神様の許嫁

衣更月

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 大祓を明日に控え、今、町に何が起きているのかを百花に話した。
 稲荷神社で出会った子供のこと、その子供が荒魂だったこと、まがを祓う専門の神様である神直日神に助っ人をお願いしたこと。そして、荒魂に目を付けられてしまったこと。
 本来なら、須久奈様を交えた意見交換をしたかったけど、須久奈様は帰宅早々に「すぐ戻る」と出かけてしまった。
 私たちと違う時間軸で生きている神様の”すぐ”は当てにはならない。
 現に、夕食時にも戻らず、時刻は10時を回っている。
 スマホから、座卓を挟んだ向かいに座る百花に視線を戻す。
 百花は、怖いくらいに気難しい顔で口籠っている。そんな百花の隣には、補足説明の要員として誓志を座らせているというのに、いつ戻るか知れない須久奈様に、びくびくおどおどし通しで役に立っていない。
 話し合いは母屋でも良かったけど、須久奈様が口酸っぱく「絶対に離れから出るなよ」と言っていたのだから仕方ない。神様の命令を無視するほど、今の私は大胆不敵ではない。しっぺ返しの恐怖は、身をもって知っているのだ。
 結果として2人を離れに招き入れたけど、なんとも言えない静寂に居心地が悪くなる。
 神様の住まいだからか、ここは母屋と違って、独特の雰囲気がある。
 清浄な空気に、この建物自体が緊張し、息を潜めている感覚だ。一切の雑音が掻き消されるような、些末な音―――家鳴りすらしない。それに気付いた時、意識して音を拾おうとしたけど、聞こえて来る音は外からのものだけだった。
 シーリングファンも、冷蔵庫も、雑音と呼べるものが一切聞こえない特殊な環境下で、緊張感を纏う2人を見ていると息が詰まる。
 水で溶かしただけのレモンティーをひと口飲んで、ふぅ、と息を吐く。
「百花ちゃん。大丈夫?」
 硬直したままの百花に声を掛ければ、百花は意識を取り戻したように、ようやく動いた。
 額に手を当て、ゆるく頭を振り、「大丈夫じゃないわ」と呟く。
 誓志が「だよな…」とレモンティーを飲み、ゲコ、と聞こえたカエルの声に過剰反応する。
「須久奈様じゃなくてカエルよ」
 と、嘆息する。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃない。別に取って食ったりしないんだから」
「いやいや…。もう十分に恐怖を味わってるからな!」
 誓志は言って、ぶるり、と身震いする。
「イチ姉だって見ただろ?」
「まぁ…あれは怖かった。でも、普段は手なんて上げなし」
「俺はめちゃくちゃ上げられてるんだけど…」
 と、誓志は涙目を隠すように両手で顔を覆った。
 完全にトラウマになっているらしい。
 百花が心配そうに誓志の頭を撫で、視線を私に向ける。
「一花ちゃん。そんなにチカくんはイジメられているの?」
「イジメてるわけじゃないとは思うんだけど、昔、ご先祖様がね。弟は姉の玩具だって須久奈様に教えたらしくて……。たぶん、そんなところから誓志には塩対応なのかも」
 あくまで”たぶん”という推測なのに、百花は「おもちゃ…」と絶句し、誓志は「むちゃくちゃだ」と座卓に突っ伏した。
「……一花ちゃん。須久奈様に、チカくんをイジメないように進言できる?」
「ちゃんと言ってる。イジメるなって。その時は、分かったって言うんだけど、基本的に口だけ。話が通じてそうで、通じてないのが神様なんだと思う」
 神様と人との違いだ。
 注意した時は、しっかりと「もうしない」と反省を口にするのに、何がダメなのかが分かっていないので、同じことを繰り返す。それに対する罪悪感もない。価値観といえばいいのだろうか。寝食を共にしていると、根本的なところが大きくズレているのを感じる。
 誓志に対する接し方は、根気よく善し悪しを教えなければならない。
