東雲色のロマンス

海子

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11.Darling

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 フランクの家にレティシアを迎えに行って、二言、三言、話した後は、リックも、レティシアも、ずっと無言だった。
一言も言葉を交わさずに、黙って、先夜、愛し合った場所へと向かった。 
昼食を手渡すために、毎日、顔を合わせてはいるものの、愛を交わした日から、十日間、互いの肌には触れられずにいた。 
むしろ、毎日、顔は合わせているのに、触れることの出ない、心の奥底に燻るもどかしさが、あとわずかでもう一度、愛を確かめ合えるとなると、急く気持ちを抑えることはできなかった。 
お互い、辿り着くところへ辿り着かなければ、収まらなかった。
リックは、レティシアの手を掴んで、先日の逢瀬の場所へ、半ば駆け込むようにして入ると、十日前の夜も受付にいた、頬に深い傷跡のある男が、言葉を発する前に、カウンターに紙幣を置き、 
「部屋は?」 
まるで、喧嘩でも吹っ掛けるかのような勢いで、尋ねた。
受付の男が、淡々と部屋番号を告げるや否や、灯りを手に、もう一方の手で、レティシアの手を引いて、階段を駆け上がり、そのままふたりで部屋に駆けこんだ。 
受付の男は、階上からの、バタンと勢いよく締まるドアの音を聞きながら、
「やれやれ・・・」 
呆れたように、首を振りながら、ため息を漏らした。



 部屋のドアを閉めた次の瞬間、リックはレティシアに口づけていた。 
そして、早々に、レティシアの口の中に入り込みながら、その指は、上着のリボンを取り、脱がせにかかった。
「私、ずっと、あなたが恋しかったの。・・・あなたは?」 
リックの唇を掻い潜って、レティシアが尋ねる。 
「当たり前のことを、聞くな」 
そう答えながらも、リックの手は、止まらなかった。 
レティシアのスカートの紐を解き、すぐに、ペチコートが、次に、コルセットが床に落ち、立ったままで、シュミーズの下から、手を差し入れ、雑に乳房を揉み始めた。 
手順など、もうすっかりどこかへ行っていた。 
リックは、レティシアの中で、一刻も早く果てたい衝動に、取りつかれていた。
もし、レティシアにためらう態度があったなら、リックの勢いも少しは削がれたのかもしれないが、初めての時のためらいは、影を潜め、リックの首に、しなやかで柔らかな腕を回して、委ねてくるのだから、リックの勢いは、加速するばかりだった。 
それでも、立ったままで、レティシアのドロワーズに手をかけた時、ほんのわずかに残っていた理性の欠片が、このままでは、自分本位の行為で、酷い思いをさせることになると、何とか、自分を抑えた。 
「畜生!」 
と、リックは、自分を罵る様に小さく叫び、レティシアから離れて、眼を瞑った。 
「頭を冷やして来る。すぐ、戻るから、待ってろ」 
リックは、今から愛をかわそうとする恋人に対してとは思えないような、ぞんざいな口調で言い捨てると、ドアに手をかけた。 
その腕を取って、レティシアは、身体ごとすがりついた。
「どうして、私、置いていくの?」
「このままだと、後悔することになる。お前に、辛い思いをさせたくはない」 
「この前は、私のペース。今夜は、あなたのペースでいい」 
レティシアは、リックのシャツに手を伸ばして、その下にある、締まった身体に、指で触れた。 
その指先が冷たく、小刻みに震えていることに、リックは、すぐ気づいた。
まだ慣れるはずもないのに、リックに合わせようとするレティシアの、恋人の想いやりが、胸を刺した。 
それで、リックは一気に冷めた。 
その場を離れるよりも、各段の効果があった。
「・・・悪かった」
「リック、何も、悪くない。私も、望んだこと」 
「乱暴すぎた」 
リックは、神妙だった。 
「謝らなくていい」 
レティシアにとっては、肩を落とすその姿が、まるで叱られた少年のように見えて、愛おしくなった。
リックの前で、レティシアは自ら、靴下を取り、シュミーズを脱ぎ、ドロワーズを下した。 
そして、リックの前に、何も身に着けない姿で、立った。 
鈍い灯りに、その白い素肌と、丸みを帯びた柔らかな乳房、しなやかな身体の曲線が浮かび上がった。
「やっぱり、ちょっと、恥ずかしい・・・」 
リックの視線を受けて、レティシアは、顔を紅潮させて、伏せた。
レティシアの腰に手を回すと、リックは自分の方へ引き寄せて、手を取り、その手のひらに、唇を押し当てた。
「もう怖がらせたりしない。約束する」 
「気にしてない。もう、気を遣わないで」 
レティシアは優しく微笑んで、リックの頬に唇を寄せた。 
「さっきの質問・・・」 
「何?」
「恋しかったか、っていう」 
「ああ・・・、私、四六時中、あなたのことばかり。どうしようもない」 
レティシアは、苦笑いになった。
「仕事中は、思い出さない。正確に言うと、思い出さないようにしている」 
リックは、そう話しながら、レティシアの身体を軽々持ち上げると、ベッドに下ろし、その素肌に、ブランケットをかけた。 
そして、自分も、順に、服を脱いでいく。 
「それで?」
と、ブランケットにくるまったレティシアは、好奇心の眼で、リックを見上げた。
「一番厄介なのは、夜眠る前だ。ベッドに入れば、どうしたって、お前を、思い出す。お前の、柔らかな肌を。そうしたら、もう駄目だ。とても、眠れやしない。そのせいで、随分と寝不足だ」 
リックは、そう話しながら、下着まで全て脱ぐと、レティシアがくるまる、ブランケットを剥ぎ、その上になって、上腕に、そっと触れた。 
「リック・・・」
「夢にまで見た、肌だ。・・・今夜も、寝不足になる」 
リックは、レティシアに唇を重ねてから、その身体に、指を這わせ始めた。
優しく身体を這うリックの指に、レティシアはすぐ吐息を漏らした。
乳首に触れられて、そっと吸われて、喘ぎ声が上がる。
始めて愛を交わした時と同じように・・・、初めて愛を交わした時以上に、リックは、時間をかけて、恋人を慈しみ、愉楽の世界へ、導いた。
レティシアの脚を開き、リックが唇で秘所に触れ始めた時、レティシアは、驚きと羞恥で、いやっ、と、身体をよじった。
けれども、すぐに、声を上げ始め、やがて、リックの黒髪に指を絡ませながら、愉悦に溺れた。 
もう十分に潤ったレティシアの中へ、ようやくリックは挿入し、一度、奥まで差し入れてから、ゆっくり抽送を始める。
「あ・・・、あっ、ああっ」 
律動のスピードが上がると、レティシアの喘ぎ声も、絶え間が無くなり、上り詰めかけると、リックは、速度を緩めて、官能を追い払った。
それは、かなりの自制心を必要としたが、出来るだけ長く、互いを感じていたかった。 
何度か繰り返し、もう一度、緩めかけたリックに、いやいやをするように、レティシアは、首を振った。 
リックは、そのまま、レティシアの中に、突き上げた。 
リックの唇からも、攻めあがって来る、強い快感に、熱い息が漏れた。 
リックが低いうめき声と共に、射った瞬間、レティシアも、声を上げて絶頂を迎えた。 



