1 / 43
プロローグ
しおりを挟む
久瀬一花。
私は2月の寒い夜、町から車で30分ほどの場所にある市立病院で生まれた。
名前に”一”とはつくけど、長女ではない。
久瀬家の長女は4つ年上の百花。
百花の”百”という数字は、数が多いので縁起物としてされているらしい。友達100人できるかなとは良く言ったもので、たくさんの友達に恵まれますように。幸多き人生でありますように。才能に恵まれますように。そんな願いが込められている。
”もも”という音も邪を祓う”桃”に通じて縁起が良さそうだと、父が名付けた。
私の名前を付けたのは、父でも母でもない。
当時、健在だった祖父母でも、親戚の誰かでもない。
久瀬家は江戸時代中期から続く蔵元で、珍しくも長女が家を継ぐ女系だ。女系の理由は、女子だけが特殊な能力を受け継いでいるからに他ならない。故に長女は誰よりも愛され、名前を付けるにも何ヵ月も熟考される。
でも、次女は長女のスペアでしかない。
昔のように子供が病で亡くなることは少なくなったので、現代ではスペアですらない。
恐らく、習い事に忙しい姉の邪魔をしない控えめな子でありなさい、という戒めが込められているのだろうと幼心に感じていた。
愛されず、ひっそりと咲く地味な花。
そんなイメージが”一花”につき纏い、私は自分の名前が嫌いになった。
覚えてはいないけれど、幼少期の私は実に卑屈な子だったらしい。持ち物に書く名前は頑なに”イチ花”で、親のする事なす事に癇癪を起す。庭木に登って大人たちをひやひやさせたかと思えば、納戸に隠れて家族を振り回していたという。
何もかもが気に入らず、神棚に手を合わせては「名前を変えて!」と叫んでいたというから可愛げがない。
名前が嫌いだと泣く私を慰めてくれたのは、当時一時退院していた祖母だった。
祖母だけは、不思議と私を甘やかしてくれていたのを覚えている。「我が家には常駐の酒造りの神様がいるのよ」と久瀬家の秘密を教えてくれたのも、「うちの神様は恥ずかしがり屋なの」と内緒話をくしてれたのも祖母だ。
「一花ちゃんの名前は、神様が付けられたのよ」
そう言って、祖母は懐かしそうに目を細めていた。
「一花ちゃんが生まれた日、庭に一輪のシロツメクサを見つけられてね。2月の寒い時季に咲いていたのに驚いたのか、それとも微笑ましかったのか。今日生まれる子供に”一花”と名を授けたいと。あんなに嬉しそうにお話になられた神様は初めてだったわ」
内緒の話よ、と祖母は私の頭を撫でてくれた。
一輪のシロツメクサが私の名前の由来。
神様が授けてくれた”一花”は、その日、私の宝物になった。
私は2月の寒い夜、町から車で30分ほどの場所にある市立病院で生まれた。
名前に”一”とはつくけど、長女ではない。
久瀬家の長女は4つ年上の百花。
百花の”百”という数字は、数が多いので縁起物としてされているらしい。友達100人できるかなとは良く言ったもので、たくさんの友達に恵まれますように。幸多き人生でありますように。才能に恵まれますように。そんな願いが込められている。
”もも”という音も邪を祓う”桃”に通じて縁起が良さそうだと、父が名付けた。
私の名前を付けたのは、父でも母でもない。
当時、健在だった祖父母でも、親戚の誰かでもない。
久瀬家は江戸時代中期から続く蔵元で、珍しくも長女が家を継ぐ女系だ。女系の理由は、女子だけが特殊な能力を受け継いでいるからに他ならない。故に長女は誰よりも愛され、名前を付けるにも何ヵ月も熟考される。
でも、次女は長女のスペアでしかない。
昔のように子供が病で亡くなることは少なくなったので、現代ではスペアですらない。
恐らく、習い事に忙しい姉の邪魔をしない控えめな子でありなさい、という戒めが込められているのだろうと幼心に感じていた。
愛されず、ひっそりと咲く地味な花。
そんなイメージが”一花”につき纏い、私は自分の名前が嫌いになった。
覚えてはいないけれど、幼少期の私は実に卑屈な子だったらしい。持ち物に書く名前は頑なに”イチ花”で、親のする事なす事に癇癪を起す。庭木に登って大人たちをひやひやさせたかと思えば、納戸に隠れて家族を振り回していたという。
何もかもが気に入らず、神棚に手を合わせては「名前を変えて!」と叫んでいたというから可愛げがない。
名前が嫌いだと泣く私を慰めてくれたのは、当時一時退院していた祖母だった。
祖母だけは、不思議と私を甘やかしてくれていたのを覚えている。「我が家には常駐の酒造りの神様がいるのよ」と久瀬家の秘密を教えてくれたのも、「うちの神様は恥ずかしがり屋なの」と内緒話をくしてれたのも祖母だ。
「一花ちゃんの名前は、神様が付けられたのよ」
そう言って、祖母は懐かしそうに目を細めていた。
「一花ちゃんが生まれた日、庭に一輪のシロツメクサを見つけられてね。2月の寒い時季に咲いていたのに驚いたのか、それとも微笑ましかったのか。今日生まれる子供に”一花”と名を授けたいと。あんなに嬉しそうにお話になられた神様は初めてだったわ」
内緒の話よ、と祖母は私の頭を撫でてくれた。
一輪のシロツメクサが私の名前の由来。
神様が授けてくれた”一花”は、その日、私の宝物になった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる