11 / 74
2.Ⅿy baby
5
しおりを挟む
リックとレティシアが家に戻っても、まだデイヴは見つかっていなかった。
デイヴが姿を消してから、二時間以上が過ぎていた。
連絡を受けたフランクも、先ほど家に戻って来て、ハンカチを手に、蒼白な表情で椅子に座り込んだままの妻の肩を、しっかりと抱きしめていた。
慌てて帰宅したせいか、いつもはきちんと撫で付けられている、フランクの少し癖のある茶色い髪が、乱れていた。
マクファーレン一家の並びに住む、もうすぐ六十を迎えようとする、ふくよかでお喋りな姉妹、モリ-とデボラも、行方がわからなくなったデイヴを探しに行った後、このフランクの家のリビングに、集まって来ていた。
「それにしても、坊やは一体、どこに行ってしまったのかねえ」
「子供の足で、そんなに遠くまで行けるとは、思えないよ」
「まさか、誰かに、さらわれでもしたんじゃ・・・」
「姉さん、ケイティの前よ」
妹のデボラが、モリ-を窘めた。
もともと、お喋りな姉妹ではあったが、心配のせいからか、いつも以上に、言葉数の多いモリ-と、デボラだった。
「警察へ連絡しよう」
フランクが、妻の手をぎゅっと握って、大きく息を吐いた。
「あなた、ごめんなさい・・・」
ケイティが、ハンカチで口元を押さえながら、絞り出すような声で言った。
「君が、悪い訳じゃない。家のことを、何もかも君に任せていた私に、責任がある」
フランクは、妻を労わった。
「だけど、本当に、どこへ行ってしまったんだろうね」
「子どもは、暗くて狭いところが好きだから、間違って、どこかに入り込んでしまって、身動きとれなくなっているとか・・・」
「そういえば、私たちがまだ小さかった頃、やっぱり、近所に住むショーンが、見当たらなくなって、大騒ぎをしたことがあったじゃないか」
「ああ、そんなこともあったねえ。確かあの時は、鳥小屋の中に入りこもうとして、柵に首を入れたまま、身動きとれなくなったんだった」
モリ-とデボラの話は、尽きそうになかった。
デイヴ、デイヴ・・・、いったいどこへ・・・。
レティシアの脳裏に、デイヴの人懐っこい笑顔が、浮かんだ。
その時、ふっ、とレティシアの頭に、閃くものがあった。
もしかして、ああ、ひょっとすると・・・。
レティシアは、屋根裏部屋への階段を駆け上がった。
突然、走り出したレティシアを追って、みな屋根裏への階段を上がり始める。
レティシアは、屋根裏の自分の部屋の、衣類が入れてある、大きなバスケットの前に立った。
朝、掛けたはずの、バスケットの留め金は、外れていた。
震える指でバスケットを開くと、中には、すやすやと眠るデイヴがいた。
「ああ・・・、神様」
レティシアは、力が抜けて、その場に座り込んだ。
「坊や・・・、ああ、私の、大切な坊や・・・」
ケイティが、夫の腕を離れて、心地よさそうに眠るデイヴへと近づく。
けれども、先にデイヴに腕を伸ばして、もうすぐ四歳を迎える、ずっしりとした重みのある身体を、細い腕で抱き上げたのは、レティシアだった。
レティシアの耳に、修道院長の言葉が、甦る。
あなたは、修道女となって、ここで神に仕えて暮らすことで、何かから逃げようとしているのではありませんか?
はい、修道院長様・・・、私は逃げようとしておりました。
左肩に刻まれた、醜い烙印から。
そして、唯一残る、記憶から。
赤ちゃんを失ったという記憶から・・・。
ケイティが、デイヴに腕を伸ばそうとしたものの、レティシアは、床に座り込んだまま、しっかりとデイヴの身体を抱きしめて、離そうとはしなかった。
「レティシア・・・」
ケイティはそう声をかけたが、レティシアは首を振って、譲らなかった。
戸惑うケイティの肩を、フランクがそっと叩いて、自分の方へ引き寄せた。
ケイティもフランクも、敏感に感じ取っていた。
レティシアの涙には、何かもっと深い意味があるのではないか、と。
デイヴの無事に安堵する涙ではなく、何かもっと、違う意味のある涙ではないか、と。
レティシアは、力いっぱい、デイヴを抱きしめた。
先夜、ウォルトがレティシアの腕で眠りに着いた時、レティシアは、抱きしめることの叶わなかった温もりを目の当たりにして、自分を見失った。
そして今、レティシアの鼻をくすぐる、デイヴの柔らかな髪の匂いを嗅ぎながら、思った。
そうよ・・・、無事に生まれさえしてくれれば、よかったのよ。
父親が誰かなんて、わからなくても、かまわなかった。
毎日、いっぱい、いっぱい・・・、こうやって、抱きしめてあげたかった。
レティシアの腕の力が、よほどきつかったのか、デイヴは、けほっ、と咳をして、その瞳を開いた。
眼の前に、大人が六人もいて、みなが真剣な表情で、自分を見つめる視線に怖くなったのか、デイヴは声を上げて泣き出した。
「ごめんね、ごめんね・・・」
レティシアは、そのデイヴに、何度も、何度も、謝り続けた。
その時、何気なく、リックの顔を見たケイティは、当惑した。
その表情が、これまで見たことが無いほど、哀しみに満ちていたからだった。
リックは、デイヴを抱きしめたまま、繰り返し、謝り続けるレティシアを、哀しみを帯びた黒い瞳で、じっと、見つめ続けていた。
