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10.I always love you
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リックは、ほとんど人気のない裏通りを、半ば、レティシアを連れ去るような恰好で、進んだ。
街灯のない、狭い裏通りには、ミルフェアストリートにあるような酒場とは違う、寂れた場末の酒場が、いくつもあった。
リックは、裏通りの、ある古い二階建ての建物の前に来ると、レティシアの腕を引いたまま、中に入った。
そこが、どういう場所か、男と女の密会に・・・、つまり、情事に使われる場所だということは、レティシアにも、すぐに分かった。
「リック、私、こういうことは、できないわ・・・」
レティシアは、青ざめて、腕を掴むリックの手を、解こうとしたが、解かせてはもらえなかった。
中に入ると、正面にカウンターがあり、受付の男は、入って来たふたりの方を見ようともせず、カウンターの前に立ったリックに、金額と部屋の番号を告げ、灯りを渡した。
リックは、掴んだレティシアの腕を離さずに、ポケットから片手で紙幣を取り出すと、カウンターの上に置き、受付の男が置いた釣りを取ることなく、そのまま階段を上がる。
「私、帰らないと・・・」
「来るんだ」
「お願い・・・」
抵抗するレティシアの腰を、抱えるようにして、階段を上がるリックを、突き放そうとしたが無駄だった。
「あんた」
レティシアに、声をかけたのは、受付の男だった。
ふたりが、受付に眼をやると、受付の男が、階段の中ほどにいるレティシアを、じっと見上げていた。
男は、左頬に、鋭い刃物で切られたような傷跡があった。
「あんた、警察呼ぼうか?」
男は、レティシアを伺うように、そう言った。
レティシアは、答えられずに、目を伏せた。
「痴話喧嘩だ。他人が、口出しするな」
リックは、受付の男を睨んで、そう告げると、レティシアの腰を強く引いて、階段を上がっていった。
「リック、私・・・」
窓とベッドと椅子が一つあるだけの、殺風景な狭い部屋に入って、ドアを閉め、その手で鍵をかけた瞬間、リックは、何か話しかけたレティシアを遮って、その唇に、唇を重ねた。
自らの言い尽くせない想いを、伝えるように、レティシアの口の中へ入り込み、奪いつくした。
そして、うなじに唇を当てて、首筋から喉元へと、這わせていく。
レティシアは、目を閉じて、
「お願い、止めて・・・。明日、私、修道院へ、帰る」
かすれた声で、そう言った。
リックは、レティシアの身体を抱えてベッドの上に運ぶと、帽子とジャケットを椅子に放り捨てて、レティシアに、覆いかぶさった。
「リック、お願い・・・、こんなひどいこと、止めて」
「ひどいのは、お互いさまだ」
「修道院へ帰ること、あなたのため」
「じゃあ、これも、おまえのためだ」
そうして、リックは、自分の身体の下にいる、レティシアのヘーゼルの瞳を、黒い瞳で、黙って見つめ続けた。
「・・・ごめんなさい」
やがて、そう言って呟いた、レティシアの瞳に、涙が沸き上がった。
「・・・ごめんなさい。私、あなたを、とても、傷つけた」
黙って行くことが、リックの幸せだと、信じていた。
黙って身を引くことが、リックのためだと、信じて疑わなかった。
けれども、そうではなかったことが、今、ようやくわかった。
傷つきたくなかったのは、私。
自分のしようとしたことで、リックがどれだけ傷ついたか、今、はっきりとわかった。
全て、ケイティの言った通りだったと、レティシアは、噛みしめた。
「話を・・・」
「いいだろう。話だ」
リックは、そう言って、レティシアの上から離れて、ベッドの傍の椅子に座った。
「リック、私・・・、ひどい、秘密あるって、言った」
レティシアは、ぽつりと呟いた。
そうして、震える指で、上着の胸の紐をゆっくり解くと、上着を取り、シュミーズに、コルセットの姿になった。
夏の袖のないシュミーズの左肩には、きつく巻き付けられた布があった。
レティシアは、左肩に巻き付けた布に、右手を伸ばした。
布をほどく手は、小刻みに、震えていた。
