神様の許嫁

衣更月

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 久瀬一花。
 私は2月の寒い夜、町から車で30分ほどの場所にある市立病院で生まれた。
 名前に”一”とはつくけど、長女ではない。
 久瀬家の長女は4つ年上の百花。
 百花の”百”という数字は、数が多いので縁起物としてされているらしい。友達100人できるかなとは良く言ったもので、たくさんの友達に恵まれますように。幸多き人生でありますように。才能に恵まれますように。そんな願いが込められている。
 ”もも”という音も邪を祓う”桃”に通じて縁起が良さそうだと、父が名付けた。
 私の名前を付けたのは、父でも母でもない。
 当時、健在だった祖父母でも、親戚の誰かでもない。
 久瀬家は江戸時代中期から続く蔵元で、珍しくも長女が家を継ぐ女系だ。女系の理由は、女子だけが特殊な能力を受け継いでいるからに他ならない。故に長女は誰よりも愛され、名前を付けるにも何ヵ月も熟考される。
 でも、次女は長女のスペアでしかない。
 昔のように子供が病で亡くなることは少なくなったので、現代ではスペアですらない。
 恐らく、習い事に忙しい姉の邪魔をしない控えめな子でありなさい、という戒めが込められているのだろうと幼心に感じていた。
 愛されず、ひっそりと咲く地味な花。
 そんなイメージが”一花”につき纏い、私は自分の名前が嫌いになった。
 覚えてはいないけれど、幼少期の私は実に卑屈な子だったらしい。持ち物に書く名前は頑なに”イチ花”で、親のする事なす事に癇癪を起す。庭木に登って大人たちをひやひやさせたかと思えば、納戸に隠れて家族を振り回していたという。
 何もかもが気に入らず、神棚に手を合わせては「名前を変えて!」と叫んでいたというから可愛げがない。
 名前が嫌いだと泣く私を慰めてくれたのは、当時一時退院していた祖母だった。
 祖母だけは、不思議と私を甘やかしてくれていたのを覚えている。「我が家には常駐の酒造りの神様がいるのよ」と久瀬家の秘密を教えてくれたのも、「うちの神様は恥ずかしがり屋なの」と内緒話をくしてれたのも祖母だ。
「一花ちゃんの名前は、神様が付けられたのよ」
 そう言って、祖母は懐かしそうに目を細めていた。
「一花ちゃんが生まれた日、庭に一輪のシロツメクサを見つけられてね。2月の寒い時季に咲いていたのに驚いたのか、それとも微笑ましかったのか。今日生まれる子供に”一花”と名を授けたいと。あんなに嬉しそうにお話になられた神様は初めてだったわ」
 内緒の話よ、と祖母は私の頭を撫でてくれた。
 一輪のシロツメクサが私の名前の由来。
 神様が授けてくれた”一花”は、その日、私の宝物になった。 
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