王族ですが何か?

衣更月

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庭園というより農園です

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 ヘムズワース王国のミアプラキドゥス城は、別名をパール城と謳われるほどに大国に引けを取らない壮麗さがある。
 歴史が長い上にヴァルヴァーサ神の加護を得、さらに近隣諸国の王侯貴族からも大人気の観光地。外貨獲得に余念はないので予算は潤沢。
 泰然と聳える城は国の象徴として王国民に愛されている。
 そんな城の役割は国の象徴だけではない。砦であり、政務や謁見、儀式を行い、他国の賓客並びに使者を迎える場所でもある。
 儀式というのは色々あるけど、主だったものは祝典とかね。
 遠い昔は、そういう政務を行う外朝と、王族が生活する内廷が城内にあったらしい。”らしい”というのは、今は違うから。
 たぶん、人柱の誕生で、城内のあちこちで不運が連発したんだろうね。
 てことで、ご先祖様が「いつか死人が出る!」と切り離した。
 ちなみに、王城の敷地っていうのはめちゃくちゃ広い。町が丸々1個か2個か3個は入る。しかも、少し小高い丘みたいなところに建ってて、王都どころか遠方まで一望できる。
 正面は華やかな王都。
 背面は凪いだ水面に城を映すハイム湖と風光明媚な田園風景が広がっている。
 見晴らしのいい王城に出仕する者は多く、そんな者たちの為の住まいも完備してるから人口密度は半端ない。
 まず、第一城門を潜ると、似通った作りの屋敷やアパートメントが並んでる。この区域は、タウンハウスを持てない下位貴族や平民たちの寮となってる。貴族は小ぢんまりとした戸建てを借りてるのが多いけど、平民は給金に見合ったアパートメントだ。それとは別に、貴族の子女が入る独身寮なんかも存在する。
 ジョゼフとマットは、ここの独身寮から通っている。
 第二城門を潜ると、一気に高級感が跳ね上がる。庭園つきの豪華な屋敷に、行き交う馬車は家紋入り。巡邏の騎士も多く目につく。
 まぁ、見て分かる通りの上位貴族たちのタウンハウスだ。
 宰相を始めとした大臣やキャリア官僚クラスが住んでる。ここに居を構えるのは、貴族にとっては一種のステータスらしい。
 で、第三城門を潜ると王城だ。
 騎士団はどこかといえば、反対の裏門。もしくは郊外と、各所に点在している。規模が大きいからね。
 最後に王族の住まい。城以外の宮に住んでるんだけど、一番豪華絢爛なのが俺たちが住む宮殿。白亜宮だ。
 名前の通り、真っ白な宮殿は、ひと昔前は富の象徴とされたガラスがふんだんに使われている。等間隔に並んだ窓が日差しを受けて煌めきつつ、まるで鏡のように空や庭園を反射させてるんだから贅の極みだよね。
 今もガラスはサイズによって高価で、背丈より大きなガラスは王族や一部貴族の屋敷、そして神殿くらいしか使われていない。
 なので、外観は豪華絢爛。
 でもさ、俺も住むんだよ。
 一歩宮殿に入れば質素。高価な調度品は撤去され、イミテーションばかりが置かれている。
 ついでに、白亜宮はまるっとプライベート空間ではない。俺の執務室があるので、それなりに文官が行き来するし、城とは別にホールもある。
 悲しいことかな、人柱立ち入り禁止のホールは夜会を開いたり、母上が楽団を招いて演奏会したりと何かしらに使われる。
 庭園は園遊会ガーデンパーティーを開くに相応しいバラ園になっており、一区画は庭師渾身のバラの迷路で招待客を楽しませる工夫までされている。
 そんな白亜宮は、寸分の歪みなく整えられた一直線の石畳で城と繋がっている。
 壮観な眺めながらに、もうちょっと城の近くに建てられなかったの?と思う。
 徒歩かな~、馬車かな~、の中途半端な位置なのよ。
 そんな距離を、馬車の故障リスクを背負って使わないでしょ?
