ハイスペックでヤバい同期

衣更月

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真田大樹

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 俺は生まれながらに勝ち組というやつだ。
 両親は多忙なため滅多に家にはいなかったが、未だ現役の祖父がいたし、勝気な姉も2人いた。他にも乳母ナニーがいたし、執事やその他の使用人たちがいたので、寂しいと感じたことはなかった。
 そもそも寂しさを感じるほどの時間は、俺にはなかった。
 同年代と遊ぶ時間がないほどに組まれたスケジュールは徹底していた。
 帝王学というやつだ。
 真田家を継ぐ者として恥ずかしくない教養を身につけるべく、幼少期から勉学に励んだ。テーブルマナーは和食、洋食ともに叩き込まれた。息抜きとして乗馬、ピアノ、バイオリンも教え込まれた。
 片や2人の姉は勉学よりも人脈作りに尽力していたと思う。
 子供の頃から金をかけて美を追求し、真田家に有益な人材を選別すべく弁舌に長けていた。特に、自分の隣に立たせる男には厳しい目を向けていたと、弟ながらに戦慄したものだ。
 姉たちは一切の妥協を許さない。
 それは幼少期から変わらず、男女問わずに付き合う人材は家族の経歴まで調べさせられた。中学に入って紹介された男は、成績が学年10位を切ると捨てられた。当然、素行の悪さが明るみに出ると、すぱっと切った。
 成人してからは、相手の勤務先、役職の他に資産、交際歴なども徹底的に洗い出していたというから恐ろしい。
 女の恐ろしさを姉2人で学んだ。
 姉たちが特殊なのだと思っていたが、世の中の女どもは姉たちより質が悪かった。
 学校へ行けば、鬱陶しいほどの女子がぺちゃくちゃと喋り倒して来る。筆記用具が盗まれることなど当たり前。あざとい女は、わざと俺の前で躓き、胸に飛び込んで来ようとする。避けきれずに抱き留めれば、たちまちキャットファイトが始まる。俺が話しかけた女子は、例外なくイジメの標的となった。
 気付けば、女が苦手になっていた…。
 とはいえ、ゲイではない。
 着飾り、媚びを売り、こちらの都合お構いなく押しかけて来る無教養な女が嫌いなのだ。
 女が王子様に憧れるように、俺も奥ゆかしいお姫様に憧れる。
 まぁ、そんな女性は絶滅危惧種レッドリストだ。
 一生独身か…。
 そんな虚無を抱き、たまたま目に留まった赤提灯をぶら下げた居酒屋を、好奇心をもって潜った先で出会ってしまった。
 小ぢんまりとしたカウンター席で、おでんの大根をあてに、日本酒をぐいっと煽った女性に目が釘付けになった。「美味しい」と口元を綻ばせ、朗らかに店主と酒談義に花を咲かせる横顔が可愛いと思った。
 さりげなく隣に座り、彼女の軽やかな笑い声に心臓が破裂しそうになった。気さくに答える店主に軽く嫉妬を覚えながら、会話の端々から彼女の情報を記憶に刻み込んだ。
 これが一目惚れ…。気付いた瞬間、色褪せた世界が一気に色鮮やかに華やいだ。
 家の者を使って調べた結果、色々と分かった。
 桐島くるみ、22歳。
 名前からして愛らしい。
 この日から、俺の好物にくるみパンが追加された。
 彼女が読んでいる小説の主人公が「僕」と言うので、俺の一人称も「僕」に変えてみた。
 酒は弱いが、ひとり酒を趣味としている。最初はビールかシャンデー・ガフが多く、2杯目に日本酒やカクテルに手を付ける。焼酎が苦手でも、酎ハイはイケるという。
