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薬缶に火をかけ、急須に茶葉を入れる。
茶葉の量は適当だ。
2人分の湯呑を用意したところで、カラカラと脱衣所の引き戸が開いた。
手を伸ばし、壁伝いに出て来た誓志は、律儀にも頭からすっぽりとバスタオルを被っている。「イチ姉」とヘルプの声を出し、どっちへ行けばいいのか分からないと、おろおろしている。
「こっち」
声をかけて、誓志の手を取る。
「足元は見えてる?」
訊けば、誓志は俯きながら「ギリ」と答えた。
「段差は殆どないけどね」
それでも躓かないようにすり足で歩を進める。
畳の縁を踏ませないように歩かせ、座布団に座らせた。
誓志の正面には、なんの気まぐれか、頬杖をついた須久奈様がいる。紺地の着物から、灰褐色の縞模様が涼しげな浴衣に着替え、じっとりと誓志を観察している。観察とは言っても、誓志の顔はバスタオルで見えないのだけど、神様には神様なりの感じ方があるんだと思う。例えば、ニオイとか。
薬缶がピーと沸騰を知らせて私が離れると、須久奈様はゆっくりと背筋を伸ばし、顎を撫でる。
徐に、須久奈様が利き手を誓志の鼻先に近づけると、びくり、と誓志が肩を震わせた。
須久奈様の手に反応したように見えた。
お茶の準備の手を止めて見入っていると、須久奈様は座卓に手を付き、腰を浮かせた。前のめりに誓志の顔を覗き込むと、今度は誓志が仰け反る。
「誓志、大丈夫?」
「………なんか………怖い感じなんだけど……俺、いても大丈夫なの?」
ぶるり、と誓志が身震いする。
須久奈様を見れば、心なし悪人面でほくそ笑んでいる。まさか本当に弟を玩具だと思っているんじゃないだろうかと危惧する中、唐突に須久奈様は誓志のバスタオルを剥ぎ取った。
誓志の肩が大きく跳ね上がる。
まん丸に目を見開いて、額に汗の玉を浮かせ、悲鳴を上げないように唇を噛みしめている。胸の前で手を握り、怖々と左右を確認している様子から、目と鼻の先にいる須久奈様は見えていないらしい。
それが奇妙であり、恐ろしくも感じる。
初めて、須久奈様が人ではない存在だと理解できた気がする。
誓志の恐怖はそれ以上だ。真っ青な顔で私を見て、「イチ姉…」と情けない声を絞り出す。
「須久奈様の悪ふざけだから」
大丈夫なはず、と自分に言い聞かせて、止めていた手を動かす。
それにしても須久奈様の行動を見るに、引きこもりの恥ずかしがり屋とは少し違う気がする。目隠しを強要していたはずが、今は至近距離で誓志の目を見据えているのだ。
「す…須久奈様は何処にいるの?」と、誓志が上擦った声で私を見る。
目の前にいる、と答えるより先に、「ここだ」と須久奈様の手が誓志の顎を掴んだ。
もはやホラーだ。
水責めを彷彿とさせる掴み方に、誓志は今にも泣きだしそうだ。
「す…す、す、す、す…須久奈様ですか…?こ、声も…」
「弟。見る目はないが、感覚は3人の中で一番鋭いな」
須久奈様が魔王のように悍ましい笑顔を作る。
まぁ、単に笑うことが下手なだけだけど。
「誓志の何が鋭いんですか?」
2人の前にお茶を置いて、私は誓志の隣に座る。
須久奈様と目が合うと、須久奈様は誓志から手を離して顔を赤らめた。乱暴に誓志の顔にバスタオルを投げつけ、もじもじと座り直す。
もしかして、須久奈様は単に女性が不得手なだけじゃないだろうか。そうでなければ二重人格だ。
確信を呑み込んで、須久奈様から誓志に視線を移す。
誓志もバスタオルで顔を隠しながら、緊張気味に正座を整えて背筋を伸ばした。
須久奈様はお茶をひと口飲んで、「………感覚」と呟く。
さっきまでの泰然とした態度が一転して、俯きがちにもじもじと指を絡ませる。
「そ…その……に、人間の言葉を借りれば…霊感とか第六感とか直感とか。見る力はなくても、動物みたいに感覚が鋭いということ」
例えば、と須久奈様が誓志の顔の前で手を振った。
誓志は無反応だけど、須久奈様の手が止まったと同時に、誓志は「ひっ」と声を上げて仰け反った。
「何をしたんですか?」
「少しだけ…恐怖を与えた」
えへへ、と照れたように笑ってるけど、平然と”恐怖を与えた”なんて言ってしまう須久奈様が畏ろしくなる。
「誓志。大丈夫?」
誓志の背中に手を添えて、バスタオルの奥の顔を覗き込む。
ああ、泣いている。
「須久奈様。次やったら怒ります」
「も…もうしない…」
しゅん、と項垂れた。
「あんたも泣かない」
背中を叩けば、「泣いてない…」と涙声が反論する。
バスタオルで顔をごしごし拭いて、崩れた正座をたどたどしく整えた。
「でも、誓志の怖がりが理解できました」
学校では、直に岩木先輩から圧をかけられた私よりも恐怖に慄いていた。今日だけじゃなく、子供の頃から異常な怖がりだと心配していたのだ。
得心した。
軽く誓志の肩を叩く。
「今回は誓志の勘で助かったわ。私が叫ぶより早く動いてくれたもんね」
「あれは見るからに異常だったし……急に悪寒が止まらなくなったし……。イチ姉の目…舐めようとしてただろ?」
ぴくり、と須久奈様が反応した。
もじもじとした恥じらいを捨て去って、じっと私を見ている。
なんとも居心地の悪い視線に、思わず首を窄める。
「い…一花。本当か?」
「…目が美味しそうだって…」
思い出しただけで気持ち悪さに肌が粟立つ。
誓志が「うぇ…」と呻いた。
須久奈様は顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。視線をお茶に落とし、気難しい顔のまま私に視線を戻した。
「そ…それは、一花の目は貴重だからだ。食べるという行為は…相手の力を取り込む意味がある」
一気に鳥肌が立った。
首を窄め、二の腕を摩る。
「き、昨日は聞き忘れたけど…一花は…どこで障りをもらった?何と会ったんだ?」
「具体的には会ってません」
会ったというか、見たというか。
あまり思い出したくはない記憶を手繰る。
「見ただけです。手でした。浅黒い……たぶん、子供の手。あと微かな笑い声」
誓志がバスタオル越しに私を凝視しているのが分かる。
「どこで?」
この質問には恥ずかしくなって、私は目を泳がせる。
「…一花」
ほんの少しだけ叱責を孕んだ口調も、情けなく眉尻を下げた表情では迫力に欠ける。
「と…とても大切なことだから…」
「………神社。稲荷神社です。その…笑わないって約束してくれますか?」
訊けば、須久奈様は「…する」と頷いてくれる。
「おかしな話なんですけど…ここの稲荷神社って、恋愛成就の噂があるんです」
約束したはずなのに、須久奈様は「…は?」と目をぱちくりさせた。
それから指をもじもじ絡めて、「あのな」と笑いを噛みしめる。
「い、稲荷は…宇迦之御魂を祀る神社なんだ。宇迦之御魂の宇迦は穀物を意味してる。つ…つまり五穀を司る神で、縁結びの神ではない。じ、神社によっては商売繁盛とか…色々な益を謳っているかもしれないけど、宇迦之御魂自体は普通の五穀の神で…う、宇迦之御魂に縁結びができるなら、俺だってできて……」
そこまで言って、須久奈様は私の冷え冷えとした視線に気づいた。
「えっと…笑ってはない…」
もにょもにょと口籠る。
「私だって分かってますよ!馬鹿正直に恋愛成就なんて思ってません。神社まで付き合うくらいなんだから、高確率で告白が成功するのは目に見えてます」
「こ…こ、告…白」
愕然とする須久奈様にため息が落ちる。
ジェットコースター並みの情緒を見せる前に、「須久奈様」と宥めるように声をかける。
「稲荷神社の恋愛成就には2つの噂があるんです。1つは、稲荷神社で告白すれば必ず成就するというものです。そして、もう1つが幸運の四つ葉のクローバー。境内で見つけた四つ葉のクローバーには、恋愛成就のパワーがあると言われているんです。恋愛成就じゃなくても、四つ葉のクローバーは幸運をもたらすと言われてるから、押し花にして姉のプレゼントにしようと思ったんです」
少しばかり早口に言って、「結局」と声のトーンを落とす。
「神社の前で逃げました。鳥居に手がしがみついてたのが見えて、怖くなって逃げたんです」
「イチ姉……それ、本当?稲荷神社で障りを貰うなんてある?ここの神社は無人だけど、手入れされてるし、大切に祀られてるよ?」
誓志の言うように、ここは穢れるような土地じゃない。
稲荷神社の他にも小さな社や祠、道祖神が点在する。お寺へと続く道沿いにはお地蔵さんが並んでいるし、檀家さんはお寺だけでなくお地蔵さんも大切に取り扱い、清掃を欠かさない。
それでも、見たのだから仕方ない。
ちらりと須久奈様を見れば、須久奈様はゆったりと腕を組んで無言で私を見据えている。口を挟まないということは、誓志に同意なのだろう。
「それでも見たものは見たとしか言えない」
私は言って、誓志に向き直った。
「それと関係があるかは分からないけど、クラブ棟に行ったのは、誓志に訊きたいことがあったから」
「あ…」と、誓志が思い出したように頷いた。
「なに?」
緊張に強張った声で、誓志も私の方へ向き直る。
「最近、風邪が流行ってるのは知ってる?流行ってるって言っても、うちのクラスは2、3人が咳き込んでるくらいなんだけど」
「俺のクラスでも咳してる奴はいるけど、それが神社の件と関係あるの?」
困惑気味に言って、誓志が首を傾げる。
「関係あるかは分からないんだけど、風邪の原因が”北のサイカミ様”が穢れたせいだって聞いたんだよね」
「北のサイカミ様?」
「情報源は兼継さんなんだけど」
「兼じいかぁ…」
誓志は苦々しく唸った。
「呪いだ、祟りだ、妖怪の仕業だって言うのが口癖の人だからなぁ…。兼じいの妖怪話は色々聞いてきたけど、北のサイカミ様って初めて聞くよ」
「なんとなく、今回は嫌な予感がするんだ…」
私が鬱屈としたため息を吐くと、「それは恐らくサイカミじゃない」と須久奈様が口を開いた。
「須久奈様は知ってるんですか?」
須久奈様に向き直って訊けば、須久奈様が「いや」と頭を振る。
「でも、推測はできる」
須久奈様はお茶に視線を落としたまま、僅かに口角を捻じ曲げた。
「”北の”と”穢れた”という言い方から、それは神や精霊のような守護するものの一種じゃないか?」
「どうして北だと神様とか精霊なんですか?」
純粋な疑問が口を衝く。
お茶を見据えていた須久奈様と目が合った。途端に須久奈様は気恥ずかしそうに頬染め、胸の前で指を絡ませ、「そ、それは…」と目を泳がせる。
「ほ、方角。い…い、一花」
ちらり、ちらり、と私と視線が合う度に、須久奈様はしどろもどろになる。
「こ、この町のどの方角に…い、稲荷があるか分かるか?」
「北?」
「せ、正確に北東。北東は…き、鬼門の艮、その反対の南西を裏鬼門の坤。き、鬼門というのは…昔から、お、鬼が出入りする方角で、悪しきものは全て艮から来ると恐れられている。だから、艮の護りを固めるという意味で、この町の稲荷は北東に位置する。せ…正確には、稲荷が先で、その後…町が広がったんだけど……神社の裏が鬼門を、表が…う、裏鬼門を向いている。あ…裏鬼門は鬼門と揃いで、不吉な方角のこと。つまり、北にあるサイカミが穢れたということは、サイカミというのは鬼門除けとする何かじゃないかって思ったんだ」
「それなら北東のサイカミ様になるんじゃないですか?」
須久奈様に倣って、重箱の隅をつつく。
なのに、須久奈様は「へへへ」と笑う。
「一花だって…稲荷を北と言ったろ?ほ、北東を大雑把に北と言うようになったと仮定すると、サイカミは塞の神の愛称じゃないかと思ったんだ」
「サイノカミ?カミってつくから神様ですか?」
「…神…?」
須久奈様は腕を組み、困惑顔で唸りながら首を傾げた。
「い、伊邪那岐と伊邪那美が黄泉平坂で一悶着を起こした時に遡って説明するな。かいつまんで話せば、伊邪那岐は伊邪那美を連れ戻しに行ったくせに、約束を違えた挙句、変わり果てた伊邪那美の姿に悲鳴を上げて逃げ出したんだ。それに伊邪那美が激昂した。あ…あれは、伊邪那岐が馬鹿だったと思うよ。お、俺は、伊邪那美に同情してるけど……雷神に黄泉軍を率いさせて伊邪那岐を追いかけたのはやり過ぎだよな…」
「ヨモツイクサって何ですか?」
私が訊けば、須久奈様は「えっと…」ともじもじと指を絡める。
「黄泉の軍と書いて黄泉軍。意味はそのまんま黄泉の軍勢で、黄泉に巣食う鬼とか……そういうの。伊邪那岐は黄泉軍を追い払うと、最後に千引の石で道を塞いだんだ。その千引の石に道返之大神と神名を与えている。道返之大神は塞の神信仰の元になる神で…塞の神のサイとは塞ぐと書く。道返之大神は黄泉から悪しきものが溢れるのを防いだ神ということから、塞の神は悪しきものの侵入を防ぐ神として信仰されるようになった。まぁ…俺から言わせれば大岩なんだけど…。人間は、石とか岩とかに結界の呪力を結び付けることがあるから、大岩に塞の神信仰を重ねても不思議な話ではない」
淀みなく言い終えた後、須久奈様は私をちらちらと見る。
「ち…ちなみに…」と、須久奈様は唇を尖らせた。
「道返之大神は伊邪那岐と伊邪那美に対話の場を設けたことから縁を祈る神ともされている。じ、じ、じっ、実際は…大岩を挟んで口論する二柱の間に、菊理媛が仲裁に入ったんだ…」
予想外のところでククリヒメの登場だ。
「と、とにかく…俺は、北のサイカミとは塞の神信仰だと思う」
「あ…えっと…質問、いいですか?」
怖ず怖ずと誓志が手を上げた。
須久奈様が「なんだ?」と冷淡な声で誓志を見る。
やっぱり二重人格だろうか…。
「あ…はい。すみません。あの……北のサイカミ様が塞の神信仰だとして、方角的に稲荷神社と同じということは、稲荷神社の周辺に大岩が祀られている可能性があるってことですよね。でも、稲荷神社の近くで大岩なんて見たことがないです。それに、聞いてると道祖神と同じかなって思ったんですが……」
「2つは根幹が違う」と、須久奈様はゆるりと頭を振った。
どう説明すべきかと、須久奈様は髪を撫で上げ、頭を掻く。
男前が丸見えだ。
貴重な御尊顔だと注視していたのに気づいたのか、須久奈様が慌てて前髪を引っ張り、真っ赤に染まった顔を隠した。
ごほん、と大袈裟な咳払いで、須久奈様が「さ、塞の神は」と続ける。
「石や岩を信仰し、疫病、悪霊などの厄災の侵入防止や縁結びなどの素質だけを見ると、道祖神と似通ってはいる。実際、混同されているが、道祖神は民間信仰だ。呼び名も様々で、幸、障、賽などの字を当て、サイノカミ、もしくはサエノカミと言ったりもするが、塞の神とは別物だ。さっきも言ったが、塞の神の元は道返之大神なんだ」
「神様が別ってことですか?」
私が問うと、須久奈様は気恥ずかしそうに頷いた。
座卓の上で指をもじもじさせ、「そ…そもそも」と言って視線をお茶に落とした。
「い、一花たちは塞の神、道祖神と”神”が付くから神様だって有難がって拝んでるだけだろ?」
誓志と一緒に頷く。
「べ…別に…神と付くものに神が宿ってるわけじゃない。道祖神に至っては民間信仰で………民間信仰っていうのは自然崇拝とか祖霊信仰とかだ」
これまた誓志と一緒に首を傾げる。
須久奈様は「えっと…」とか「つまり…」と言葉を探す。
「自然崇拝っていうのは…そのまんま。自然を崇拝する。に、にん、人間は色んなものを崇拝するだろ?巨木や巨石を神籬として祀ったり、自然現象を神の怒りと畏れたり、毛色の変わった動物を神の使いと崇めたり…。祖霊信仰の意味もそのままだ。先祖のこと。民間信仰を簡単に言えば…人間の拠り所で作られた信仰心。むか…昔は今のように気軽に世界中に行けるわけじゃなかった。村で生まれれば、外を知らずに村の中で一生を終えるような……そんなことが当たり前の世だった。悪いものは全て村の外から持ち込まれる。旅人や商人。そんな者から流行り病が村に侵入していた時代、村境や四辻に結界の意味を込めて石を祀るようになった。石や岩は防塞として、結界の呪力があると信じられていたからだ。石は道祖神と崇められるようになったけど……地域によって名称も形態も違ったりする…。道祖神をサイノカミと呼ぶ土地もあるけど、ここは昔から道祖神は道祖神と呼んでいるから……北のサイカミが道祖神と同一とは思えない……」
須久奈様はお茶で喉を潤し、「ふぅ」と息を吐いた。
「民間信仰って神様とは別ってことですか?」
よく分からない、と唇を尖らせる。
「えっと……い、一花の思う神ってどんなのだ?」
「雲の上で杖をついた白髭のおじいちゃん」
天井を指さして言えば、須久奈様は口元に手を当てて「馬鹿だなぁ」と笑う。
八つ当たりと理解しつつ、誓志の脇腹を殴る。「痛っ」と身を捩って抗議する誓志を無視して、「それがなんですか?」と須久奈様に向き直った。
「や、八百万の神って聞いたことあるだろ?」
私は頷く。
「八百万の神というのは、民間信仰からなる神だ。や、八百万っていうのは…いっぱい、という意味。人間は万物に神を見つけたんだ…。大きな岩とか、奇妙な形の石とか、大木とか、動物の木乃伊とか…長年使い続けた物にも神を宿らせた。他にも、怨霊と化して災いを齎されるのを恐れ、人間自体を祀って怒りを鎮めたりした。え、えっと……一花は知ってるかな?す、菅原道真とか平将門とか……」
「知ってます」
ちょいちょい馬鹿にしてくる。
須久奈様は「一花は物知りだな」と微笑み、指をもじもじさせる。
「お…俺は…人間が作った…というか、神に祀り上げたものまでは把握してないけど……それらの有象無象を八百万の神っていうんだ」
神様を有象無象と言ってしまう辺りが須久奈様な気がする。
「それじゃあ、道祖神は八百万の神が宿っているんですね」と誓志。
「そうとも言い切れない。元々何もないところから始まる信仰なんだ。例えば、形の変わった石を見つけた村人が、これには特別な力があるに違いないと村境に置き、道祖神として拝み始める。この時、石は石でしかない。でも、長い間、信仰対象として祀られ続ければ……その……何かしら宿ったりする」
何かしら…という言葉が不吉に聞こえて、私と誓志はぶるりと身震いする。
「何かしらって何ですか?」
「い、一応…宿れば神と言われる。つまり、八百万の神」
「神様の定義、大雑把すぎません?」
「だから有象無象なんじゃないか?」
興味のないことがひしひしと伝わる口調だ。
「確認なんですけど、須久奈様は八百万の神と違うんですよね?」
「お、俺は違う!」
須久奈様は大きく頭を振った。
「お…俺は怒んないけど、怒る奴もいるから…そ、そういうことは言わない方がいい」
「分かりました。ごめんさない。気を付けます」
ぺこり、と頭を下げると、須久奈様が慌てたように手を伸ばして来る。
「べ、別に俺には大丈夫。一花が不勉強なの知ってるから!」
顔を真っ赤にして叫んでるけど、全然フォローになっていない。
小さく笑った誓志の脇腹に再度肘鉄を食らわせて、改めて須久奈様に向き直る。
「ここの北のサイカミ様は、道祖神と違って塞の神様の可能性があるんですよね。その神様が穢れてしまったってことは……結構マズイ事態ということですか?」
想像だけで背筋が凍る。
「も…もし塞の神信仰で…神の加護下にあったとするなら、神を穢すだけの力がなければ話にならない。か、神を穢すのには…それなりの期間と執念が必要になる。た、例えば、そこの稲荷神社を穢すとする。神社自体が祭神の加護下だ。稲荷は宇迦之御魂の加護下だから、それは宇迦之御魂に喧嘩を売ることになる。なかなか難しいことだと思う」
「廃神社みたいな信仰が潰えた場所は不浄になるんじゃないですか?」
「信仰が潰えた神社は、祭神が去るだけだ。宇迦之御魂を祭神とする稲荷は無数にあるからな。祭神が去っても、穢れていなければ普通の土地に戻るだけ。宇迦之御魂とは違う、小さな社持ちの神が信仰を失った場合は、神自体が消える。人間で譬えるなら死ぬってこと。でも、そこが穢れることはない。清浄だった場を不浄にするには、人間が悪意をもって何年も何十年も相応の儀式を続けなければならない。もしくは、神と同等のものが関われば、手っ取り早く不浄の場となる」
「神様と同等のって悪魔とかでしょ?悪魔なんてファンタジーのキャラクターはいないから、兼継さんの空振りなのかも」
私が肩を竦めると、誓志が驚いたように肩を跳ね上げた。
「いや…神様がいるなら悪魔もいるだろ?」
「見たことないのは信じないの」
笑いながら言う私に、須久奈様が頭を振った。
「禍津日がいる」
「マガツヒ?」
私と誓志の声がハモる。
「厄災を司る神。黄泉国から戻った伊邪那岐が禊を行った際に生まれた2柱だ。八十禍津日神と大禍津日神。禍津日なら清浄なものを穢すくらいは造作もない。加護下にある塞の神を穢すことも――――――」
そこまで言って、須久奈様は丸々と目を見開いた。
心なし青褪めた顔で、ゆっくりと後退すると四つん這いになった。そのまま静かに背中を見せると、襖を開き、音もなく押し入れへと退場する。
「…え?」
思わず間抜けな声が零れてしまった。
「イチ姉。どうしたの?」
「あ~…なんか疲れちゃったみたい」
誓志の頭のバスタオルを取ると、誓志は不安そうに周囲を見渡す。
「退場して行ったから大丈夫。久々にいっぱい喋ってエンストしたんだろうね。ちょっと急すぎるけど…気まぐれなとこあるから」
「話の途中な気がしたけど、まぁ…仕方ないか」
誓志は軽く胸を撫で、緊張を解すように大きく息を吐いた。
「お礼、言っといてくれる?貴重なお話ありがとうございましたって」
そう言って、冷めたお茶を一気に飲み干した。
足の痺れと格闘しながら立ち上がり、顔を顰め、脹脛を摩り、よたよたと歩き出す。
「誰にも見つからないように戻ってね」
「気を付ける」
浴槽の縁を踏み台に、窓の外へと出て行く誓志を見送る。
窓を施錠し、居間に戻ると、押し入れの前に腰を下ろす。一応、「須久奈様」と声をかけながらも、返答を待つことなく襖を開けた。
押し入れの中、須久奈様は大きな体を折りたたむように膝を抱え、鬱々とした根暗オーラを纏っている。
神様というか妖怪だ。
須久奈様は突っ伏していた頭を上げると、どんよりとした眼差しで私を見た。
「須久奈様。急にどうしたんですか?気分が優れないんですか?」
なるべく優しく声をかけると、須久奈様の澱んだ瞳が潤んだ。
歯を食いしばって洟を啜り上げ、えぐっ、と嗚咽を零す。
「わ…わ、忘れてた………もう…何百年も前で………忘れてた。お…お、俺が……放置してたから………俺のせいで…いっ、い…一花に…怖い思いをさせたっ」
意味が分からず首を傾げると、須久奈様は再び突っ伏した。
目の錯覚か、どす黒い根暗オーラが押し入れから溢れ出しているように見える。
思わず仰け反りそうになる嫌悪感を押し殺し、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「取り敢えず、出て来ましょうか」
ほら、と手を差し出すと、須久奈様が涙に濡れた顔を上げた。
「須久奈様」
ちょいちょい、と手招くと、須久奈様は躊躇いがちに手を掴んだ。
着物の袖で涙を拭い、洟を啜りながら這い出てくる姿は、いつになく弱々しい。
神様相手に不躾だけど、なんとなく、本当になんとなく、須久奈様の頭を「よしよし」と撫でたくなった。
そろりと手を伸ばし、頭に触れる。もっさりヘアだからごわごわしているのかと思えば、意外と猫っ毛だ。ふわふわと手触りが良い。
須久奈様は頬を赤らめ、口元をむずむず動かした。
「意味が分かるように話してくれますか?」
頭から手を離すと、須久奈様は不満気に唇を尖らせた。それから「う…宇迦之御魂…」ともにょもにょと呟く。
「む、む昔…う、宇迦之御魂に…不浄を封じてほしいと乞われたことがあった…」
突如として登場したウカノミタマノカミに、頭の中にクエスチョンマークが乱舞する。
「塞の神様とは全然違う話ですか?」
「……………同じ話」
塞の神にマガツヒ、ウカノミタマノカミ。他に何が登場するのか、想像するだけで頭の中はパニックだ。
そもそもお酒の神様である須久奈様が、なぜウカノミタマノカミに不浄を封じるように相談を持ち掛けられるのかも分からない。須久奈様は自分で全知全能じゃないと言ったのだ。
「ちょっと整理してもいいですか?」
訊けば、須久奈様は小さく頷く。
私は立ち上がって、部屋の隅に放置したままのカバンからルーズリーフ1枚と筆箱を取る。
とん、とん、と須久奈様が隣を叩いているので、素直に須久奈様の隣に戻ることにした。
座卓にルーズリーフを置いて、今までのことを整理する。
「兼継さんが騒いでいるサイカミ様は塞の神様で、塞の神様は大岩で、悪いものの侵入を防いでる。位置は稲荷神社の方角。稲荷神社の祭神はウカノミタマノカミで…」
ウカノミタマノカミは稲荷神で、五穀豊穣の女神様だ。
「どうして五穀豊穣の女神様が、須久奈様に不浄を封じる相談をするんですか?須久奈様はお酒の神様ですよね?」
首を傾げると、須久奈様は私が二重丸で囲った稲荷神社の文字を指さした。
「む…昔は呪術が日常的で……丑の刻参りが流行ってたんだ。丑の刻……い、今で言うなら…夜中の2時頃で、丑の刻は常世へ繋がる時刻とされているんだ。常世とは幽世。もしくは隠り世と言って、永久に変わらない神域のこと。現世が此処だとすると、常世は死後。黄泉国もある世だ。丑の刻参りは、な…七日間、神社の神木に藁人形や人形の木札を打ち付け相手を呪殺する儀式で…七日目にして、し、神木の結界が破れて常世から鬼が出て呪殺に手を貸す」
「ほ…本当に?」
怖々と訊けば、須久奈様は曖昧に頷いた。
「正式な手順を知らない人間がそれを行っても…それ自体に呪詛の効果はなくて…人伝の噂で効果を発揮する。噂で自分が呪われていると知った人間は、自己暗示で心身を崩す。そうすると周りの人間は、呪詛の効果だと騒ぐ。その程度の……呪術とも言えない呪術だけど、丑の刻参りの宣伝としては十分だろ?ち、力の弱い農民や女子供が…呪術に頼って…ち、力のある者を呪う。要は…精神的な抑圧を解消する手段の一つだったんだ。そ、それ…がある日…神籬に藁人形を打ち付けた戯けが出た」
「さっきも言ってましたが、ひもろぎってなんですか?」
「ひ…神籬は…神の依り代と言われる木や岩。た、たぶん、一花が想像する神木のこと。注連縄で囲った大木。ほ、本来、…神木というのは…神社の境内とか…その周囲に広がる森…鎮守の杜のことなんだ」
「特別な御神木ってことですね。それに藁人形を打ち付けた人がいたの?」
罰当たりというか、恐れ知らずというか…。
当時を思い出したのか、須久奈様は忌々しそうに顔を顰めた。
「七日目…その人間は神籬で首を括った。人を呪わば穴二つ…と言うが、あれは…己が死ぬことで呪術を完成させようと考えたんだと思う…。結果、神籬には7つの藁人形と首吊りが1体」
そんな暗い歴史があるとは露ほども知らず、子供の頃は稲荷神社で遊び回っていたのだ。御神木を見上げては、太い幹に抱きついたりもした。
それを思い出して、ぞぞぞっ、と肌が粟立つ。
「た、単なる神籬なら良い。空っぽだ。で、でも…あの神籬には久久能智の加護がある。く、久久能智の宿る神籬が穢れ、不浄の場となれば、宇迦之御魂も見限る。土地が死んで…飢饉や疫病に見舞わる」
丑の刻参りなんてハイリスクなものがよく流行ったと思う。
恐ろしさしかない。
「えっと…ククノチが何か訊いてもいいですか?加護って言うから神様ですか?」
須久奈様は筆箱からペンを取って、久久能智と書いた。ついでに、カタカナで書いたウカノミタマノカミの下に漢字で宇迦之御魂神と書く。
達筆すぎて、私の幼稚な丸文字が恥ずかしくなる。
「く、久久能智は二柱……伊邪那岐と伊邪那美の間に生まれた木の神だけど…か、神というより……精霊に近い。神籬には…久久能智が宿ることがあって…久久能智が宿った神籬は…それ自体が神祠となる。だ、だから…あそこの神籬には神饌を供えてるはずだ。神饌とは御饌…供物のこと。久久能智が宿る森は生きている証拠で……こ、こう…なんというか……感覚だから…。い、一花には分からないかもしれないけど……祈祷師とか呪術師とか…シャーマンと言われるような人間が…久久能智の森を崇めてたりする…。所謂、自然崇拝だけど…久久能智は民間信仰とは関係ないから……一花には少し難しいな」
まぁ…それは否めない。
「稲荷神社の御神木は凄いってことは分かりました」
感嘆の声を漏らすと、須久奈様は「い、今はいない」と眉尻を下げた。
「藁人形で穢れたんですか?」
訊くと、須久奈様はふるふると頭を振る。
「わ、藁人形を打たれた時は、久久能智がいない時だった……」
須久奈様が大きく息を吐いた。
「う、宇迦之御魂もそうだけど…神というのは常時いるわけじゃない…。色んな場所を巡ってる。巡回?みたいな感じ」
確かに、日本中に稲荷神社はたくさんあるし、京都の伏見稲荷大社を差し置いて、こんな片田舎の無人稲荷神社に神様が常駐しているはずもない。御神木だって数えきれないくらいあるだろうし、久久能智も長期滞在するなら天然記念物クラスの御神木の方が良いに決まっている。
「く、久久能智の宿る神籬の多くは、神の加護下にある神社。もしくは、神が管理する山や森。神の加護下にある神社は、無人でもしっかりと手入れされて、信仰心がある神社が前提だ。だから……き、貴重なんだ。き、貴重だから、久久能智がいない時を見計らって、神籬を不浄とするモノは珍しくない…。で、でも、そんなのは久久能智にとっては…日常的で……く、久久能智は戻る度に、神籬の穢れを祓う。けど……あ、あの時、す、少し厄介なのが…神籬に入ってて……そんな時に虚けが呪詛を行ったから……ま、拙いことになった」
須久奈様は冷めたお茶をひと口飲んだ。
乾いた唇を湿らせて、ペンを手に取った。
ルーズリーフに”禍津日”と書いた。
「わ、悪いことが起きて…に、人間が禍津日と騒いだ」
「確か…厄災の神様」
須久奈様が頷き、2柱の名前を書く。
「八十禍津日神と大禍津日神がいる…。例え久久能智が戻って来ても、久久能智では禍津日は祓えない…。お、俺は宇迦之御魂から…境内が不浄にさらされている聞かされて………禍津日の噂は村中に広がってたし……あちこちで動物が死んでて…穀物が枯れて……人間は間引きをするほど…酷い惨状だった」
「間引きって…もしかして赤ちゃんを…?」
怯んだ私に、須久奈様は無言で頭を撫でた。
「神は……善と悪が極端だから……厄災は…あらゆる命を奪う。そ、それで宇迦之御魂と……み、見に行ったんだ。せ、正確には…う、宇迦之御魂に連れられて…だけど」
須久奈様はうんざりとした様子で、「宇迦之御魂は強引で…嫌い」と呟いた。
それから今度は、禍津日をバッテンで消すと、横に”荒魂”と書いた。
「じ、実際は…禍津日じゃなくて…荒魂だった…。に、人間の魂を人魂と言うけど、神の魂は…荒魂と言う。荒魂は災いを成すもので……神の…穢れとか…荒々しい気性が転じたものと思ってくれていい。そ、そんなものでも神の一種で……荒魂が暴れれば…お、多くの死者が出るから…。あ、あの時は実際に…ひ、悲惨な状態で……。俺、俺たちが行った時は8日目の明け方で…形ばかりでも、呪術が終わってて…最悪だった。荒魂が全てを取り込んでたんだ。で、でも!も、もしかすると、和魂に転ずるかもしれないって!」
「にきたま?」
「に…和魂は平和な部分」
須久奈様は荒魂の上に和魂と書いた。
「だ、だから消滅させるのは気が引けて…。そうこうするうちに荒魂の穢れが酷くなって……宇迦之御魂がどうにかしろと…。すごく怒ってて…。……専門外だけど…緊急事態だったし………俺、俺が…その…大岩で封じたんだ」
―――――ん?
「須久奈様が封じたって言いました?塞の神様は?」
じっと須久奈様の顔を覗き込めば、須久奈様はふるふると頭を振る。
「お、俺がした」
「もしかして……元々塞の神様は関係してないんですか?当時の村の人たちが、勝手に大岩のことを塞の神様…サイカミ様って名付けたんですか?」
乱暴な推測だったけど、須久奈様はかくかくと頷いた。
「ず、ずっと…忘れてた!べ、別に俺がサイカミと名付けたわけじゃないし……お、俺は手頃な岩で封じただけで…。い、一花たちに塞の神と道祖神の説明してて……思い出したんだ。お、俺が封じたの……」
私の手からシャーペンが転がり落ちる。
思わず頭を抱えて、私の知る限りの須久奈様の情報を呼び起こす。
祖母は恥ずかしがり屋の神様と言っていた。
幼い頃から何度も聞かされたのは、「うちの神様はお酒の神様なのよ」だ。美味しい新酒が出来た年は、「神様の機嫌が良いのね」と母が笑っていた。逆に不作の年には、来年の豊作と美味しい新酒を願い、神様に盛大なお供え物をした。
現代の異常気象には敵わず、お供え物以上の効果を期待して、私がここにいるのだけど。
恥ずかしがり屋の神様、お酒の神様の2つの情報以外、私の頭には入っていない。
須久奈様を見ると、須久奈様はしょんぼりとした顔をしている。
「えっと…須久奈様はお酒の神様じゃないんですか?」
「お、お…俺?」
自分を指さして、須久奈様が首を傾げる。
私が頷くと、須久奈様は照れ臭そうに「そ、そうだよ」と胸の前で手を組んでもじもじする。
「お酒の神様が不浄を封じるんですか?」
「さ、ささ…酒造りの神だけど……俺は…禁厭の祖でもあるから」
へへへっ、と笑う。
笑い方が気持ち悪いけど、今はどうでもいい。
祖って言った。たぶん、元祖とか始祖とかの意味の”祖”だ。
「きんえんって何ですか?」
須久奈様がルーズリーフの隅っこに、禁厭と書いた。そこから矢印で”呪術”と付け足す。
家出した百花を呼び戻す時、”魔法”という言葉に食いついてこなかったのは、呪術の神様だったからだ。不思議な力というのに目新しさがなくて、興味をそそられなかったということだ。あと、やたらと呪術に詳しそうな口調にも頷ける。
もしかすると、須久奈様は私が思っている以上に凄い神様なのだろうか。
「あ!で、で…でも、人間を呪ったことはないっ」
ペンを投げおいて、がっしりと私の肩を掴む。
必死の形相に、私は苦笑する。
「分かってます。ただ、少し驚いただけです。お酒の神様だと思ってたから」
「多様な性質を持つ神もいる」
「須久奈様がそうなんですね」
訊けば、須久奈様が照れ臭そうに頷いた。
「ほ、本当は…俺よりも…直日の方が適任だけど…」
ルーズリーフに”神直日神”と書いてくれる。
「直日は禍津日と対になる神で…け、穢れを祓って禍を正す神なんだ。お、俺はあいつ嫌いだけど…」
嫌いな神様が多いな!
「穢れを祓う神様なのに嫌いなんですね」
「直日は…うるさい…。今風に言うと…いけいけ?鬱陶しくて…邪魔。宴会ばかりしてる。と、当時も…宴会で…捕まらなかった。だから…俺、宇迦之御魂に八つ当たりされたんだ…」
須久奈様は当時を思い出したのか、苦虫を千匹くらい噛み潰した顔をした。
これは相当嫌いらしい。
「お、俺の封じ方に手落ちはなかったと思う…。それでも…長い年月…放置してたから……何かしらの欠損が生じてしまったのかもしれない……」
うるっと須久奈様の瞳が潤む。
「俺が不甲斐ないから……い、一花に怖い思いをさせたんだ……」
「私が怖い思いをしたやつと、何百年も前に須久奈様が封じたのは同じやつなんですか?」
「……………………………たぶん」
なんとも自信なさげに、ぼそり、と呟く。
「私が見たのは子供の手です。須久奈様が封じたのも子供ですか?」
「どうだろう…?あれらは形を変えるから……お、俺が封じた時は、最悪の状態だったんだ。本体が見えないくらいに瘴気が酷くて……で、でも、可能性はなくもない…。あの頃は多くの子供が死んでいたし、そういった魂は地蔵だけじゃなくて神木にも縋っていたから…」
須久奈様が肩を落とす。
「と…当時は一度疫病が流行ると手に負えなくなった…。いくら医薬の製法を伝えても…今のような効能はない。基本は弱い者が死に、疫病が去るのを待つしかない。そうして今度は働き手がいなくなると、飢饉が襲ってくる……自然と、口減らしの間引きが起こる……」
「子供やお年寄りが犠牲になったんですか?」
「い、いや…殆どが子供。年寄りはあまりいなかったから…。当時の人間は、今のように年を経ることなく死んだ。長寿の者もいたけど、多くが50と生きずに死ぬ。特にここは寒村だったから…。籟病や麻疹、はやり風邪が一度村に入ると、次々に死者が出た。酷な話だけど、病に罹った人間は隔離される。最低限の世話だけで、捨てられるということ。隔離された人間が回復することは殆どない。だから女子は初潮を迎えると子を産めると判断された。一花くらい女子は、既に出産を経験し、死ぬまでに多くの子を産んだ。女は労働力であり…子を産む道具でもあったんだ…」
ぞっとする話だ。
「口減らしをするのに…出産するんですか?」
「あ、赤子の死亡率は高かったから、とにかく子を産む必要があったんだ。口減らし…と言っても、その意味は間引くだけじゃなくて…………」
須久奈様は言い辛そうに視線を逸らし、「売る」と目を伏せた。
「不作の年に男児は奉公人。女児は遊郭に売られる。女は劣悪な環境で、毎日不特定多数の男を相手にするから梅毒で長生きはできない。男も数年の奉公の内に病に罹る。村より人口の多い町の方が、定期的に流行る病が多くの命を奪っていたんだ。だから、売られた子が、生まれた土地に戻って来れるのは稀有だった。だ…だから、子供は毎年売れる」
残酷だと思うのは、たぶん私が不作とか飢饉とか、極限を知らないからだ。
それでも、人身売買の話を聞くと気分が悪くなる。
「命の意味が軽かった…そんな時代だ。荒魂も…人魂も……多く漂い、憂さを晴らす機会を伺っていた。俺が封じたのが…そういったものを取り込んだものだったら、子供の形をしていても不思議じゃない…」
須久奈様は想像を絶するような場面を、何度も見て来たのだろうなと思うと胸が痛む。
神様と人とでは感情面も精神面も違うのかもしれないけど、見た目が同じなだけに気持ちが揺らいでしまう。
よしよし、と頭を撫でると、須久奈様の体が傾いだ。
催促するみたいに頭を垂れている。
昔、友達が飼っていたゴールデンレトリバーが、こんな感じで頭を撫でてと催促してきたな…と思い出す。
手を下ろすと、ゴールデンレトリバーと同じ不満気な上目遣いが私を見る。
「…一花……ご、ごめんな?」
上目遣いのままに瞳を潤ませて、ゴールデンレトリバーからあざと可愛いチワワになった。
顔だけは良いから心臓に悪い。
「須久奈様のせいじゃないですよ」
「それで、これからも怖いことは続くんですか?」
「いや」
須久奈様がきっぱりと頭を振る。
「……もう許容できない」
冷淡な口調で、苦々しく顔を顰めた。
あざと可愛いチワワはどこに行ったのか、恐ろしく凶悪な顔面に尻込みしてしまう。
「そ…そもそも、俺がしっかりしていれば…一花に怖い思いはさせなかったんだよな…」
見る間に凶悪さが萎んだ。
いつもの眉尻を下げた情けない顔が、私の顔を覗き込む。普段は5秒と目が合っていられないのに、今は目を逸らさず、真っすぐに私を見つめている。
これは途轍もなく恥ずかしい…。
「あ…えっと…須久奈様?」
私の方が堪らず目を逸らすと、須久奈様の手が私の腕を掴んだ。力を込められた訳でも、強引に引っ張られた訳でもないのに、気づけば須久奈様の胸にダイブする形で納まっている自分がいる。
「は?」
間抜けな声が出る。
須久奈様に抱きしめられていると気付くのに10秒ほど。何度も瞬きを繰り返し、目と鼻の先にある鎖骨に心臓が跳ねあがる。
抜け出そうと藻掻いたところで、びくともしない。
「ちょ…須久奈様?離して下さい!」
「い、嫌だ。…い、一花……昔の話に…少し、同情しただろ?」
耳元で悪役の台詞を囁かれて、「ひゃ」と擦れた悲鳴が出る。
「…一花…可愛いな」
頭に頬擦りされて、恥ずかしさが恐怖を上回った。
なにより、浴衣の生地が薄すぎる!須久奈様の着物は袷仕立てだし、長襦袢だって着ている。それに比べて浴衣は単衣仕立ての夏物。着物と浴衣のハグでは、あまりにも違いすぎる。
どれほど違うかと言うと、胸の筋肉の硬さがダイレクトに手に伝わるし、体温を感じる。
良い匂いもする!
神様が香水を使うはずはない。柔軟剤のような安っぽい香りとも違う。仄かに甘く、爽やかな香りだ。
神様の体臭か、フェロモンか――――。
刺激が強すぎる!
これは精神衛生上よろしくない!