 リスクマネジメントよ。
 そんな白亜宮に、王族が全員集合して仲良しこよしで住んでいるのかといえば、答えはノー。前国王である祖父や祖父の兄である大伯父が、のんびりと余生を楽しむ宮もある。
 伯父上は遠方の離宮ね。離宮に行く前は、白亜宮で父上にストーキングされて半ギレしてた。
 で、数ある宮は、敷地内ながらに馬車必須の場所に点在している。
 その内の1つが琥珀宮。
 別名ハーブの館。
 そこに住んでいるのが、リチャード・アルヴィン・ヘムズワース大伯父上である。
 御年62才の傑物で、王としての器を有していただけに惜しまれた人物でもあるけど、そこはかとなく伯父上と同じ脳筋臭が漂うのよ。その癖、やっぱり伯父上と同じ…。いや、伯父上が似てるのかな?
 とにかく、【ハーブで鳥よけ】なる本を出版。農家に爆売れ中らしい。
 ちなみに、先王である祖父グレゴリーは、温泉大好き。退位されてからは頻繁に、ティモシーおばあ様を連れて温泉巡りを満喫している。しかも温泉ソムリエとして、次々と本を出版。観光客に爆売れ中だ。
 本を出すのは、うちの血筋なのかな。
「それにしても、ここのハーブは凄いですね。以前より勢力増してません?」
 マットは呆れたように目を回している。
 普通、王侯貴族の庭といえばバラがメインだからね。祖父の住む翠玉宮は、ティモシーおばあ様の趣味で見事なつるバラに彩られている。
「ここはハーブ農園だな…」
 一面緑色。
 王族が住んでいるとは思えないな。
 琥珀宮自体、他の宮と比べても小ぶりだ。ここを建てられたのが、質素倹約を信条にしていた何代も前の王様だったらしい。余生を過ごすには華やかさはいらないということで、部屋数も使用人も必要最低限に収めるべく作られたのが琥珀宮だ。
 大伯父上は13年前に結婚している。
 お相手はオルセン侯爵家の令嬢で、年の差は14才。
 アンドレアおばあ様は子が出来ない体らしく、未婚のまま大伯父上と出会い、大伯父上の猛アタックに根負けしたそうだ。
 子供はいないので、俺たちを孫として可愛がってくれている。なので、俺たちも親しみをこめて”おばあ様”と呼ぶ。
 そんなアンドレアおばあ様の性格は、琥珀宮でも文句を言わないくらいだからね。
 贅を好まない。おっとりとした優しげな風貌で、人よりテンポがかなり遅れている。ダンスが苦手だと微笑んでいたが、それに好感を覚えるほどのスローな女性だ。
 だからこそ、王族とかけ離れた質素な生活スローライフが肌に合っているのだろう。
 ぱっと見は、虫を見れば悲鳴を上げそうな人なのにね。
「アル~。青虫がいるわ~」
 おっとりとした声が、ハーブ園から聞こえる。
 その口調からは、助けを求めているのか、可愛いと愛でたいのかが分からない。
「青虫か!蝶になるな!」
 ガハハハッ、と伯父上そっくりの豪快な笑い声こそが、大伯父上だ。
「あちらですね」
 ジョゼフが先導して、ハーブ園の中を歩いて行く。
 ハーブを踏まないようにね。
「アルヴィンおじい様!」
 声をあげれば、鬱蒼としたハーブの茂みから、ひょっこりと大伯父上とアンドレアおばあ様が顔を出した。
 大伯父上は白髪ながらに精悍な面立ちが健在だ。体躯だって、俺よりもがっちり逞しい。線の細いアンドレアおばあ様が横に並ぶと、尚更、筋骨隆々に見える。
「リロイか!」
 しかも地声がデカい。
「ごきげんよう。リロイ様」
 アンドレアおばあ様は、白髪混じりの蜂蜜色の髪を首の後ろで一括りに、シンプルなワンピースという装いだ。
 若い頃は美人だっただろう面影が、今も随所に見られるというのに、大伯父上は平然とアンドレアおばあ様をハーブ園で働かせている。
 普通は庭師の仕事ですよ?
 ため息を嚥下して、「アルヴィンおじい様」と少しだけ叱責を孕んだ声を出す。
「もう腰は良いのですか?」
「いつの話だ!」
 ガハハハッ、と大伯父上が笑う。
 いや…いつの話だって、ついこの間ですよ。
 年甲斐もなく騎士団の訓練に乱入し、腰をいわして、カスロ大神殿での禊をすっぽかしたじゃない。いつも、俺たちより1週間も早く大神殿に行って、滝行ならぬ打たせ湯を堪能してるじゃない…。
「というかお前、よくそんなフリフリ傘を差していられるな!恥ずかしくないのか?」
「差してないと糞が落ちてくるので」
「避けんか!」
 ガハハハッ!
