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1、私は殺される
しおりを挟む真っ白な雪が降りしきる丘の上。
彼に呼び出された私は、冷たく冷えきった手のひらに、はぁ……と息を吐きかけながら彼が来るのを待っていた。
ゆっくり近付いて来る彼の姿を見つけて嬉しくなり、笑顔で手を振る。
目の前まで来た彼は、私を思い切り抱きしめた……
その瞬間、お腹に激痛が走った。
何が起きたのか分からないまま、足に力が入らなくなる。
痛い……痛い痛い痛い……痛いッ!!!
降り積もる真っ白な雪が、真っ赤な血で染まって行く。その時、彼にナイフで刺されたのだと気付いた。
「どう……し……て……?」
力を振り絞り、彼に問いかける。
彼は私の耳元に唇を寄せ……
「君を愛している。だが、邪魔なんだ。頼む、死んでくれ」
明るい声で、口元に笑みを浮かべながらそう言った。
愛する人の裏切り……
私はそのまま、意識を失った。
***
「お嬢様、朝ですよ!」
マーサの声? 私は、生きているの?
目を開けると、見慣れた学園の寮の天井が見えた。
刺されたお腹に触れてみると……傷がない。痛みも感じない。
あれは、夢だったの……?
そんなはずはない。あの痛みは、本物だった。
状況が理解出来ないまま考え込んでいると、マーサが顔を覗き込んできた。
「ぼーっとして、どうされたのですか? そうそう、外は白銀の世界ですよ! 今年初めての雪ですね! 夜中からずっと降っていたみたいです」
今年初めての雪??
夜中から降っている……??
先程マーサは、朝だと言った。
「今日は、何月何日?」
マーサはパチパチと瞬きをすると、不思議そうな顔をしながら答える。
「十二月十二日ですけど?」
十二日……その日の夕方、丘の上で彼と待ち合わせをしていた。授業を終えて寮に帰ると、丘の上に来て欲しいという手紙が届いていたのだ。
そして私は、彼に刺されて……
あれは、確かに現実だった。
ということは、時が戻ったということだろうか。そんな非現実的なことが、ありえるの?
頭の中は混乱していたが、気持ちは意外と冷静なことに驚いている。
あの時死んだと思ったからだろうか。どんな理由でも、今は生きていることに感謝している。
私の名前は、ジェシカ・グリーン。十七歳。伯爵令嬢だ。一年前から付き合っている彼がいる。彼と婚約はしていなくても、いつか結婚するのだと思っていた。それほど私は、彼を愛していた。
その彼の名前は、ダグラス・ロイル。十八歳。ロイル侯爵家の嫡男だ。
彼との出会いは、学園の入学式。
王都の中心にあるその学園は、貴族の令息令嬢達が通う全寮制の学園。といっても、皆が通えるわけではない。入学するには試験を受ける必要があり、その中で優秀な上位五十名程が入ることが出来る。
私は人見知りで、みんなが楽しそうに話している輪の中に入っていけなかった。
そんな時、話しかけて来てくれたのが彼だった。
「せっかく学園に入学したのに、なぜそんな顔しているんだ?」
ベンチに一人で座っていたら、明るい声が聞こえて顔を上げると、眩しいくらいの笑顔がそこにあった。
薄茶色の髪に、灰色の瞳。思わず見惚れてしまうくらい美しい容姿の男の子が、私を見下ろしていた。
「そんな顔とは、どんな顔でしょう……?」
そんなに酷い顔をしていたのかと、自分の顔をあちこち触ってみる。
「つまらなそうな顔をしていたよ。学園は、両親から離れて自由になれるところだ。友達だって沢山出来る。せっかく入学したんだから、楽しまないと!」
どこまでも明るい人……それが、彼に初めて会った時の印象だった。
付き合うきっかけは、彼からの告白。
「ジェシカと居ると、幸せな気持ちになる。俺と、付き合ってくれないか?」
彼に惹かれていた私は、嬉しくて叫び出しそうな気持ちをおさえて、コクンと頷いた。
付き合っているといっても、学園では私達の関係は秘密だった。秘密にした方がいいと、彼が言ったからだ。彼は誰にでも優しく、令嬢達から人気があった。
「ジェシカが他の子から嫌がらせされたら困るから、俺達の関係は二人だけの秘密にしよう」
それが、彼の優しさだと思っていた。
今日は学園を休みたいとマーサに言ったけれど、『ズル休みはいけません!』と言われて、学園に送り出されてしまった。
寮は学園の敷地内にあり、歩いて数分で校舎に着く。校舎は三階建てで、門から入って石造りの階段を上ると、入口が三つに分かれている。左から順に一年の校舎、二年の校舎、三年の校舎になっている。分かれているといっても、入口が別なだけで、中は繋がっている。校舎の後ろには中庭があり、さらに奥には講堂と体育館、食堂、図書館、そして温室がある。
二年の校舎の入口から入り、肩に少し積もっている雪を払い落としてから、教室がある二階へ向かう。
「ジェシカ、おはよう」
声をかけられ、振り返る。
挨拶して来たのは、三ヶ月前に編入して来たイレーヌ。この国ドランゲイル王国の王女だ。綺麗な金色のふわふわな髪に、蒼いクリクリした大きな瞳。銀色の髪に緑色の瞳の冷たい容姿の私とは正反対で、すごく可愛らしい。
イレーヌは病弱だった為、王都から離れ、空気のいい地方で暮らしていたそうだ。病気が良くなったからと、編入試験を受けて学園に入った。
未だに友達もいなくて一人ぼっちだった私に、彼女の方から話しかけてくれて、仲良くなった。
「おはよう、イレーヌ」
「雪がすごくて、びっくりしちゃった」
やっぱり、同じ会話。だとすると……
「イレーヌ、待って! そこ滑るから、気を付けて!」
「え……きゃっ!!」
生徒達から落ちた雪が溶けて、廊下が滑りやすくなっていた。
転びそうになったイレーヌの腕を急いで掴み、何とか転ぶ前に助けることが出来た。
前は、間に合わなくてイレーヌは転んでしまっていた。
「大丈夫?」
「う、うん。ありがとう。でも、滑りやすいってよく分かったね」
「少しだけ、水溜まりになっているのが見えたから」
嘘ではない。そこが滑ると知っていたから、水溜まりに気付くことが出来た。
それに、これでハッキリした。
私は今日、また殺される。
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