魔法使いの約束

衣更月

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 ジャリ…ジャリ…、と表面が凍り付いた雪を慎重に踏みしめる。
 早朝よりは、地面の見える箇所が増えた。
 森の奥からは、ドササ…と枝に積もった雪が落ちる音がする。少し風が出て来たのか、枝葉が揺れる度に、頭上にはらはらと雪が舞い落ちる。
 嵐の前の静けさという感じだ。
 聞こえるのは風に揺れる枝葉の音と落雪の音だけ。鳥の囀りすら聞こえない。
 静謐さに身を引き締めながら、アイスバーンに注意して歩を進める。
 往来の多い場所なら、足元の雪も茶色い泥濘状になっているのだろうが、うちは田舎も田舎。集落の外れなので、坂は白い雪を被ったまま、アイスバーンを潜ませている。
 なるべく、篁さんがつけた足跡を辿る。
 それでも、坂を下り終えるまでに3回も尻餅をついた。
「輝ちゃん。へっぴり腰ね」
 坂を下り終えたのを見計らい、笑いを噛んで声をかけてきたのは舛木さんの奥さんだ。
 途中から、ずっと見守っていたらしい。しかも、寒いだろうにスカートにエプロンといった、家の中にいるような軽装だ。一応、ジャンパーを羽織っているけど、どう見ても氷点下近い日に着る服ではない。
「おばさん、こんにちは」
 よたよたと駆け寄れば、おばさんは「こんにちは」と嫌らしく目を細めた。
「旦那から聞いたよ。輝ちゃん」
 おばさんのしたり顔に、思わず怯んでしまう。
「旦那は怒ってたけど、あの人はほら、輝ちゃんの父親みたいな気持ちでいるのよ」
「怒ってるんですね…」
 それはそうだ。
 突如、見知らぬ男が転がり込んでいると知れば、誰だって驚く。私のことを面白おかしくこき下ろす人もいると思う。舛木さんだって、ひと言くらい教えてくれてても…という思いがあるのだろう。
 今さらながらに、自分の行動の軽率さに胃が痛くなる。
 しょんぼりと俯くと、おばさんが豪快に背中を叩いた。
「何をしょげることがあるのよ!誰を連れて来ても、あの人は気に入らないのよ。私が輝ちゃんくらいの年の頃はね」
 おばさんは声のトーンを落とし、「二股してた」とあっけらかんと笑う。
「え?うそ?」
「ほんと、ほんと。高校卒業して、就職したのよ。流通センター。衣料品を全国のスーパーに発送するとこなんだけどね。そこの事務員してたのよ。で、そこで出来たの」
 1人、と指を1本立てる。
「高校時代の友達と合コンで、大学生と知り合ってね」
 2本目の指を立てる。
「かぶってた時期は半年かな?同棲もしてたわ」
「そうなんですか?」
「若い時は、一緒にいるのが楽しいじゃない。家賃も折半で安く済むし。だから同棲。結婚を考えるにしても、相手のことが分かるのは同棲が一番。素が分かるでしょ?結婚して、こんなんじゃなかった!じゃ手遅れ。まぁ、今は簡単に離婚する人は多いけど、労力が違うじゃない?」
 婦人会の副会長を担って、みんなを纏める生真面目な人かと思ったけど、昔は自由奔放であり、合理的な考えの人だったようだ。
 驚く私を気にも留めず、おばさんは「楽しかったわ」と白い息を吐いた。
「男だって同棲は好きなくせに、家庭を持つと頭が固くなるのよ。ふしだらだって」
 バカよね、とおばさんは一笑に付す。
「年上なんだって?いくつ?」
「28」
 そう言っていた気がする。
 うろ覚えだけど、色々と突っ込まれるとボロがでそうなので、最初に情報を開示することにした。ブラック企業に勤めて心身を崩して退職。今は若菜さんのビニールハウスでバイトして、リハビリ中。バイトして初めて農業に興味をもったらしい…と、多少の脚色を付けて説明した。
「旦那が覇気がない!とか、テレビで見るニート顔だとか、めちゃくちゃ言うから心配してたのよ」
 本当にめちゃくちゃな言われようだ。
 ただ、言いたいことは理解できる。
「でも、ブラック勤めだったのねぇ。それじゃあ、今は輝ちゃんのとこで療養を兼ねてるのか。で、どこで知り合ったの?」
 本題が来た!