 もう良いよ!
 何回笑うんだよ!
「それより、伯父上から手紙です」
 俺は配達人じゃないっていうのにさ。大伯父上の容態を見るついでに持って行けって母上に言われたら断れないじゃん。なのに、このピンピン具合。腹立つよね?
 ちょいっと手を振ってマットを促せば、マットは「どうぞ」と大伯父上に手紙を差し出した。
「どれどれ」
 見た目は若々しくとも、やっぱり年だね。
 大伯父上は老眼鏡をかけると、封を開けて手紙を取り出した。
 なんて書いてるかは想像がつく。
 一緒に暮らさないか、だ。
 伯父上が離宮に越す時も、大伯父上の年齢を鑑みて一緒に暮らすことを提案していた。それを「新婚の邪魔はできん!」と断ったのは大伯父上だ。
「アルヴィンおじい様。伯父上と一緒に暮らしてみてはどうです?」
「うむ…。だがな…」
「新婚期間は疾うに過ぎてますよ。あと、離宮は広いのでプライバシーは守られます」
「そうなんだが…」と、大伯父上は歯切れが悪い。
「何を躊躇われているのですか?伯父上と喧嘩中なわけではないですよね?」
「いや。オルカットとは仲が良い。エイヴリーも出来た嫁だ。だがな、オルカットの離宮には騎士団がおらんだろ?」
 は?
「護衛はいますよ?」
「そうではない。王国騎士団だ」
「ま、まぁ…そうですね。分隊が護衛として任に就いていますが、人数としては少ないかと思います」
 記憶が正しければ。30名の騎士と15名の従騎士が離宮回りを、10名前後の近衛兵が身辺警護の任務に就いている。
 それ以外にも、各騎士団の重要な見回り地点になっているので、離宮近辺は意外と騎士が多い。もちろん、不運の流れ弾を食らわない適切な距離を保ってだ。
「アルヴィンおじい様が警護の手薄感を危惧されるとは思いませんでした」
「違う!騎士団の訓練に参加出来んだろうが!という話だ!」
「そんなの伯父上と一緒にやればいいじゃないですか」
 伯父上も脳筋っぽいし。
 そんな本音を寸でで呑み込んで、大伯父上の丸々と見開いた藍色の双眸を見据える。
 今気づいたって顔だな。
「私としても、大神殿に近い離宮にアルヴィンおじい様が越してくれると安心します」
 もう年でしょ?
 ちらりとアンドレアおばあ様に視線を向ければ、アンドレアおばあ様も援護射撃してくれる。
「そうですね。大神殿に近い方が、私も安心します。リロイ様たちと離れるのは寂しくはありますが、年に4回。あなたが大神殿へ赴くたびに心配しているのです。その心配の種が少しでも軽減できるのであれば、オルカット殿下のお言葉に甘えたいと思っています」
「アン…」
 大伯父上が、うるっとしてる。
 つられて俺もうるっとしちゃう…。
 良いな、夫婦。
「よし!オルカットに世話になるぞ!このハーブたちは持って行く!リロイ!手伝え!」
 は?
 え?
「それは庭師に頼めば…」
「腑抜けたことを言うな!すべて、自分たちの手でやってこそだ!」
 俺のハーブじゃねぇよ!?
「チェンバーーース!」
 大伯父上の叫びに、いつからいたのか。
 ちょっと離れた場所で、執事のハートリー・チェンバースが緩やかに頭を下げた。
「引っ越しの準備をする!全て持っていくぞ!荷造りを任せた!」
「かしこまりました」
 えぇ~~~!!
 今から!?早すぎません!?
「アン。儂はリロイと、そこの2人でハーブの引っ越し作業をする。アンは自分の作業に移りなさい」
「はい。かしこまりました」
 にこり、と微笑んでるけど、アンドレアおばあ様が手綱を握らず、誰が大伯父上の手綱を握るんですか!!
「ほれ」と渡されたスコップを手に、俺たちは3人揃って無の顔になった。
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