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 髭もじゃワイアットは12年前、31才の時に爵位を継いだ。
 当時は髭もじゃではなく、王国騎士団に在籍する血統の良い武官のような精悍な面立ちで、今のような野性味は少なかったように思う。
 どちらかといえば、女性にモテる凛々しさがあった。
 気づいたら髭もじゃのビッグフットみたいな見た目になっていた。
 髭もじゃワイアットは火の精霊の加護を得ているの、火の使い手だ。なのに、筋肉を鍛えるために大剣を使う。
 大剣を振り回すから、筋肉を鍛える。
 鍛えて、鍛えて、身だしなみを忘れて鍛えて、ビッグフットになったのだろう。
 息子が大剣を選択したのも父親の影響に違いない。そのうち、髭もじゃジュニアとなるのかもしれない。
 髭もじゃワイアットの剣技は、見た目のままパワー勝負だ。
 脳筋に駆け引きはできないのだ。
 そして、せっかく与えられた加護は、魔物の死骸を焼く時だけに使われる。
 髭もじゃワイアットは、領主ながら戦闘民族なので討伐は独りのことが多い。他の兵がいると、力を存分に発揮できない。要は足手まといになるのだ。
 故に単身で討伐し、手ずから解体する。
 魔物の素材は高く売れるのが常識だが、髭もじゃワイアットは領地から出ないので他を知らない。王都へ行くのも、社交界に顔を出すのも重臣たちの役目なのだ。
 辺境伯は王国の盾として魔物の脅威と対峙しなければならない。というのは建前で、代々腹芸のできない脳筋領主は討伐が楽しくて引きこもっているだけである。
 面倒を押し付けられる重臣たちも、まさか髭もじゃワイアットが冒険者ギルドを知らないとは思わなかっただろう。しかも、魔物を火葬しているなどと想像だにしなかったはずだ。
 何しろ、帰還した時には肉屋に卸したように肉塊になっているのだから。他の部位がどうなったのかなど誰も知らないし、領主に売上金を問い質す真似もできない。
 兵団にしても同じだ。髭もじゃワイアットが「いらん。燃やせ」と言えば唯々諾々と魔物を燃やす。
 結果として、長い間、人知れず金の生る木が灰燼に帰していたというわけだ。
 それも代々。
 これを笑わずして何を笑うというのか。
 ああ、可笑し!

 さてさて、大森林深度2区までの入林許可を得た少年。
 名前はルイス・ワイアット。
 貧乏子だくさんのワイアット家次男になる。
 そのルイスは、やはりと言うべきか。意気揚々と単身で駆け出し、大森林へと突撃して行った。
 狙うは大型種なのだろうが、さすが脳筋。
 何が高額取引対象の魔物か分からないままに来たようだ。
 ルイスよ、小型だからとスルーした黄金色の狐は九尾狐だ。黄金色の毛並みは希少種なので、大金が舞い込むこと間違いなしなのだよ。
 なのに、ルイスは「でっかい獲物はどこだ…」としょんぼりしている。
 ルイスは大型種=高額素材という図式を頑なに信じているようだが、一向に大型種に向かう様子がない。
 というか、ルイスは髭もじゃワイアットと同じく魔法を使わない。
 いや、使えない?
 加護なしなのか?
 加護というのは、子が生まれると火風土水いずれかの精霊がで与える恩恵のようなものだ。加護を与えられた者は、与えられた加護の魔法が使えるようになる。
 気まぐれなので、加護なしの子は珍しくはない。
 加護を与えられた子は、魔法が使えるだけではない。魔力を帯びた魔物の気配の感知能力が上がることが分かっている。
 一方の加護なしの子は魔法が使えず、加護持ちに比べて危機察知能力が劣る。
 そんな人間加護なしが、長い月日をかけて人為的に魔法を発動させる魔術を開発した。魔術というのは、魔石と術式を用いて発動させる魔法なので、加護の有無は関係ない。
 ただ、難解かつ複雑な術式が必要で、魔術師の称号を得た人間が製作する必要があるそうだ。
 でも困った。
 私は、髭もじゃワイアットよりも細身のルイスが、どうやって大剣を振るうのか見てみたいのだ。
「仕方ない」
 危なくなったら私が助けてやろう。
「我が友、風の精霊よ。少し遠くにいる大猪を追い立てて来てくれるかい?」
 ふぅ、と息を吹きかけると、軽やかな笑い声がそよ風となって大森林の奥へと駆け抜けて行った。
 それを見送って、必死に気配を消し、獲物が来るのを待ち構えるルイスを見下ろす。
 気配の消し方は満点だ。呼吸にも注意を払い、微動だにしない。
 本能なのだろうが、エルフの狩りに似ている。
 親子ともども本当に人間かな?
 そうして暫くルイスを観察していると、騒々しい物音が聞こえていた。
 ドタドタと地を駆け、バキバキと木々を薙ぎ払い、苔むした小山のような背が見えてきた。
 大猪だ。
 突き出した牙に殺気立った眼光。丸々とした胴体の割に脚は短く小さいが、筋肉が隆起したイカつさがある。
 しかも、奴らは群れを成す。
 今回は5頭。
 ルイスは意気揚々と立ち上がると、「よっしゃーー!」と歓声を上げて大剣を構えた。
 すごいぞ!