「でも、須久奈様も誓志を大事にしてるよ?ここでのお清めを許可したのは須久奈様だもん。もし嫌いだったら、もっと手痛い目に遭わせてると思う」
「手痛い目って…」と、百花が怖々と胸の前で手を組む。
「意外と短気だし、気性も荒いから、すぐに手が出るの」
「そう…なの?」
 百花が息を詰める。
「今日は危うく目の前で神殺しを目撃するところだったわ…」
「え?」と、百花が目を丸める。
「神直日神に手を上げたのよ」
「手を上げるとか生温いもんじゃないよ。…人間だったら死んでるくらいのビンタ食らって、内臓破裂の蹴りも食らって、血…吐いてた」
 誓志は朝の恐怖を思い出し、大きく震えあがった。
「以前も審議にはなったけど、一応、基本は恥ずかしがり屋で人見知りだよ?」
 あはは、と笑ってみても、誓志の青い顔に血の気は戻らない。
 百花もドン引きの顔だ。
 今や百花よりも須久奈様の素を知る誓志は、まるで怪談でも披露するように声のトーンを落とした。
「今日で確信した。それってイチ姉に対してだけだよ」
「そんなことはないんじゃない?女子限定かもしれないけど、根底には恥ずかしがり屋っていうか…コミュ障というか、人見知りがあるんだと思うよ。おばあちゃんから、うちの神様は恥ずかしがり屋なのよって聞いたんだもん」
 ね?と百花を見る。
「ええ。確かにそういう風に聞いてはいたけど、実際にはよく分からないの。言ったでしょう?私たちが離れを訪ねる時、須久奈様は押し入れにこもってるの…。お言葉も二言三言で、会話らしい会話はないのよ」
 百花はそれが恥だと思ったのか、消沈して俯く。
「恥ずかしいから押し入れから出て来ないのよ」
 私は笑って、須久奈様を真似てもじもじと指を絡める。
「こんな感じで、いっつももじもじして、挙動不審な喋り方して、緊張すると吃音。ネガティブで、5秒も目が合わせられないんだから。誓志だって見てたでしょ?」
「イチ姉にはね」と、誓志が嘆息する。
「百花ちゃんとはどうだった?二言三言でも、喋ってるなら雰囲気は分かるよね?」
 百花に目を向ければ、百花は押し入れを見つめながら頬に手を当てた。
 困惑した顔で記憶を手繰り、ゆるく頭を振った。
「挙動不審な喋り方でも、吃音でもないわ。どちらかと言えば素っ気ない感じよ。印象としては寡黙で、気難しい御方なのかと思ってたくらいだもの」
 誰だそれはと問いたくなる。
「ほら、イチ姉に対してだけなんだよ。イチ姉にベタ惚れだからじゃないの?」
 それはない。
 初めて会った時から、須久奈様は挙動不審だったのだ。しかも、私のことを”ちんちくりん”と呼んだのだ。仮に私がベタ惚れ相手なら、”ちんちくりん”なんて呼ぶはずはない。
 なのに誓志は、部屋をぐるりと見渡して大きく息を吐いた。
「須久奈様はさ、うちに加護を与えてくれる神様だと思うよ。俺を清めてくれたし、実際、うちで障りを受けてる人はいない。でも、優しさに関してはイチ姉限定なんだよ。俺たちは、畏敬の念を忘れちゃダメだし、距離感を見誤っちゃダメなんだ。一番怒らせちゃダメな神様だと思う」
 誓志は真剣な面持ちで百花を見据えた後、苦い顔で私を見た。
「イチ姉も!イチ姉にベタ惚れだと思うけど、もう少し言動に気を付けないとダメだ。見ててヒヤヒヤするから」
「ちゃんと気を付けてるよ?神様だもん。敬意は払ってるし、身の回りの世話だって完璧にしてる」
 私は言って、毎日乾拭きしている畳に指を滑らせ、「埃ひとつない」と胸を張る。
 なのに、誓志は両手で顔を覆って、「そうじゃないだろ…」と呻いた。
「見てて怖いんだよ。俺たちだって、些細な切っ掛けで喧嘩とかするだろ?相手が神様なら尚更だ。何が地雷かなんて分かんないんだから」
「そ…そうね」
 百花が青い顔で私を見る。
「チカくんの言う通りだわ。一花ちゃん。くれぐれも須久奈様に粗相のないように注意は払ってね」
「気を付ける」
