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13.偏屈男と小麦と女<前編>
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この秋一番の冷え込みとなった翌朝、ローズは、マクファーレン商会のジェフリーの執務室に、足を踏み入れた。
「おはようございます、マクファーレンさん」
「君は、アポイントメントを取る、ということを知らないのかね?」
おっとりと、挨拶をするローズに、挨拶を返すこともなく、手元の書類から顔を上げると、ジェフリーは、じろりとローズを睨んだ。
「いえ、あの、今、下で、この方に会って、マクファーレンさんにお会いするには、どうしたらいいのかを尋ねたら、今なら少し時間があるから、どうぞって・・・」
と、ローズは、ローズをここまで案内してきたヘインズを、戸惑うように見上げた。
ジェフリーの眼が、ヘインズを睨んだが、ヘインズは涼しい顔で、今お茶をお持ちします、と出て行った。
ヘインズときたら、本当に油断がならない。
いつも、人の心のうちを見透かすような顔を、している。
だが、ローズ・ギャレットの件に関して、見透かされて困るような心のうちなど、ひとつもないのだから、堂々としていればいいのだ。
ジェフリーは、咳払いをした。
「用件は?私は、忙しい身だ。手短に頼む」
ジェフリーは、そう言って、いつもの厳めしい顔つきで、自分の机についたまま、ドアの前に立っているローズを見た。
本当なら、ソファを勧めればよかった。
そこに座るといい。
ただ、それだけの言葉だった。
今朝は別に、急ぎの用事もなかった。
ソファに座って、ローズの話を聞くくらいの時間はあった。
けれども、ジェフリーは、そうしたくなかった。
何故か、早く、ローズに引き取ってもらいたかった。
あの呑気な顔で、のんびり話をされると、自分のペースが崩れそうだった。
ソファを勧められたわけでもなく、ローズは、立ったまま、パッチワークキルトの集いで、例の小麦粉を使ったパンの試食会を催したこと、そのことが、功を奏して、評判が広がり、あの小麦粉やほかの食材も、売れ始めたことを、手短に話した。
「本来、そんなことは、他人から指摘を受ける前に、自分で考えてやるものだ。君は、自分の店だと言う自覚がなさすぎる」
「本当に、お恥ずかしいことだったと思います」
「それで、話は終わりかね?だったら、これで、引き取ってくれ。君と雑談を楽しむ暇などない。ヘインズ、お帰りだ」
と、お茶の支度をして入って来た、中年の手伝いの女と一緒に、執務室に戻って来たヘインズに、ジェフリーは、厭味ったらしくそう告げた。
お茶を、どうしましょうか、と見上げる手伝いの女に、ヘインズはそこへ置いておいてと、身振りで説明すると、テーブルにお茶の支度を整え、手伝いの女は出て行った。
「あの、マクファーレンさん、それで、私、お店を、もう少し続けてみたいと思うんです」
いつもはゆっくりと話すローズも、ジェフリーが急いているのを感じ取って、自分が仕事の邪魔をしているのだと、いつもより少し早口になった。
「今朝は、その報告を?だったら、その件は了承した。他の物件をあたる。以上だ」
「あの、それと・・・、これを・・・」
と、ローズは、鞄から封筒を取り出すと、ジェフリーの目の前に差し出した。
ジェフリーは、受け取って、中身を確認した。
中には、紙幣が、数枚入っていた。
「これは一体、何だ?」
「お礼です」
「礼?」
「マクファーレンさんに叱られて、私、目が覚めました。自分のお店を、なんとかしたいっていう気持ちになったんです。マクファーレンさんに、あんな風に叱っていただかなかったら、私、今頃はもう、お店を手放していたと思います。そのお金は、先日からの利益の一部です。お渡しできるのが、少しで、本当に、恥ずか・・・」
と、ローズの話を遮る形で、ジェフリーは、差し出された封筒を突き返した。
「持って帰りたまえ」
「少しで・・・、お気に障ったのなら、申し訳ありません」
ローズは、顔を赤くして、伏せた。
ジェフリーが、差し出された金額が少ないことに、腹を立てたのだと思った。
「君の、先日の、ささやかな挑戦は、閉店イベントだったと言うのかね?」
「閉店?いえ、私、そんなつもりは・・・」
「だったら、一枚の硬貨でも無駄にするな。どんな小さな商売にでも、投資資金が必要だ」
「でも、それでは私の気持ちが・・・」
「能天気な君の感謝など、私には、全く必要ない。有り難いことに、君のこの封筒を受け取らずとも、生活には困らないものでね。ヘインズ、この方は、本当にお帰りだ」
ヘインズを睨みつけて、ジェフリーは強い口調でそう言った。
ローズを連れて、この部屋から出ていけと、言っているのだった。
ヘインズは、ジェフリーの怒りなど、素知らぬふりで、ジェフリーに突き返されて、机に置かれたままだった封筒を、手に取ると、微笑みながら、そっとローズの手に戻し、行きましょうか、と帰りを促した。
帰り際、ちらりと、ローズが、ジェフリーに眼をやると、既に、机の上の書類に目を向けてペンを走らせていて、こちらの方を見向きもしなかった。
「マクファーレンさん」
執務室を出るとき、ローズは、ジェフリーに呼びかけた。
物憂げに顔を上げたジェフリーに、
「マクファーレンさん、私、頑張ってみます。本当に、どうもありがとう」
ローズは、いつものおっとりとした口調で、そういって、穏やかに微笑んだ。
