上 下
38 / 57

番外編 パトリック視点

しおりを挟む


 スリードル王国を初めて訪れたのは、6歳の時だった。父上に連れられて来たが、父上は忙しく、ひとりぼっちで王城の客室に居た。初めて自国を出たのに、外に出ることも出来ず、窓から外を眺めているだけだった。退屈な時間に耐えられなくなった私は、護衛の目を盗んで部屋から出た。

 「ここまで来れば、追っては来ないだろう」

 部屋から抜け出したのはいいが、迷ってしまった。見つかったら部屋に戻されてしまうから、誰かに案内してもらうわけにはいかない。なんとか外に出ようと、兵士達から隠れながら階段を降りて行った。

 やっと外に出た……と思ったらそこは中庭で、少女が噴水の前に立っていた。この国に、王女がいるとは聞いていない。身なりからして、貴族令嬢だということは分かった。
 せっかく外に出たのに、見つかって部屋に戻されたくなかった私は、少女から逃げようと背中を向けた。

 「……ウィルソン様?」

 私に気付いて声をかけてきた少女は、誰かと勘違いをしていた。振り返っしまったら、別人だと気づかれてしまう。聞こえないフリをして、そのまま立ち去ろうとしたが……

 「ウィルソン様? どうして無視なさるのですか? やっとお会い出来たのに、酷いです! どれほどお会いしたかったか……」

 少女が誰と勘違いしていたのか、その時は分からなかった。だが、その子が羨ましいと思った。私には、そんなふうに想ってくれる人なんかいなかった。

 少女の言葉に、こたえることは出来なかった。見つかったら困るという気持ちはもちろんあったが、それよりも少女の想いにこたえられるのは自分じゃないと分かっていたからだ。
 何もこたえない私に、少女も何も言わなくなった。泣いているかもしれない……そう思った私は、思わず振り返っていた。

 「え……誰……ですか……?」

 少女の反応で、我に返った。その時……

 「ミシェル!」

 少女の名は、ミシェルというようだ。少女は名を呼ばれた方を振り返り、とても可愛らしい笑顔を見せた。私のことはすっかり忘れて、こちらに向かって来た少年のことだけを見ている。私はそのまま、少女から離れた。
 
 逃げなくてはという気持ちよりも、少女が少年に向けた純粋で眩しい眼差しを、見たくなかった。この日、私は恋を知った。決して叶うことのない恋。一目会っただけの少女が、頭から離れなくなっていた。

 翌日、少女が呼んだ少年の名が、この国の王子の名だと知った。そしてあの少女、ミシェルの婚約者だった。

 ウィルソンは、私が一人で部屋に閉じこもっていることを知り、訪ねてくるようになっていた。

 「閉じこもっていたら、つまらないでしょう? 僕がこの国を案内します!」

 普通なら、私にとって救世主のような存在だ。だが、ミシェルの婚約者という目で、ウィルソンを見てしまう。この少年が、最低な人間だったら、こんなに罪悪感を抱くことはなかったのに……
 それからも、何かと世話を焼いてくるウィルソンを嫌いになることも出来ず、仲良くなっていった。

 「もう帰ってしまうんだな。また会えることを、楽しみにしているよ」

 「とても楽しいかった。またな、ウィルソン」

 長い時間ではなかったが、私達の間に友情が芽生えた。ミシェルは、ウィルソンの婚約者で良かったのかもしれない。アイツなら、ミシェルを大切にする。

 スリードル王国をあとにし、ミシェルへの気持ちに終止符を打つことにした。


 ***


 スリードル王国に来たのは、10年ぶりくらいだ。ウィルソンに会うのも、10年ぶりか。これだけ年数が経っているのに、困ったことに、私の中の彼女の存在が色褪せていない。気持ちに終止符を打つと決めたはずなのに……

 気持ちが揺らいでいるのは、学園で行われるミス・コンテストにミシェルが出場すると聞いたからだろう。たった一度会っただけの少女なのだから、もう一度会ったら気持ちは変わっているかもしれない。初恋は美化するものだと、執事に聞いた。今の彼女を見たら、この想いは消え去るかもしれない。

 ミスコンが始まった。ミシェルがステージに上がると、彼女から目が離せなくなっていた。美しい……
 そしてあの頃と変わらず、彼女の目はウィルソンを見ていた。こんなに近くに居るのに、彼女は私を見ていない。

 最後の出場者が、故意に転んだ。どうやら、ミシェルを陥れたいようだ。ウィルソンは何をしているんだ!? そう思っていたら、ウィルソンが立ち上がり、彼女を庇った。そして、次々にミシェルを信じる声が上がる。やっぱり私が好きになった彼女は、皆に愛されているようだ。

 なぜか、ミシェルを陥れようとした女が、私を見ている。会場に居る人々に拒絶されているのに、私が助けるとでも思っているのだろうか?

 矛盾だらけの彼女を助ける義理はない。それに、ミシェルを傷付ける者は誰であろうと許さない。怒りで身体が震える。だが、感情を出してしまったらミシェルに嫌悪感を抱かれるかもしれない。私は冷静に、ローリーという女の矛盾を指摘した。私の言葉に、ローリーは固まった。これくらいで済んで、感謝してもらいたいくらいだ。

 司会の者が、そのまま進行し始めた。この件は、解決したようだ。

 ミスコンが終わり、私は無意識にミシェルを探した。探してどうするつもりなのかは、自分でも分からなかった。ただ、彼女に会いたかったんだ。

 彼女の姿を見つけた。
 彼女はウィルソンと話しながら、頬を赤く染めている。私は我慢出来なくなり、声をかけていた。

 彼女を諦めるはずだったのに、ウィルソンに私の気持ちが分かるように声をかけてしまった。例え彼女の気持ちが、ウィルソンに向いていても、諦めることが出来そうにない。悪いな、ウィルソン。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

〖完結〗転生前の記憶が戻ったので、最低な旦那様とはお別れします。

藍川みいな
恋愛
夫スチュワートの浮気現場を見た瞬間、前世の記憶が戻ったミリアーナ。スチュワートは前世でもミリアーナを裏切り続けた相手だった。 離縁を告げて実家に帰り、父スベン男爵に愛人の事を話すと、スベン男爵は激怒し… 「あのクソ野郎……絶対に許さない! その令嬢も同罪だ! 大切な娘を侮辱した事を後悔させてやる!」 そしてスチュワートと愛人は全てを失う事に… 設定ゆるゆるの架空の世界のお話です。 本編5話で完結になります。 もうひとつの最終回2話←最初はこちらが本当の最終回でした。アッサリ編と前世編がありますので、どちらか好きな方をお読み頂けたらと思います。

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...