「これが、その秘密・・・」
うなだれたまま、左肩を見せるレティシアに、リックは灯りをかざした。
百合の烙印があった。
「これは、ユースティティアの、囚人の証。私は、犯罪者。でも、信じてもらえないかもしれないけど、その記憶ない。何をして・・・、こんな傷、受けたか、分からない。ただ、罪人であること、間違いない。隠していて、ごめんなさい。嘘をついて、本当に、ごめんなさい」
レティシアは、ベッドの上で、這いつくばる様にして、リックに頭を下げた。
後ろに結い上げていた髪が解けて、乱れた髪の毛が、流れるように、レティシアの顔にかかった。
「頭を上げろよ。俺は、そんなことを、望んでない」
「本当に、本当に・・・、ごめんなさい。許してもらおうって、思ってない。あなたを騙した。裏切った。本当に、ごめんなさい」
突っ伏したまま、レティシアの瞳からは、涙が溢れて、ベッドを濡らした。
リックは、ベッドの端に移って、レティシアの顔を上げさせた。
「お前は、俺を、騙そうと思ったわけじゃない。言えなかった。違うのか?」
「それは・・・、私の言い訳。あなたのこと、本当に好きだったら、最初に言わなければならなかった。そしたら、こんな風にならなかった。あなたは、私の事、好きになったりしなかった」
「それは、どうかな」
リックは、ふっと笑った。
「いいえ、きっとそう。でも、今からでも、遅くない。私とのことは、なかったことにして、お嬢さんと、幸せになってほしい」
「お嬢さん?誰だ?」
「タリスの、大きな会社のお嬢さん」
「何で、お前がそんなことを、知っているんだ?」
「おととい、取材が、会社に来た時、話している人がいた。とても、素敵なお嬢さんとあなたに、結婚の話があるって。ジェフリーさんも、とても、勧めてるって」
「みんな、耳が早いな。だが、その話なら、もう断った」
「断った?何故?」
レティシアは驚いて、リックを見上げた。
「何故って?付き合っている女がいるのに、他の女と結婚する馬鹿が、どこにいる?」
「でも、お嬢さん、お金持ちで、美しくて、優しくて、素晴らしい人。ジェフリーさんの言う通りにした方が、いい」
「お前は、ジェフリーの回し者か?俺は、この忙しい時に、マクファーレン商会まで呼び出されて、ジェフリーに、熱心に、見合いを勧められた。お前の言う通り、素晴らしくいい女だそうだ」
「だったら・・・」
「だから、俺は言ってやった。それだけいい女なら、あんたが、その女と結婚したらいい、って」
「そんな・・・」
「この話は、もう済んだ。蒸し返すな」
「リック、落ち着いて、考えて。あなたは、お嬢さんと結婚した方がいい」
「くどい」
「いいえ、とても、大切なこと。お嬢さん、素晴らしい人。あなたの夢、蒸気機関車の夢叶えるため、きっと応援してくれる。お嬢さんの家、お金持ち。あなたが、これから活躍する時、やりたいこと、やる時、全部、助けてくれる。あなた、偉い人になれる。みんなに、尊敬される人になる。今の気持ちに、流されてはだめ。今は、私のこと好きでも、お嬢さんと結婚すれば、優しいお嬢さんのこと、好きになる。大きなおうち住んで、好きな仕事、一生懸命して、きれいな奥さんと、可愛い子供、生まれて、幸せになって、私と結婚しなくて良かったって、思う時が、必ず、来る」
「本気で言ってるのか?」
「もちろん、本気で思ってる。嘘じゃない。本当に、私のこと、心配しなくていい。私は、修道院帰ればいい。ちょっと・・・、ちょっとだけ、男の人、好きになって寄り道してしまった。これからは、修道院長様の言いつけ、きちんと守って、神様の望みに叶うように、生きる。別々の人生、生きた方が、お互いのため」
レティシアの涙は、もう乾いていた。
リックの将来のためには、それが最善なのだと信じ、自分に言い聞かせた。
リックは、レティシアの手を取って、しばらく、水仕事で荒れた指先を、自分の指で、労わる様に撫でていたが、やがて、
「その女は、いい食材を使って、格別にうまい昼飯を、腕のいい料理人に作らせる。そして、俺の、昼飯の時間きっかりに、使用人に届けさせる」
口を開いて、そう言った。
「リック・・・」
