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12、隠されて来た秘密

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 国王様が執務室に戻り、私も部屋に戻ろうとしたところで、王妃様に呼び止められた。

 「アシュリーに、全てを聞いてもらいたいの」

 そう仰った王妃様の表情は悲しげで、今にも泣き出してしまうのではと思うほど切ない声だった。
 私がもう一度ソファーに座るのを待ってから、王妃様は話し始めた。

 「十年前、王宮にある噂が流れ始めたの。その噂が、ルーファスを変えてしまった原因だと思うわ。その噂とは、『王子の一人は王妃の子ではない』というもの。二十一年前、私はまだ側妃だった。その時、王妃様はご懐妊されていた。そして私も、同時期に子を宿したの……」

 前王妃様は長い間、子が出来ないことに悩んでいらっしゃったそうだ。やっと授かったことを喜び、王妃様が子を授かったことも喜んでいた。しかも、同じ日に出産をした。

 「……私の子は、死産だった」

 王妃様の手が、小さく震えている。
 
 この時、察してしまった。『王子の一人は王妃の子ではない』というのは、噂ではないということを。
 ジェンセン様は、今二十歳……そして、前王妃様は二十年前に亡くなっている。つまり……
 
 「ジェンセン様のお母様は、前王妃様なのですね……」

 王妃様は、頷く。

 「ジェンセンを産んだ王妃様は、出血が止まらなかった。死を悟った王妃様は、私にジェンセンを託したの」

 前王妃様のご実家は、公爵家だったけれど、あまり力を持ってはいなかった。
 前王妃様がお亡くなりになれば、次の王妃を探すことになる。新しい王妃を迎え、子が出来た時にジェンセン様を排除しようという動きが出るのは必然だった。前王妃様は、ジェンセン様の身を案じ、王妃様に託した。

 王妃様は、ジェンセン様を自分の子として育てることをお決めになったそうだ。我が子を守る為に、国王様もそれを受け入れた。そして側妃だった王妃様が王妃に即位し、国王様はそれ以来側妃を娶らなかった。

 二年後、ルーファス殿下がお生まれになった。

 「二人に同じくらい愛情を注いでいるつもりだったけれど、気付かぬうちにジェンセンに気を使っていたのかもしれない。優秀な兄に、ルーファスが劣等感を抱いていたことさえ気付いてあげられなかった」

 自分の子ではないからこそ、必要以上に大切にしてしまっていたということだろう。ルーファス殿下は、自分が愛されていないと感じ、噂は自分のことを言っているのだと思った。そして、私に近付いたようだ。

 殿下は、王妃様に愛されたかっただけなのかもしれない。愛されたい思いが歪んでしまい、今のルーファス殿下になってしまった。

 「それでも殿下は、王妃様を愛していらっしゃいます」

 王妃様は、涙を浮かべながら微笑んだ。

 「ありがとう、アシュリー……。あの子がたとえ悪魔だろうと、私は愛し続けるでしょう。けれど、あなたにそんな義務はない。あの子を捨てることを、ためらわないで」

 王妃様はこんなにも殿下を愛しているのに、本人は全く気付いていない。ジェンセン様のことを考えると、真実を話すことは出来ない。王妃様は、ずっと苦しんで来たのだ。
 十年前に、私が殿下の闇に気付いていたら、何かが変わっていたのだろうか。そのような素振りを見せなかったとはいえ、愛する人が苦しんでいたことに気付かなかったことが悔やまれる。


 王妃様の部屋を出て、自室に戻ろうと歩いていると、噴水の前に居るジェンセン様の姿が見えた。

 「モニカ、少しここで待っていてくれる? ジェンセン様と二人きりで話したいの」

 もう少し気持ちが落ち着いてから、ジェンセン様に会いに行くつもりだったけれど、彼の後ろ姿がどこか寂しそうで、声をかけずに通り過ぎることが出来なかった。
 その場にモニカを待たせ、ジェンセン様に声をかけた。

 「今日は、肌寒いですね。何か考えごとですか?」

 冷たい風が、頬をかすめていく。

 「アシュリー様……お話はもう、終わったのですか?」

 振り返った彼からは、後ろ姿で感じた寂しげな感じはしなかった。
 もしかして、待っていてくれたのだろうか。

 「私のせいで、ジェンセン様が他国に行くことになってしまったのに、また私のせいでジェンセン様を振り回すことになってしまい、申し訳ありません」

 私がルーファス殿下に騙されなければ、ジェンセン様はグラインに行くこともなく、そのまま王太子になっていた。

 「謝るのは、私の方です。家族のゴタゴタに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。グラインに行くと決めたのは、私です。王太子は、ルーファスがなるべきだと思っていました。……本当の息子のように育ててくれた母を、悲しませたくなかったのですが、このようなことになってしまい残念です」

 「ジェンセン様……? まさか……」

 自分が王妃様の本当の子ではないと、気付いていたの?

 「その様子だと、やはり聞いたのですね。真実を話すことができ、少しは母の心も楽になったのでしょうか……」

 良く考えれば、分かることだった。
 ルーファス殿下が、あの噂を聞いて自分は本当の息子じゃないと思ったのなら、ジェンセン様もそう思っていても不思議じゃない。気を使われている方は、余計に気付いてしまうものだ。
 ルーファス殿下は心が歪み、ジェンセン様は育ててくれたことに感謝した。
 まるで違う考え方を持った二人に、複雑な気持ちになっていた。

 「そこで何をしているんだ!?」

 怒りのこもった声が聞こえて振り返ると、そこにはルーファス殿下が立っていた。

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