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8.ブロンディーヌ
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ブロンディーヌ、待っていたよ。
少し顔色が悪いようだが、大丈夫かな。
早速だが、仕事の話をしよう。
今夜のターゲットは、オズワルド氏だ。
彼は、我々ミラージュに、不利益をもたらす人物だ。
抹殺しなくてはならない。
手順は、簡単。
夜になったら、君は私と一緒に、タリスのある高級娼館に出かける。
私は、そこの女主人としばらく前から、懇意にしていて、君のことを話した。
ここで、私の知り合いの女に、客を取らせたいのだと。
君のことは、アルカンスィエルを追われた高級娼婦だと話してあるので、その心づもりでいてくれ。
そして、私が、オズワルドを連れて行くので、君は彼と部屋に行く。
オズワルドにとって、君が最後の女だ。
十分に楽しませてやるといい。
オズワルドが油断したところで、見つからないように、ウイスキーにこの薬を入れて、飲ませるんだ。
簡単な仕事だ。
それで、オズワルドは死ぬ。
仕事が終われば、女主人に適当な言い訳をして、外へ出るんだ。
私は店を出た次の角の、辻馬車の中で待っている。
納得が行かない?
どういうことかな、ブロンディーヌ?
何か問題が?
ウイスキーの中に毒を入れたのでは、事切れるまでに、抵抗されるかもしれないと?
確かに、物音をたてられるのはまずい。
寝室が、奥まった場所にある貴族の屋敷とは違って、物音や叫び声は響きやすいだろう。
ウイスキーの中に睡眠薬を?
ぐっすり眠ったところを、ナイフで一突き・・・。
殺れる自信は?
わかった、君がそう言うのならそうしよう。
ナイフは、隙を見て、私があらかじめ部屋に用意しておこう。
今夜が終われば、君は自由だ。
最後の仕事は、抜かりのないように頼む、ブロンディーヌ。
ソファに身を沈めて、ブロンディーヌは、優美に、艶めかしく、オズワルドの到着を待っていた。
長く美しいダークブロンドの髪を、見せつけるように、わざと肩に落とすように結い、髪には、白い花飾りを刺していた。
ブロンディーヌに、濃い化粧は必要なかった。
薄化粧に、淡い口紅。
濃い化粧よりも、その方がよほど、ブロンディーヌの美しさを際立たせた。
そして、嗅いでいるだけで男が虜になりそうな、甘やかで魅惑的な香りをまとっていた。
黒のレースをあしらったドレスの胸元は大きく開かれ、吸い込まれそうなほど白い肌には、真珠の輝きがあった。
その姿は、完璧な肖像画のようですらあった。
窓辺に立つ、赤いドレスを身にまとった、化粧の濃い女主人、レベッカが、ちらりと、ブロンディーヌに目を向ける。
そのレベッカも、ブロンディーヌより幾分年は重ねていたが、十分に男を魅了できる器量の持ち主だった。
まあ上玉だこと。
ダニエルったら、一体、この娘とどういう知り合いなのかしら。
レベッカは、幾分嫉妬の籠もった眼で、ブロンディーヌを眺めた。
レベッカの新しい情夫、ダニエルは気前がよかった。
流行のドレス、宝石と、レベッカが望むものは、何でも買い与えてくれた。
もちろん、レベッカには、他にもパトロンがいた。
けれども、これほど気前のいい男、ダニエルを、手放す理由はなかった。
その気前のいい情夫ダニエルが、先日、妙なことを言い出した。
知り合いのアルカンスィエルの娼婦が、グラディウス軍の侵攻で、アルカンスィエルを追われて、このタリスへやって来たという。
客を取らせてやりたいのだが、部屋を貸してやってくれないかと。
他の者だったら、断ったところだった。
けれども、他ならぬダニエルの頼みだった。
頼みを断って、ダニエルと縁が切れてしまっては、欲しい物が手に入らなくなる。
レベッカは、そのダニエルの依頼を承諾した。
そして、今夜、ダニエルに連れられて、ブロンディーヌがやって来た。
レベッカは、ブロンディーヌを見て、その美貌に驚いた。
そして、不思議に思った。
何故、ダニエルがブロンディーヌを囲わないのかと。
あれほど、美しければ、手に入れたいと思うのは、男ならば当然ではないか、と。
もちろん、ブロンディーヌに対する嫉妬もあった。
