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8、さようなら、ラクセル
しおりを挟む「何を言っているんだ、エリアーナ!? おまえにそんな権利はない!」
先程まで連れて逃げようとしていたのに、その相手に自分はクビだと言われて激怒するラクセル。
「私が許可した」
開け放たれていた部屋のドアから聞こえて来た声の主は、マキエドだった。
王妃と主治医の肩を借り、部屋の中に入ると、一番にエリアーナの顔を見た。
「エリアーナ……苦労をかけた。本当に、すまなかった」
二人から離れ、今にも倒れそうになりながらも、エリアーナに深々と頭を下げる。
「陛下、おやめ下さい! 私は、苦労だなどと思ってはおりません!」
頭を上げようとしてよろけたマキエドの手を取り、エリアーナはしっかりと握った。
ラクセルがエリアーナを連れて逃げようと決断する数時間前、マキエドの意識は戻っていた。そのことを、王妃がこっそりとエリアーナに伝えに来ていた。マキエドの意識が戻ったと知っていた臣下達も主治医も兵でさえも、ラクセルに知らせることはなかった。
誰もが、エリアーナの味方だったのだ。
セリムを呼び戻すと決めた時から、エリアーナはラクセルを王太子の座から下ろすと決めていた。マキエドの意識が戻ったと知らせに来た王妃に伝言を頼み、その答えはもちろんイエスだった。
マキエドは、エリアーナに全権を任せると決めた時から、彼女の決断に従うと決めていた。
ラクセルにマキエドの意識が戻ったことを知らせなかったのは、マキエドの体調を考えてのことだった。
「ち、父上……? 意識が戻られたのですか?」
ラクセルは、マキエドの意識が戻ることはないと思っていた。自分はすでに国王なのだと、勘違いしていたのだ。
「私の意識が戻ったことが、そんなに不満か?」
「何を仰っているのですか!? 父上がお元気になり、本当に良かったです!」
ラクセルが何をしたか、マキエドは全てを聞かされていた。興奮してまた倒れないように、怒りを抑えゆっくりとラクセルの方を向く。
「何も出来ないのだから、何もしなければ良かったものを……ドリクセン公爵に踊らされ、おまえは一線を越えてしまった。おまえはもう、この国の王太子でも王子でもない。王命に背いた罪人を、むち打ち三十回の刑に処す! むち打ち後、ラクセルをこの国から追放とする!」
何も出来ないバカな王太子でも、マキエドにとっては大切な息子だった。それでも、特別扱いをすることはない。
「ち、父上!? そんな……お助けください! エリアーナ! 助けてくれ! おまえを愛しているんだ!」
「連れて行け」
「嫌だーーーっっっっ!!」
廊下で控えていた兵が両腕を掴み、泣き叫ぶラクセルを連れて行く。遠ざかって行く叫び声が聞こえなくなるまで、誰も口を開かなかった。
ようやく静かになると、マキエドがセリムに手を伸ばした。セリムはその手を取る。
エリアーナとセリムに支えられたマキエドは、二人の手を重ねる。
「エリアーナとセリムが居なかったら、この国は終わっていた。本当に、ありがとう」
マキエドの目から、涙がこぼれ落ちた。
その後、エリアーナが見つけた書類で、ドリクセン公爵が捕らえられた。マキエドが公務を行っていた時の書類に記された税額と、エリアーナが公務を行うようになった時の税額の差があまりにも開いていた。領民からの税を誤魔化し、着服していたのだ。報告された領民の数を故意に少なく書いていた為、前の書類と見比べなければ気付くことはない。マキエドが意識不明になったことを知り、前の書類を回収しようとしていた。だがそれが、自分の首をしめる結果になった。
横領だけなら、財産の没収と爵位の降格だけで済んだかもしれないが、書類を手に入れる為に公爵はラクセルをそそのかし、王命に背かせた。これは、大罪だ。
セリムを隣国に追いやった罪も重く、公爵に下されたのは絞首刑だった。
カナリアはラクセルの共犯者とされ、二十回のむち打ち刑に処され、親子共々国から追放された。
「さっさと行け!」
むち打ち刑を終えたラクセルは、兵に乱暴に突き飛ばされ、王宮から追い出された。
「……どこに行けというのだ? 頼む! エリアーナに会わせてくれ! ひとめだけでもいいから、頼む!!」
「エリアーナ様の名を、気軽に口にするな! おまえが何をして来たか、まだ分からないのか!?」
すがりつこうとするラクセルを、兵士は突き飛ばす。
「ラクセル様、もうおやめ下さい。あなたには、エリアーナ様に会う資格などありません」
「ドナルド……」
ドナルドは、ラクセルの護衛だった。
エリアーナに対しての態度を改めて欲しいと意見したことで、護衛をクビにされていた。
ラクセルが追放されると聞き、最後の姿を見ようと門の前で待っていた。
「私を、笑いに来たのか?」
「そうですね、笑い飛ばしてやろうと待っていたのですが、あまりに哀れで笑えません。この国から、出るのですよね? 国境まで、お送り致します」
「ドナルド……すまなかった……」
ラクセルは、人生で初めて心から謝罪していた。
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