デイヴが姿を消してから、二時間以上が過ぎていた。
連絡を受けたフランクも、先ほど家に戻って来て、ハンカチを手に、蒼白な表情で椅子に座り込んだままの妻の肩を、しっかりと抱きしめていた。
慌てて帰宅したせいか、いつもはきちんと撫で付けられている、フランクの少し癖のある茶色い髪が、乱れていた。
マクファーレン一家の並びに住む、もうすぐ六十を迎えようとする、ふくよかでお喋りな姉妹、モリ-とデボラも、行方がわからなくなったデイヴを探しに行った後、このフランクの家のリビングに、集まって来ていた。
「それにしても、坊やは一体、どこに行ってしまったのかねえ」
「子供の足で、そんなに遠くまで行けるとは、思えないよ」
「まさか、誰かに、さらわれでもしたんじゃ・・・」
「姉さん、ケイティの前よ」
妹のデボラが、モリ-を窘めた。
もともと、お喋りな姉妹ではあったが、心配のせいからか、いつも以上に、言葉数の多いモリ-と、デボラだった。
「警察へ連絡しよう」
フランクが、妻の手をぎゅっと握って、大きく息を吐いた。
「あなた、ごめんなさい・・・」
ケイティが、ハンカチで口元を押さえながら、絞り出すような声で言った。
「君が、悪い訳じゃない。家のことを、何もかも君に任せていた私に、責任がある」
フランクは、妻を労わった。
「だけど、本当に、どこへ行ってしまったんだろうね」
「子どもは、暗くて狭いところが好きだから、間違って、どこかに入り込んでしまって、身動きとれなくなっているとか・・・」
「そういえば、私たちがまだ小さかった頃、やっぱり、近所に住むショーンが、見当たらなくなって、大騒ぎをしたことがあったじゃないか」
「ああ、そんなこともあったねえ。確かあの時は、鳥小屋の中に入りこもうとして、柵に首を入れたまま、身動きとれなくなったんだった」
モリ-とデボラの話は、尽きそうになかった。
デイヴ、デイヴ・・・、いったいどこへ・・・。
レティシアの脳裏に、デイヴの人懐っこい笑顔が、浮かんだ。
その時、ふっ、とレティシアの頭に、閃くものがあった。
もしかして、ああ、ひょっとすると・・・。
レティシアは、屋根裏部屋への階段を駆け上がった。
突然、走り出したレティシアを追って、みな屋根裏への階段を上がり始める。
レティシアは、屋根裏の自分の部屋の、衣類が入れてある、大きなバスケットの前に立った。
朝、掛けたはずの、バスケットの留め金は、外れていた。
震える指でバスケットを開くと、中には、すやすやと眠るデイヴがいた。
「ああ・・・、神様」
レティシアは、力が抜けて、その場に座り込んだ。
「坊や・・・、ああ、私の、大切な坊や・・・」
ケイティが、夫の腕を離れて、心地よさそうに眠るデイヴへと近づく。
けれども、先にデイヴに腕を伸ばして、もうすぐ四歳を迎える、ずっしりとした重みのある身体を、細い腕で抱き上げたのは、レティシアだった。
レティシアの耳に、修道院長の言葉が、甦る。
あなたは、修道女となって、ここで神に仕えて暮らすことで、何かから逃げようとしているのではありませんか?
はい、修道院長様・・・、私は逃げようとしておりました。
左肩に刻まれた、醜い烙印から。
そして、唯一残る、記憶から。
赤ちゃんを失ったという記憶から・・・。
ケイティが、デイヴに腕を伸ばそうとしたものの、レティシアは、床に座り込んだまま、しっかりとデイヴの身体を抱きしめて、離そうとはしなかった。
「レティシア・・・」
ケイティはそう声をかけたが、レティシアは首を振って、譲らなかった。
戸惑うケイティの肩を、フランクがそっと叩いて、自分の方へ引き寄せた。
ケイティもフランクも、敏感に感じ取っていた。
レティシアの涙には、何かもっと深い意味があるのではないか、と。
デイヴの無事に安堵する涙ではなく、何かもっと、違う意味のある涙ではないか、と。
レティシアは、力いっぱい、デイヴを抱きしめた。
先夜、ウォルトがレティシアの腕で眠りに着いた時、レティシアは、抱きしめることの叶わなかった温もりを目の当たりにして、自分を見失った。
そして今、レティシアの鼻をくすぐる、デイヴの柔らかな髪の匂いを嗅ぎながら、思った。
そうよ・・・、無事に生まれさえしてくれれば、よかったのよ。
父親が誰かなんて、わからなくても、かまわなかった。
毎日、いっぱい、いっぱい・・・、こうやって、抱きしめてあげたかった。
レティシアの腕の力が、よほどきつかったのか、デイヴは、けほっ、と咳をして、その瞳を開いた。
眼の前に、大人が六人もいて、みなが真剣な表情で、自分を見つめる視線に怖くなったのか、デイヴは声を上げて泣き出した。
「ごめんね、ごめんね・・・」
レティシアは、そのデイヴに、何度も、何度も、謝り続けた。
その時、何気なく、リックの顔を見たケイティは、当惑した。
その表情が、これまで見たことが無いほど、哀しみに満ちていたからだった。
リックは、デイヴを抱きしめたまま、繰り返し、謝り続けるレティシアを、哀しみを帯びた黒い瞳で、じっと、見つめ続けていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる