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4.シュヴァリエ<騎士> 後編
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オジェ女官長が捕らえられ、王命により、王宮内の一室に軟禁されてから、三日目の夜を迎えようとしていた。
オジェ女官長の三日間の幽閉生活は、極めて穏やかだった。
見張りのために、部屋の前には兵士が一名立ち、世話係の侍女がひとり、食事や、着替えを手伝いに来る他は、王宮の最端にあるオジェ女官長の軟禁部屋を、訪れる者はなかった。
オジェ女官長は、書物や裁縫で時間を紛らわすことはせず、長かった王宮での生活を懐古していた。
そして、今後の我が身を思った。
幽閉されるのは、どこの塔になるのだろうか。
長く王宮に勤めるオジェ女官長は、王に刃を向けた者が、ひとまず、塔に送られることを知っていた。
ほとんどの罪人は、そのまま生涯幽閉となるか、罪の重さによっては、断頭台での処刑を命ぜられた。
断頭台、と思うと、流石のオジェ女官長も、胃のあたりがきゅっと痛んだ。
いつ執行されるのか分からない処刑を待ち続けるのは、精神的に耐えられるかどうか自信がなかった。
処刑になるのならば、できるだけ早く、刑に処してほしいと、陛下に訴えることはできるかしら。
窓辺に立ったオジェ女官長は、日が長くなるこの時期、八時半になり、ようやく沈みゆく夕日を眺めつつ、そう思った。
その時、部屋の鏡が、オジェ女官長の視界に入った。
ゆっくりと、鏡に近づき、その前に立った。
鏡の中には、顔にいくつも皺の刻まれた、疲れた、寂しげな、中年の女がいた。
「あなたも、随分、老けたわねえ・・・」
泣くつもりなどなかったのに、何故か、涙声になった。
若さも、情熱も、全て、王宮に捧げた人生だった。
オジェ家の期待を背負い、一生懸命、努力を重ねた。
甲斐あって、多くの人から慕われ、引き立てられ、女官長の地位にまで上り詰めた。
それが、この結末。
あとは、朽ち果てて行くだけ。
ひとりひっそりと・・・、朽ちて行くだけ。
女官長という立場を退けば、込み上げて来る感情を、どうにも抑えることが出来ず、この三日の間、頬に涙の伝うことばかりだった。
コンコンと、部屋をノックする音が聞こえて、オジェ女官長は、急いで涙を拭い、どうぞ、と、促すと、入って来たのはデュ・コロワ侍従長だった。
「あの・・・、あなたに話が」
頭を掻きつつ、ぼそぼそと、俯き加減で呟くデュ・コロワ侍従長は、小柄な身体が、一層小さく見えた。
王宮で、始終、フィリップ国王に小言を漏らすデュ・コロワ侍従長とは、全く違って見えた。
「その・・・、女官長」
どう話を切り出したものかと迷う、デュ・コロワ侍従長を見て、オジェ女官長は、デュ・コロワ侍従長が、なぜ私があのような事件を引き起こしたのか、その経緯を全て知っているのだと、そして、自分に向けられた私の想いを突然知って、甚だ迷惑をしているのだろうと、悟った。
そして、もうすぐ王宮を去るまでは、女官長らしく、と、今更かもしれなかったが、デュ・コロワ侍従長の前では、毅然と振る舞うことを、決めた。
「デュ・コロワ侍従長、この度は、私事で、大変ご迷惑をおかけいたしました。私が、このような騒ぎの張本人となって、王宮に仕える者たちは、さぞ、困惑していることでしょう。ですから、王宮への影響を考えると、早急にどこかへ移りたいと、王宮にとってもその方が良いと、陛下にお伝えください」
いつもの、女官長としての自分を取り戻して、オジェ女官長は、そう告げた。
「いや・・・、あの、その件であなたに話したいことが・・・」
「何でしょう?」
デュ・コロワ侍従長が、切り出した話は、オジェ女官長の予想外のものだった。
王宮の、フィリップ国王の執務室にある机にナイフが発見されてから二日後、つまり、庭師ユベールが捕らえられた翌朝、フィリップは王宮の要職に就くものを、一斉に集めた。
