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8、私がやるべきこと

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 まだ上手く身体を動かせない私は、モニカの手を借りて面会室へと向かっていた。

 「アシュリー様!? お目覚めになったのですね!!」
 「アシュリー様がご無事で、本当に良かったです!」
 
 前とは明らかに違う使用人達や臣下達の対応に、目をパチパチさせる。

 「皆さん、アシュリー様の力に恐れをなしたのでしょう! 前の態度は知りませんが、調子のいい人達だということは分かります!」

 モニカは昔から口が悪い。だけど、率直に意見を言ってくれるところが、大好きだった。

 「モニカが来てくれて良かった。王宮に来てそれほど時は経っていないのに、その言い方が懐かしく感じるわ」

 モニカは嬉しそうに笑顔を見せた。モニカが来る前とは、まるで違う世界に居るような感覚になる。

 面会室に到着すると、スーザンと二人きりで話したいと兵に伝えた。

 「聖女様を、罪人と二人きりになど出来ません! 何かあったら、どうするのですか!?」

 王太子妃ではなく、聖女様と呼ばれるのは久しぶりだった。彼は、昔怪我を治した兵士のようだ。

 「二人きりでなければ、スーザンはきっと話してくれません。私は大丈夫ですから、お願いします」

 私の心配をしてくれるのはありがたいと思うけれど、これは私にしか出来ないことだ。
 渋々、二人きりにすることを了承してくれた兵士は、モニカと共にドアの前で待機することになった。

 ドアを開けて中に入ると、拷問されたのか、スーザンは傷だらけで机の前のイスに座っていた。

 「酷いケガ……治してあげるわ」

 スーザンのケガを治そうと手を伸ばすと、スーザンはイスから立ち上がって後ずさった。

 「おやめ下さい!! なぜ、そのように優しくするのですか!? 私は、アシュリー様を裏切ったのですよ!?」

 スーザンは、罪悪感を感じている。罪悪感を感じているから、私の治療を拒絶した。

 「座って」

 スーザンが座って居た向かいのイスに腰を下ろし、スーザンにも座るように促した。彼女は、素直にイスに座り、机に頭を擦り付けながら謝って来た。

 「申し訳ありませんでした!!」

 「頭を上げて。あなたが、誰の命令であんなことをしたのかは分かっているわ。それを、証言して欲しいの」

 証言をしたとしても、スーザンの罪が軽くなるわけではない。一国の王妃様を、毒殺しようとしたのだから、死罪が免れることはない。

 「……話すことは、出来ません。アシュリー様を巻き込んでしまったことは、申し訳ないと思っています。ですが、証言は出来ません」

 スーザンは前に、殿下を恨まないで欲しいと言っていた。殿下を大切に思っていなかったら、あんなことは言わない。幼い頃から殿下に仕えていたのなら、殿下が王妃様を大切に思っていることも、気付いているはず。それでも、やらなければならなかった理由があったのだろう。
 冷静に考えれば分かることだったのに、あの時はスーザンに裏切られたという思いでいっぱいで、そこまで考える余裕がなかった。
 王妃様が毒入りのお菓子を食べる前に、スーザンが言っていた、『どうしてそのような考え方が出来るのですか? どうしてそのように、笑っていられるのですか?』という言葉を思い出す。あの言葉は、私に助けを求めていたのではと思えた。私が頼りないから、スーザンにあんなことをさせてしまったのではないかと……

 「ケイトに、弱味を握られているの?」

 それしか、考えられない。
 スーザンは、私の問いに答えようとしない。沈黙……それが、答えだと思った。

 「ここにいるのは、私とスーザンだけ。あなたが話したことは、ここだけの話にするわ。だから、真実を教えて欲しい」

 スーザンはしばらく考えた後、静かに口を開く。

 「……ケイト様に、妹を人質にとられています。私が話したことを知られてしまったら、妹は殺されてしまう。たった二人きりの家族なのです! ですから、証言をすることは出来ません!」

 覚悟を決めている顔。死が迫っているのに、恐怖は一切感じられない。自分の命をかけて妹を守ろうとしている彼女に、これ以上証言をして欲しいとは言えない。

 スーザンは、元々は男爵令嬢だった。幼い頃に両親が亡くなり、男爵家は叔父が継いだそうだ。叔父はスーザンと妹のナンシーを邸から追い出した。二人は施設で暮らしていたが、教養もあり、礼儀作法も身に付けているスーザンは、王宮に使用人見習いとして来ることになったそうだ。スーザンはいつか妹と暮らす日を夢見て、一生懸命働いて来た。
 私の侍女になってしまったから、スーザンは罪を犯すことになってしまった。ケイトは、スーザンのことを調べ、妹のナンシーを人質にしたのだ。

 「スーザン、また会いに来るわ。あなたの妹は、私が必ず助け出してみせる!」

 家族を人質にとられる辛さは、私が一番分かっている。もちろん、証言をして欲しい気持ちはある。だけど私は、スーザンをこんな辛い気持ちのまま死なせたくない。
 時間はあまりない。急いで王妃様にお会いしなければ。

 面会室を出て、すぐに王妃様の元へ向かった。王妃様に、外出の許可をいただく為だ。モニカは不思議そうな顔をしながらも、何も話さない私の後ろをついて来た。

 
 「そのような危険なことを、あなたがする必要はないわ!」

 王妃様は、私の身を案じてそう言ってくれて
いる。黒幕が誰なのかは、まだ話せなかった。スーザンの妹が人質にされ、脅迫されていることだけを話した。誰にも話さないと約束したけれど、外出の許可をいただく為には必要だった。
 これは、私がやらなければならないことだ。私の侍女にならなければ、スーザンが死ぬことにはならなかった。私の責任だ。

 必死で説得し、王妃様は納得してくれて、五人の兵を護衛につけてくれた。
 王太子妃や側妃は、何をするにも国王様ではなく王妃様の許可が必要だ。つまり、殿下の許しは必要ない。

 用意された馬車に急いで乗り込み、ある場所へと走り出す。
 ケイトとは、幼い頃から一緒だった。誰にも見つからない隠れ家を見つけ、両親に叱られた時や辛いことがあった時はよくそこに隠れていた。私が泣いていると、ケイトが側に寄り添ってくれていたのを思い出す。
 私の気持ちを踏みにじるのが大好きなケイトなら、必ずあの隠れ家を使うはず。二人の思い出の場所だから。

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