「す、須久奈様!離してくれないと、嫌いになります!母屋に戻りますよ!」
叫び声に反応して、須久奈様の手が勢いよくバンザイした。
顔は不貞腐れている。
「むやみやたらに抱き着くのNGです。NGって言うのは、ダメってことです」
「な…なんでだよ…」
唇を尖らせて、うじうじと指先を擦り合わせてるけど、ダメなものはダメだ。
神様という免罪符でどさくさに紛れてるけど、見た目は人で、男性だ。冷静に考えれば、女子高生と成人男性の構図は、普通にアウトだと思う。
「”仮”と言ったのは須久奈様ですよ。正式な婚約者ですらない、謂わば同居人ということを忘れないで下さいね」
「吝嗇かよ!」
須久奈様は叫んで、座卓に突っ伏した。
茶葉の量は適当だ。
2人分の湯呑を用意したところで、カラカラと脱衣所の引き戸が開いた。
手を伸ばし、壁伝いに出て来た誓志は、律儀にも頭からすっぽりとバスタオルを被っている。「イチ姉」とヘルプの声を出し、どっちへ行けばいいのか分からないと、おろおろしている。
「こっち」
声をかけて、誓志の手を取る。
「足元は見えてる?」
訊けば、誓志は俯きながら「ギリ」と答えた。
「段差は殆どないけどね」
それでも躓かないようにすり足で歩を進める。
畳の縁を踏ませないように歩かせ、座布団に座らせた。
誓志の正面には、なんの気まぐれか、頬杖をついた須久奈様がいる。紺地の着物から、灰褐色の縞模様が涼しげな浴衣に着替え、じっとりと誓志を観察している。観察とは言っても、誓志の顔はバスタオルで見えないのだけど、神様には神様なりの感じ方があるんだと思う。例えば、ニオイとか。
薬缶がピーと沸騰を知らせて私が離れると、須久奈様はゆっくりと背筋を伸ばし、顎を撫でる。
徐に、須久奈様が利き手を誓志の鼻先に近づけると、びくり、と誓志が肩を震わせた。
須久奈様の手に反応したように見えた。
お茶の準備の手を止めて見入っていると、須久奈様は座卓に手を付き、腰を浮かせた。前のめりに誓志の顔を覗き込むと、今度は誓志が仰け反る。
「誓志、大丈夫?」
「………なんか………怖い感じなんだけど……俺、いても大丈夫なの?」
ぶるり、と誓志が身震いする。
須久奈様を見れば、心なし悪人面でほくそ笑んでいる。まさか本当に弟を玩具だと思っているんじゃないだろうかと危惧する中、唐突に須久奈様は誓志のバスタオルを剥ぎ取った。
誓志の肩が大きく跳ね上がる。
まん丸に目を見開いて、額に汗の玉を浮かせ、悲鳴を上げないように唇を噛みしめている。胸の前で手を握り、怖々と左右を確認している様子から、目と鼻の先にいる須久奈様は見えていないらしい。
それが奇妙であり、恐ろしくも感じる。
初めて、須久奈様が人ではない存在だと理解できた気がする。
誓志の恐怖はそれ以上だ。真っ青な顔で私を見て、「イチ姉…」と情けない声を絞り出す。
「須久奈様の悪ふざけだから」
大丈夫なはず、と自分に言い聞かせて、止めていた手を動かす。
それにしても須久奈様の行動を見るに、引きこもりの恥ずかしがり屋とは少し違う気がする。目隠しを強要していたはずが、今は至近距離で誓志の目を見据えているのだ。
「す…須久奈様は何処にいるの?」と、誓志が上擦った声で私を見る。
目の前にいる、と答えるより先に、「ここだ」と須久奈様の手が誓志の顎を掴んだ。
もはやホラーだ。
水責めを彷彿とさせる掴み方に、誓志は今にも泣きだしそうだ。
「す…す、す、す、す…須久奈様ですか…?こ、声も…」
「弟。見る目はないが、感覚は3人の中で一番鋭いな」
須久奈様が魔王のように悍ましい笑顔を作る。
まぁ、単に笑うことが下手なだけだけど。
「誓志の何が鋭いんですか?」
2人の前にお茶を置いて、私は誓志の隣に座る。
須久奈様と目が合うと、須久奈様は誓志から手を離して顔を赤らめた。乱暴に誓志の顔にバスタオルを投げつけ、もじもじと座り直す。
もしかして、須久奈様は単に女性が不得手なだけじゃないだろうか。そうでなければ二重人格だ。
確信を呑み込んで、須久奈様から誓志に視線を移す。
誓志もバスタオルで顔を隠しながら、緊張気味に正座を整えて背筋を伸ばした。
須久奈様はお茶をひと口飲んで、「………感覚」と呟く。
さっきまでの泰然とした態度が一転して、俯きがちにもじもじと指を絡ませる。
「そ…その……に、人間の言葉を借りれば…霊感とか第六感とか直感とか。見る力はなくても、動物みたいに感覚が鋭いということ」
例えば、と須久奈様が誓志の顔の前で手を振った。
誓志は無反応だけど、須久奈様の手が止まったと同時に、誓志は「ひっ」と声を上げて仰け反った。
「何をしたんですか?」
「少しだけ…恐怖を与えた」
えへへ、と照れたように笑ってるけど、平然と”恐怖を与えた”なんて言ってしまう須久奈様が畏ろしくなる。
「誓志。大丈夫?」
誓志の背中に手を添えて、バスタオルの奥の顔を覗き込む。
ああ、泣いている。
「須久奈様。次やったら怒ります」
「も…もうしない…」
しゅん、と項垂れた。
「あんたも泣かない」
背中を叩けば、「泣いてない…」と涙声が反論する。
バスタオルで顔をごしごし拭いて、崩れた正座をたどたどしく整えた。
「でも、誓志の怖がりが理解できました」
学校では、直に岩木先輩から圧をかけられた私よりも恐怖に慄いていた。今日だけじゃなく、子供の頃から異常な怖がりだと心配していたのだ。
得心した。
軽く誓志の肩を叩く。
「今回は誓志の勘で助かったわ。私が叫ぶより早く動いてくれたもんね」
「あれは見るからに異常だったし……急に悪寒が止まらなくなったし……。イチ姉の目…舐めようとしてただろ?」
ぴくり、と須久奈様が反応した。
もじもじとした恥じらいを捨て去って、じっと私を見ている。
なんとも居心地の悪い視線に、思わず首を窄める。
「い…一花。本当か?」
「…目が美味しそうだって…」
思い出しただけで気持ち悪さに肌が粟立つ。
誓志が「うぇ…」と呻いた。
須久奈様は顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。視線をお茶に落とし、気難しい顔のまま私に視線を戻した。
「そ…それは、一花の目は貴重だからだ。食べるという行為は…相手の力を取り込む意味がある」
一気に鳥肌が立った。
首を窄め、二の腕を摩る。
「き、昨日は聞き忘れたけど…一花は…どこで障りをもらった?何と会ったんだ?」
「具体的には会ってません」
会ったというか、見たというか。
あまり思い出したくはない記憶を手繰る。
「見ただけです。手でした。浅黒い……たぶん、子供の手。あと微かな笑い声」
誓志がバスタオル越しに私を凝視しているのが分かる。
「どこで?」
この質問には恥ずかしくなって、私は目を泳がせる。
「…一花」
ほんの少しだけ叱責を孕んだ口調も、情けなく眉尻を下げた表情では迫力に欠ける。
「と…とても大切なことだから…」
「………神社。稲荷神社です。その…笑わないって約束してくれますか?」
訊けば、須久奈様は「…する」と頷いてくれる。
「おかしな話なんですけど…ここの稲荷神社って、恋愛成就の噂があるんです」
約束したはずなのに、須久奈様は「…は?」と目をぱちくりさせた。
それから指をもじもじ絡めて、「あのな」と笑いを噛みしめる。
「い、稲荷は…宇迦之御魂を祀る神社なんだ。宇迦之御魂の宇迦は穀物を意味してる。つ…つまり五穀を司る神で、縁結びの神ではない。じ、神社によっては商売繁盛とか…色々な益を謳っているかもしれないけど、宇迦之御魂自体は普通の五穀の神で…う、宇迦之御魂に縁結びができるなら、俺だってできて……」
そこまで言って、須久奈様は私の冷え冷えとした視線に気づいた。
「えっと…笑ってはない…」
もにょもにょと口籠る。
「私だって分かってますよ!馬鹿正直に恋愛成就なんて思ってません。神社まで付き合うくらいなんだから、高確率で告白が成功するのは目に見えてます」
「こ…こ、告…白」
愕然とする須久奈様にため息が落ちる。
ジェットコースター並みの情緒を見せる前に、「須久奈様」と宥めるように声をかける。
「稲荷神社の恋愛成就には2つの噂があるんです。1つは、稲荷神社で告白すれば必ず成就するというものです。そして、もう1つが幸運の四つ葉のクローバー。境内で見つけた四つ葉のクローバーには、恋愛成就のパワーがあると言われているんです。恋愛成就じゃなくても、四つ葉のクローバーは幸運をもたらすと言われてるから、押し花にして姉のプレゼントにしようと思ったんです」
少しばかり早口に言って、「結局」と声のトーンを落とす。
「神社の前で逃げました。鳥居に手がしがみついてたのが見えて、怖くなって逃げたんです」
「イチ姉……それ、本当?稲荷神社で障りを貰うなんてある?ここの神社は無人だけど、手入れされてるし、大切に祀られてるよ?」
誓志の言うように、ここは穢れるような土地じゃない。
稲荷神社の他にも小さな社や祠、道祖神が点在する。お寺へと続く道沿いにはお地蔵さんが並んでいるし、檀家さんはお寺だけでなくお地蔵さんも大切に取り扱い、清掃を欠かさない。
それでも、見たのだから仕方ない。
ちらりと須久奈様を見れば、須久奈様はゆったりと腕を組んで無言で私を見据えている。口を挟まないということは、誓志に同意なのだろう。
「それでも見たものは見たとしか言えない」
私は言って、誓志に向き直った。
「それと関係があるかは分からないけど、クラブ棟に行ったのは、誓志に訊きたいことがあったから」
「あ…」と、誓志が思い出したように頷いた。
「なに?」
緊張に強張った声で、誓志も私の方へ向き直る。
「最近、風邪が流行ってるのは知ってる?流行ってるって言っても、うちのクラスは2、3人が咳き込んでるくらいなんだけど」
「俺のクラスでも咳してる奴はいるけど、それが神社の件と関係あるの?」
困惑気味に言って、誓志が首を傾げる。
「関係あるかは分からないんだけど、風邪の原因が”北のサイカミ様”が穢れたせいだって聞いたんだよね」
「北のサイカミ様?」
「情報源は兼継さんなんだけど」
「兼じいかぁ…」
誓志は苦々しく唸った。
「呪いだ、祟りだ、妖怪の仕業だって言うのが口癖の人だからなぁ…。兼じいの妖怪話は色々聞いてきたけど、北のサイカミ様って初めて聞くよ」
「なんとなく、今回は嫌な予感がするんだ…」
私が鬱屈としたため息を吐くと、「それは恐らくサイカミじゃない」と須久奈様が口を開いた。
「須久奈様は知ってるんですか?」
須久奈様に向き直って訊けば、須久奈様が「いや」と頭を振る。
「でも、推測はできる」
須久奈様はお茶に視線を落としたまま、僅かに口角を捻じ曲げた。
「”北の”と”穢れた”という言い方から、それは神や精霊のような守護するものの一種じゃないか?」
「どうして北だと神様とか精霊なんですか?」
純粋な疑問が口を衝く。
お茶を見据えていた須久奈様と目が合った。途端に須久奈様は気恥ずかしそうに頬染め、胸の前で指を絡ませ、「そ、それは…」と目を泳がせる。
「ほ、方角。い…い、一花」
ちらり、ちらり、と私と視線が合う度に、須久奈様はしどろもどろになる。
「こ、この町のどの方角に…い、稲荷があるか分かるか?」
「北?」
「せ、正確に北東。北東は…き、鬼門の艮、その反対の南西を裏鬼門の坤。き、鬼門というのは…昔から、お、鬼が出入りする方角で、悪しきものは全て艮から来ると恐れられている。だから、艮の護りを固めるという意味で、この町の稲荷は北東に位置する。せ…正確には、稲荷が先で、その後…町が広がったんだけど……神社の裏が鬼門を、表が…う、裏鬼門を向いている。あ…裏鬼門は鬼門と揃いで、不吉な方角のこと。つまり、北にあるサイカミが穢れたということは、サイカミというのは鬼門除けとする何かじゃないかって思ったんだ」
「それなら北東のサイカミ様になるんじゃないですか?」
須久奈様に倣って、重箱の隅をつつく。
なのに、須久奈様は「へへへ」と笑う。
「一花だって…稲荷を北と言ったろ?ほ、北東を大雑把に北と言うようになったと仮定すると、サイカミは塞の神の愛称じゃないかと思ったんだ」
「サイノカミ?カミってつくから神様ですか?」
「…神…?」
須久奈様は腕を組み、困惑顔で唸りながら首を傾げた。
「い、伊邪那岐と伊邪那美が黄泉平坂で一悶着を起こした時に遡って説明するな。かいつまんで話せば、伊邪那岐は伊邪那美を連れ戻しに行ったくせに、約束を違えた挙句、変わり果てた伊邪那美の姿に悲鳴を上げて逃げ出したんだ。それに伊邪那美が激昂した。あ…あれは、伊邪那岐が馬鹿だったと思うよ。お、俺は、伊邪那美に同情してるけど……雷神に黄泉軍を率いさせて伊邪那岐を追いかけたのはやり過ぎだよな…」
「ヨモツイクサって何ですか?」
私が訊けば、須久奈様は「えっと…」ともじもじと指を絡める。
「黄泉の軍と書いて黄泉軍。意味はそのまんま黄泉の軍勢で、黄泉に巣食う鬼とか……そういうの。伊邪那岐は黄泉軍を追い払うと、最後に千引の石で道を塞いだんだ。その千引の石に道返之大神と神名を与えている。道返之大神は塞の神信仰の元になる神で…塞の神のサイとは塞ぐと書く。道返之大神は黄泉から悪しきものが溢れるのを防いだ神ということから、塞の神は悪しきものの侵入を防ぐ神として信仰されるようになった。まぁ…俺から言わせれば大岩なんだけど…。人間は、石とか岩とかに結界の呪力を結び付けることがあるから、大岩に塞の神信仰を重ねても不思議な話ではない」
淀みなく言い終えた後、須久奈様は私をちらちらと見る。
「ち…ちなみに…」と、須久奈様は唇を尖らせた。
「道返之大神は伊邪那岐と伊邪那美に対話の場を設けたことから縁を祈る神ともされている。じ、じ、じっ、実際は…大岩を挟んで口論する二柱の間に、菊理媛が仲裁に入ったんだ…」
予想外のところでククリヒメの登場だ。
「と、とにかく…俺は、北のサイカミとは塞の神信仰だと思う」
「あ…えっと…質問、いいですか?」
怖ず怖ずと誓志が手を上げた。
須久奈様が「なんだ?」と冷淡な声で誓志を見る。
やっぱり二重人格だろうか…。
「あ…はい。すみません。あの……北のサイカミ様が塞の神信仰だとして、方角的に稲荷神社と同じということは、稲荷神社の周辺に大岩が祀られている可能性があるってことですよね。でも、稲荷神社の近くで大岩なんて見たことがないです。それに、聞いてると道祖神と同じかなって思ったんですが……」
「2つは根幹が違う」と、須久奈様はゆるりと頭を振った。
どう説明すべきかと、須久奈様は髪を撫で上げ、頭を掻く。
男前が丸見えだ。
貴重な御尊顔だと注視していたのに気づいたのか、須久奈様が慌てて前髪を引っ張り、真っ赤に染まった顔を隠した。
ごほん、と大袈裟な咳払いで、須久奈様が「さ、塞の神は」と続ける。
「石や岩を信仰し、疫病、悪霊などの厄災の侵入防止や縁結びなどの素質だけを見ると、道祖神と似通ってはいる。実際、混同されているが、道祖神は民間信仰だ。呼び名も様々で、幸、障、賽などの字を当て、サイノカミ、もしくはサエノカミと言ったりもするが、塞の神とは別物だ。さっきも言ったが、塞の神の元は道返之大神なんだ」
「神様が別ってことですか?」
私が問うと、須久奈様は気恥ずかしそうに頷いた。
座卓の上で指をもじもじさせ、「そ…そもそも」と言って視線をお茶に落とした。
「い、一花たちは塞の神、道祖神と”神”が付くから神様だって有難がって拝んでるだけだろ?」
誓志と一緒に頷く。
「べ…別に…神と付くものに神が宿ってるわけじゃない。道祖神に至っては民間信仰で………民間信仰っていうのは自然崇拝とか祖霊信仰とかだ」
これまた誓志と一緒に首を傾げる。
須久奈様は「えっと…」とか「つまり…」と言葉を探す。
「自然崇拝っていうのは…そのまんま。自然を崇拝する。に、にん、人間は色んなものを崇拝するだろ?巨木や巨石を神籬として祀ったり、自然現象を神の怒りと畏れたり、毛色の変わった動物を神の使いと崇めたり…。祖霊信仰の意味もそのままだ。先祖のこと。民間信仰を簡単に言えば…人間の拠り所で作られた信仰心。むか…昔は今のように気軽に世界中に行けるわけじゃなかった。村で生まれれば、外を知らずに村の中で一生を終えるような……そんなことが当たり前の世だった。悪いものは全て村の外から持ち込まれる。旅人や商人。そんな者から流行り病が村に侵入していた時代、村境や四辻に結界の意味を込めて石を祀るようになった。石や岩は防塞として、結界の呪力があると信じられていたからだ。石は道祖神と崇められるようになったけど……地域によって名称も形態も違ったりする…。道祖神をサイノカミと呼ぶ土地もあるけど、ここは昔から道祖神は道祖神と呼んでいるから……北のサイカミが道祖神と同一とは思えない……」
須久奈様はお茶で喉を潤し、「ふぅ」と息を吐いた。
「民間信仰って神様とは別ってことですか?」
よく分からない、と唇を尖らせる。
「えっと……い、一花の思う神ってどんなのだ?」
「雲の上で杖をついた白髭のおじいちゃん」
天井を指さして言えば、須久奈様は口元に手を当てて「馬鹿だなぁ」と笑う。
八つ当たりと理解しつつ、誓志の脇腹を殴る。「痛っ」と身を捩って抗議する誓志を無視して、「それがなんですか?」と須久奈様に向き直った。
「や、八百万の神って聞いたことあるだろ?」
私は頷く。
「八百万の神というのは、民間信仰からなる神だ。や、八百万っていうのは…いっぱい、という意味。人間は万物に神を見つけたんだ…。大きな岩とか、奇妙な形の石とか、大木とか、動物の木乃伊とか…長年使い続けた物にも神を宿らせた。他にも、怨霊と化して災いを齎されるのを恐れ、人間自体を祀って怒りを鎮めたりした。え、えっと……一花は知ってるかな?す、菅原道真とか平将門とか……」
「知ってます」
ちょいちょい馬鹿にしてくる。
須久奈様は「一花は物知りだな」と微笑み、指をもじもじさせる。
「お…俺は…人間が作った…というか、神に祀り上げたものまでは把握してないけど……それらの有象無象を八百万の神っていうんだ」
神様を有象無象と言ってしまう辺りが須久奈様な気がする。
「それじゃあ、道祖神は八百万の神が宿っているんですね」と誓志。
「そうとも言い切れない。元々何もないところから始まる信仰なんだ。例えば、形の変わった石を見つけた村人が、これには特別な力があるに違いないと村境に置き、道祖神として拝み始める。この時、石は石でしかない。でも、長い間、信仰対象として祀られ続ければ……その……何かしら宿ったりする」
何かしら…という言葉が不吉に聞こえて、私と誓志はぶるりと身震いする。
「何かしらって何ですか?」
「い、一応…宿れば神と言われる。つまり、八百万の神」
「神様の定義、大雑把すぎません?」
「だから有象無象なんじゃないか?」
興味のないことがひしひしと伝わる口調だ。
「確認なんですけど、須久奈様は八百万の神と違うんですよね?」
「お、俺は違う!」
須久奈様は大きく頭を振った。
「お…俺は怒んないけど、怒る奴もいるから…そ、そういうことは言わない方がいい」
「分かりました。ごめんさない。気を付けます」
ぺこり、と頭を下げると、須久奈様が慌てたように手を伸ばして来る。
「べ、別に俺には大丈夫。一花が不勉強なの知ってるから!」
顔を真っ赤にして叫んでるけど、全然フォローになっていない。
小さく笑った誓志の脇腹に再度肘鉄を食らわせて、改めて須久奈様に向き直る。
「ここの北のサイカミ様は、道祖神と違って塞の神様の可能性があるんですよね。その神様が穢れてしまったってことは……結構マズイ事態ということですか?」
想像だけで背筋が凍る。
「も…もし塞の神信仰で…神の加護下にあったとするなら、神を穢すだけの力がなければ話にならない。か、神を穢すのには…それなりの期間と執念が必要になる。た、例えば、そこの稲荷神社を穢すとする。神社自体が祭神の加護下だ。稲荷は宇迦之御魂の加護下だから、それは宇迦之御魂に喧嘩を売ることになる。なかなか難しいことだと思う」
「廃神社みたいな信仰が潰えた場所は不浄になるんじゃないですか?」
「信仰が潰えた神社は、祭神が去るだけだ。宇迦之御魂を祭神とする稲荷は無数にあるからな。祭神が去っても、穢れていなければ普通の土地に戻るだけ。宇迦之御魂とは違う、小さな社持ちの神が信仰を失った場合は、神自体が消える。人間で譬えるなら死ぬってこと。でも、そこが穢れることはない。清浄だった場を不浄にするには、人間が悪意をもって何年も何十年も相応の儀式を続けなければならない。もしくは、神と同等のものが関われば、手っ取り早く不浄の場となる」
「神様と同等のって悪魔とかでしょ?悪魔なんてファンタジーのキャラクターはいないから、兼継さんの空振りなのかも」
私が肩を竦めると、誓志が驚いたように肩を跳ね上げた。
「いや…神様がいるなら悪魔もいるだろ?」
「見たことないのは信じないの」
笑いながら言う私に、須久奈様が頭を振った。
「禍津日がいる」
「マガツヒ?」
私と誓志の声がハモる。
「厄災を司る神。黄泉国から戻った伊邪那岐が禊を行った際に生まれた2柱だ。八十禍津日神と大禍津日神。禍津日なら清浄なものを穢すくらいは造作もない。加護下にある塞の神を穢すことも――――――」
そこまで言って、須久奈様は丸々と目を見開いた。
心なし青褪めた顔で、ゆっくりと後退すると四つん這いになった。そのまま静かに背中を見せると、襖を開き、音もなく押し入れへと退場する。