「その女は、四人の子供の世話に追われながら、昼飯を作って、寒い、凍えるような雪の日に、走って、昼飯を届けに来るようなことはしない。俺の夢を、自分の夢に変えて、支えてくれるようなことはない。お前のように」
レティシアは、顔を伏せた。
「レティシア、俺が望んでいるのは、出世でも、地位でも、名誉でも、金でもない。今の仕事と、仕事帰りのグラス一杯のビールと、家に帰って、女房が・・・、おまえが、迎えてくれれば、それ以上の望みはない。その俺の望みを叶えられるのは、お前しかいない」
リックの言葉は、レティシアの胸に突き刺さった。
そして、これほどまでに必要とされていることは、嬉しいよりも、ただ、切なかった。
「俺が、さっき、腹を立てたのは、お前が、俺に黙って、修道院へ帰ると決めたからだ。俺は、何度もお前に、俺を信頼しろと言った。俺を信頼して、話してほしいと待った。その気持ちが、打ち砕かれた気分だ」
「ごめんなさい・・・、本当にごめんなさい・・・」
「この肩の烙印は・・・、ふたりで乗り越えればいい」
そう言って、リックは、白い肌に刻まれた、左肩の烙印を、指でそっと擦った。
「この肩の烙印は、あなたに迷惑をかける。私は、仕方がない。自分のこと。でも、誰かに知られて、あなたまで、軽蔑されること・・・、私には、耐えられない」
「肩に烙印があるからといって、俺は、もうお前を手放すことはできない。その烙印を理由にして、別れることはできないんだ」
リックは、レティシアの頬に、手をやった。
「返事は?」
「返事?」
「これだけ言っても、まだ、修道院へ帰る気なら、縄を持ってきて、ベッドに縛り付けてやる」
「私は・・・、何も持ってない。あなたを好きだという気持ちだけ」
「それで十分だ」
「私を選ぶと、後悔する」
「するはずがない」
「でも、もし・・・」
尚も、譲らないレティシアの言葉を遮るように、
「レティシア、本当に、話は終わりだ。もう言葉は必要ない」
そう言うと、リックはその身体を引き寄せた。
「リック・・・」
「どんな時でも、お前を愛している。生涯、俺の、この気持ちが、変わることはない」
そう言うと、リックは、静かに唇を重ねた。
レティシアは、それでもまだ僅かにためらった後、そのまま、リックに身体を預けた。
それが、ふたりで見つけた答えだった。
街灯のない、狭い裏通りには、ミルフェアストリートにあるような酒場とは違う、寂れた場末の酒場が、いくつもあった。
リックは、裏通りの、ある古い二階建ての建物の前に来ると、レティシアの腕を引いたまま、中に入った。
そこが、どういう場所か、男と女の密会に・・・、つまり、情事に使われる場所だということは、レティシアにも、すぐに分かった。
「リック、私、こういうことは、できないわ・・・」
レティシアは、青ざめて、腕を掴むリックの手を、解こうとしたが、解かせてはもらえなかった。
中に入ると、正面にカウンターがあり、受付の男は、入って来たふたりの方を見ようともせず、カウンターの前に立ったリックに、金額と部屋の番号を告げ、灯りを渡した。
リックは、掴んだレティシアの腕を離さずに、ポケットから片手で紙幣を取り出すと、カウンターの上に置き、受付の男が置いた釣りを取ることなく、そのまま階段を上がる。
「私、帰らないと・・・」
「来るんだ」
「お願い・・・」
抵抗するレティシアの腰を、抱えるようにして、階段を上がるリックを、突き放そうとしたが無駄だった。
「あんた」
レティシアに、声をかけたのは、受付の男だった。
ふたりが、受付に眼をやると、受付の男が、階段の中ほどにいるレティシアを、じっと見上げていた。
男は、左頬に、鋭い刃物で切られたような傷跡があった。
「あんた、警察呼ぼうか?」
男は、レティシアを伺うように、そう言った。
レティシアは、答えられずに、目を伏せた。
「痴話喧嘩だ。他人が、口出しするな」
リックは、受付の男を睨んで、そう告げると、レティシアの腰を強く引いて、階段を上がっていった。
「リック、私・・・」
窓とベッドと椅子が一つあるだけの、殺風景な狭い部屋に入って、ドアを閉め、その手で鍵をかけた瞬間、リックは、何か話しかけたレティシアを遮って、その唇に、唇を重ねた。
自らの言い尽くせない想いを、伝えるように、レティシアの口の中へ入り込み、奪いつくした。