だから、ダニエルが、客の男を迎えに行く前に、尋ねてみた。
ダニエルは、レベッカに口づけをして、答えた。
美しすぎる女は、隙がなくて面白くない。
君の方が、魅力的だ、と。
悪い気はしなかった。
その窓辺にたたずむレベッカをそっと見て、ブロンディーヌは思った。
この女主人も、ダニエルに利用されて、捨てられるのだわ。
何も知らないまま。
娼館の応接間には、レベッカとブロンディーヌしかいなかった。
年若い召使いは、奥に下がらせていた。
すでに、夜は更けていた。
他の娼婦たちは、既にめいめい男を取って、部屋に入っていた。
コトンと入口から、物音がして、レベッカとブロンディーヌが顔を上げる。
しばらくして、ダニエルに連れられて、身なりのいい、肥えた中年の男が入って来た。
オズワルドが、一目で、ブロンディーヌの虜になったのは、誰の目にも明らかだった。
一通りの挨拶を終えると、傍らに座ったオズワルドのふくよかな手を取って、胸元に寄せ、ブロンディーヌはその耳元で甘えるように、囁いた。
「オズワルド様、お部屋に行きませんこと?早く、ふたりきりになりとうございます」
オズワルドに、嫌という理由は何一つなかった。
ブロンディーヌを前にして、オズワルドが欲望をたぎらせた眼をしていることに、誰もが気付いていた。
階段を上がっていく、ブロンディーヌとオズワルドを見つめ、ダニエルは不敵な笑みを浮かべた。
深夜だった。
階上からは、物音ひとつしなかった。
レベッカは、応接間でひとり、ウイスキーを煽っていた。
レベッカは、気分を悪くしていた。
ブロンディーヌが男と階上に上がった後、レベッカはダニエルと過ごすことが出来るとばかり思っていた。
ところが、ウイスキーを軽く飲んだだけで、今夜は用があるからと、帰ってしまった。
その無粋な行いの代わりに、レベッカの指には、指輪が差し込まれた。
その眩い宝石のついた指輪は、これまでにダニエルから受けたどんな贈り物よりも、高価な品物であることは分かったが、それでもやはり、レベッカの心中には波がたった。
自然と、杯を重ねていた。
時間が過ぎ、階上から、誰かが降りてくる足音がした。
ブロンディーヌだった。
階上に上がる前よりも、髪が乱れていた。
脱いだ後、ひとりでドレスを着なおしたせいか、ずいぶんと雑な着方になっていた。
「オズワルド氏は?」
「お休みなの。ずいぶんとお疲れになったみたい」
ブロンディーヌは、お分かりでしょ、と言わんばかりの眼差しだった。
そして、召使いを呼んだ。
「手伝ってくれる?ひとりでは、うまく着れなくて」
と、召使いに手伝わせて、ドレスを着直し、髪を結い直した。
若く、類いまれな美貌を持ち合わせたブロンディーヌが、情事の後とは思えぬほど、冷静であることに、レベッカは内心驚いていた。
顔に似合わず、この娘、相当したたかな女かもしれない。
そう思った。
「少し風に当たりたいの。外へ出てくるわ」
支度を済ませると、ブロンディーヌは、ケープを羽織った。
「夜中よ」
レベッカは驚いた。
この辺りは、夜中に女がひとり、出歩くような場所ではなかった。
「その角までよ。身体が、火照るの」
ブロンディーヌは、ヘーゼルの瞳を艶めかしく輝かせて、笑った。
少し顔色が悪いようだが、大丈夫かな。
早速だが、仕事の話をしよう。
今夜のターゲットは、オズワルド氏だ。
彼は、我々ミラージュに、不利益をもたらす人物だ。
抹殺しなくてはならない。
手順は、簡単。
夜になったら、君は私と一緒に、タリスのある高級娼館に出かける。
私は、そこの女主人としばらく前から、懇意にしていて、君のことを話した。
ここで、私の知り合いの女に、客を取らせたいのだと。
君のことは、アルカンスィエルを追われた高級娼婦だと話してあるので、その心づもりでいてくれ。
そして、私が、オズワルドを連れて行くので、君は彼と部屋に行く。
オズワルドにとって、君が最後の女だ。
十分に楽しませてやるといい。
オズワルドが油断したところで、見つからないように、ウイスキーにこの薬を入れて、飲ませるんだ。
簡単な仕事だ。
それで、オズワルドは死ぬ。
仕事が終われば、女主人に適当な言い訳をして、外へ出るんだ。
私は店を出た次の角の、辻馬車の中で待っている。
納得が行かない?