「君たちも知っての通り、ここしばらく、このブルークレール宮殿は、非常事態にあり、昨日は、不審者が、刃物を持ち出す騒ぎとなった。しかし、王宮に仕える君たちが、平常心を欠くことなく、それぞれがそれぞれの職務を全うしてくれていることに、心から感謝する。ところで、先日から、王宮で、真実ではない話が、まことしやかに噂されていると言うことを耳にして、これを捨て置くことは出来ないと、こうして、みなに集まってもらった。話と言うのは、オジェ女官長の一件だ」
その場に集う者たちは、みな、目配せで、やっぱりと合図し合った。
「聞くところによると、一昨日の夕刻、私の執務室に、乱心したオジェ女官長が侵入し、ナイフで、机を傷つけた、そして、現在、オジェ女官長は、王宮の一室に幽閉されている、そんな噂が王宮内で広がっているそうだが、それは、全く真実ではないと、私がここに明言しておく」
フィリップ国王の言葉に、今度はみな、一体、どういうことだ、と視線を交わした。
「真実は、こうだ。二日前、ブロンピュール宮殿に視察に出ていた私が、このブルークレール宮殿へ戻ってくる前に、オジェ女官長は、私の執務室に不備はないか、確認をしていた。ところが、長く、女官長職という激務を立派に勤め上げて来た女官長は、過労で、その場に倒れたのだ。その際、転倒した弾みで、机の上にあった筆記具を、壊してしまった、それだけのことだ。ただ、ラ・フォートリエ王宮府長官、ポーシャ―ル新女官長を呼び、意見を求めたところ、オジェ女官長は近頃、少々過労気味の様だと、目前に迫る即位記念式典の準備、そして、ブロンピュール宮殿の管理統括者としての任が与えられ、その多忙さが、極まっていると聞いた。今、オジェ女官長に倒れられては、王宮は立ち行かなくなる。そう判断した私はオジェ女官長に、数日間の完全休養を命じた。それで、今、オジェ女官長には、王宮の一室で、外部との接触を避け、休養を取ってもらっている」
国王陛下の言葉を賜りつつ、その言葉が事実と信じる者がいたかどうかは・・・、不明だった。
「何故、あのように間違った、オジェ女官長にとって、著しく不名誉な噂が囁かれたのか、全く理解に苦しむが、今日、このような機会を設け、私から直接、君たちの誤解を解くことが出来て、本当に良かった。以降、真実ではない噂話には、口を慎む様に、以上だ」
フィリップは、そう言うと、晴れやかな笑顔で、その場を去った。
みな、何が事実で、何が事実ではないかなど、どうでもよかった。
王宮では、国王陛下の言葉こそ、真実だった。
今、デュ・コロワ侍従長から、話を伝え聞いて、オジェ女官長は、驚くばかりだった。
「国王陛下が・・・、フィリップ国王がそのように・・・」
「事件のあった日の深夜、あなたが近衛に捉えられて直ぐ、国王陛下も、ラ・フォートリエ王宮府長官も、ポーシャ―ル女官長も、私も・・・、シャリエ大尉から、真実を聞いた。何故、あなたが、あんなことを仕出かしたのかを・・・。正直、私は、どう言っていいのか分からなかった。あなたには、申し訳ないが、わたしはあなたを、そういった対象として見たことは、一度もない。誠心誠意、国王陛下にお仕えする・・・、云わば、同志の様に思ってきた」
当の本人に、そうはっきりと告げられて、もうとうに諦めているつもりでも、やはり落胆する気持ちはあった。
けれども、どこかすっきりと区切りのつく部分もあった。
「分かっておりますわ、侍従長。混乱させてしまって・・・、本当に申し訳なく、心苦しく思っております。陛下の許可が頂ければ、すぐ、今夜中にも、王宮を離れたいと思います」
「いや、女官長、話はまだ、終わっていないんだ・・・」
デュ・コロワ侍従長は慌てて、言葉を継いだ。
「実は、昨夜、国王陛下から、直々に話があって、ブロンピュール宮殿に、転任しないかと・・・、これから、あなたと一緒に、ブロンピュール宮殿を管理してくれないか、と」
「何ですって?」
「陛下が、あなたに、一緒についていってやりなさいと。おかしなもので、あれほど陛下に伴侶を見つけようと、躍起になっていた私の方が、陛下にそう諭されてしまった」
照れたように、デュ・コロワ侍従長は俯いた。
「でも、あなたには・・・、侍従長としての、職務が」