 愛を交わした後には、次第に冷えて来る身体と相反するように、切ないような、愛しいような、言いようのない心揺さぶる感情が、レティシアの胸に、じわっと、こみ上げて来る。 
ブランケットの中で、ふたり、愛し合った後の緩慢に、身を任せていたものの、レティシアは、瞳を指で拭った。 
「どうした、辛かったのか?」 
リックは、驚いて、レティシアを抱き寄せた。 
自分では、抑えたつもりだったが、過ぎてしまったのかと、慌てた。 
「違う。そうじゃない。何だか少し・・・、切なくなった」 
リックは、労わる様に、レティシアの上腕を、親指で優しく擦り続けた。
「リック、線路のお仕事、いつから?」 
リックは、線路の敷設工事で、一カ月ほど、ブリストンを離れることになっていた。 
これまで、昼食の手渡しだけとはいえ、ほぼ毎日顔を合わせていたのに、一カ月間、全く、会えなくなる。
「明後日からだ。きっと一カ月なんか、あっという間だ。お前が、チビ助の世話に追われる間に、すぐ帰って来る」
「私、寂しい」 
レティシアの唇から、思わず、本音がこぼれ出た。
リックを見つめるその瞳が、赤く潤んでいた。
「そんな眼をしないでくれ。そんな顔をされたら、行けなくなる」
「行かないで。どうしても行くなら、私、一緒に連れて行って・・・」
「レティシア・・・」 
「嘘。・・・寂しいけど、待ってる」 
レティシアの涙が、ぽたっと、一滴、シーツの上に落ちた。 
次の瞬間、たまらない気持ちでいっぱいになったリックは、レティシアを、かき抱いた。 
「私のこと、忘れないように、抱いて行って。いっぱい、抱いて行って」 
縋り付くレティシアを、胸の内で、誰が、忘れるものかと、呟きながら、早くも、再びリックの指は、レティシアの肌を、這い出していた。


 リックにとって、仕事は順調、最愛の恋人にも想われて、あまりに出来すぎた時間だった。
深い後悔と、孤独のトンネルを抜けて、幸せの頂点にいる男は、今、最高潮にあって、一か月後、ブリストンに戻って来た時、青天の霹靂とも言える事態が起こるとは、知る由もなかった。
そして、当分の間、蛇の生殺しのような気分を、味わうことになるとは、夢にも思わない、 リックだった。

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