どういうことかな、ブロンディーヌ?
何か問題が?
ウイスキーの中に毒を入れたのでは、事切れるまでに、抵抗されるかもしれないと?
確かに、物音をたてられるのはまずい。
寝室が、奥まった場所にある貴族の屋敷とは違って、物音や叫び声は響きやすいだろう。
ウイスキーの中に睡眠薬を?
ぐっすり眠ったところを、ナイフで一突き・・・。
殺れる自信は?
わかった、君がそう言うのならそうしよう。
ナイフは、隙を見て、私があらかじめ部屋に用意しておこう。
今夜が終われば、君は自由だ。
最後の仕事は、抜かりのないように頼む、ブロンディーヌ。
ソファに身を沈めて、ブロンディーヌは、優美に、艶めかしく、オズワルドの到着を待っていた。
長く美しいダークブロンドの髪を、見せつけるように、わざと肩に落とすように結い、髪には、白い花飾りを刺していた。
ブロンディーヌに、濃い化粧は必要なかった。
薄化粧に、淡い口紅。
濃い化粧よりも、その方がよほど、ブロンディーヌの美しさを際立たせた。
そして、嗅いでいるだけで男が虜になりそうな、甘やかで魅惑的な香りをまとっていた。
黒のレースをあしらったドレスの胸元は大きく開かれ、吸い込まれそうなほど白い肌には、真珠の輝きがあった。
その姿は、完璧な肖像画のようですらあった。
窓辺に立つ、赤いドレスを身にまとった、化粧の濃い女主人、レベッカが、ちらりと、ブロンディーヌに目を向ける。
そのレベッカも、ブロンディーヌより幾分年は重ねていたが、十分に男を魅了できる器量の持ち主だった。
まあ上玉だこと。
ダニエルったら、一体、この娘とどういう知り合いなのかしら。
レベッカは、幾分嫉妬の籠もった眼で、ブロンディーヌを眺めた。
レベッカの新しい情夫、ダニエルは気前がよかった。
流行のドレス、宝石と、レベッカが望むものは、何でも買い与えてくれた。
もちろん、レベッカには、他にもパトロンがいた。
けれども、これほど気前のいい男、ダニエルを、手放す理由はなかった。
その気前のいい情夫ダニエルが、先日、妙なことを言い出した。
知り合いのアルカンスィエルの娼婦が、グラディウス軍の侵攻で、アルカンスィエルを追われて、このタリスへやって来たという。
客を取らせてやりたいのだが、部屋を貸してやってくれないかと。
他の者だったら、断ったところだった。
けれども、他ならぬダニエルの頼みだった。
頼みを断って、ダニエルと縁が切れてしまっては、欲しい物が手に入らなくなる。
レベッカは、そのダニエルの依頼を承諾した。
そして、今夜、ダニエルに連れられて、ブロンディーヌがやって来た。
レベッカは、ブロンディーヌを見て、その美貌に驚いた。
そして、不思議に思った。
何故、ダニエルがブロンディーヌを囲わないのかと。
あれほど、美しければ、手に入れたいと思うのは、男ならば当然ではないか、と。
もちろん、ブロンディーヌに対する嫉妬もあった。
だから、ダニエルが、客の男を迎えに行く前に、尋ねてみた。
ダニエルは、レベッカに口づけをして、答えた。
美しすぎる女は、隙がなくて面白くない。
君の方が、魅力的だ、と。
悪い気はしなかった。
その窓辺にたたずむレベッカをそっと見て、ブロンディーヌは思った。
この女主人も、ダニエルに利用されて、捨てられるのだわ。
何も知らないまま。
娼館の応接間には、レベッカとブロンディーヌしかいなかった。
年若い召使いは、奥に下がらせていた。
すでに、夜は更けていた。
他の娼婦たちは、既にめいめい男を取って、部屋に入っていた。
コトンと入口から、物音がして、レベッカとブロンディーヌが顔を上げる。
しばらくして、ダニエルに連れられて、身なりのいい、肥えた中年の男が入って来た。
オズワルドが、一目で、ブロンディーヌの虜になったのは、誰の目にも明らかだった。
一通りの挨拶を終えると、傍らに座ったオズワルドのふくよかな手を取って、胸元に寄せ、ブロンディーヌはその耳元で甘えるように、囁いた。
「オズワルド様、お部屋に行きませんこと?早く、ふたりきりになりとうございます」
オズワルドに、嫌という理由は何一つなかった。
ブロンディーヌを前にして、オズワルドが欲望をたぎらせた眼をしていることに、誰もが気付いていた。
階段を上がっていく、ブロンディーヌとオズワルドを見つめ、ダニエルは不敵な笑みを浮かべた。
深夜だった。
階上からは、物音ひとつしなかった。
レベッカは、応接間でひとり、ウイスキーを煽っていた。
レベッカは、気分を悪くしていた。
ブロンディーヌが男と階上に上がった後、レベッカはダニエルと過ごすことが出来るとばかり思っていた。
ところが、ウイスキーを軽く飲んだだけで、今夜は用があるからと、帰ってしまった。
その無粋な行いの代わりに、レベッカの指には、指輪が差し込まれた。
その眩い宝石のついた指輪は、これまでにダニエルから受けたどんな贈り物よりも、高価な品物であることは分かったが、それでもやはり、レベッカの心中には波がたった。
自然と、杯を重ねていた。
時間が過ぎ、階上から、誰かが降りてくる足音がした。
ブロンディーヌだった。
階上に上がる前よりも、髪が乱れていた。
脱いだ後、ひとりでドレスを着なおしたせいか、ずいぶんと雑な着方になっていた。
「オズワルド氏は?」
「お休みなの。ずいぶんとお疲れになったみたい」
ブロンディーヌは、お分かりでしょ、と言わんばかりの眼差しだった。
そして、召使いを呼んだ。
「手伝ってくれる?ひとりでは、うまく着れなくて」
と、召使いに手伝わせて、ドレスを着直し、髪を結い直した。
若く、類いまれな美貌を持ち合わせたブロンディーヌが、情事の後とは思えぬほど、冷静であることに、レベッカは内心驚いていた。
顔に似合わず、この娘、相当したたかな女かもしれない。
そう思った。
「少し風に当たりたいの。外へ出てくるわ」
支度を済ませると、ブロンディーヌは、ケープを羽織った。
「夜中よ」
レベッカは驚いた。
この辺りは、夜中に女がひとり、出歩くような場所ではなかった。
「その角までよ。身体が、火照るの」
ブロンディーヌは、ヘーゼルの瞳を艶めかしく輝かせて、笑った。
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