「…え?」
思わず間抜けな声が零れてしまった。
「イチ姉。どうしたの?」
「あ~…なんか疲れちゃったみたい」
誓志の頭のバスタオルを取ると、誓志は不安そうに周囲を見渡す。
「退場して行ったから大丈夫。久々にいっぱい喋ってエンストしたんだろうね。ちょっと急すぎるけど…気まぐれなとこあるから」
「話の途中な気がしたけど、まぁ…仕方ないか」
誓志は軽く胸を撫で、緊張を解すように大きく息を吐いた。
「お礼、言っといてくれる?貴重なお話ありがとうございましたって」
そう言って、冷めたお茶を一気に飲み干した。
足の痺れと格闘しながら立ち上がり、顔を顰め、脹脛を摩り、よたよたと歩き出す。
「誰にも見つからないように戻ってね」
「気を付ける」
浴槽の縁を踏み台に、窓の外へと出て行く誓志を見送る。
窓を施錠し、居間に戻ると、押し入れの前に腰を下ろす。一応、「須久奈様」と声をかけながらも、返答を待つことなく襖を開けた。
押し入れの中、須久奈様は大きな体を折りたたむように膝を抱え、鬱々とした根暗オーラを纏っている。
神様というか妖怪だ。
須久奈様は突っ伏していた頭を上げると、どんよりとした眼差しで私を見た。
「須久奈様。急にどうしたんですか?気分が優れないんですか?」
なるべく優しく声をかけると、須久奈様の澱んだ瞳が潤んだ。
歯を食いしばって洟を啜り上げ、えぐっ、と嗚咽を零す。
「わ…わ、忘れてた………もう…何百年も前で………忘れてた。お…お、俺が……放置してたから………俺のせいで…いっ、い…一花に…怖い思いをさせたっ」
意味が分からず首を傾げると、須久奈様は再び突っ伏した。
目の錯覚か、どす黒い根暗オーラが押し入れから溢れ出しているように見える。
思わず仰け反りそうになる嫌悪感を押し殺し、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「取り敢えず、出て来ましょうか」
ほら、と手を差し出すと、須久奈様が涙に濡れた顔を上げた。
「須久奈様」
ちょいちょい、と手招くと、須久奈様は躊躇いがちに手を掴んだ。
着物の袖で涙を拭い、洟を啜りながら這い出てくる姿は、いつになく弱々しい。
神様相手に不躾だけど、なんとなく、本当になんとなく、須久奈様の頭を「よしよし」と撫でたくなった。
そろりと手を伸ばし、頭に触れる。もっさりヘアだからごわごわしているのかと思えば、意外と猫っ毛だ。ふわふわと手触りが良い。
須久奈様は頬を赤らめ、口元をむずむず動かした。
「意味が分かるように話してくれますか?」
頭から手を離すと、須久奈様は不満気に唇を尖らせた。それから「う…宇迦之御魂…」ともにょもにょと呟く。
「む、む昔…う、宇迦之御魂に…不浄を封じてほしいと乞われたことがあった…」
突如として登場したウカノミタマノカミに、頭の中にクエスチョンマークが乱舞する。
「塞の神様とは全然違う話ですか?」
「……………同じ話」
塞の神にマガツヒ、ウカノミタマノカミ。他に何が登場するのか、想像するだけで頭の中はパニックだ。
そもそもお酒の神様である須久奈様が、なぜウカノミタマノカミに不浄を封じるように相談を持ち掛けられるのかも分からない。須久奈様は自分で全知全能じゃないと言ったのだ。
「ちょっと整理してもいいですか?」
訊けば、須久奈様は小さく頷く。
私は立ち上がって、部屋の隅に放置したままのカバンからルーズリーフ1枚と筆箱を取る。
とん、とん、と須久奈様が隣を叩いているので、素直に須久奈様の隣に戻ることにした。
座卓にルーズリーフを置いて、今までのことを整理する。
「兼継さんが騒いでいるサイカミ様は塞の神様で、塞の神様は大岩で、悪いものの侵入を防いでる。位置は稲荷神社の方角。稲荷神社の祭神はウカノミタマノカミで…」
ウカノミタマノカミは稲荷神で、五穀豊穣の女神様だ。
「どうして五穀豊穣の女神様が、須久奈様に不浄を封じる相談をするんですか?須久奈様はお酒の神様ですよね?」
首を傾げると、須久奈様は私が二重丸で囲った稲荷神社の文字を指さした。
「む…昔は呪術が日常的で……丑の刻参りが流行ってたんだ。丑の刻……い、今で言うなら…夜中の2時頃で、丑の刻は常世へ繋がる時刻とされているんだ。常世とは幽世。もしくは隠り世と言って、永久に変わらない神域のこと。現世が此処だとすると、常世は死後。黄泉国もある世だ。丑の刻参りは、な…七日間、神社の神木に藁人形や人形の木札を打ち付け相手を呪殺する儀式で…七日目にして、し、神木の結界が破れて常世から鬼が出て呪殺に手を貸す」
「ほ…本当に?」
怖々と訊けば、須久奈様は曖昧に頷いた。
「正式な手順を知らない人間がそれを行っても…それ自体に呪詛の効果はなくて…人伝の噂で効果を発揮する。噂で自分が呪われていると知った人間は、自己暗示で心身を崩す。そうすると周りの人間は、呪詛の効果だと騒ぐ。その程度の……呪術とも言えない呪術だけど、丑の刻参りの宣伝としては十分だろ?ち、力の弱い農民や女子供が…呪術に頼って…ち、力のある者を呪う。要は…精神的な抑圧を解消する手段の一つだったんだ。そ、それ…がある日…神籬に藁人形を打ち付けた戯けが出た」
「さっきも言ってましたが、ひもろぎってなんですか?」
「ひ…神籬は…神の依り代と言われる木や岩。た、たぶん、一花が想像する神木のこと。注連縄で囲った大木。ほ、本来、…神木というのは…神社の境内とか…その周囲に広がる森…鎮守の杜のことなんだ」
「特別な御神木ってことですね。それに藁人形を打ち付けた人がいたの?」
罰当たりというか、恐れ知らずというか…。
当時を思い出したのか、須久奈様は忌々しそうに顔を顰めた。
「七日目…その人間は神籬で首を括った。人を呪わば穴二つ…と言うが、あれは…己が死ぬことで呪術を完成させようと考えたんだと思う…。結果、神籬には7つの藁人形と首吊りが1体」
そんな暗い歴史があるとは露ほども知らず、子供の頃は稲荷神社で遊び回っていたのだ。御神木を見上げては、太い幹に抱きついたりもした。
それを思い出して、ぞぞぞっ、と肌が粟立つ。
「た、単なる神籬なら良い。空っぽだ。で、でも…あの神籬には久久能智の加護がある。く、久久能智の宿る神籬が穢れ、不浄の場となれば、宇迦之御魂も見限る。土地が死んで…飢饉や疫病に見舞わる」
丑の刻参りなんてハイリスクなものがよく流行ったと思う。
恐ろしさしかない。
「えっと…ククノチが何か訊いてもいいですか?加護って言うから神様ですか?」
須久奈様は筆箱からペンを取って、久久能智と書いた。ついでに、カタカナで書いたウカノミタマノカミの下に漢字で宇迦之御魂神と書く。
達筆すぎて、私の幼稚な丸文字が恥ずかしくなる。
「く、久久能智は二柱……伊邪那岐と伊邪那美の間に生まれた木の神だけど…か、神というより……精霊に近い。神籬には…久久能智が宿ることがあって…久久能智が宿った神籬は…それ自体が神祠となる。だ、だから…あそこの神籬には神饌を供えてるはずだ。神饌とは御饌…供物のこと。久久能智が宿る森は生きている証拠で……こ、こう…なんというか……感覚だから…。い、一花には分からないかもしれないけど……祈祷師とか呪術師とか…シャーマンと言われるような人間が…久久能智の森を崇めてたりする…。所謂、自然崇拝だけど…久久能智は民間信仰とは関係ないから……一花には少し難しいな」
まぁ…それは否めない。
「稲荷神社の御神木は凄いってことは分かりました」
感嘆の声を漏らすと、須久奈様は「い、今はいない」と眉尻を下げた。
「藁人形で穢れたんですか?」
訊くと、須久奈様はふるふると頭を振る。
「わ、藁人形を打たれた時は、久久能智がいない時だった……」
須久奈様が大きく息を吐いた。
「う、宇迦之御魂もそうだけど…神というのは常時いるわけじゃない…。色んな場所を巡ってる。巡回?みたいな感じ」
確かに、日本中に稲荷神社はたくさんあるし、京都の伏見稲荷大社を差し置いて、こんな片田舎の無人稲荷神社に神様が常駐しているはずもない。御神木だって数えきれないくらいあるだろうし、久久能智も長期滞在するなら天然記念物クラスの御神木の方が良いに決まっている。
「く、久久能智の宿る神籬の多くは、神の加護下にある神社。もしくは、神が管理する山や森。神の加護下にある神社は、無人でもしっかりと手入れされて、信仰心がある神社が前提だ。だから……き、貴重なんだ。き、貴重だから、久久能智がいない時を見計らって、神籬を不浄とするモノは珍しくない…。で、でも、そんなのは久久能智にとっては…日常的で……く、久久能智は戻る度に、神籬の穢れを祓う。けど……あ、あの時、す、少し厄介なのが…神籬に入ってて……そんな時に虚けが呪詛を行ったから……ま、拙いことになった」
須久奈様は冷めたお茶をひと口飲んだ。
乾いた唇を湿らせて、ペンを手に取った。
ルーズリーフに”禍津日”と書いた。
「わ、悪いことが起きて…に、人間が禍津日と騒いだ」
「確か…厄災の神様」
須久奈様が頷き、2柱の名前を書く。
「八十禍津日神と大禍津日神がいる…。例え久久能智が戻って来ても、久久能智では禍津日は祓えない…。お、俺は宇迦之御魂から…境内が不浄にさらされている聞かされて………禍津日の噂は村中に広がってたし……あちこちで動物が死んでて…穀物が枯れて……人間は間引きをするほど…酷い惨状だった」
「間引きって…もしかして赤ちゃんを…?」
怯んだ私に、須久奈様は無言で頭を撫でた。
「神は……善と悪が極端だから……厄災は…あらゆる命を奪う。そ、それで宇迦之御魂と……み、見に行ったんだ。せ、正確には…う、宇迦之御魂に連れられて…だけど」
須久奈様はうんざりとした様子で、「宇迦之御魂は強引で…嫌い」と呟いた。
それから今度は、禍津日をバッテンで消すと、横に”荒魂”と書いた。
「じ、実際は…禍津日じゃなくて…荒魂だった…。に、人間の魂を人魂と言うけど、神の魂は…荒魂と言う。荒魂は災いを成すもので……神の…穢れとか…荒々しい気性が転じたものと思ってくれていい。そ、そんなものでも神の一種で……荒魂が暴れれば…お、多くの死者が出るから…。あ、あの時は実際に…ひ、悲惨な状態で……。俺、俺たちが行った時は8日目の明け方で…形ばかりでも、呪術が終わってて…最悪だった。荒魂が全てを取り込んでたんだ。で、でも!も、もしかすると、和魂に転ずるかもしれないって!」
「にきたま?」
「に…和魂は平和な部分」
須久奈様は荒魂の上に和魂と書いた。
「だ、だから消滅させるのは気が引けて…。そうこうするうちに荒魂の穢れが酷くなって……宇迦之御魂がどうにかしろと…。すごく怒ってて…。……専門外だけど…緊急事態だったし………俺、俺が…その…大岩で封じたんだ」
―――――ん?
