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7、愛人の子

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 夜会の日から、私は変わった。
 ジュラン様の言いなりになるお飾りの妻を、完璧に演じている。

 「今日も醜いわね、ローレン。そんな顔で、よく生きていられるわね。私だったら、耐えられないわ」

 シンシアさんは、用もないのに毎日私の部屋へやって来て嫌味を言う。最近は、ではなく、と呼ぶようになっていた。
 清々しいほど私を嫌っているので、騙していることに罪悪感などない。

 「ちょっと! 何か言ったらどうなの!? 」

 「……」

 私が、言葉を返すことはない。
 謝ったところで、彼女は満足出来ずに止むことのない罵声を浴びせて来るからだ。何も言い返さなかったら、すぐに飽きて部屋から出て行く。

 「つまらない女ね!」

 捨て台詞を吐いてから、部屋を出る。
 つまらないと言いながら毎日現れるのは、ジュラン様も夜会の日から変わったからだ。

 「ローレン、食事だ」

 前までメイドが運んで来ていた食事を、何故かジュラン様が運んで来るようになった。

 「ありがとうございます」

 外出もほとんど許されず、部屋からもほとんど出してもらえない。まるで囚人のような扱いだ。
 ロード侯爵に会わせないようにする為だろうけど、会うつもりなどない。こんなことに、彼を巻き込みたくないからだ。

そんな毎日が過ぎていき、シンシアさんのお腹が目立ち始めた。 

 「食事だ。
 それと、シンシアの腹が目立って来た。子供が生まれるまで、お前は部屋から出るな」
 
 最近は、自由に外に出ることが許されなくなっていたからか、そう言われても今までとさほど変わりはない。

 「……分かりました」

 私の返事を聞いてから、ジュラン様は部屋を出て行った。我ながら、従順な演技が上手く出来たと思う。

 数日前、レイバンが調査の結果を知らせて来た。
 結婚式の日に襲って来た男性の娘の名前は、マーニャさんというらしい。ジュラン様は私と結婚をする前に、彼女と付き合っていた。私と婚約してからも付き合っていたようだ。
 マーニャさんは、ジュラン様に捨てられ自害した。そのことを知ったマーニャさんの父親が、ジュラン様に復讐しようとしたということだ。
 浮気相手は、シンシアさんだけではなかった。浮気相手は、私の方だったのかもしれない。そして、マーニャさんが亡くなった。
 あの時、『彼は、私の夫です!』と、マーニャさんの父親に言った。知らなかったとはいえ、何て酷いことを言ってしまったのだろう……

 外に出られなくなったのは、シンシアさんも同じだ。外出することが出来ずにストレスが溜まるのか、シンシアさんは1日に何度も私の部屋を訪れるようになった。

 「お腹の子供が重くて、足が痛いの。ローレン、揉んでくれない?」

 ノックもせずに、部屋に入るなりソファーに座るシンシアさん。足をソファーに乗せ、マッサージするように催促してくる。 
 ソファーの前に跪き、言われた通りに彼女のふくらはぎを揉む。

 「いい眺めね。平民の足を、マッサージする気分はどう? 仕方がないわよね、あんたは醜いんだから」

 顔を覗き込みながら、私をバカにしてくる。そんな彼女と目を合わせることなく、ふくらはぎを揉み続ける。

 「本当につまらない女ね。まあ、あんたがジュラン様と結婚してくれたから、邪魔者だったマーニャが死んでくれて、私がジュラン様の1番になれたんだから、感謝はしているわ」

 気持ち良さそうに目を閉じ、とんでもないことを言い出した。どうやら、シンシアさんはマーニャさんを知っていたようだ。

 「ちょ、痛いじゃない!!」

 「すみません……」

 無意識に、ふくらはぎを揉む手に力が入っていた。本当にジュラン様のことを、何も知らなかったのだと思い知らされた。
 ジュラン様となら、幸せな家族になれると思っていた。上辺だけを見て、信じてしまったあの頃の自分を殴ってやりたい気持ちだ。私がジュラン様と結婚していなかったら、マーニャさんは生きていたかもしれない。

 1時間程マッサージをさせると、満足したのか部屋から出て行った。シンシアさんと入れかわりで、ジュラン様が食事を運んで来る。

 「食事だ」

 毎日毎日、私を見張るために食事を運んで来るジュラン様。
 相変わらず私の顔を見ることはなく、話もせずに食事を置いて出て行く。

 ジュラン様が出て行った後、ベロニカが部屋に入って来る。

「レイバン様に、外出出来なくなったことをお話しました」

 部屋から出ることの出来ない私は、ベロニカだけが外と繋がる手段だ。出入りを制限されないように、ベロニカにも2人に従順なフリをしてもらっている。

 「ありがとう。レイバンは、元気だった?」

 「はい、お元気でした。ローレン様を、心配しておいでです」

 「私は心配ないと、伝えておいて」

 私はダメな姉だ。こんなに弟に心配をかけて……
 
 

 自室から出られないまま、半年の月日が過ぎ、シンシアさんのお腹の子は順調に育っていた。
 そんなある日、シンシアさんは邸から出られないことに我慢の限界を迎えたのか、カーラを連れて外出した。


 
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