赤毛とトカゲと淑女。

海子

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3.your true colors

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 「しかしまあ、三週間程で、酷く変わったものだ」
「別人かと思うよ」
七月も残すところ十日となった頃、サディアスとキースは、フォーシーズンズ・ハウスの二階の窓から、庭師と一緒に、薔薇の枝の手入れをする、コーディリアを眺めていた。



 日曜日の今朝、サディアス、キース、コーディリアは、ホレスにある教会へ礼拝に向かった。
オーランドは、昨日から所用で、領地内にある、とある果樹園へ赴いていて、今日の午後には、帰って来るはずだった。
礼拝から戻り、兄の花嫁候補の話し相手でも務めようと、溜まっていた書類の仕事を、手早く片付けたサディアスだった。
平日は、三兄弟とも多忙で、コーディリアに構うことが出来なかったせいで、兄のいない休日、自分ができることならば、と、コーディリアの話し相手を買って出ようとしたサディアスだった。
けれども、二階の窓から庭を見下ろしてみれば、庭師の男と楽しそうに会話しながら、薔薇の手入れをするコーディリアの姿があった。
熱心なその姿を見ていると、自分が、何かしようとすることが、お節介なような気がしてきた。 
そこへ、キースがやって来たのだったが、キースの想いもサディアスと一緒だったようで、 結局、兄弟そろって、この三週間ほどで、すっかり変化し、別人のようになったコーディリアを、不思議な想いで遠くから見守っていたのだった。



 「笑顔が多いし、本当に明るくなったよね」 
「水を得た魚、ってところだな。ウォルトンでの生活が、よっぽど窮屈だったんだろう。そのままウォルトンで暮らしていれば、それが当たり前だったのだろうが、ここへ来て、これまでとは違う暮らしを知った。束縛のない生活が、楽しくてたまらないみたいだ」
「ずっと、ここにいてくれるかな?」
それはすなわち、オーランドとコーディリアが結婚する、ということに他ならなかった。 
「それは、まだわからない。ただ、無理強いは出来ないし、オーランドの望みでもない」 
「何だか、難しいね、こういうことって。俺、結婚なんて、もっとすんなり行くものだと思ってたよ」
キースが、はああっ、と、悩まし気なため息をついた。 
「焦るな。俺たちが焦ったところで、仕方ないだろう。返って逆効果だ。俺たちは、オーランドの兄弟として、さり気ないサポートを心掛ける」 
「サディアスは、大人だね」
「誰が大人だって?」 
と、後方から、聞きなれた声がした。
たった今、領地から帰って来たばかりの兄を、おかえり、と、弟たちは、迎えた。
「どうだった?」 
収穫した果物の横流しがある、という情報が耳に入り、オーランドは、その調査のために、領地に出向いていたのだった。
「釘は刺しておいた。しばらく、眼を光らせておく必要があるな」 
そう答えつつ、二人並んで、窓の外を眺める弟たちの姿に、一体何があるのだろうと、不思議に思ったオーランドが、窓から庭に眼を向けた。
途端に、オーランドの頬に笑みが浮かぶ。 
「俺が留守の間に、うちは、新しい庭師を雇ったらしい」
庭のコーディリアに向かって、オーランドが声を掛けた。 
コーディリアは、手を止め、声のする方へ顔を上げると、 
「お帰りなさい、オーランド。今日は風があって少し涼しいから、薔薇のお手入れをしているのよ。そんなところに、三人揃って、なあに?」 
三人に向かって、笑顔を向けた。 
「新しい庭師の仕事ぶりを、チェックしていたんだ」 
サディアスが、答える。
「まあ。それで、わたくしは、合格かしら?」
「百点満点だよ」
キースが笑顔で、手を振った。
「オーランドが戻って来たから、お茶にしましょう、紳士の皆さん。すぐに、ここを終わらせてしまうわ。昨日、アニーが、ラズベリーをたくさん使って、プディングを作ったの。ちょうどいい食べごろになっていると思うわ。わたくしも、少しお手伝いしたのよ」 
「君は、将来有望なラタン職人?庭師?料理人?」 
オーランドのその問いかけに、
「全部!」 
輝くように眩しい笑顔で、コーディリアは答え、作業に戻った。 
その時、ふと、オーランドの横顔が、サディアスの眼に入った。
オーランドは、窓枠に寄りかかって、熱心に薔薇の手入れをするコーディリアの姿に、じっと見入っていた。 
行こうか、と、サディアスはキースとその場を離れ、廊下に出た。
そりゃあ・・・、まあ、惚れるよな。 
まだ、窓の外を眺めたままのオーランドの背中にちらりと眼をやって、サディアスは、小さく呟いた。 