 ワインは滅多に飲まないと知り、俺は好みのワインを封印。日本酒全集を買い揃え、日本酒ソムリエの勉強をした。それと並行し、家にバーテンダーを講師と呼びつけカクテル作りの練習に励んだ。
 涙ぐましい努力で、彼女の目に留まるように心がけたのだ。
 そして、彼女の前職に問題が多発していたことが判明した時、彼女を虐げた奴らに腹が立った。
 ダブルクロス株式会社の営業として勤めていた彼女は、労働基準法を無視した勤務を強いられ体調を崩しがちだったらしい。友人の助言で社畜としての洗脳が解けた後は、退社に向けて頑張ったそうだ。
 居酒屋で見た笑顔は、晴れて退職できたお祝いだったという。
 なんと奥ゆかしい。
 さっそく従兄の弁護士に連絡して、ダブルクロス株式会社を潰すように依頼した。
 桐島さんへのささやかなプレゼントだ。
 そんな善行を神様が見ていてくれたのか、桐島さんの新たな職場がマルイチ商会と判明した。
 真田商事株式会社の末端の末端。
 権力は使う場面を誤ってはいけない。
 きっちりとマルイチ商会に、桐島さんの同期として入社することに成功した。
 入社に当たり、新しい住まいは桐島さんの部屋が見下ろせる向かいのマンションだ。分譲マンションだったが、3千万円ていどだったので問題はない。
 本音を言えば桐島さんの隣の部屋が良かったのだが、春という季節柄、部屋は空いていなかった。
 金を掴ませて隣人を追い出せば良かったと後で気が付いた。
 まぁ、向かいには向かいの良さがある。
 カメラを覗けば、桐島さんの愛らしい顔が拝めるからだ。得られる情報は、隣人よりも多いかもしれない。
 入社して分かったのは、彼女が頑張り屋さんだということだ。
 一生懸命にメモをとる桐島…いや、心の中ではくるみちゃんと呼ぼう。メモ魔のくるみちゃんの可愛らしさに何度も目を奪われた。
 ムーミンが好きで、ムーミンのチャーム付きボールペンがお気に入りだ。メモ帳は普通のものを使用しているが、愛用の付箋はニョロニョロだ。
 そういえば、ニョロニョロの抱き枕を干していたことがあったので、きっとニョロニョロが好きなのだろう。
 言い値で買い取りたい。
 さらに、くるみちゃんはけばけばしい化粧も、噎せそうな香水の臭いもしない。
 くるみちゃんから香るのは、仄かなフローラルグリーン。シャンプーの残り香だ。
 くるみちゃんの1日は、軽いヨガから始まる。ヨガをして、シャワーを浴びてからの出社が判明しているので、あれはシャンプーの残り香で間違いない。
 シャンプーのメーカーも把握済みだ。
 一時期、くるみちゃんと同じシャンプーとボディソープを使用していたが、くるみちゃんと同じ香りに包まれているという興奮が収まらず、あえなく封印してしまった…。
 それから、くるみちゃんはチョコレートが好きで、小腹がすくと、抽斗に仕舞ってあるチョコレートを抓む。隙を見て、くるみちゃんが退社してからチョコレートを追加するのは、俺のささやかな楽しみである。
 朝、抽斗ひきだしを開けて驚いた顔をするくるみちゃんは可愛い。
 お気に入りのボールペンを失くした時は、俺の胸もキリキリ痛むような悲し気な顔をしていた。
 夜中にこっそり会社に戻って探した結果、ボールペンはデスクとデスクの間に転がり落ちていた。そのボールペンは記念に貰い、大至急で取り寄せたボールペンをペン立てに紛れ込ませておいた。
 もちろん、俺もお揃いで購入した。
 ボールペンを見たくるみちゃんは、やっぱりびっくりしていた。
 その顔がまた愛らしい。
 そんな愛らしいくるみちゃんが、ひとり酒好きだなんて…ギャップが堪らない!
「思えば、真田グループには酒造も飲食もないな」
 真田グループの中核は銀行、保険、ホテル、通信、化学業だ。
「ストーカーすぎると思いますよ?」
 なんとも見当はずれなことを口にするのは、祖父から付けられた秘書兼運転手の藤堂貴裕たかひろ
 俺の遠縁にあたり、年齢が近いせいか、明け透けな物言いが玉に瑕である。
「俺はストーカーではない。強いて言うなら、影ながら見守る騎士ナイトだな」
騎士ナイトとは思えない部屋ですけどね」
 藤堂は無礼にも、壁一面に張り付けたくるみちゃんの写真を見渡した後、ガラスケースに飾った戦利品ボールペンを鼻で笑った。
 挙句、窓辺に置いた望遠レンズを装着したカメラを手際よく撤去する。
「真田家の跡継ぎがストーカーで捕まるなんて醜態は避けるべきですよ」
「だから、ストーカーではない」
「しかし、桐島さんは疑惑の目を向けていますよ?」
「…目?」
 くるみちゃんが俺を見ているのか?
 一方通行ではなかったらしい!
 じわじわと顔に熱が込み上げる俺に対し、「あ、そういう勘違いは結構です」と藤堂が無礼にも口を挟んで来る。
「そういう想像じゃなくて、真正面から勝負すればいいじゃないですか」
「勝負…?」
「告白」
「こ…く、はく?」
「いきなりバカにならないで下さいね」
 実に無礼だ。
 しかも、勝手に冷蔵庫からビールを取り出す厚かましさ。
騎士ナイトに徹して、横から掻っ攫われても知りませんよ?」
「…っ!?」
「桐島さん。見た目は地味ですけど、よく見ると可愛い顔立ちなんですよね。磨けば光るタイプです。しかも趣味は週末の外食。高級レストランではなく居酒屋。見栄を張らずに付き合える理想の彼女ですよ。お手付きになるのも時間の問題だと思われます」
 ぐび、とビールを飲みながら、悠々とソファに座る。
 なんたる傲岸無礼な態度!
 仕事が出来なければ、早々にクビにしているところだが、こいつは有能だ。かつ、フットワークが軽い。意見も的を得ていて、無視はできない。
 祖父の下で鍛えられたのは伊達じゃない。
「近寄る男は飛ばす」
「その権利は、大樹様にはございません~」
騎士ナイトなら当然の権利だ」
「いやいや。騎士ナイトは桐島さんのボールペンのニオイを嗅いだり、社のゴミ箱を漁ったりはしません」
「お前は俺のストーカーか!?」
 非難の声を上げれば、なぜか藤堂は白い目で俺を見て来る。
「どうでもいいですから、さっさと告白して下さいよ」
「ぐぅ……」
「彼女にカレシが出来てもいいんですか?年齢的に、そのまま結婚するかもしれませんよ!」
 それはダメだ!
「わ…分かった!ならば一千万ほど用意してくれ」
「あ~…えっと、一千万円ですか?ちなみに、何をするのでしょうか?」
「もちろん、プロポーズに使う」
「まさか、指輪的な感じで一千万円を見せて跪く…ということでしょうか?」
「足りないか?」
「いや、引きます。桐島さんは間違いなく恐怖します。ボールペンの時点でアウトなのに、一千万円なんて意味が分からな過ぎて怖いです。そもそもいきなりプロポーズはありえません。まずは”好きです。付き合って下さい”という誠実かつシンプルな告白から始めましょう」
 こいつは何を言っているんだ?
「俺の愛が、そんな安っぽい台詞で収まるはずがないだろ?本来なら、15カラットのダイヤモンドの指輪を贈りたいところだが、彼女は金属アレルギーかつ、大きな宝石がついたアクセサリーを苦手としていると報告書に上がっていたからな」
「億ですね」
「さすがに、8憶の金を持ち運ぶことは厳しい。重いし邪魔だろう?物理的に。一千万くらいなら、クローゼットの隅っこに、邪魔にならないように納まると思うんだ。ああ、彼女名義の口座を開設して、通帳とカードを渡すと言うのもあるな。それなら邪魔にならない」
「私は嫌いじゃないです。大樹様の振り切ったバカ具合」
「誰がバカだ!!俺の思いは真剣だ!そんなにバカ扱いするなら、言い出しっぺのお前が俺の恋を成就させろ!これは命令だ。まかり間違って失敗でもしたら、お前を僻地に飛ばしてやるからな!」
 俺の激怒に、藤堂は気だるげに手を振っただけだった。
 実に腹の立つ野郎だ!
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