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4、ケイトの本心
しおりを挟む「殿下……アシュリーが見ています」
殿下の胸に手を置いたまま、彼の目を見つめるケイト。
「気にすることはない。会いたかったのだから、仕方ないだろう?」
殿下は私に見せつけるように、視線をこちらに向けながらケイトにキスをする。こんなこと、悪趣味だとは思わないのか……。反応したら、殿下は余計に挑発して来る。無表情でやり過ごすしかない。
永遠にも感じるこの時間を、私は耐え抜いた。二人が部屋から出て行くと、その場に崩れ落ちた。
こんなことを、いつまで耐えなければならないのだろうか。ここで生きると決めたばかりなのに、心が折れそうになる。彼への愛が、消えてしまえば楽になるのに。
こんなに酷いことをされているのに、殿下への愛が消えてくれない。
「お二人は、絵になりますね」
「本当にお美しい……」
「アシュリー様とルーファス殿下では、違和感があるものね」
ケイトが来てから、使用人達は二人のことを噂するようになった。あちこちで、二人はお似合いだと話している。そんなことは、私が一番分かっていた。どこに居ても、殿下とケイトの噂でもちきりで、落ち着ける場所なんてどこにもなかった。
「みんな勝手です! アシュリー様が王太子妃におなりになって、あんなに喜んでいたのに!」
庭園を散歩している私の後ろを歩きながら、侍女のスーザンが、ケイトとルーファス殿下の噂をする使用人達に苛立っている。スーザンだけは、王宮に来た時と変わらない態度で接してくれていた。
「気にしていないわ。でも、ありがとう。スーザンの気持ちが嬉しい」
「アシュリー様……殿下を、恨まないでください。殿下は、不器用なだけなのです」
スーザンは、元々殿下に仕えていたそうだ。幼い頃から仕えていたから、殿下のことをよく知っているのかもしれない。
「恨んではいないわ。少なくとも、今はね。最初は、ものすごく恨んだけどね。たとえ全てが嘘だったとしても、私の人生を変えてくれたのは殿下だった。殿下に出会わなければ、私の心はもっと早くに壊れていたのだから、感謝しているの」
風が吹き抜け、花や木が揺れる。
このまま遠くに、飛んで行ってしまえればいいのに……
「冷えて来たわね。戻りましょう」
風で乱れた髪を手で押えながら、方向を変えて自室に向かって歩き出す。
私は殿下に出会うまで、恐怖と戦っていた。自分が聖女であることが、嫌で嫌で仕方がなかった。聖女として覚悟を決めることが出来たのは、紛れもなく殿下のおかげだ。その事実は、変わることはない。それでも、殿下とケイトが一緒にいるところを見るのは辛かった。この胸の痛みが、消える日は来るのだろうか。
ケイトが側妃になって、一ヶ月が経った。
殿下はケイトの部屋へばかり訪れ、私に会いに来ることはない。二人の仲睦まじい姿を見なければ、少しは平静を保てる。
「アシュリー様、ケイト様がお見えになっております」
ケイトは毎日のように、私の部屋を訪ねてくる。彼女が、いったいどういうつもりで会いに来るのかは分からない。昔と変わらず接して来る彼女が、私を混乱させる。いっそ、嫌いだと言われた方がスッキリする。
「アシュリー、今日はあなたの好きな焼き菓子を用意させたわ! お茶にしましょう!」
屈託のない笑顔を向けるケイト。ケイトは部屋に入るとソファーに腰を下ろし、隣に来るようにポンポンとソファー叩いた。
素直に隣へ座ると、ケイトは私を抱きしめて来た。
「こうして一緒に居ると、昔を思い出すね。あの頃は、私がアシュリーを守らなくちゃって思ってた。いつの間にかアシュリーは聖女様になって、私のことを必要としなくなって行った」
ケイトがそうな風に思っていたなんて、知らなかった。
「ダメだよ、アシュリーは私の下じゃなくちゃ」
その瞬間、抱きしめる力が強くなった。
「ケ……イト? 苦し……」
さらに強く抱きしめてくる。
「私がアシュリーを助けたのは、可哀想だとかいじめは許さないとか、そんなバカみたいな理由じゃない。あなたは決して私を裏切らないと思ったから。私ね、忠実な下僕が欲しかったの」
ケイトから、闇を感じた。
私を助けた理由が、そんなことだなんて思いもしなかった。
どこまで私は、バカなのだろうか。愛する人にも親友にも、騙されていた。
「何をしているの!? 離れなさい!!」
いつの間にか、王妃様がドアの前に立っていた。スーザンが、お通ししたようだ。
「王妃様、私達は親友なのです。ですから……」
私からゆっくり離れながら、慌てた様子で状況を説明しようとする。
「黙りなさい! あなたは側妃なのですから、立場を弁えなさい!」
王妃様に叱られて悔しいのか、ケイトは唇をかみながら頭を下げている。
「……申し訳ありません」
王妃様は、私を心配して様子を見に来てくれたようだ。
「むやみに王太子妃の部屋に立ち入ることを禁じます。側妃なら側妃らしく、離宮から出てはなりません。アシュリーへの言葉使いも改めなさい。今後、そのような無礼を働いたら許しません。出て行きなさい」
凛とした態度の王妃様は、殿下が側妃を迎えると言ったあの日とは別人のようだった。
「……はい、肝に銘じます。失礼いたします」
言葉とは裏腹に、ケイトの声は怒りを含んでいた。
容姿が美しく、周りからチヤホヤされ、両親からも甘やかされて来たケイトは、叱られたことなどなかったのかもしれない。
「王妃様、ありがとうございました」
ケイトが去った後、王妃様の表情は穏やかになった。お優しそうな王妃様が、あんなに厳しいことを口にするとは思わなかった。これが、一国の王妃なのだと感じた。
「礼など必要ないわ。ルーファスのせいで、あなたには辛い思いをさせてしまっている。私に出来ることなら、何でも言ってちょうだい」
優しい眼差しで、私を見る王妃様。王宮に来てから、王妃様は何かと気遣ってくれている。
両親には、殿下のことを伝えてはいない。伝えたら、私を連れ戻そうとするかもしれない。そんなことをしたら、きっと殿下は父に無実の罪を着せる。家族には、私は幸せなのだと思っていて欲しかった。
王妃様は、私の母に似ている。優しいところも、厳しいところも。辛いだけの王宮で、王妃様がいるから心を保っていられた。
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