 フィンドレー家のその日の夕食のテーブルは、いつもと同じく、三兄弟とコーディリアで、和気藹々とし、楽しいものだった。 
そして、夕食の後、今夜は、カードゲームをする約束をしていたため、ダイニングからリビングへと場所を移した。
といっても、カードゲームというものは、大抵、アルコールを手にした、男性の社交で、若い娘にはその機会がなかったため、コーディリアは、三兄弟から、手ほどきを受けていたのだった。 
サディアスとコーディリア、オーランドとキースの二チームに別れ、静かな戦いが繰り広げられたが、どちらも、中々のチームワークで、いい勝負になった。
結局、勝ったのは、オーランドとキースだったが、勝負はまだこれからと、サディアスとコーディリアは、リベンジを誓った。 
けれども、オーランドは、少々、申し訳なさそうに、
「悪いが・・・、今夜は、これで失礼するよ」 
と、カードをテーブルに置いた。 
コーディリアが置時計に眼をやると、始めてから三十分しか経っておらず、就寝には、まだ早い時間だった。
「ああ・・・、そう、じゃあ、また、明日」
キースは、どこか含みのある声で応じ、一同は、おやすみ、おやすみなさい、と、声をかけ合い、オーランドは部屋へと戻って行った。 
「何か、あったのかしら?」 
理由も言わず、オーランド一人だけ先に抜けたのが、どうにも不自然で、コーディリアは、サディアスとキースに、尋ねてみた。 
サディアスとキースは、お互い意味ありげに目配せをした。
「いやあ・・・、えーっと、どうだろう」 
「アイリスだよ。トカゲの」 
カードを切りつつ、答えたのは、サディアスだった。
「アイリス?」 
「近頃、何かと忙しかったから、構ってやれなかったんだろう。たまには、アイリスにゆっくり付き合ってやろうって、思ったんじゃないか」
「トカゲって・・・、どういう生き物なのかしら。わたくし、これまであまり、トカゲとはご縁がなくて」
「それは、種類にもよるだろうけど、アイリスは大人しくて、人懐っこくて、優しい奴だよ。アイリスに癒される、オーランドの気持ちもわからなくはない。エサは、ちょっと手間だけど」 
キースのエサという言葉が、気にかかったコーディリアだった。
「お食事は、何を?」 
「ああ・・・、ええっと、ご婦人は、みんな苦手かな・・・」 
コーディリアの背中に、冷たいものが走った。 
「つまりその・・・、小さな、ガサゴソと動く・・・?」 
「そう、その、小さなガサゴソ動くやつ」 
コーディリアは、押し黙った。 
トカゲの姿を眼にするだけでも、気味の悪さで顔が強張るというのに、そのエサなど想像するだけで、卒倒しそうになった。
「大丈夫、アイリスは、オーランドの部屋から出て来ない。オーランドは、約束を守る」 
と、サディアスがコーディリアの心中を察した。
「だけど、それじゃあ・・・、でも・・・」 
言いかけて、コーディリアは口を噤んだ。 
それでは、オーランドが気の毒ではないかと思った。
けれども、だからといって、アイリスに部屋から出て来られて困るのは、コーディリアの方だった。
結局のところ、この件について、どうすればいいのか、どうしたいのか、解決策は見つからなかった。 
オーランドが自室へ引き上げてから、しばらく三人でカードゲームを続けたものの、興が乗らずに、半時間ほどで、みな自室に引き上げた。 

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