パタンと、ドアが閉じて、ヘインズと、ローズが出て行ったあと、すぐに、ジェフリーは、ペンを置いた。
そうして、長い息を・・・、本当に長い息をついた。
「おはようございます、マクファーレンさん」
「君は、アポイントメントを取る、ということを知らないのかね?」
おっとりと、挨拶をするローズに、挨拶を返すこともなく、手元の書類から顔を上げると、ジェフリーは、じろりとローズを睨んだ。
「いえ、あの、今、下で、この方に会って、マクファーレンさんにお会いするには、どうしたらいいのかを尋ねたら、今なら少し時間があるから、どうぞって・・・」
と、ローズは、ローズをここまで案内してきたヘインズを、戸惑うように見上げた。
ジェフリーの眼が、ヘインズを睨んだが、ヘインズは涼しい顔で、今お茶をお持ちします、と出て行った。
ヘインズときたら、本当に油断がならない。
いつも、人の心のうちを見透かすような顔を、している。
だが、ローズ・ギャレットの件に関して、見透かされて困るような心のうちなど、ひとつもないのだから、堂々としていればいいのだ。
ジェフリーは、咳払いをした。
「用件は?私は、忙しい身だ。手短に頼む」
ジェフリーは、そう言って、いつもの厳めしい顔つきで、自分の机についたまま、ドアの前に立っているローズを見た。
本当なら、ソファを勧めればよかった。
そこに座るといい。
ただ、それだけの言葉だった。
今朝は別に、急ぎの用事もなかった。
ソファに座って、ローズの話を聞くくらいの時間はあった。
けれども、ジェフリーは、そうしたくなかった。
何故か、早く、ローズに引き取ってもらいたかった。
あの呑気な顔で、のんびり話をされると、自分のペースが崩れそうだった。
ソファを勧められたわけでもなく、ローズは、立ったまま、パッチワークキルトの集いで、例の小麦粉を使ったパンの試食会を催したこと、そのことが、功を奏して、評判が広がり、あの小麦粉やほかの食材も、売れ始めたことを、手短に話した。
「本来、そんなことは、他人から指摘を受ける前に、自分で考えてやるものだ。君は、自分の店だと言う自覚がなさすぎる」
「本当に、お恥ずかしいことだったと思います」
「それで、話は終わりかね?だったら、これで、引き取ってくれ。君と雑談を楽しむ暇などない。ヘインズ、お帰りだ」
と、お茶の支度をして入って来た、中年の手伝いの女と一緒に、執務室に戻って来たヘインズに、ジェフリーは、厭味ったらしくそう告げた。
お茶を、どうしましょうか、と見上げる手伝いの女に、ヘインズはそこへ置いておいてと、身振りで説明すると、テーブルにお茶の支度を整え、手伝いの女は出て行った。
「あの、マクファーレンさん、それで、私、お店を、もう少し続けてみたいと思うんです」
いつもはゆっくりと話すローズも、ジェフリーが急いているのを感じ取って、自分が仕事の邪魔をしているのだと、いつもより少し早口になった。
「今朝は、その報告を?だったら、その件は了承した。他の物件をあたる。以上だ」
「あの、それと・・・、これを・・・」
と、ローズは、鞄から封筒を取り出すと、ジェフリーの目の前に差し出した。
ジェフリーは、受け取って、中身を確認した。
中には、紙幣が、数枚入っていた。
「これは一体、何だ?」
「お礼です」
「礼?」
「マクファーレンさんに叱られて、私、目が覚めました。自分のお店を、なんとかしたいっていう気持ちになったんです。マクファーレンさんに、あんな風に叱っていただかなかったら、私、今頃はもう、お店を手放していたと思います。そのお金は、先日からの利益の一部です。お渡しできるのが、少しで、本当に、恥ずか・・・」
と、ローズの話を遮る形で、ジェフリーは、差し出された封筒を突き返した。
「持って帰りたまえ」
「少しで・・・、お気に障ったのなら、申し訳ありません」
ローズは、顔を赤くして、伏せた。
ジェフリーが、差し出された金額が少ないことに、腹を立てたのだと思った。
「君の、先日の、ささやかな挑戦は、閉店イベントだったと言うのかね?」
「閉店?いえ、私、そんなつもりは・・・」
「だったら、一枚の硬貨でも無駄にするな。どんな小さな商売にでも、投資資金が必要だ」
「でも、それでは私の気持ちが・・・」
「能天気な君の感謝など、私には、全く必要ない。有り難いことに、君のこの封筒を受け取らずとも、生活には困らないものでね。ヘインズ、この方は、本当にお帰りだ」
ヘインズを睨みつけて、ジェフリーは強い口調でそう言った。
ローズを連れて、この部屋から出ていけと、言っているのだった。
ヘインズは、ジェフリーの怒りなど、素知らぬふりで、ジェフリーに突き返されて、机に置かれたままだった封筒を、手に取ると、微笑みながら、そっとローズの手に戻し、行きましょうか、と帰りを促した。
帰り際、ちらりと、ローズが、ジェフリーに眼をやると、既に、机の上の書類に目を向けてペンを走らせていて、こちらの方を見向きもしなかった。
「マクファーレンさん」
執務室を出るとき、ローズは、ジェフリーに呼びかけた。
物憂げに顔を上げたジェフリーに、
「マクファーレンさん、私、頑張ってみます。本当に、どうもありがとう」
ローズは、いつものおっとりとした口調で、そういって、穏やかに微笑んだ。
パタンと、ドアが閉じて、ヘインズと、ローズが出て行ったあと、すぐに、ジェフリーは、ペンを置いた。
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