そして、うなじに唇を当てて、首筋から喉元へと、這わせていく。
レティシアは、目を閉じて、
「お願い、止めて・・・。明日、私、修道院へ、帰る」
かすれた声で、そう言った。
リックは、レティシアの身体を抱えてベッドの上に運ぶと、帽子とジャケットを椅子に放り捨てて、レティシアに、覆いかぶさった。
「リック、お願い・・・、こんなひどいこと、止めて」
「ひどいのは、お互いさまだ」
「修道院へ帰ること、あなたのため」
「じゃあ、これも、おまえのためだ」
そうして、リックは、自分の身体の下にいる、レティシアのヘーゼルの瞳を、黒い瞳で、黙って見つめ続けた。
「・・・ごめんなさい」
やがて、そう言って呟いた、レティシアの瞳に、涙が沸き上がった。
「・・・ごめんなさい。私、あなたを、とても、傷つけた」
黙って行くことが、リックの幸せだと、信じていた。
黙って身を引くことが、リックのためだと、信じて疑わなかった。
けれども、そうではなかったことが、今、ようやくわかった。
傷つきたくなかったのは、私。
自分のしようとしたことで、リックがどれだけ傷ついたか、今、はっきりとわかった。
全て、ケイティの言った通りだったと、レティシアは、噛みしめた。
「話を・・・」
「いいだろう。話だ」
リックは、そう言って、レティシアの上から離れて、ベッドの傍の椅子に座った。
「リック、私・・・、ひどい、秘密あるって、言った」
レティシアは、ぽつりと呟いた。
そうして、震える指で、上着の胸の紐をゆっくり解くと、上着を取り、シュミーズに、コルセットの姿になった。
夏の袖のないシュミーズの左肩には、きつく巻き付けられた布があった。
レティシアは、左肩に巻き付けた布に、右手を伸ばした。
布をほどく手は、小刻みに、震えていた。
「これが、その秘密・・・」
うなだれたまま、左肩を見せるレティシアに、リックは灯りをかざした。
百合の烙印があった。
「これは、ユースティティアの、囚人の証。私は、犯罪者。でも、信じてもらえないかもしれないけど、その記憶ない。何をして・・・、こんな傷、受けたか、分からない。ただ、罪人であること、間違いない。隠していて、ごめんなさい。嘘をついて、本当に、ごめんなさい」
レティシアは、ベッドの上で、這いつくばる様にして、リックに頭を下げた。
後ろに結い上げていた髪が解けて、乱れた髪の毛が、流れるように、レティシアの顔にかかった。
「頭を上げろよ。俺は、そんなことを、望んでない」
「本当に、本当に・・・、ごめんなさい。許してもらおうって、思ってない。あなたを騙した。裏切った。本当に、ごめんなさい」
突っ伏したまま、レティシアの瞳からは、涙が溢れて、ベッドを濡らした。
リックは、ベッドの端に移って、レティシアの顔を上げさせた。
「お前は、俺を、騙そうと思ったわけじゃない。言えなかった。違うのか?」
「それは・・・、私の言い訳。あなたのこと、本当に好きだったら、最初に言わなければならなかった。そしたら、こんな風にならなかった。あなたは、私の事、好きになったりしなかった」
「それは、どうかな」
リックは、ふっと笑った。
「いいえ、きっとそう。でも、今からでも、遅くない。私とのことは、なかったことにして、お嬢さんと、幸せになってほしい」
「お嬢さん?誰だ?」
「タリスの、大きな会社のお嬢さん」
「何で、お前がそんなことを、知っているんだ?」
「おととい、取材が、会社に来た時、話している人がいた。とても、素敵なお嬢さんとあなたに、結婚の話があるって。ジェフリーさんも、とても、勧めてるって」
「みんな、耳が早いな。だが、その話なら、もう断った」
「断った?何故?」
レティシアは驚いて、リックを見上げた。
「何故って?付き合っている女がいるのに、他の女と結婚する馬鹿が、どこにいる?」
「でも、お嬢さん、お金持ちで、美しくて、優しくて、素晴らしい人。ジェフリーさんの言う通りにした方が、いい」
「お前は、ジェフリーの回し者か?俺は、この忙しい時に、マクファーレン商会まで呼び出されて、ジェフリーに、熱心に、見合いを勧められた。お前の言う通り、素晴らしくいい女だそうだ」
「だったら・・・」
