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5.happy and happy!
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グラハム伯爵をフォーシーズンズ・ハウスへ迎えるため、ウォルトンへ向かったキースだったが、伯爵がチェストルへやって来るまでは、ひと悶着あった。
ジョンにしてみれば、突然、チェストルからフィンドレー家の三男がやってきたかと思えば、フィンドレー家の長男とコーディリアの結婚が、決まったという。
その知らせは、ジョンにとって、気分のいいものではなかった。
衝動的に婚約を破棄して、家出同然で片田舎へ行き、結婚式の日取りが決まったから来いとは。
あまりにも身勝手ではないか。
名門グラハム家の令嬢が嫁ぐというのに、ウォルトンでは結婚式どころか、社交界へのお披露目も披露パーティーもない。
何と、不格好で不名誉なことか。
そもそも、ジョンは、コーディリアの結婚相手が、チェストルの田舎領主ということが気に入らなかった。
貴族には違いないが、王室と縁の深いグラハム家と、アールーズとダナムという大国に挟まれた、果樹園しかないちっぽけな領地の主とでは、格式が違いすぎた。
オーランドの叔父がウォルトンに詰めている、そのタウンハウスなど、お粗末としか映らなかった。
だから、ジョンは、いかない、と。
自分は、コーディリアの結婚は認めないし、出席もしないと、主張した。
本来なら、ジョンがこうして言い張ることを、覆すことなど、誰もできなかった。
が、今、ジョンは、心を病んでいた。
コーディリアの結婚を認めないと言う一方で、社交界で評判の、そして、決して人前で公言することはなかったが、ジョンの自慢の娘が突然いなくなってしまったことに、どうしようもない寂しさを感じていた。
だから、キースの巧みな誘いと、そして息子アルバートの薦めに、最後は、従った。
コーディリアの兄アルバートは、すっかり屋敷に引きこもってしまった父を心配していた。
頑固で、自尊心の強かった父が、自分を見失っている姿を見るのは、息子として辛いものだった。
初めて見る父の気弱な姿に、アルバートは戸惑いを隠せないでいた。
だから、キースの誘いが、ジョンの転機になれば、と。
何かと窮屈なウォルトンでの生活を離れ、のんびりとした田舎へ行くことは、ジョンにとって良い療養になるのでは、と思った。
コーディリアの結婚については、こうなった以上、自分ひとりが口を差しはさんだところで、どうにもなるまいと、反対よりも諦めが勝った。
グラハム家でアルバートという思わぬ援軍を得たキースは、ふたりでジョンを説き伏せ、ジョンをフォーシーズンズ・ハウスへと連れて来ることに、成功した。
コーディリアとジョンの確執は、ジョンが、フォーシーズンズ・ハウスへ到着して、ものの数秒で氷解した。
ウォルトンからの馬車の音を聞きつけたコーディリアが、表へと駆けだし、馬車から降りたばかりのジョンに、お父様、本当にごめんなさい、来てくださって、本当に嬉しいわと、瞳を潤ませながら、抱き着いた。
ジョンは、久しぶりに見る愛娘の姿と、その言葉に、感無量となり、ジョンの方も瞳を潤ませながら、ただ、うん、うん、と頷くばかりだった。
九月中旬に決まった結婚式まで一カ月足らずということもあり、フォーシーズンズ・ハウスはその準備に慌ただしかったが、ジョンは療養に専念を、との計らいで、のんびりとした時間を過ごすことになった。
アルバートの想像通り、緑に囲まれたチェストルでの日々は、ジョンにとって、心癒される時間となった。
緑鮮やかなプロムナードをキャロラインと共に散歩し、時にはラズベリーやプラムの実る果樹園へ赴き、午後には、家族での気の置けないお茶の時間を楽しんだ。
その穏やかに流れる時間の中に、結婚を間近に控え、仲睦まじいオーランドとコーディリアの姿があった。
フォーシーズンズ・ハウスへ来てからも、正直、ジョンは、娘の結婚を、素直に喜べなかった。
コーディリアなら、外国の王室に望まれてもおかしくはなかったのに。
心のどこかに、口惜しい思いを抱いていたジョンだった。
けれども、フォーシーズンズ・ハウスで暮らすうち、ジョンはオーランドの大らかで明るい人柄に、好感を持たずにはいられなくなった。
何より、オーランドは、コーディリアに深い愛情を持ち、心から慈しんでいた。
ウォルトンでは見ることのなかった、娘の伸びやかな笑顔を眺めていると、ジョンは、これで、よかったのかもしれない、と思うようになってきた。
ヴィクターの時のような苦しみを味わうことなく、コーディリアが幸せであってさえくれれば、それでいい、ジョンは次第にそう思うようになっていた。
そして、キャロラインに対して、決して模範的な夫とは言えなかった、自らの不徳を反省する時間にもなり・・・、今更ではあったが、妻孝行を決心するのだった。
そして、青空の広がる九月半ばの日曜日、オーランドとコーディリアは、ホレスの教会で結婚式を挙げた。
結婚式には、親戚や数多くの友人、知人、フォーシーズンズ・ハウスの人々が参列し、みんなの祝福を受けて、幸せいっぱいの領主夫妻だった。
「やれやれ、娘の結婚式とはいえ、こんな辺鄙な田舎に呼び出されるとは、思いもしなかった」
ウォルトンへの馬車の準備が整ったとの知らせを受けて、ジョンは、キャロラインと共に、ゲストルームから玄関へと向かう。
その後ろから、見送りのために、オーランド、コーディリア、サディアス、キースが続いた。
ジョンは、すっかり肌艶も血色も良くなり、一カ月程前フォーシーズンズ・ハウスに来た時に比べて、見違えるようだった。
「まあ、式は悪くなかったがね。田舎にしては中々趣のある教会で、格式高かった」
つまりは、いい式だったと素直に言えないところがジョンらしいと、ジョンの後ろで、晴れて夫婦となったオーランドとコーディリアは瞳を合わせて、微笑んだ。
ウォルトンから、頑固な年寄りに手こずらされてきたキースは、式の最中、こっそり涙を拭っていたくせに、と呆れたが、もちろん言葉にはしなかった。
「もうしばらく、こちらでゆっくり過ごされたらよかったのに。その方が、コーディリアも、喜ぶでしょうし」
一昨日、結婚式を終えたばかりだったが、オーランドとコーディリアの勧めを断って、グラハム伯爵夫妻は、本日、ウォルトンへ帰ることにしたのだった。
「どこかで区切りをつける必要がある。これ以上ここで過ごせば、ウォルトンへ帰れなくなる」
と、馬車に乗り込む前に、ジョンは、オーランドに手を差し出した。
「いい休養だった」
「また、いつでもフォーシーズンズ・ハウスへ。私もコーディリアも、お待ちしています」
差し出された手を、オーランドはしっかりと握り返し、その手にコーディリアのことは、お任せくださいと、ご安心くださいと、想いを込めた。
「いや、今度は君が、ウォルトンへ来る番だ。アルバートに顔合わせを。そして、ウォルトンで、結婚披露パーティーをする。時期は来年の五月。来年のウォルトンの社交界の話題をさらう、盛大な披露パーティーにしてやる。これは決定事項だ。コーディリアも、いいな?」
元気になったのはいいが、ジョンはすっかり以前の調子で、マイペースだった。
オーランドとコーディリアは、思わず顔を見合わせたが、それがジョンの張り合いになるのならば、と、あえて反論はしなかった。
「道中、お気をつけて、お父様、お母様。五月にお会いできることを、楽しみにしています」
そう言って、コーディリアは、ジョン、キャロラインと抱擁を交わす。
両親との別れは辛かったが、数カ月前、コーディリアが家出同然でウォルトンを離れた時とは違い、心は穏やかだった。
何よりも、今は愛する夫が傍にいてくれた。
次第に小さくなって行く車輪と蹄の音は、コーディリアに、これからフォーシーズンズ・ハウスで新しい生活が始まるのだと、そう教えてくれているような気がした。
ジョンにしてみれば、突然、チェストルからフィンドレー家の三男がやってきたかと思えば、フィンドレー家の長男とコーディリアの結婚が、決まったという。
その知らせは、ジョンにとって、気分のいいものではなかった。
衝動的に婚約を破棄して、家出同然で片田舎へ行き、結婚式の日取りが決まったから来いとは。
あまりにも身勝手ではないか。
名門グラハム家の令嬢が嫁ぐというのに、ウォルトンでは結婚式どころか、社交界へのお披露目も披露パーティーもない。
何と、不格好で不名誉なことか。
そもそも、ジョンは、コーディリアの結婚相手が、チェストルの田舎領主ということが気に入らなかった。
貴族には違いないが、王室と縁の深いグラハム家と、アールーズとダナムという大国に挟まれた、果樹園しかないちっぽけな領地の主とでは、格式が違いすぎた。
オーランドの叔父がウォルトンに詰めている、そのタウンハウスなど、お粗末としか映らなかった。
だから、ジョンは、いかない、と。
自分は、コーディリアの結婚は認めないし、出席もしないと、主張した。
本来なら、ジョンがこうして言い張ることを、覆すことなど、誰もできなかった。
が、今、ジョンは、心を病んでいた。
コーディリアの結婚を認めないと言う一方で、社交界で評判の、そして、決して人前で公言することはなかったが、ジョンの自慢の娘が突然いなくなってしまったことに、どうしようもない寂しさを感じていた。
だから、キースの巧みな誘いと、そして息子アルバートの薦めに、最後は、従った。
コーディリアの兄アルバートは、すっかり屋敷に引きこもってしまった父を心配していた。
頑固で、自尊心の強かった父が、自分を見失っている姿を見るのは、息子として辛いものだった。
初めて見る父の気弱な姿に、アルバートは戸惑いを隠せないでいた。
だから、キースの誘いが、ジョンの転機になれば、と。
何かと窮屈なウォルトンでの生活を離れ、のんびりとした田舎へ行くことは、ジョンにとって良い療養になるのでは、と思った。
コーディリアの結婚については、こうなった以上、自分ひとりが口を差しはさんだところで、どうにもなるまいと、反対よりも諦めが勝った。
グラハム家でアルバートという思わぬ援軍を得たキースは、ふたりでジョンを説き伏せ、ジョンをフォーシーズンズ・ハウスへと連れて来ることに、成功した。
コーディリアとジョンの確執は、ジョンが、フォーシーズンズ・ハウスへ到着して、ものの数秒で氷解した。
ウォルトンからの馬車の音を聞きつけたコーディリアが、表へと駆けだし、馬車から降りたばかりのジョンに、お父様、本当にごめんなさい、来てくださって、本当に嬉しいわと、瞳を潤ませながら、抱き着いた。
ジョンは、久しぶりに見る愛娘の姿と、その言葉に、感無量となり、ジョンの方も瞳を潤ませながら、ただ、うん、うん、と頷くばかりだった。
九月中旬に決まった結婚式まで一カ月足らずということもあり、フォーシーズンズ・ハウスはその準備に慌ただしかったが、ジョンは療養に専念を、との計らいで、のんびりとした時間を過ごすことになった。
アルバートの想像通り、緑に囲まれたチェストルでの日々は、ジョンにとって、心癒される時間となった。
緑鮮やかなプロムナードをキャロラインと共に散歩し、時にはラズベリーやプラムの実る果樹園へ赴き、午後には、家族での気の置けないお茶の時間を楽しんだ。
その穏やかに流れる時間の中に、結婚を間近に控え、仲睦まじいオーランドとコーディリアの姿があった。
フォーシーズンズ・ハウスへ来てからも、正直、ジョンは、娘の結婚を、素直に喜べなかった。
コーディリアなら、外国の王室に望まれてもおかしくはなかったのに。
心のどこかに、口惜しい思いを抱いていたジョンだった。