「私も、最初はそう思った。だけど、私も王宮での生活が、随分と長くなった。一度、新しい場所で、新しい仕事を試してみてもいいかなと思った。長い間、志を同じくしてきたあなたと一緒なら」
「あの、ポーシャ―ル女官長のことは・・・」
先夜、テラスで耳にした、ポーシャ―ル女官長への好意を示す、デュ・コロワ侍従長の発言が、気にかかるオジェ女官長だった。
オジェ女官長には付かなかった護衛が、ポーシャ―ル女官長にだけ付いていたのも、デュ・コロワ侍従長の好意故の待遇だと、思っていた。
「その話は、女官長の誤解だ。私は、ポーシャ―ル女官長に、特別な想いなど持っていない。あるはずがない。ポーシャ―ル女官長のことは、少し、込み入った話があって・・・、また、ゆっくり、機会を設けて話したいと思う」
近いうちに、デュ・コロワ侍従長は、サヴァティエ公爵の遺した手紙のことを、オジェ女官長に伝えるつもりでいた。
「その・・・、正直、何故、あなたが、とりたてて美男子でもない、年を重ねた、私のような男を想ってくれるのか、よくわからないのだが・・・」
「実直なところです。陛下にも、ご自分の務めにも・・・」
オジェ女官長が、すかさず答え、デュ・コロワ侍従長は、照れたように俯いた。
「私も五十を超えて、若い頃のような情熱があるのか、どうか・・・。だけど、ブロンピュール宮殿で、あなたと一緒に、新しい仕事に力を注ぎたいと思っている。一緒に、仲良く、年を重ねて行けたらと思っている」
そこには、侍従長デュ・コロワではなく、ジャン=バティスト・シモン・デュ・コロワとしての笑顔があった。
「侍従長・・・」
オジェ女官長の瞳に、涙が滲んだ。
暗殺者ドミトリーの身柄は確保、そして、デュ・コロワ侍従長から、オジェ女官長と共にブロンピュール宮殿へ転任する意志を告げられた翌日の夜、一件落着と、フィリップは王宮の私邸にヴィクトルを招いて、ワインの栓を抜いた。
デュ・コロワ侍従長とオジェ女官長の仲を、僕が取り持ったんだと、気をよくするフィリップに、
「他人の色恋に、口出しをしている場合か」
と、ヴィクトルは、鼻で笑った。
「その言葉を、そっくり君に返すよ」
フィリップの鋭い一言に、ヴィクトルは、返す言葉がなかった。
オジェ女官長の三日間の幽閉生活は、極めて穏やかだった。
見張りのために、部屋の前には兵士が一名立ち、世話係の侍女がひとり、食事や、着替えを手伝いに来る他は、王宮の最端にあるオジェ女官長の軟禁部屋を、訪れる者はなかった。
オジェ女官長は、書物や裁縫で時間を紛らわすことはせず、長かった王宮での生活を懐古していた。
そして、今後の我が身を思った。
幽閉されるのは、どこの塔になるのだろうか。
長く王宮に勤めるオジェ女官長は、王に刃を向けた者が、ひとまず、塔に送られることを知っていた。
ほとんどの罪人は、そのまま生涯幽閉となるか、罪の重さによっては、断頭台での処刑を命ぜられた。
断頭台、と思うと、流石のオジェ女官長も、胃のあたりがきゅっと痛んだ。
いつ執行されるのか分からない処刑を待ち続けるのは、精神的に耐えられるかどうか自信がなかった。
処刑になるのならば、できるだけ早く、刑に処してほしいと、陛下に訴えることはできるかしら。
窓辺に立ったオジェ女官長は、日が長くなるこの時期、八時半になり、ようやく沈みゆく夕日を眺めつつ、そう思った。
その時、部屋の鏡が、オジェ女官長の視界に入った。
ゆっくりと、鏡に近づき、その前に立った。
鏡の中には、顔にいくつも皺の刻まれた、疲れた、寂しげな、中年の女がいた。
「あなたも、随分、老けたわねえ・・・」
泣くつもりなどなかったのに、何故か、涙声になった。
若さも、情熱も、全て、王宮に捧げた人生だった。
オジェ家の期待を背負い、一生懸命、努力を重ねた。
甲斐あって、多くの人から慕われ、引き立てられ、女官長の地位にまで上り詰めた。
それが、この結末。
あとは、朽ち果てて行くだけ。
ひとりひっそりと・・・、朽ちて行くだけ。
女官長という立場を退けば、込み上げて来る感情を、どうにも抑えることが出来ず、この三日の間、頬に涙の伝うことばかりだった。
コンコンと、部屋をノックする音が聞こえて、オジェ女官長は、急いで涙を拭い、どうぞ、と、促すと、入って来たのはデュ・コロワ侍従長だった。
「あの・・・、あなたに話が」
頭を掻きつつ、ぼそぼそと、俯き加減で呟くデュ・コロワ侍従長は、小柄な身体が、一層小さく見えた。
王宮で、始終、フィリップ国王に小言を漏らすデュ・コロワ侍従長とは、全く違って見えた。
「その・・・、女官長」
どう話を切り出したものかと迷う、デュ・コロワ侍従長を見て、オジェ女官長は、デュ・コロワ侍従長が、なぜ私があのような事件を引き起こしたのか、その経緯を全て知っているのだと、そして、自分に向けられた私の想いを突然知って、甚だ迷惑をしているのだろうと、悟った。
そして、もうすぐ王宮を去るまでは、女官長らしく、と、今更かもしれなかったが、デュ・コロワ侍従長の前では、毅然と振る舞うことを、決めた。
「デュ・コロワ侍従長、この度は、私事で、大変ご迷惑をおかけいたしました。私が、このような騒ぎの張本人となって、王宮に仕える者たちは、さぞ、困惑していることでしょう。ですから、王宮への影響を考えると、早急にどこかへ移りたいと、王宮にとってもその方が良いと、陛下にお伝えください」
いつもの、女官長としての自分を取り戻して、オジェ女官長は、そう告げた。
「いや・・・、あの、その件であなたに話したいことが・・・」
「何でしょう?」
デュ・コロワ侍従長が、切り出した話は、オジェ女官長の予想外のものだった。
王宮の、フィリップ国王の執務室にある机にナイフが発見されてから二日後、つまり、庭師ユベールが捕らえられた翌朝、フィリップは王宮の要職に就くものを、一斉に集めた。
「君たちも知っての通り、ここしばらく、このブルークレール宮殿は、非常事態にあり、昨日は、不審者が、刃物を持ち出す騒ぎとなった。しかし、王宮に仕える君たちが、平常心を欠くことなく、それぞれがそれぞれの職務を全うしてくれていることに、心から感謝する。ところで、先日から、王宮で、真実ではない話が、まことしやかに噂されていると言うことを耳にして、これを捨て置くことは出来ないと、こうして、みなに集まってもらった。話と言うのは、オジェ女官長の一件だ」
その場に集う者たちは、みな、目配せで、やっぱりと合図し合った。
「聞くところによると、一昨日の夕刻、私の執務室に、乱心したオジェ女官長が侵入し、ナイフで、机を傷つけた、そして、現在、オジェ女官長は、王宮の一室に幽閉されている、そんな噂が王宮内で広がっているそうだが、それは、全く真実ではないと、私がここに明言しておく」
フィリップ国王の言葉に、今度はみな、一体、どういうことだ、と視線を交わした。
「真実は、こうだ。二日前、ブロンピュール宮殿に視察に出ていた私が、このブルークレール宮殿へ戻ってくる前に、オジェ女官長は、私の執務室に不備はないか、確認をしていた。ところが、長く、女官長職という激務を立派に勤め上げて来た女官長は、過労で、その場に倒れたのだ。その際、転倒した弾みで、机の上にあった筆記具を、壊してしまった、それだけのことだ。ただ、ラ・フォートリエ王宮府長官、ポーシャ―ル新女官長を呼び、意見を求めたところ、オジェ女官長は近頃、少々過労気味の様だと、目前に迫る即位記念式典の準備、そして、ブロンピュール宮殿の管理統括者としての任が与えられ、その多忙さが、極まっていると聞いた。今、オジェ女官長に倒れられては、王宮は立ち行かなくなる。そう判断した私はオジェ女官長に、数日間の完全休養を命じた。それで、今、オジェ女官長には、王宮の一室で、外部との接触を避け、休養を取ってもらっている」
国王陛下の言葉を賜りつつ、その言葉が事実と信じる者がいたかどうかは・・・、不明だった。
「何故、あのように間違った、オジェ女官長にとって、著しく不名誉な噂が囁かれたのか、全く理解に苦しむが、今日、このような機会を設け、私から直接、君たちの誤解を解くことが出来て、本当に良かった。以降、真実ではない噂話には、口を慎む様に、以上だ」
フィリップは、そう言うと、晴れやかな笑顔で、その場を去った。
みな、何が事実で、何が事実ではないかなど、どうでもよかった。
王宮では、国王陛下の言葉こそ、真実だった。
今、デュ・コロワ侍従長から、話を伝え聞いて、オジェ女官長は、驚くばかりだった。
「国王陛下が・・・、フィリップ国王がそのように・・・」
「事件のあった日の深夜、あなたが近衛に捉えられて直ぐ、国王陛下も、ラ・フォートリエ王宮府長官も、ポーシャ―ル女官長も、私も・・・、シャリエ大尉から、真実を聞いた。何故、あなたが、あんなことを仕出かしたのかを・・・。正直、私は、どう言っていいのか分からなかった。あなたには、申し訳ないが、わたしはあなたを、そういった対象として見たことは、一度もない。誠心誠意、国王陛下にお仕えする・・・、云わば、同志の様に思ってきた」
当の本人に、そうはっきりと告げられて、もうとうに諦めているつもりでも、やはり落胆する気持ちはあった。
けれども、どこかすっきりと区切りのつく部分もあった。
「分かっておりますわ、侍従長。混乱させてしまって・・・、本当に申し訳なく、心苦しく思っております。陛下の許可が頂ければ、すぐ、今夜中にも、王宮を離れたいと思います」
「いや、女官長、話はまだ、終わっていないんだ・・・」
デュ・コロワ侍従長は慌てて、言葉を継いだ。
「実は、昨夜、国王陛下から、直々に話があって、ブロンピュール宮殿に、転任しないかと・・・、これから、あなたと一緒に、ブロンピュール宮殿を管理してくれないか、と」
「何ですって?」
「陛下が、あなたに、一緒についていってやりなさいと。おかしなもので、あれほど陛下に伴侶を見つけようと、躍起になっていた私の方が、陛下にそう諭されてしまった」
照れたように、デュ・コロワ侍従長は俯いた。
「でも、あなたには・・・、侍従長としての、職務が」
「私も、最初はそう思った。だけど、私も王宮での生活が、随分と長くなった。一度、新しい場所で、新しい仕事を試してみてもいいかなと思った。長い間、志を同じくしてきたあなたと一緒なら」
「あの、ポーシャ―ル女官長のことは・・・」
先夜、テラスで耳にした、ポーシャ―ル女官長への好意を示す、デュ・コロワ侍従長の発言が、気にかかるオジェ女官長だった。
オジェ女官長には付かなかった護衛が、ポーシャ―ル女官長にだけ付いていたのも、デュ・コロワ侍従長の好意故の待遇だと、思っていた。
「その話は、女官長の誤解だ。私は、ポーシャ―ル女官長に、特別な想いなど持っていない。あるはずがない。ポーシャ―ル女官長のことは、少し、込み入った話があって・・・、また、ゆっくり、機会を設けて話したいと思う」
近いうちに、デュ・コロワ侍従長は、サヴァティエ公爵の遺した手紙のことを、オジェ女官長に伝えるつもりでいた。
「その・・・、正直、何故、あなたが、とりたてて美男子でもない、年を重ねた、私のような男を想ってくれるのか、よくわからないのだが・・・」
「実直なところです。陛下にも、ご自分の務めにも・・・」
オジェ女官長が、すかさず答え、デュ・コロワ侍従長は、照れたように俯いた。
「私も五十を超えて、若い頃のような情熱があるのか、どうか・・・。だけど、ブロンピュール宮殿で、あなたと一緒に、新しい仕事に力を注ぎたいと思っている。一緒に、仲良く、年を重ねて行けたらと思っている」
そこには、侍従長デュ・コロワではなく、ジャン=バティスト・シモン・デュ・コロワとしての笑顔があった。
「侍従長・・・」
オジェ女官長の瞳に、涙が滲んだ。
暗殺者ドミトリーの身柄は確保、そして、デュ・コロワ侍従長から、オジェ女官長と共にブロンピュール宮殿へ転任する意志を告げられた翌日の夜、一件落着と、フィリップは王宮の私邸にヴィクトルを招いて、ワインの栓を抜いた。
デュ・コロワ侍従長とオジェ女官長の仲を、僕が取り持ったんだと、気をよくするフィリップに、
「他人の色恋に、口出しをしている場合か」
と、ヴィクトルは、鼻で笑った。
「その言葉を、そっくり君に返すよ」
フィリップの鋭い一言に、ヴィクトルは、返す言葉がなかった。
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