「須久奈様が封じたって言いました?塞の神様は?」
じっと須久奈様の顔を覗き込めば、須久奈様はふるふると頭を振る。
「お、俺がした」
「もしかして……元々塞の神様は関係してないんですか?当時の村の人たちが、勝手に大岩のことを塞の神様…サイカミ様って名付けたんですか?」
乱暴な推測だったけど、須久奈様はかくかくと頷いた。
「ず、ずっと…忘れてた!べ、別に俺がサイカミと名付けたわけじゃないし……お、俺は手頃な岩で封じただけで…。い、一花たちに塞の神と道祖神の説明してて……思い出したんだ。お、俺が封じたの……」
私の手からシャーペンが転がり落ちる。
思わず頭を抱えて、私の知る限りの須久奈様の情報を呼び起こす。
祖母は恥ずかしがり屋の神様と言っていた。
幼い頃から何度も聞かされたのは、「うちの神様はお酒の神様なのよ」だ。美味しい新酒が出来た年は、「神様の機嫌が良いのね」と母が笑っていた。逆に不作の年には、来年の豊作と美味しい新酒を願い、神様に盛大なお供え物をした。
現代の異常気象には敵わず、お供え物以上の効果を期待して、私がここにいるのだけど。
恥ずかしがり屋の神様、お酒の神様の2つの情報以外、私の頭には入っていない。
須久奈様を見ると、須久奈様はしょんぼりとした顔をしている。
「えっと…須久奈様はお酒の神様じゃないんですか?」
「お、お…俺?」
自分を指さして、須久奈様が首を傾げる。
私が頷くと、須久奈様は照れ臭そうに「そ、そうだよ」と胸の前で手を組んでもじもじする。
「お酒の神様が不浄を封じるんですか?」
「さ、ささ…酒造りの神だけど……俺は…禁厭の祖でもあるから」
へへへっ、と笑う。
笑い方が気持ち悪いけど、今はどうでもいい。
祖って言った。たぶん、元祖とか始祖とかの意味の”祖”だ。
「きんえんって何ですか?」
須久奈様がルーズリーフの隅っこに、禁厭と書いた。そこから矢印で”呪術”と付け足す。
家出した百花を呼び戻す時、”魔法”という言葉に食いついてこなかったのは、呪術の神様だったからだ。不思議な力というのに目新しさがなくて、興味をそそられなかったということだ。あと、やたらと呪術に詳しそうな口調にも頷ける。
もしかすると、須久奈様は私が思っている以上に凄い神様なのだろうか。
「あ!で、で…でも、人間を呪ったことはないっ」
ペンを投げおいて、がっしりと私の肩を掴む。
必死の形相に、私は苦笑する。
「分かってます。ただ、少し驚いただけです。お酒の神様だと思ってたから」
「多様な性質を持つ神もいる」
「須久奈様がそうなんですね」
訊けば、須久奈様が照れ臭そうに頷いた。
「ほ、本当は…俺よりも…直日の方が適任だけど…」
ルーズリーフに”神直日神”と書いてくれる。
「直日は禍津日と対になる神で…け、穢れを祓って禍を正す神なんだ。お、俺はあいつ嫌いだけど…」
嫌いな神様が多いな!
「穢れを祓う神様なのに嫌いなんですね」
「直日は…うるさい…。今風に言うと…いけいけ?鬱陶しくて…邪魔。宴会ばかりしてる。と、当時も…宴会で…捕まらなかった。だから…俺、宇迦之御魂に八つ当たりされたんだ…」
須久奈様は当時を思い出したのか、苦虫を千匹くらい噛み潰した顔をした。
これは相当嫌いらしい。
「お、俺の封じ方に手落ちはなかったと思う…。それでも…長い年月…放置してたから……何かしらの欠損が生じてしまったのかもしれない……」
うるっと須久奈様の瞳が潤む。
「俺が不甲斐ないから……い、一花に怖い思いをさせたんだ……」
「私が怖い思いをしたやつと、何百年も前に須久奈様が封じたのは同じやつなんですか?」
「……………………………たぶん」
なんとも自信なさげに、ぼそり、と呟く。
「私が見たのは子供の手です。須久奈様が封じたのも子供ですか?」
「どうだろう…?あれらは形を変えるから……お、俺が封じた時は、最悪の状態だったんだ。本体が見えないくらいに瘴気が酷くて……で、でも、可能性はなくもない…。あの頃は多くの子供が死んでいたし、そういった魂は地蔵だけじゃなくて神木にも縋っていたから…」
須久奈様が肩を落とす。
「と…当時は一度疫病が流行ると手に負えなくなった…。いくら医薬の製法を伝えても…今のような効能はない。基本は弱い者が死に、疫病が去るのを待つしかない。そうして今度は働き手がいなくなると、飢饉が襲ってくる……自然と、口減らしの間引きが起こる……」
「子供やお年寄りが犠牲になったんですか?」
「い、いや…殆どが子供。年寄りはあまりいなかったから…。当時の人間は、今のように年を経ることなく死んだ。長寿の者もいたけど、多くが50と生きずに死ぬ。特にここは寒村だったから…。籟病や麻疹、はやり風邪が一度村に入ると、次々に死者が出た。酷な話だけど、病に罹った人間は隔離される。最低限の世話だけで、捨てられるということ。隔離された人間が回復することは殆どない。だから女子は初潮を迎えると子を産めると判断された。一花くらい女子は、既に出産を経験し、死ぬまでに多くの子を産んだ。女は労働力であり…子を産む道具でもあったんだ…」
ぞっとする話だ。
「口減らしをするのに…出産するんですか?」
「あ、赤子の死亡率は高かったから、とにかく子を産む必要があったんだ。口減らし…と言っても、その意味は間引くだけじゃなくて…………」
須久奈様は言い辛そうに視線を逸らし、「売る」と目を伏せた。
「不作の年に男児は奉公人。女児は遊郭に売られる。女は劣悪な環境で、毎日不特定多数の男を相手にするから梅毒で長生きはできない。男も数年の奉公の内に病に罹る。村より人口の多い町の方が、定期的に流行る病が多くの命を奪っていたんだ。だから、売られた子が、生まれた土地に戻って来れるのは稀有だった。だ…だから、子供は毎年売れる」
残酷だと思うのは、たぶん私が不作とか飢饉とか、極限を知らないからだ。
それでも、人身売買の話を聞くと気分が悪くなる。
「命の意味が軽かった…そんな時代だ。荒魂も…人魂も……多く漂い、憂さを晴らす機会を伺っていた。俺が封じたのが…そういったものを取り込んだものだったら、子供の形をしていても不思議じゃない…」
須久奈様は想像を絶するような場面を、何度も見て来たのだろうなと思うと胸が痛む。
神様と人とでは感情面も精神面も違うのかもしれないけど、見た目が同じなだけに気持ちが揺らいでしまう。
よしよし、と頭を撫でると、須久奈様の体が傾いだ。
催促するみたいに頭を垂れている。
昔、友達が飼っていたゴールデンレトリバーが、こんな感じで頭を撫でてと催促してきたな…と思い出す。
手を下ろすと、ゴールデンレトリバーと同じ不満気な上目遣いが私を見る。
「…一花……ご、ごめんな?」
上目遣いのままに瞳を潤ませて、ゴールデンレトリバーからあざと可愛いチワワになった。
顔だけは良いから心臓に悪い。
「須久奈様のせいじゃないですよ」
「それで、これからも怖いことは続くんですか?」
「いや」
須久奈様がきっぱりと頭を振る。
「……もう許容できない」
冷淡な口調で、苦々しく顔を顰めた。
あざと可愛いチワワはどこに行ったのか、恐ろしく凶悪な顔面に尻込みしてしまう。
「そ…そもそも、俺がしっかりしていれば…一花に怖い思いはさせなかったんだよな…」
見る間に凶悪さが萎んだ。
いつもの眉尻を下げた情けない顔が、私の顔を覗き込む。普段は5秒と目が合っていられないのに、今は目を逸らさず、真っすぐに私を見つめている。
これは途轍もなく恥ずかしい…。
「あ…えっと…須久奈様?」
私の方が堪らず目を逸らすと、須久奈様の手が私の腕を掴んだ。力を込められた訳でも、強引に引っ張られた訳でもないのに、気づけば須久奈様の胸にダイブする形で納まっている自分がいる。
「は?」
間抜けな声が出る。
須久奈様に抱きしめられていると気付くのに10秒ほど。何度も瞬きを繰り返し、目と鼻の先にある鎖骨に心臓が跳ねあがる。
抜け出そうと藻掻いたところで、びくともしない。
「ちょ…須久奈様?離して下さい!」
「い、嫌だ。…い、一花……昔の話に…少し、同情しただろ?」
耳元で悪役の台詞を囁かれて、「ひゃ」と擦れた悲鳴が出る。
「…一花…可愛いな」
頭に頬擦りされて、恥ずかしさが恐怖を上回った。
なにより、浴衣の生地が薄すぎる!須久奈様の着物は袷仕立てだし、長襦袢だって着ている。それに比べて浴衣は単衣仕立ての夏物。着物と浴衣のハグでは、あまりにも違いすぎる。
どれほど違うかと言うと、胸の筋肉の硬さがダイレクトに手に伝わるし、体温を感じる。
良い匂いもする!
神様が香水を使うはずはない。柔軟剤のような安っぽい香りとも違う。仄かに甘く、爽やかな香りだ。
神様の体臭か、フェロモンか――――。
刺激が強すぎる!
これは精神衛生上よろしくない!
「す、須久奈様!離してくれないと、嫌いになります!母屋に戻りますよ!」
叫び声に反応して、須久奈様の手が勢いよくバンザイした。
顔は不貞腐れている。
「むやみやたらに抱き着くのNGです。NGって言うのは、ダメってことです」
「な…なんでだよ…」
唇を尖らせて、うじうじと指先を擦り合わせてるけど、ダメなものはダメだ。
神様という免罪符でどさくさに紛れてるけど、見た目は人で、男性だ。冷静に考えれば、女子高生と成人男性の構図は、普通にアウトだと思う。
「”仮”と言ったのは須久奈様ですよ。正式な婚約者ですらない、謂わば同居人ということを忘れないで下さいね」
「吝嗇かよ!」
須久奈様は叫んで、座卓に突っ伏した。
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執筆終了済みです。
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2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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