けれども、フォーシーズンズ・ハウスで暮らすうち、ジョンはオーランドの大らかで明るい人柄に、好感を持たずにはいられなくなった。
何より、オーランドは、コーディリアに深い愛情を持ち、心から慈しんでいた。
ウォルトンでは見ることのなかった、娘の伸びやかな笑顔を眺めていると、ジョンは、これで、よかったのかもしれない、と思うようになってきた。
ヴィクターの時のような苦しみを味わうことなく、コーディリアが幸せであってさえくれれば、それでいい、ジョンは次第にそう思うようになっていた。
そして、キャロラインに対して、決して模範的な夫とは言えなかった、自らの不徳を反省する時間にもなり・・・、今更ではあったが、妻孝行を決心するのだった。
そして、青空の広がる九月半ばの日曜日、オーランドとコーディリアは、ホレスの教会で結婚式を挙げた。
結婚式には、親戚や数多くの友人、知人、フォーシーズンズ・ハウスの人々が参列し、みんなの祝福を受けて、幸せいっぱいの領主夫妻だった。
「やれやれ、娘の結婚式とはいえ、こんな辺鄙な田舎に呼び出されるとは、思いもしなかった」
ウォルトンへの馬車の準備が整ったとの知らせを受けて、ジョンは、キャロラインと共に、ゲストルームから玄関へと向かう。
その後ろから、見送りのために、オーランド、コーディリア、サディアス、キースが続いた。
ジョンは、すっかり肌艶も血色も良くなり、一カ月程前フォーシーズンズ・ハウスに来た時に比べて、見違えるようだった。
「まあ、式は悪くなかったがね。田舎にしては中々趣のある教会で、格式高かった」
つまりは、いい式だったと素直に言えないところがジョンらしいと、ジョンの後ろで、晴れて夫婦となったオーランドとコーディリアは瞳を合わせて、微笑んだ。
ウォルトンから、頑固な年寄りに手こずらされてきたキースは、式の最中、こっそり涙を拭っていたくせに、と呆れたが、もちろん言葉にはしなかった。
「もうしばらく、こちらでゆっくり過ごされたらよかったのに。その方が、コーディリアも、喜ぶでしょうし」
一昨日、結婚式を終えたばかりだったが、オーランドとコーディリアの勧めを断って、グラハム伯爵夫妻は、本日、ウォルトンへ帰ることにしたのだった。
「どこかで区切りをつける必要がある。これ以上ここで過ごせば、ウォルトンへ帰れなくなる」
と、馬車に乗り込む前に、ジョンは、オーランドに手を差し出した。
「いい休養だった」
「また、いつでもフォーシーズンズ・ハウスへ。私もコーディリアも、お待ちしています」
差し出された手を、オーランドはしっかりと握り返し、その手にコーディリアのことは、お任せくださいと、ご安心くださいと、想いを込めた。
「いや、今度は君が、ウォルトンへ来る番だ。アルバートに顔合わせを。そして、ウォルトンで、結婚披露パーティーをする。時期は来年の五月。来年のウォルトンの社交界の話題をさらう、盛大な披露パーティーにしてやる。これは決定事項だ。コーディリアも、いいな?」
元気になったのはいいが、ジョンはすっかり以前の調子で、マイペースだった。
オーランドとコーディリアは、思わず顔を見合わせたが、それがジョンの張り合いになるのならば、と、あえて反論はしなかった。
「道中、お気をつけて、お父様、お母様。五月にお会いできることを、楽しみにしています」
そう言って、コーディリアは、ジョン、キャロラインと抱擁を交わす。
両親との別れは辛かったが、数カ月前、コーディリアが家出同然でウォルトンを離れた時とは違い、心は穏やかだった。
何よりも、今は愛する夫が傍にいてくれた。
次第に小さくなって行く車輪と蹄の音は、コーディリアに、これからフォーシーズンズ・ハウスで新しい生活が始まるのだと、そう教えてくれているような気がした。
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