「だから、俺は言ってやった。それだけいい女なら、あんたが、その女と結婚したらいい、って」
「そんな・・・」
「この話は、もう済んだ。蒸し返すな」
「リック、落ち着いて、考えて。あなたは、お嬢さんと結婚した方がいい」
「くどい」
「いいえ、とても、大切なこと。お嬢さん、素晴らしい人。あなたの夢、蒸気機関車の夢叶えるため、きっと応援してくれる。お嬢さんの家、お金持ち。あなたが、これから活躍する時、やりたいこと、やる時、全部、助けてくれる。あなた、偉い人になれる。みんなに、尊敬される人になる。今の気持ちに、流されてはだめ。今は、私のこと好きでも、お嬢さんと結婚すれば、優しいお嬢さんのこと、好きになる。大きなおうち住んで、好きな仕事、一生懸命して、きれいな奥さんと、可愛い子供、生まれて、幸せになって、私と結婚しなくて良かったって、思う時が、必ず、来る」
「本気で言ってるのか?」
「もちろん、本気で思ってる。嘘じゃない。本当に、私のこと、心配しなくていい。私は、修道院帰ればいい。ちょっと・・・、ちょっとだけ、男の人、好きになって寄り道してしまった。これからは、修道院長様の言いつけ、きちんと守って、神様の望みに叶うように、生きる。別々の人生、生きた方が、お互いのため」
レティシアの涙は、もう乾いていた。
リックの将来のためには、それが最善なのだと信じ、自分に言い聞かせた。
リックは、レティシアの手を取って、しばらく、水仕事で荒れた指先を、自分の指で、労わる様に撫でていたが、やがて、
「その女は、いい食材を使って、格別にうまい昼飯を、腕のいい料理人に作らせる。そして、俺の、昼飯の時間きっかりに、使用人に届けさせる」
口を開いて、そう言った。
「リック・・・」
「その女は、四人の子供の世話に追われながら、昼飯を作って、寒い、凍えるような雪の日に、走って、昼飯を届けに来るようなことはしない。俺の夢を、自分の夢に変えて、支えてくれるようなことはない。お前のように」
レティシアは、顔を伏せた。
「レティシア、俺が望んでいるのは、出世でも、地位でも、名誉でも、金でもない。今の仕事と、仕事帰りのグラス一杯のビールと、家に帰って、女房が・・・、おまえが、迎えてくれれば、それ以上の望みはない。その俺の望みを叶えられるのは、お前しかいない」
リックの言葉は、レティシアの胸に突き刺さった。
そして、これほどまでに必要とされていることは、嬉しいよりも、ただ、切なかった。
「俺が、さっき、腹を立てたのは、お前が、俺に黙って、修道院へ帰ると決めたからだ。俺は、何度もお前に、俺を信頼しろと言った。俺を信頼して、話してほしいと待った。その気持ちが、打ち砕かれた気分だ」
「ごめんなさい・・・、本当にごめんなさい・・・」
「この肩の烙印は・・・、ふたりで乗り越えればいい」
そう言って、リックは、白い肌に刻まれた、左肩の烙印を、指でそっと擦った。
「この肩の烙印は、あなたに迷惑をかける。私は、仕方がない。自分のこと。でも、誰かに知られて、あなたまで、軽蔑されること・・・、私には、耐えられない」
「肩に烙印があるからといって、俺は、もうお前を手放すことはできない。その烙印を理由にして、別れることはできないんだ」
リックは、レティシアの頬に、手をやった。
「返事は?」
「返事?」
「これだけ言っても、まだ、修道院へ帰る気なら、縄を持ってきて、ベッドに縛り付けてやる」
「私は・・・、何も持ってない。あなたを好きだという気持ちだけ」
「それで十分だ」
「私を選ぶと、後悔する」
「するはずがない」
「でも、もし・・・」
尚も、譲らないレティシアの言葉を遮るように、
「レティシア、本当に、話は終わりだ。もう言葉は必要ない」
そう言うと、リックはその身体を引き寄せた。
「リック・・・」
「どんな時でも、お前を愛している。生涯、俺の、この気持ちが、変わることはない」
そう言うと、リックは、静かに唇を重ねた。
レティシアは、それでもまだ僅かにためらった後、そのまま、リックに身体を預けた。
それが、ふたりで見つけた答えだった。
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