 とは言ったものの、何を気を付ければいいのか、イマイチぴんとこない。
「私たちも今までは須久奈様のことを個として考えていなかったけど……考えを改めないといけないわね」
「須久奈様は須久奈様でしょ?」
 思わず首を傾げると、百花が苦笑した。
「今まで、須久奈様の個性を考えることはしなかったの。そういう考えすら及ばなかった。神様という…我が家に受け継がれてきた記録のみを重んじてたの。例えば、人前に出るのを嫌うとか、外には出ないとか、睡眠はとらないとか、助言を求める際は簡潔に……細かな作法も含め、昔からのルールを疑うことなく信奉して、須久奈様に意見を仰ぐようなことなかった。それが正しいのか、間違っているのか、勝手なイメージで作られた作法なのかすらも確認しなかったのよ…」
 寂しそうな口調で、百花は小さく息を吐いた。
「考えれば、失礼な話よね。助言や救済ばかりを求めて、それに応じてくれるのが当たり前だと思っていたんだから」
「大丈夫よ。須久奈様は怒ってないし。それより、百花ちゃん。神楽の方は準備万端なの?」
 昨日は夜の11時近くまで音合わせをしていたと聞いたのに、今日は2時間も早く帰って来たのだ。順調なら問題はないけど、メンバーの誰かが不調を訴えてのことだったら一大事だ。
 私の心配を他所に、百花は微笑んだ。
「整ってるわ。明日に向けて、今日は休養を兼ねて早めに終わったの。明日の朝、個別に稽古を行って、昼に神楽殿で最終調整になるわ」
 百花は「ただ…」と顔色を曇らせる。
「今のところ、深刻な障りが出ている人はいないけど、それでも何かしら具合の悪そうな人は多くて心配なのよ…」
「楽器の人が倒れたらどうすんの?」
 誓志が首を傾げれば、百花はゆるく頭を振った。
「ちゃんと代役はいるのよ。今回は特殊だもの。私の代わりにお母さんがいるようにね。それでも1人でも欠員が出たら大変なの。体調不良でも、ミスは許されないわ」
 神楽は完璧を求められる。
 僅かなズレも許されないのは、神様へ畏敬の念を込めているからだ。
 須久奈様なら、「ズレた」と言って笑いそうだけど、そういう問題でもない。
「明日はどんなスケジュールなの?昼から最終調整なら、神事は夕方くらいに行われる感じ?」
「朝から始まるわ」
 百花は言って、ワイドパンツのポケットからスマホを取り出した。
 スマホの画面に指を滑らせて、スケジュールを再確認する。
「お父さんから聞いた話によると、午前10時スタートね。槙村さんと町内会の役員の人たちが稲荷神社で参拝するの。参拝が終わると、順次、町中の神様に祝詞の奏上を行っていくことになってる」
「町中って…道祖神とかも含めて?」
「そう。全て」と、百花が頷く。
 それは一仕事だ。
 私たちが手を合わせるのと違って、正式な神事に組み込まれているのなら、1宇、1宇に時間がかかる。
「お父さんたちは?」
「お父さんは槙村さんに同行するわ。お母さんは稽古と婦人会を行ったり来たりね。婦人会は料理担当よ。私たちの食事や、宴会のご馳走を作るの」
「宴会?」
「打ち上げ的な?」
 私と誓志は顔を見合わせ、首を傾げる。
 百花は苦笑し、スケジュールの説明を進める。
「槙村さんたちが町を回っている間に、他の町内会の人たちが大祓の準備に取り掛かるわ。投光器…というのかしら?野外で使う照明。それを神楽殿に取り付ける他に、篝火も設置するそうよ。ただ、場所が場所だから、火事にならないように消火器も用意しなくちゃダメということで、消防団の人たちの手を借りると聞いてる」
「照明を設置って、夜もすんの?」
 誓志が眉宇を曇らせる。
「開始が4時半からよ」
「遅っ」と、誓志が目を丸める。
 12月末の大祓は除夜祭があるけど、6月末の大祓は夕刻には終える。
 基本、ここの神事は夕方以降はNGとなっている。今までの緊急の大祓でも、私たちは夕刻には役目を果たして家路に着いている。除夜祭ですら、久瀬家は不参加だ。それが今回は、夕刻スタートなのだ。
