赤毛とトカゲと淑女。

海子

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5.happy and happy!

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 灯りがひとつ灯るだけの薄暗い寝室で、オーランドは、ベッドボードにもたれて、コーディリアを背後から抱きかかえるように座り、コーディリアのナイトドレスの結び目に手を掛けた。
「オーランド・・・」
「あと一日待って、は無理。五分でも無理。一分でも不可能」 
「違うわ」 
コーディリアは、笑って、少し躊躇ってから、 
「わたくしは、何人目?」 
そう尋ねた。
「なんだって?」
驚いたように、オーランドの手が、止まる。
「わたくしは、何人目の女性なのかしらと思って・・・。いいえ・・・、いいの、つまらないことを聞いてしまったわね、ごめんなさい、忘れて」 
コーディリアの元婚約者ヴィクターは、コーディリアの知らない愛人がいた。
心から信頼していた人に、裏切られていたのだと知った時の哀しみは、とても深いものだった。 
今、オーランドに、他の女性がいるとは考えられなかったが、ヴィクターの一件で、コーディリアは、男女の仲に少々疑り深くなっていた。 
オーランドのことは、深く愛していたし、オーランドの過去にどれだけ女性がいたのだとしても、想いは変わらなかったし、この期に及んで、もう逃げることが出来ないのは承知していたが、それでも、オーランドの情熱は、これまで一体何人の女性に向けられたのだろうと、気になった。
けれどもやはり、尋ねてはみたものの、怖くなって、コーディリアは、自らの質問を取り下げたのだったが、 
「君が初めてだよ」 
オーランドは、さらりと告げた。
「本当に?」
「本当に」
「これまで、好きになった人はいない?」 
「以前、好きになりかけた街の娘がいたけど、俺が領主の跡取りだと分かって、逃げられた。身分が違いすぎるって。だから正真正銘、今夜が初めてだ」 
「オーランド・・・」
コーディリアは、何故かほっとして、気持ちが楽になった。 
「ただ、その方面に関しては、博学だと思っている」
「どういう意味?」 
「君は、焦らしのクイーンだね」
「説明して」 
「正直に言う。俺は、早く君としたい」 
「オーランド、博学ってどういう意味?なんのこと?」 
「コーディリア、俺たちのベット・インはいつ?」 
「おかしなお話を持ち出したのは、あなたの方よ」 
好奇心の強いコーディリアの眼が、きらきらと輝き出したので、オーランドは、呆れ、諦め、そして話し始めた。 
「寄宿学校に、行っていた頃の話だよ。宿舎に、ルークっていう同級生がいた。ルークは、自分の下にまだ三人の妹や弟がいて、休暇で実家に帰っても、家では小さな妹弟たちが騒いだり、喧嘩したりで、趣味の詩作に励むどころか、僅かな自分の時間もままならなかった。ルークの両親は、街で大きな宿を経営していて、静かな環境を求めたルークは、その宿屋の部屋に籠って、自分の時間を確保することにした。ただ、部屋といっても、客に貸すための部屋を使うわけにはいかない。ルークが籠った部屋は、部屋と部屋の隙間にある、物置のような小さな空間だったらしいが、騒がしい実家に比べれば、ゆっくり詩作に取り組むことのできる、誰にも邪魔されることのない貴重な場所だった。で、その日も、ルークは、いつものように、宿屋のその小部屋に引きこもって、詩集を楽しんでいた。そうしたら、何やら話し声が聞こえて来たんだ。で、ふと壁を見上げると、天井に近い部分に、小さな隙間を見つけた。物置部屋には、ちょうどいい梯子があって、ルークは梯子を掛けて、話声のする隣の部屋を覗いてみることにした」 
「そうしたら?」 
「隣の部屋にいたのは、宿で働く使用人のイアンとロージーだった。ふたりは、愛の言葉を囁き合い、抱きしめ合って、服を脱ぎ、コトを始めた。若いカップルは、人目を忍び、空いている部屋で、逢瀬を楽しんでいたわけだ。もちろん、ルークが覗いているなんて、全く気が付いていなかった。ふたりは、生まれたままの姿で存分に愛し合い、部屋を後にした。それからも、ルークが物置部屋で過ごしていると、度々、イアンとロージーがやって来て、愛し合った。最初は、そういう関係になってまだ日が浅かったらしく、ぎこちなかったが、次第に、ルークが誰かに聞こえるんじゃないかと心配するほど、激しくなった。特に、ロージーの方が」 
「わかったわ」 
「何?」
「あなたもそのお友達と一緒に、見に行ったのでしょう?」
「俺は、ルークと違って、覗きだなんてことはしない。ただ、庇うわけじゃないが、ルークは覗いていただけじゃない。ルークは、研究熱心な男だった。未知の分野に関して、探求心に溢れていた」 
「つまり?」
「セックスを、研究し始めた」 
コーディリアは言葉に詰まったが、オーランドは至って真面目だった。
「ルークは、休暇を終えて、寄宿舎に戻ってくると、生徒を集めて、毎週金曜日の夜、セックスについての講義を始めた。始める手順、官能を得るための技法、女性の喘ぎ声から体位まで。寮長に隠すのに、苦労したよ」 
流石に、コーディリアは赤くなって、俯いた。 
「聞きたいって言ったのは、君だよ。止める?」 
オーランドは、俯いたコーディリアの顔を覗き込んだ。
オーランドとしては、話を止めて、一刻も早く初の実践に取り掛かりたかった。 
初夜を迎える前に、ベッドで妻を後ろから抱擁し、ナイトドレスの紐を解く前に、こんな話をさせられるとは、思いもしていなかった。 
「いいえ・・・、続きが気になるもの」 
「君の探求心も、ルーク並みだね。わかった、じゃあ続けよう。ルークの講義は評判で、部屋には入りきらないほどの生徒が押し寄せた。みんな場所を譲り合い、熱心にルークの話に耳を傾け、メモを取る者もいた。因みにルークは絵も得意で、その描写は、中々の出来だったから、いつもいい値段で売れた」 
「それで、あなたは、とても熱心な生徒だったというわけね」 
「一年近く続いた講義は、皆勤だった」 
コーディリアは、ため息を漏らした。 
「俺と結婚したことを、後悔した?」 
「どういったらいいのかわからないけれど・・・、少し呆れた」 
「男なんて、そういう生き物だよ」 
「だから、簡単に女性をベッドへ誘うの?」 
「それとこれとは、話が違う。中にはそんな者もいるけど、少なくとも、俺は違う」 
オーランドはコーディリアの手を取り、心からの愛情を込めて口づけた。
「あなたを信じるわ、オーランド」 
「ありがとう、・・・本当に、そろそろいい?」
オーランドは、待ち遠し気に、コーディリアの胸のふくらみに眼を落とす。 
「あとひとつだけ。イアンとロージーはどうなったのかしら?」
「一年ほどして、他の使用人にばれて、ちょっとした騒ぎになったらしい。講義が終わったのも、そのせいさ。でも、それから結婚して、双子を含め、五人の子供がいる」 
「よかったわ・・・」
「最後のルークの講義は、特に素晴らしかった。ルークは言った。これまでセックスについて、あらゆる研究し尽くした結果、わかった。どれほど優れた技法も、結局、愛に敵うものはないって。俺も、そう思う」 
オーランドは、そう言って、コーディリアのナイトドレスの紐を解き、前をはだけた。 

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