「最初はネットです。ジャムの通販でやりとりしてて…そこから」
 あらかじめ考えていたシナリオだ。
 田舎だから出会いがない。無理矢理に出会いを演出しても、嘘くさく感じる。ならば、批判覚悟でネットで知り合ったという方がしっくりくるはずだ。
 おばさんは少しだけ眉間を寄せ、「今時ねぇ」と言うに止めた。
「婿養子になりそうなの?」
「え?」
「長男はダメよ?次男よ、次男。婿養子になりそうな人じゃないと。輝ちゃん、いなくなったら寂しいじゃない」
「ちょ、ちょっと待って下さい。話が飛び過ぎですよ!」
「突飛な話じゃないわよ。だって、相手は28でしょ?今の時代、結婚結婚と言いたくはないけど、それでも子供を考えるなら、年の差もあるし、早くはないわ。よく女性に対して若いうちにとか言うけど、子供をもつなら男も同じ。子育てはお金も体力もいるんだから。まぁ、その前に体調を整えて、定職に就かなきゃだけど」
 婿養子。結婚。子供。
 次から次に飛び出す想定外の単語に、言葉が出ずに固まってしまう。
「あら、雪」
 おばさんは手を擦り合わせ、空を仰ぐ。
 いつの間にか、僅かに覗いていた青空も墨色の雲に覆われている。ひらひらと降るのは粉雪だ。
「風が止むのも一時的とは言ってたけど、もうちょっと頑張ってほしかったわ。また大荒れだって言ってたし、初日の出は見れそうにないわね」
「あ、そうだ。おばさん。それで来たんです」
 要件を思い出し、ほっと息を吐く。
「初詣。この天気だから、うちは三が日のどこか……天気が回復した日に参ります」
「そうね。坂が凍結してるみたいだし、転ぶと危ないわ」
 おばさんは言って、緩やかにカーブする坂を見上げる。
 ここの初詣は、大晦日の夜、日付が変わると同時に行う。村の中ほどにある無人の神社で、除夜の鐘が聞こえ始めると老若男女が集まって来る。冷えた体を甘酒で温め、0時ちょうどで詣ではじめる。参拝が終わった人からお神酒が振舞われ、談笑し、帰って行くのが恒例だ。
 私は小学5年生頃から参加していた。
 不参加だったのは、祖父母が亡くなった年だけだ。
「そうそう。輝ちゃん。お餅を持って帰んない?もしかして買った?」
「鏡餅と、小餅を少しだけ買いました」
「それじゃあ、持って帰んなさいよ。カレシもいるんだし」
 ふふふ、とおばさんは言って、せかせかと家の中に消えて行く。
 従兄の設定を披露する間もなく、カレシ認定されてしまった。今日の夜までには、”輝ちゃんちに転がり込んだヒモ男”から、”ブラック企業でダメージを負った療養カレシ”の噂が広まるのだろう。初詣参加者の肴は、間違いなく私だ。
 嫌だな…と思う気持ちが、少し薄まっていることが嫌だ。
 篁さんが爆弾を落としたせいだ。気を抜くと頬が火照ってしまう。
 頬を叩いて、口をへの字に曲げる。
 これ以上の噂話の提供はしたくない。
「輝ちゃん。待たせてごめんね」
 紙袋いっぱいに、白と赤の丸餅を詰め込んだビニール袋と、チョコレートや煎餅なんかのお菓子が入っている。
 差し出された紙袋を、「ありがとうございます」と受け取り、両手にかかる重さに苦笑する。
「重い?カレシがいてくれたら、もっと持たせたんだけど」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「今度はカレシも連れて挨拶に来なさいよ」
 ぽんぽん、と背中を叩かれる。
 愛想笑いで頷き、天気が荒れる前に舛木家を後にした。
 坂道は雪が固まっていたけど、集落の中を通る道は、行き来する車で茶色のシャーベットと化している。長靴は正解だった。歩く度に、びちゃ、びちゃ、と茶色の泥水が跳ねる。
 大人は辟易する天気だけど、子供にとっては最高のコンディションだ。元気いっぱいの男の子たちが、賑やかにシャーベットの中を駆けて行く。ゴールは綺麗な雪が残る神社か田んぼの2択だ。私が子供の時がそうだった。
 ジャ、ジャ、とスコップを手に雪を掻く人もいれば、今日が餅つきの人たちもいる。
 静けさの中にも、大晦日特有の忙しい空気を感じる。
 ほ、ほ、と不慣れな足下に息を上げ、見知った人影に声をかける。
「舛木さん!」
 火災で焼け落ちた小嶋家の前に、数人の男衆が集まっている。みんな作業着に長靴を履き、スコップや農業用フォークを手にしている。汚れ具合から、何かの作業を終えたのだろう。もしくは、作業の途中だ。
 その中に、舛木さんがいる。
「おう、輝ちゃん」
「こんにちは」と、みんなに向けて頭を下げる。
 集まっているのは、舛木さんを含めて6人だ。40代から60代の、体力のありそうな人たちばかりだ。
「みんなで小嶋さんの家の片づけをするんですか?」
 大晦日に?という疑問を表情に乗せれば、「違う違う」と舛木さんは苦笑する。
「小嶋さんたちは今朝方、隣町の親戚の家に厄介になると出て行ったんだ。戻って来るのは正月明けだな。撤去の手伝いは、来年の中頃だろう。まずは、保険会社の人も来るからな。それまで、ビニールシートで対策を取ろうと相談していたんだ」
 苦い表情で答えてくれたのは、町内会長の伊藤さんだ。
「天気が荒れる前に、風で飛びそうなものは手を打っとかないと近隣に被害が出る」
「さっきまでは田んぼの藁を撤去してたんだよ。撤去と言っても、家屋から離れた場所に一時的に集めとくくらいだけど」
 舛木さんが言う。
「まぁ、この雪だから、火は点かんだろうけどな」
 名前の知らない男性が嘆息する。
「それでも、一応は火の手が上がりそうなのは撤去しとくにこしたことはない」
「他の連中も村中を回ってる」
「空き家とかが怖いんだ」
 口々に不安を吐露して、気難しい顔で全焼した家屋の残骸に目を向ける。
 ところどころ雪を被った残骸は、焦げた臭いも微かな煙もない。崩れ落ちた瓦屋根に、庭に散るガラス片。炭化した柱が数本、傾ぎながらも空に伸びている。
 そこに2階建て家屋の面影はない。
 これが一夜にして起きたのかと思うと、ずきずきと胸が痛んだ。
「で、輝ちゃんはどうした?」
「様子を見に。不審者はどうなったのかなって」
「ああ。朝はあいつが来てたな」
 不機嫌を隠そうともせず、舛木さんは口をへの字に曲げる。
「捕まらなかったとは聞いたんですが、進展が気になって…」