 思わず、私も顔を顰めてしまった。
「今回は逢魔時おうまがときに合わせているのよ」
「おうまがとき?」
 誓志と声を揃え、首を傾げた。
「魔に逢う時刻で、逢魔時。夕刻…黄昏の時間帯のことを言うの。黄昏は、”誰そ、彼”とも言って、薄暗くなる時間のことを示していると言われているわ。ほら、黄昏時って薄暗くて人の顔が見え辛くなるでしょ?」
「誰そ彼は分かるけど、なんで逢魔時って言うの?すごく不吉な音じゃない?」
 私が言えば、誓志がしきりに頷く。
「怖いモノに遭う時刻と言われてもいるからよ。逢魔時の”まが”という音は、禍々しいという意味からきていて、大きな禍の時で、大禍時おおまがときとも言うと聞いたことがあるわ。どちらにしろ、不吉な音なのだけど…」
「いや…だったらなんで、そんな時間帯にすんだよ…」
 誓志がそわそわと首を窄める。
「黄昏時は神様との世界が曖昧になって、神様と意思疎通が可能になる時間帯でもあるというの…。今回は、神様の御神託を聞く意味を兼ねてのことよ。本来、ここの神事は境界線が曖昧になる時間帯は避けられているの。うちの事情ね。私も一花ちゃんも、夕暮れの神社には近寄ってはダメ、日が暮れるまでに帰りなさいと教えられてきたでしょう?」
「意味があったの?」
 知らなかったと、目をぱちくりさせてしまう。
 百花は呆れたように嘆息する。
「どんな神様と出会うか分からない。鬼が出るか蛇が出るかも知れない。一花ちゃんが今回、荒魂に目を付けられたように、私たちは何に魅入られるか知れない。そのリスクを減らさなきゃならないのよ。無思慮に神様と目を合わさないようにという配慮も込めてね」
「うわぁ。私、強運だったんだ。めちゃくちゃ肝試しして、お母さんに怒られてたわ」
 けらけらと笑う私に、誓志が「違うんじゃない?」と肩を竦めた。
「意外と、須久奈様が見守ってたとかじゃないの?」
「だったら、なんで今回は荒魂に目を付けられちゃうのよ」
「子供の頃のイチ姉は危なっかしかっただろ?成長してまでバカはしないと思ったんじゃない?」
「バカってなによ」
 ムッと頬を膨らませる私に、百花は小さく笑った。
「とにかく、今回の神楽の奉納が始まるのは逢魔時と言われる酉の刻。午後6時半開始に決まったの。休憩をとりながら、夜明けまで。12時間の神楽よ」
 普段の神楽で40分から1時間。
 今まで大祓で奉納した神楽でも、最長で2時間ほどだった。
 須久奈様だったら、「そんなに長時間の舞はいらない」と言いそうだけど、決定事項が覆ることはない。恐らく、過去にも障りが発生し、今回と同様の処置をしたことがあったのだろう。その記録を基に、神事の進行が決定しているのだと思う。
 ただ、現代では時代錯誤甚だしい過酷さだ。
 代役がいると言ったのは、その為だったのだ。
 私と誓志が心配そうに百花を見つめていたからか、百花が慌てて笑顔を取り繕う。
「今回は災害に対するものとは違うから仕方ないわ。それに、十分な休憩を挟むから大丈夫よ。お母さんもいるんだもの」
 そうは言っても、境が曖昧になるような時間帯に神事を行うのは恐怖でしかない。
「もしも……もしもよ?逢魔時に神様との世界と繋がってしまったら注意して」
 百花と誓志が神妙な面持ちになった。
 私は誓志を見る。
「今日、ヤサカ様と会ったでしょ?」
「うん」と、誓志が落ち着きなく体を揺らす。
「誓志にも須久奈様たちが見えたのは、あれが神域だったから。神域というのは、大まかに言って、神様が創りだす空間のことなんだって。神様の領域だから、私たちは異物になる。異物だから、そこが凄く怖いの」
 百花が固唾を呑む。
「あれは須久奈様が創りだした神域だから害はなかったけど、それでも異物だった私たちは怖かった」
「害…があるの?」と、百花の問いに、私は頷いた。