 恐れるどころか、正々堂々真っ向勝負するつもりだ!
 茂みから飛び出した少年に気づいた大猪は敵意むき出しにしている。
「大猪の一撃は重いぞ少年」
 いきり立った大猪も勝負を受けるつもりだ。ブギャーー!と甲高い咆哮で、ノンストップの突進だ。
 普通なら尻込みする大猪5頭の猪突猛進も、ルイスは「来いーー!」と叫んでいる。
 軽快なフットワークで大猪の突進を避け、大剣を振るう。大振りながら、当たれば一撃必殺だ。華麗に…とは言い難いドタバタぶりだが、筋は悪くない。
 人間が一撃で大猪を屠れるのかと驚嘆しつつ、胡坐の上に広げたノートにルイスの動きをスケッチする。そして気づいた。ルイスは目だけで大猪を追っている。
「視覚頼り。やっぱり加護なしか?背後からいかれたら終わりじゃないか」
 でも面白い。
 加護なしだというのに単身で大森林に来る度胸の良さよ。
 脳筋の項目に、お馬鹿で無謀に加え、計算さきよみは苦手らしいと追記しておく。
 さてさて、どう見ても大剣を振り回せるような筋肉があるようには見えない体。大剣というのは、一切可愛げがない筋骨隆々の髭もじゃワイアットにこそ相応しい。
 となると、考えられることは2つ。
 剣自体に何かしらの細工が施されているか、ルイス自身が魔術を発動させているか。
「身体強化」
 声に出してしまえば、興奮でペンが進む。
 ノートに意味もなく”身体強化”の文字を連ねてしまうくらいには興奮している。
「せいや!!」
 気合いの咆哮で、ルイスが最後の1頭を倒した。
 思わず拍手した私は悪くない。
 私を興奮させたルイスが悪いのだ。
 案の定、ルイスは突然の拍手に飛び上がり、慌てて剣を構えた。
 まるで必死に威嚇する子犬みたいだ。
「だ、誰だ!」
 まだ私の姿は捉えていないらしい。
 ん~どうしようか。
 姿を見せると面倒なことになる。
 でも、身体強化された体を触ってみたい!
 筋肉は鎧のように硬いのか、はたまた柔軟さが増しているのか。
 うずうずとした知的探求心に抗えず、私は樹上から飛び降りた。
 ルイスが驚いたように飛び退る。
「ああ、怖がらないで。私に敵意はないよ。ただ、君の戦闘に興奮していたんだ」
「……敵意はないのだろうけど、すごく怪しいよ。あんた」
「あははっ、よく言われる!」
 特にフード付きのローブというのは人間に不評だ。
 顔が見えないし、ローブの前を留めてしまえば体形も隠れて性別が分からなくなる。さらに私の声はハスキーだから性別の判断材料にはならない。
「まぁ、私のことより君だよ。魔法は一切使わなかったね。加護はないのかい?」
 質問に、ルイスが気分を害したことが分かった。
 加護なしがコンプレックスなのか。
「魔法は使えずとも魔術は使えるだろう?」
 魔術を近くで見てみたいな。
 一縷の望みをかけて、ちょっとだけ媚びた声を出してみるけど、なかなかに警戒心が強い。髭もじゃワイアットではなく、母親の教育かな。
「怪しい野郎に見せるわけがないだろ」
「見せてくれれば対価を払おう。あ、対価と言ってもお金じゃなくて、この大猪を森の外へ運ぶ手伝いをしてやろうってことだよ。1人じゃ無理だろ?」
「……」
 身体強化しても、1頭担ぐのが関の山。
 図星を指されて、ルイスはぶすっと不貞腐れた顔になった。
 表情一つでなんとも幼い顔になるのだな。
 摩訶不思議な人間の顔。
「分かった。俺は加護なしだ。代わりに、身体強化を使う」
 ルイスは言って、シャツの奥からネックレスを引っ張り上げた。
 銀色のロケットの付いたネックレスだ。そのロケットを開ければ、魔石の粉を塗り込んだ術式が施されているという。
「それじゃあ、使ってくれ。私は身体強化した君に触れて筋肉の硬さと柔軟性を感じたい」
「はぁあ!?ふざけんな!変態!俺は男に触られて喜ぶ趣味はねぇ!」
「失礼だな。私は歴とした女性だよ」
 ほら、とローブの前を広げて見せる。
 変態っぽいけど、ちゃんと服は着ている。女性らしいひらひらした服ではないけれど、シャツとズボンでも体形を見れば一目瞭然だ。大きくはないが、小さくもない程度の胸があるからね。
「どうだい?」とルイスを見れば、熟れたリンゴみたいな顔をして震えている。
「もっとダメだろ!!」
 何がダメだというのか。
 私は諦めないぞ!
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