「朝は鑑識ってのが来てたよ。火災鑑識って言うらしいわ。燃焼残物とか言うのか?燃えカス拾い集めたりしてたな。警察もあちこち見回ってくれてたんだけど、あの天候だったろ?証拠も何もかも吹き飛ばされてる」
 舛木さんは落胆するように息を吐いた。
「輝ちゃんは戸締りに気を付けろよ」
「はい。気を付けます」
「でも、今は用心棒がいるだろ?」
 にたっと笑った1人に、舛木さんは軽く頭を殴る仕草をした。
「輝ちゃん。うちには寄ったか?」
 紙袋を軽く上げれば、舛木さんは満足げに頷く。
「また天気が崩れる。吹雪く前に帰った方がいい」
「はい。そうします」
 みんなに頭を下げて、くるりと踵を返す。
 シャーベットの道を、家に向かって歩き出す。「気を付けて帰れ」と飛んで来た声に頭を下げる。舛木さんたちは手を振り、ちらつく粉雪を仰ぎ見て、今後の対策の話し合いを再開させた。
 ほ、ほ、と歩みを進める間に、粉雪は積もる兆しを見せ始めた。
 コートやマフラーが、薄っすらと白くなっている。
 慎重に、前傾姿勢で坂道を上る。明日には筋肉痛になっていそうだ。時折、紙袋を足元に置いて休憩を挟み、牛歩で先を急ぐ。
 と、私の足音とは別の足音が追って来ているのに気が付いた。
 びちゃびちゃ、ざくざく…。
「御厨!」
 振り返れば、先輩が歩んで来ている。凍結した坂に足をとられ、何度かよろめきながらも、その顔に転びそうになった焦りも驚きもない。態勢を整えられた安堵もなく、こちらを見る目は少しだけ怖い気がする。
 篁さんがあんなことを言ったからだ。
 先輩が犯人のはずがない。火を点けて、何の得があるというのか。犯人として捕まれば、家族はここに住めなくなる。そう反論したいのに、頭の中で、疑惑の芽を芽吹かせてしまった。
 子供の頃からお世話になっている先輩ではなく、昨日今日会ったばかりの人を信用している。
 その気持ちが、半歩だけで足を後退させる。
「先輩。どうしたんですか?」
 上手く笑えているだろうか。
「この坂、凍結しているから危ないですよ?」
「御厨。あの男は誰だ?」
「あの男って…?」
 とぼけてみる。
 舛木家の方へと視線を投げるけど、既に道に迫り出した木々の影に隠れて見えなくなっている。ここから見えるのは、疎らに雪を残す畑ばかりだ。
 先輩へと視線を戻せば、怒りの表情で顔を赤らめている。
「俺をバカにしてるのか?」
 先輩の手が、ダウンジャケットの背中をまさぐる。
「バカにしてません。そ、そもそも、何をそんなに怒ってるんですか?」
「俺はさ、ずっと目に掛けて来ただろ?小学生の時も、中学生の時も。なのに、高校に進学してから、俺のことを何度無視したか覚えてるか?」
「は?」
 思わず眉間に皺が寄る。
 言いがかりだ。
 先輩だけではなく、見知った顔を見かければ声をかける。挨拶だって、自分からするのが信条だ。村で生活する以上は、それが最低限のマナーでルールだと思っている。
 なのに先輩は、冷淡とも言える笑みを口角に刻む。
「まぁ、すぐにじいさんが死んだって聞いて、多少は溜飲が下がったよ」
「な…」
 何を言ってるの?