「須久奈様が言ってた。神域から出られない人のことを、”神隠し”というんだって…」
 しん、と水を打ったように部屋が静まった。
 ゲコ、ゲコ、とカエルの声が、いつも以上に五月蠅く感じるほどだ。
「で…で、でも!」
 お通夜ムードを払拭するように、誓志が声を張り上げる。
「万が一、神隠しみたいなことになっても、須久奈様が探してくれるんだよな?」
「当たり前でしょ!」
 100パーセント、捜してくれる。
 でも、神域がどういう構造なのかは分からない。もしかすると、私が思っている以上に複雑で、広大かもしれない。
 自分の想像に背筋を寒くして、ぶるり、と身震いする。
「一応…御守りを作ってもらうわ。だから安心して、百花ちゃんは神楽に集中してて」
「起こってもいないことを不安に思ってても仕方ないわね。今は、荒魂の穢れを、少しでも祓えるように努めるわ」
 百花が気合いを入れるように拳を握り、「よし」と声を上げる。
 神楽の心配は不要だ。むしろ、畏ろしいモノからちょっかいを出されるのが心配だ。
 そこまで考えて、はたと思い出した。
「忘れてた!神主さんに御神木のお清めも進言してほしいんだけど…出来る?」
「御神木を?」
 百花が首を傾げる。
 誓志が「そうだった…」と暗鬱とした表情で天井を仰ぐ。
「今回の始まりが、御神木なんだってさ。昔、丑の刻参りが流行って、バカが御神木を使って儀式をしたらしいよ」
「儀式は7日間。穢れに気付いて須久奈様たちが駆けつけた時には、御神木に7つの藁人形と首吊りが1体。そして、運悪く御神木に取り憑いてた荒魂がパワーアップして障りが大暴走」
「……嘘でしょ」
 と、百花は顔面蒼白で、目を伏せた。
 大杉である御神木は、稲荷神社のシンボルだ。立派な幹には注連縄が巻かれ、神事の際には神饌が捧げられる。
 久久能智の巡回木なだけあって、清浄なる空気の源だ。
 そんな御神木が、遠い昔とはいえ、呪術の場として穢されたのだ。百花の衝撃は、重々理解できる。
「その時に封じられた荒魂が、今回、復活しているの」
「なんてこと…」
 百花は声を震わせ、胸の前で手を組む。
「槙村さんには私から、それとなく…」と言葉を切り、「うんん」と頭を振る。
「私より、お母さんから伝えてもらった方がいいわね。須久奈様の御言葉を、そのままお母さんに伝えて、御神木をお清めしてもらうわ」
 神事について、久瀬家の意見は無視できない。
 そのことは、世襲で神主を務める槙村家も理解している。お清めする場所が1つ増えただけで、狼狽えるような狭小な神主でもない。
「それじゃあ、私なんだけど。須久奈様が戻らないとなんとも言えないけど、昼頃までには神社に顔を出すわ。御守りはその時ね。で、誓志は留守…」
「俺もイチ姉と一緒にいるよ。見えないけど、勘が良いから、俺がいた方が心強いだろ?」
 誓志がニカッと笑う。
 確かに、誓志が一緒だと心強くはあるけど……と、迷いが顔に出ているのか、誓志は意志は固いとばかりに腕組みをした。
「俺だけ安全な家の中で待つなんて嫌だからな」
 どこかで聞いたようなセリフだ。
 私は思わず笑った。
 百花が困惑した顔で誓志を見つめ、頭が痛いとばかりに額に手を当てた。
「百花ちゃんを説得出来たら、私は何も言わない」
 百花に丸投げにするのは、誓志の気持ちも理解できるからだ。
 誓志は「分かったと!」と鼻孔を広げ、気合いを入れて百花に向き直る。
「モモ姉!」と先制攻撃する誓志を見ながら、私は正座を崩した。座卓の上のスマホを軽くタップすれば、午後10時56分と時刻が表示される。
 須久奈様が出かけて9時間は経つ。
 早く帰って来ないかな、と思う自分がいるのが面白い。
 油断すればニマニマと緩みそうになる口元をきつく結んで、私は無言のまま、2人の言い合いを傍観することにした。
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