皇弟殿下お断り!

衣更月

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ストーカー(皇弟視点)

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 フランシス王国に送り込んだ間者、ブレコの報告はどれも芳しくない。
 それと言うのも、1等級聖女はそれぞれ役割分担しているからだ。
 公の場に姿を現すのは、年齢と家格を考慮してなのか、イザベラ・ミュルディス1等級聖女と決まっている。式典に出るのも、社交に出るのも彼女1人だ。故に、フランシス王国で1等級聖女と言えばイザベラ・ミュルディスと誰もが口を揃えるほどに有名らしい。
 アナスタシア・イェーツ1等級聖女は名前こそ多少認知されているが、顔までは知れ渡っていないそうだ。
 流石に貴族であれば、イェーツ子爵家の令嬢として見知っているようだが、彼女が社交場から姿を消してからは殆どの者の記憶が曖昧模糊としているらしい。
 ブレコ曰く、イェーツ子爵令嬢が聖女認定を受けたと知っていても、等級を知る者はいないという。
 元々、社交場に出て行くような令嬢でなかったのも災いしており、気軽に秘密を打ち明ける友人はいなかったようだ。
 故に、イェーツ子爵令嬢の顔と等級を一致させることが出来る者は多くない。
 そして、最も謎に包まれるのがシルヴィア・ランビエール1等級聖女だ。
 未成年者ということもあって社交経験はゼロ。15才のデビュタントどころか、子供のお茶会にも出席した記録がないというから、徹底して存在が隠されている。
 さらに驚くべきことに、フランシス王国内でも、1等級聖女は3人いるのは知っているが3人目の名前を知る者は誰一人としていないということだ。
 謎ベールに包まれた1等級聖女は、平民のみならず貴族界隈からも「きっと美しき深窓の令嬢に違いない」「女神様の生まれ変わりらしい」「平民出身だから社交に出ないのでは?」と様々な噂の種となっている。
 愚かな。
 シルヴィア・ランビエール1等級聖女……いや、心の中ではシルヴィーと呼ぼう。
 シルヴィーは、烏の濡羽色の髪を勇ましく結い上げた戦の女神ケレンのように気高き美しさを内包した愛らしい天使であるのだ。
 そんじょそこらの令嬢と混同するな!と一喝したい。
 いや、その前に彼女とデートしている男、クラレンス・エスクード侯爵令息を血祭りにあげたくて仕方ない!
 目を見て微笑みあうんじゃない!
 内緒話をするな!
 公園なんてデートの定番コースじゃないか!
 小舟に乗るんじゃなーーーい!!
 殺すぞ!クラレンス・エスクード!!
「こういうの知ってますか?」
「”こういうの”とはなんだ?」
「パトリック様が怒涛の勢いで仕事を終わらせ、皇宮から文官を数人呼び寄せ、ヴァンデルサン団長に当面の指揮権を与え、長期休暇だと言ってフランシス王国に極秘入国したことです」
「旅行だろ?」
「いえ。ストーカーです」
 ストーカー…?
「いや、違うだろ」
「どう見てもストーカーですよ」
 アクセルは嘆息しながら、厚切りベーコンを挟んだサンドイッチを口に運ぶ。
 こちらを見る目は、百歩譲ってもあるじを見る目ではない。まるで性犯罪者を見るような冷えた目をしている。
「オペラグラスを手に、恋人のいる女の子を見てるなんて嘆かわしいです」
 もちゃもちゃと咀嚼音を立てながら、俺の手にあるオペラグラスを見ては嘆息するアクセルを殴ってしまいたい。
「これは覗きでなく護衛だ。あの男が不埒な真似をするのであれば天誅を与えなければならんだろうが」
「はぁ、そうですか。それより、食べないのですか?」
 それ、とアクセルが指さすのは、生クリームたっぷりのバナナチョコパンケーキだ。
 生クリームが山のように乗っていて、ほぼほぼパンケーキが覆い隠されている罪悪感マックスのスイーツ。
「食べるに決まっているだろ」
 マナーは悪いが、ここは個室。
 アクセルも品なく咀嚼音を立てるくらい、誰に気遣うことなく食事ができる。
 ということで、オペラグラスを左手に持ち替え、右手にフォークを持つ。ナイフは使わない。視線をシルヴィーにロックオンしたまま、生クリームを掬っては口に運ぶ。
