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2、婚約者のウィルソン様

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 どうして、こんなことに?
 私は事故にあって……まさか、死んだの!?
 死んで、ゲームのキャラになるとか、ありえるの!? 

 夢! そう、夢かもしれない!
 そう思って、思いっきり自分の頬っぺをつねってみる。

 「いひゃい……」

 これは、現実のようだ。
 現実だと分かったけど、私の異様な行動をメイドがじっと見ている。なんとか誤魔化さないと、変な人確定になってしまう。

 「怖い夢を見ていたの。痛いから、これは現実ね。すぐに食堂に行くから、下がっていいわ」

 私の言葉を信じたのか、メイドは頭を下げて部屋から出て行った。
 
 とりあえず、食堂に行ってみよう。
 理由は、お腹が空いているから。お腹が空いてたら、まともに考えることも出来ないし、その『旦那様』と『奥様』とやらに、会って話を聞かなくちゃ。

 ……困った。
 メイドを引き止めておくべきだったと、後悔した。着替えはなんとかすませた。だけど……

 ドアを開けた瞬間、長い長い廊下が続いているだけのこの建物から、食堂を探すなんて無理だー!

 とりあえず、右に行ってみよう。
 ゲームでは、邸の中のことまで詳しく説明なんかなかった。ヒロインなんだから、悪役令嬢の邸なんか把握する必要なんてなかったし。
 そもそも、これは転生なの? ミシェルとしての記憶なんて全くないし、いきなりゲームの世界のキャラになっている。私の記憶は、佐倉莉音として生きて来た記憶だけ。佐倉莉音として、ゲームをしていたこの世界の記憶はあるから、ミシェルを演じることは出来そうだけど……ミシェルをそのまま演じて行くと、悪役令嬢らしい末路が待っている。
 
 きっと、私はあの事故で死んだ。だとしたら、今存在しているミシェルとしての私が、現実だということになる。それなら、ミシェルとしてそのまま生きるわけにはいかない。だって、死んじゃうから!

 今がゲームの序盤なら、これからヒロインに出会い、ミシェルはヒロインを虐め、婚約者のウィルソン殿下に婚約を破棄される。婚約を破棄されたことで学園の生徒達から嫌われ、学園に居られなくなる。そして、バークリー公爵家の恥晒しだと、邸を追い出される。追い出された後、ミシェルは、それまで虐げて来た生徒達によって殺されてしまう。よく考えたら、なんてクソゲーなの!? ミシェルが、可哀想じゃない! 
 ミシェルの人生は、今は私の人生になったんだから、最悪なバッドエンドを迎えるわけにはいかない。

 右をずっと進んでいたら、メイドを見つけた。さっきのメイドじゃないけど、食堂の場所を聞いてみることにした。

 「ねえあなた、食堂はどっち?」

 もちろん、不思議そうな顔をする。自分の邸なのに、食堂がどこにあるか分からないわけがない。

 「あの……この先を左……です」

 答えてはくれた。もう迷子になりたくない。

 「案内してくれる?」

 この無駄に広い邸は、まるで迷路のように思えた。もう一人で迷いたくなかった私は、メイドを逃がしたくなかった。

 「……かしこまりました」

 彼女からしたら、だいぶおかしなことを言っているのは分かってる。それでも、疑問を口にしようとはしないところをみると、ミシェルはメイドに評判が良いとは言えなそう。クソゲーだと思ったけど、自業自得の結末なのかもしれない。
  
 食堂の入口に着くと、メイドは頭を下げて去っていった。

 さて、悪役令嬢の両親とご対面といきますか。

 食堂に足を踏み入れると、長いテーブルに『旦那様』と『奥様』とやらが、並んで座っていた。

 「遅くなってしまい、申し訳ありません」

二人は、こちらを全く見ようともしないで、食事をしている。これが、親子なの?
 席に着いても、何の反応も見せない二人。こんな両親なら、ミシェルの性格が歪むのも無理はない気がする。

 私の……莉音の両親は、幼い頃に離婚した。お母さんが、女手一つで育ててくれた。二人きりの家族で、仲は良かった。裕福な家庭じゃなかったけど、何不自由ない暮らしをさせてくれたし、何より私を愛してくれていた。
 この二人からは、ミシェルに対しての愛情が感じられない。確か、ミシェルには弟が一人居たはず……

 食事をしながら、二人を観察していたら、一際明るい声が食堂に響き渡った。

 「父上、母上、おはようございます!」
 
 声の主は、二つ歳下の、弟のデイビス。
 デイビスの声を聞いた瞬間、両親の顔が明らかに明るくなり、笑顔になった。

 「おお! デイビス、おはよう。良く眠れたか?」

 「デイビスは、今日も美しいわね」 

 三人は、私を完全に無視して話し始めた。

 どうやら、この邸に私の味方は誰もいないみたい。
 食事をすませて席を立っても、こちらを見ようともしない三人。もしかしたら、ミシェルはもう婚約を破棄されているの?

 部屋に戻ろうと廊下に出ると、男性の使用人が声をかけてきた。身なりからして、執事だろうか。
 
 「お嬢様、ウィルソン殿下がお見えになっています」

 朝から邸に会いに来たということは、まだ婚約は破棄されていないみたい。それなら、婚約を破棄されないようにウィルソン様に媚びを売りまくろう!

 執事のあとを着いていくと、花々が咲き誇る美しい庭園が見えて来た。そこに立つ男性が、私の気配に気付いてこちらを振り返る……

 う……そ……
 こんなの、ありえない……

 私は、思いっきり目を見開いた。
 振り返った彼の顔は、ウィルソン様じゃなかった。ウィルソン様じゃないどころか、よく知っているあの顔。私が告白してフラれた、相田さんの顔だった。

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