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1.王都アルカンスィエルの陥落
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フィリップは、父である前国王、ギヨーム王に一度も会ったことはない。
歴代国王の住まいであるブロンピュール宮殿を訪れたことはなかったし、訪れたいと思ったこともなかった。
母モニクは、アルカンスィエルの裕福な家庭に生まれ育った。
二つ年下の妹と共に、貴族の子女と同等の教育を受け、高い学識と教養を身につけた。
人並み以上に美しく育ち、そして教養を身に付けたモニクは、資産家と結婚。
何不自由ない暮らしを手に入れ、その美しさと高い教養から、著名な人々の集まるサロンに頻繁に招かれていた。
そして、その美貌がギヨーム王の眼に止まった。
ユースティティアでは、王は、正室である王妃以外に、妾をひとりだけ持つことが許されていた。
つまり、ひとりだけ公に愛人が認められていたわけである。
王妃とは、体面のための形式ばかりの結婚。
王にとって、心許せる本当の意味での伴侶は、愛人である妾であることが多かった。
モニクは、ギヨーム王の妾に選ばれた。
モニクは、国王の妾になるため、資産家の夫と離婚させられ、ル・ヴォー子爵と形ばかりの結婚をした。
国王の妾になるためには、少なくとも貴族でならなければならなかった。
もちろん、ル・ヴォー子爵も、そういった事情は承知の上で、モニクを形式上の妻とし、実際は、モニクを国王に差し出したわけである。
そして、そのことは、国中で知らないものは、誰ひとりいなかった。
けれども、モニクのブロンピュール宮殿での生活は、そう長くは続かなかった。
移り気なギヨーム王は、モニクがブロンピュール宮殿に入って、わずか数年で、新たな妾となる女を連れて来た。
ユースティティアの国王に認められている妾は、ひとりきりである。
だから、もしギヨーム王が、別の女を妾とするならば、モニクは、妾の座から引きずり降ろされることになる。
そして、それは現実のものとなった。
そもそも、ブロンピュール宮殿に巣食う人々は、何としてでも国王に取り入って、出世と、権力と、金をもぎ取ろうとする集団であった。
妾にでもなろうとするものは、国王の寵愛を手に入れて、女としての最高の贅沢を望む者であった。
ゆえに、その権力争いは熾烈を極めた。
そのような女性たちと、その周囲が、妾の座を奪うために、様々な画策を練っている伏魔殿のような場所で、これといって強い後ろだてもない、モニクのように穏やかで優しい女が、生き残ってゆけるはずはなかった。
モニクは、国王から遠ざけられた。
これまで、モニクに歯の浮くようなお世辞を述べ、大げさな笑顔をふりまいていた貴族たちは、潮が引くように、去って行った。
国王の寵愛を失った妾ほど惨めなものは、なかった。
形ばかりの夫、ル・ヴォー子爵などあてになるはずもなく、実家はすでに、モニクの帰れる場所ではなかった。
本来なら、国王の寵愛を失った妾は、修道院へ向かうべきところであった。
けれども、モニクのお腹には、子供が宿っていた。
修道院へ行くとなれば、子供とは引き離されることになる。
モニクは、それをどうしても認めなかった。
どんな説得にも、応じなかった。
そして、妾の座を追われたモニクは、毎月わずかばかりの手当てと、アルカンスィエルの街の郊外に、古い手狭な屋敷を与えられることになり、その屋敷で、ひっそりと男の子を産んだ。
それが、フィリップだった。
フィリップにデュヴィラール伯爵という称号を与えたのは、庶子とはいえ、自分の子供に対する、ギヨーム王の最初で最後の愛情だったのかもしれない。
フィリップは、早く大人になって、優しい母に楽な生活をさせてやりたかった。
ひと時とはいえ、かつては宮廷で国王の寵愛を受けて、誰もがうらやむような豪華なドレスを身にまとい、贅沢な宝石を身につけて、人々にかしずかれて暮らしていた美しい母が、今、このように落ちぶれた生活を余儀なくされているのが、たまらなかった。
何故か、それがまるで、じぶんのせいであるかのような気持ちになった。
だから、フィリップはわずか十歳で、陸軍の全寮制の学校に行くことを決めた。
軍人として出世して、母に、わずかでも資産と名誉を、取り戻させてあげたかった。
ところが、フィリップが十二歳の時、母は、病気であっけなく亡くなってしまった。
母の死は、フィリップを打ちのめした。
けれども、フィリップに泣いている時間はなかった。
フィリップには、二つ年下の病弱な妹、アンジェラがいた。
母が亡くなり、かよわいアンジェラが頼りにできるのは、フィリップただ一人だった。
フィリップは十五歳で、陸軍士官学校の騎兵科へと進んだ。
士官学校での、成績は常に上位だった。
熱心で、負けず嫌いで、どんなに苦しい訓練にも、耐えた。
不本意な体罰にも、屈しなかった。
それは、ひとえにアンジェラのためだった。
アルカンスィエルの陥落が目前に迫る今、軍人の端くれとして、持ち場を離れるなどということが、あってはいけないということは、よくわかっていた。
けれども、フィリップはどうしても、ただ一人の家族の安否を、確かめずにはいられなかった。
歴代国王の住まいであるブロンピュール宮殿を訪れたことはなかったし、訪れたいと思ったこともなかった。
母モニクは、アルカンスィエルの裕福な家庭に生まれ育った。
二つ年下の妹と共に、貴族の子女と同等の教育を受け、高い学識と教養を身につけた。
人並み以上に美しく育ち、そして教養を身に付けたモニクは、資産家と結婚。
何不自由ない暮らしを手に入れ、その美しさと高い教養から、著名な人々の集まるサロンに頻繁に招かれていた。
そして、その美貌がギヨーム王の眼に止まった。
ユースティティアでは、王は、正室である王妃以外に、妾をひとりだけ持つことが許されていた。
つまり、ひとりだけ公に愛人が認められていたわけである。
王妃とは、体面のための形式ばかりの結婚。
王にとって、心許せる本当の意味での伴侶は、愛人である妾であることが多かった。
モニクは、ギヨーム王の妾に選ばれた。
モニクは、国王の妾になるため、資産家の夫と離婚させられ、ル・ヴォー子爵と形ばかりの結婚をした。
国王の妾になるためには、少なくとも貴族でならなければならなかった。
もちろん、ル・ヴォー子爵も、そういった事情は承知の上で、モニクを形式上の妻とし、実際は、モニクを国王に差し出したわけである。
そして、そのことは、国中で知らないものは、誰ひとりいなかった。
けれども、モニクのブロンピュール宮殿での生活は、そう長くは続かなかった。
移り気なギヨーム王は、モニクがブロンピュール宮殿に入って、わずか数年で、新たな妾となる女を連れて来た。
ユースティティアの国王に認められている妾は、ひとりきりである。
だから、もしギヨーム王が、別の女を妾とするならば、モニクは、妾の座から引きずり降ろされることになる。
そして、それは現実のものとなった。
そもそも、ブロンピュール宮殿に巣食う人々は、何としてでも国王に取り入って、出世と、権力と、金をもぎ取ろうとする集団であった。
妾にでもなろうとするものは、国王の寵愛を手に入れて、女としての最高の贅沢を望む者であった。
ゆえに、その権力争いは熾烈を極めた。
そのような女性たちと、その周囲が、妾の座を奪うために、様々な画策を練っている伏魔殿のような場所で、これといって強い後ろだてもない、モニクのように穏やかで優しい女が、生き残ってゆけるはずはなかった。
モニクは、国王から遠ざけられた。
これまで、モニクに歯の浮くようなお世辞を述べ、大げさな笑顔をふりまいていた貴族たちは、潮が引くように、去って行った。
国王の寵愛を失った妾ほど惨めなものは、なかった。
形ばかりの夫、ル・ヴォー子爵などあてになるはずもなく、実家はすでに、モニクの帰れる場所ではなかった。
本来なら、国王の寵愛を失った妾は、修道院へ向かうべきところであった。
けれども、モニクのお腹には、子供が宿っていた。
修道院へ行くとなれば、子供とは引き離されることになる。
モニクは、それをどうしても認めなかった。
どんな説得にも、応じなかった。
そして、妾の座を追われたモニクは、毎月わずかばかりの手当てと、アルカンスィエルの街の郊外に、古い手狭な屋敷を与えられることになり、その屋敷で、ひっそりと男の子を産んだ。
それが、フィリップだった。
フィリップにデュヴィラール伯爵という称号を与えたのは、庶子とはいえ、自分の子供に対する、ギヨーム王の最初で最後の愛情だったのかもしれない。
フィリップは、早く大人になって、優しい母に楽な生活をさせてやりたかった。
ひと時とはいえ、かつては宮廷で国王の寵愛を受けて、誰もがうらやむような豪華なドレスを身にまとい、贅沢な宝石を身につけて、人々にかしずかれて暮らしていた美しい母が、今、このように落ちぶれた生活を余儀なくされているのが、たまらなかった。
何故か、それがまるで、じぶんのせいであるかのような気持ちになった。
だから、フィリップはわずか十歳で、陸軍の全寮制の学校に行くことを決めた。
軍人として出世して、母に、わずかでも資産と名誉を、取り戻させてあげたかった。
ところが、フィリップが十二歳の時、母は、病気であっけなく亡くなってしまった。
母の死は、フィリップを打ちのめした。
けれども、フィリップに泣いている時間はなかった。
フィリップには、二つ年下の病弱な妹、アンジェラがいた。
母が亡くなり、かよわいアンジェラが頼りにできるのは、フィリップただ一人だった。
フィリップは十五歳で、陸軍士官学校の騎兵科へと進んだ。
士官学校での、成績は常に上位だった。
熱心で、負けず嫌いで、どんなに苦しい訓練にも、耐えた。
不本意な体罰にも、屈しなかった。
それは、ひとえにアンジェラのためだった。
アルカンスィエルの陥落が目前に迫る今、軍人の端くれとして、持ち場を離れるなどということが、あってはいけないということは、よくわかっていた。
けれども、フィリップはどうしても、ただ一人の家族の安否を、確かめずにはいられなかった。
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