてもらう必要ないけど」
アンの口調は妙にトゲがあった。
目つきも悪く、腕を組んで斜に構えている。
なんでこんな敵意剥き出しなんだ?
「それで、なにが狙い?」
アンはだらりと首をかたむけ言った。
するとオロシィはフフと微笑み、
「もちろん、わかってるでしょ?」
「……店ね」
「正解」
なに!? 店だと!?
「だと思った。オーナーに勝負を挑むとしたら、まあほしいのは店よね」
「当然でしょ。じゃなきゃわざわざ仕事休んで会いに来たりしないわ」
「ま、そうね」
アンは声だけでうなずくと、フッと鼻で笑い、見下すように、
「言っとくけど、受けないから」
悪辣な笑みで言った。
「店を失うリスクは負いたくないのよ。あんたがどんな大金を賭けるつもりか知らないけど、お金ならいっぱいあるの。悪いけど帰ってくれる?」
「あら、この前は勝負したって聞いたわよ?」
「それは前オーナーの息子だから特別。無関係のヤツとは勝負しないの」
アンはかなりのケンカ腰だった。
声色も低く、ふだんの明るさが微塵も感じられない。
だがオロシィの貌はやわらかだ。痛くも痒くもありませんって感じで笑っている。
しかしほんのり声が硬い。笑顔の能面が話すような、演技めいた口調で、
「あなた、オーナーの奥さん?」
「まさか。こんなヤツの女なわけないじゃない。ただの居候よ」
「そう。じゃああなたには関係ないわね」
「こいつがオーナーじゃなくなると困るのよ。店の金、好き放題使えなくなっちゃうから」
な、なんちゅう女だ! かわいい顔してガメツすぎんだろ!
……でもなんで敵対してるのかわかったぜ。
おれがオーナーでいるうちは金持ちだからだ。
もしおれが負けて店を失ったら、アンも同時に財産を失う。
たとえ新しいオーナーに頼んで居させてもらっとしても、いまみてえにタダで贅沢はさせてもらえねえだろう。
ふつうに考えて、妻でもない居候に散財させるバカはいねえ。
アンはオロシィが店を狙ってると見抜いていた。
だからあんなに敵意剥き出しだったんだ。
「そーゆーことだからコトナリ、こんな女ほっといてさっさとごはん食べましょ」
アンはおれの手をつかみ、部屋を出て行こうとした。
しかし、
「あら、いいのかしら」
オロシィの言葉に足が止まった。
「わたし、お金を賭けるなんてひとことも言ってないわよ?」
「じゃあなにを賭けるっていうのよ」
「フフフ……」
オロシィは不敵な笑みを浮かべ、きゅっと肩をすぼめた。
そして、自身を抱くように両腕を滑らせ、甘い声で、
「か・ら・だ」
ドッキーーーーン!
おれは脳みそが沸騰しそうなほどドッキンした。
か、体だって!? そのクソエロい体!?
「はあ!? な、なに言ってんのよ! 頭おかしいんじゃない!?」
アンは真っ赤になってどもり叫んだ。
唐突な賭けの対象に驚いたんだろう。
あるいはあまりの色っぽさに同性でさえ魅せられたのかもしれない。
「そう? 妥当じゃない?」
オロシィは勝ち誇ったかのような含み笑いをし、
「これだけのお店をタダでほしいと思ったら、人生のひとつやふたつ賭けて当然でしょ?」
「そうかもしれないけど…………ちょっと待って、いまあんた人生って言った?」
「ええ、言ったわ」
「それじゃまさか……体ってひと晩じゃなくて、ずっと!?」
「あたりまえでしょ? お店の権利だってひと晩じゃないんだから」
な、なんだって!? こんなスケベな女がずっと!? 毎晩!? エベリデイ!?
「そうよぉ~。もしあなたが勝ったらこのエロエロボディを毎日好き放題できるの。上も、下も、お口も、手足も、ぜ~んぶ」
おわわわわわ!
「ねぇ~、いいでしょお~? 勝負しましょうよぉ~」
な、なんて誘惑だ! 体をくねくねさせて、胸を強調するポーズなんかしやがって!
「コトナリ! 絶対受けちゃダメよ!」
「ああ~ん、おねがぁ~い。いっぱいご奉仕するからぁ~ン」レロレロちゅばちゅば!
うおおっ! 親指をアレに見立てて口で、舌で! なんてドスケベな動きだ!
前屈みにならざるを得ねえ!
「女なんて店で買えばいいでしょ! 第一ラーメン屋とラーメン勝負なんて勝てるわけないでしょ!」
「やってみないとわからないわよ~。ほらぁ~、この体とヤッてみたいと思わない~?」ばいんばいん! ぽよんぽよん!
お、お山をユッサユッサ揺らして……! あらららららぁー!
「コトナリ行くわよ! ほら!」ぎゅっ!
うっ! アンがおれの腕をがっつりかかえて! やわらかい感触が!
「待ってぇ~。おねがぁ~い」ぽょよぉ~ん!
オロシィが反対の腕を! ほおおおおおお! やわらかああああああ!
「ダメ! 断って!」ぎゅー!
「勝負しましょ~。負けたらなんでも言うこと聞くからぁ~」むにゅ~~~ッ! ぷにぷにぽよぉ~ん!
わあああああーーーーッ!
「わかった! 勝負だ!」
「あははっ、やったわ」
「ば、バカーーーーーーッ!」
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