 怒りや悲しみより、例えようのない感情が胸の奥を衝く。気持ち悪くて吐きそうだ。
「この前、道の駅で会った時は、俺好みになってて驚いた。田舎だから出会いがないなら、俺が遊んでやろうと思ったら、いっちょ前に男がいやがる」
 ぎりぎりと歯噛みする顔は、私の知る先輩ではない。
 先輩によく似た誰か…もしくは、先輩の皮を被ったナニかだ。
「男を知った感想はどうだ?田舎に引きこもりっぱなしの世間知らずには、最高の娯楽か?」
 侮蔑と愉悦の入り混じった表情だ。
 頭の中で下衆な想像をしているのがよく分かる。
「ほら、来いよ。遊んでやるからさ」
 にこり、と見慣れた笑顔が手招きする。
 今さら昔と同じ顔をされても、もう無理だ。心が受け付けない。
 じりじりと後退する私に、先輩の顔から笑みが消えて行く。歯軋りし、目尻を吊り上げ、「来い!」と怒鳴る。
「いいか、俺は特別なんだ…。特別!そんな俺が遊んでやると言ってるんだ!光栄に思え!」
 高揚し、唾を飛ばし、狂気を孕んだ目つきが射るように私を凝視している。
 逃げなければと思うのに、足が竦んで動かない。例え足が動いたとしても、凍結した坂道では逃げ切ることは出来ない。
 しんしんと降る雪が、全ての音を吸収するように、辺りは静けさが広まっている。
 坂を下った先には、賑やかに雪遊びをする子供たちや正月の準備に駆けまわる人、防災の対策を取る舛木さんたちがいたというのに、ここは恐ろしく静かだ。
 恐怖に膝が震え、胃の腑にまで雪が舞い込んでいるように体が冷たくなった。
 今、私はどんな顔をしているのだろうか。
 恐怖に引き攣った顔か、泣き出しそうな顔か、絶望を悟った顔か…。ひとつ言えるのは、私の表情に先輩が気を良くしたということだ。
「中学に入って、力に目覚めた。いや、特別であることを知ったと言った方が正解だな。そこからは実験、実験だ」
 先輩はぎょろりと目玉を回し、左の掌を見下ろした。
「なのに、大学へ行ってからガキの頃のような不調が出た。力が弱り始めた。だが、気づいたよ。土地、土地によって力が増減するんだと。ここは、胸糞悪くなるほど田舎だが、調子がすこぶる良くなる」
 ああ…やっぱり、全てが先輩だったのだ。
 空飛ぶ人間も、公園の幽霊も、車が飛び電線がスパークしたのも、不審火も…。
 黒が言っていた。「魔法界のルールも知らねぇから、やりたい放題だ。やりたい放題ってのは、主に犯罪だな。なぜかヒーロー側じゃなくて、ヴィラン側に傾いちまう」と。
 少なくとも、私の知っている先輩は犯罪を良しとするような人ではなかった。
 魔法が先輩を変えたのか、魔法を持ったことで本性が出て来たのかは分からない。
 ただ、ただ、悲しくて涙が込み上げる。
 先輩は右手を終始、背中へと回している。ダウンジャケットの下。ズボンに挟むように、杖が隠されているのだろう。
「今すぐに御厨と遊んでも良いが、まぁ、それは夜にとっておく。まずは、俺をバカにしたあの野郎を甚振いたぶってやる!」
 右手に力を込め、隠された杖を握り締めたのが分かった。
「あいつは許さねぇ!」
 唾を吐き捨て、ざく、と一歩足を踏み出した。
「御厨。抵抗するなよ。従順なら、優しく可愛がってやるから」
 充血した目が、にたにたと卑猥な色を帯びる。
 私はおばさんから貰った紙袋を握り締め、必要とあれば武器にしなければと心を奮い立たせる。餅は武器になるはずだ。
 震えた息を吐き、ゆっくりとだが、着実に歩を進めて来る先輩から逃げる術を考える。
 足を叱咤し、よたよたと一歩後退する。
 ずるずると踵が不安定に横滑りする。
「おいおい。逃げるのかよ」
 嘲笑だ。
「まぁ、それも面白いよな。狩りって感じで」
 先輩が背中から、ゆるりと杖を取り出した瞬間、脇の茂みから何かが飛び出した。
 黒い残像に、一瞬、黒かと思ったそれは、「シャー!」と威嚇の声で先輩に飛び掛かった。
「なんだこの猫!」
 顔に飛び掛かる猫を振り払う。猫も負けじと腕に噛みつき、足に爪を立てる。それをまた振り払おうと、先輩は態勢を崩しながら、猫と一緒に坂を転がり落ちて行った。
 何が起きたのか分からない。
 へたり込みそうになった私に、「大丈夫?」と気遣う声が飛んで来た。
 がさがさ、ばきばき。
 猫が飛び出した茂みを掻いて、見知った顔が出て来た。
 カフェに来た、大人びた美少年だ。
 美少年は「あ」と私を指をさし、「カフェの人だっけ?」と微笑んだ。
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