「近くには行かないのですか?偶然を装って、いつぞやのお礼とか言って」
「馬鹿め。よく見ろ。後ろに護衛がついている」
 シルヴィーから5メートル離れた場所に1人。平民の装いで立っている。さらに離れた場所に、同じく平民の装いの者が1人いる。
 装いは平民だが、ひとつひとつの所作が違う。
 貴族のお忍びというよりは、さりげなく周囲を探る様は騎士だと分かる。
 あれはシルヴィーに同行していた護衛の2人だ。うち1人は、恐らく風の加護を持っている。
 悪しき心には加護は働かないが、主を守るという大義名分があれば、加護が働く可能性がある。つまり、俺たちの話が聞こえる可能性だ。
 別に俺がシルヴィーに危害を加えるわけではないがな!
「それで、どうされるんですか?見てるだけで満足するなら、存分に見てから帰りましょう。宿屋ではなく国に」
「イザベラ・ミュルディス1等級聖女と面会してみるか」
「攻めますね!」
「当たり前だ。で、ブレコのエスクード家の調査は進んでいるのか?」
 シルヴィーを調べるのが難しければ、男側を調べればいい。
 突けば、何かしら出てくるはずだ。
「さすが侯爵家ということで、関係者の口は堅いようですが、1等級聖女ほどの守りではないようですよ。何しろ、令息は学園に通う学生ですからね」
 この国の貴族の男子は、13から18まで王立学園に通うことが義務付けられている。
 女子は希望者だけが通う女学院がある。
 王立学園は領地経営や文官、武官に必要なスキルを集中的に叩き込むのに対し、女学院は幅広いカリキュラムが組まれているらしい。
 メインは、王宮や高位貴族に仕える女官や侍女となるための基礎。これは花嫁修業の一環にもなるので、多くの女子が好んで学ぶという。他にも将来の貴族家夫人として夫を支える為の経営学科、芸術面を磨く音楽科、手芸科、女性騎士を育てる育成科などと多岐に渡る。
 シルヴィーは女学院には通わず、大神殿で学習している。
 シルヴィーの制服姿も見たかったが…。
 ちなみに、フェルスター皇国では性別身分関係なく、7才から18才まで学園で最低限の教育を義務として受けなければならない。これはフェルスター皇国が”知識の塔”を有するが為に学問を推奨しているからだ。賢い者であれば、平民下民身分問わずに上に研究機関に雇用される。
 ただ、どの国でも共通するのだが、学生というのは小遣い稼ぎに飢えている。
 フェルスター皇国でもそうなのだ。フランシス王国が例外とは思えない。
 噂話を漏らすだけで小遣いを貰えるとなれば、王族に関することでなければポロっと零すだろう。
 幾ら平等を謳う学園内でも、社会の縮図たる世界だ。貴族である以上は派閥があり、水面下の足の引っ張り合いは存在する。
「どうやら、エスクード侯爵令息には最近まで恋人がいたらしいですよ。あくまで噂なのですが」
「ほう、面白い話だ。それで、なぜ恋人・・なのだ?」
「身分が釣り合わず、侯爵が首を縦に振らなかったのではないかと。なんでも、貧しい男爵令嬢だそうです」
 面白くなってきた。
 公園では、シルヴィーがベンチに座ってアイスクリームを食べているのが見える。
 俺と同じで甘味が好きなのか、頬を仄かに染めて、サクランボのように愛らしい唇が「おいしい!」と弾んでいる。
 なんて愛らしい天使だ。
 隣に座る男が邪魔だが、今は我慢の時だ。
「やはりイザベラ・ミュルディス1等級聖女が怪しいな」
 1等級聖女。それも公爵家という後ろ盾のある聖女との面会は一筋縄ではいかないが、俺は壁が高ければ高いほど燃える男だ。
 テーブルの隅にあるベルを鳴らし、3度のノックでドアが開く。
 公園前のカフェとは思えぬ洗練された給仕が、「お待たせ致しました」と頭を下げる。
「会計を頼む」
「承知いたしました」
 再び頭を下げ、給仕が下がって行った。
 ここのカフェは1階が平民、2階が個室に区切った貴族用となっている。賑やかな1階とは違い、実に過ごしやすい店だった。しかも公園が良く見える。
 シルヴィーが雑木林に消えなかったことに胸を撫でおろし、給仕が戻って来るまでアイスクリームを口にするシルヴィーを堪能することにした。
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