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1、運命の人
しおりを挟む愛する人と結婚して、私は幸せになるはずだった。
私の名前は、アシュリー・ペイジ。伯爵令嬢で、この国唯一の聖女だ。
この国カルドーナでは、聖女が大切にされている。正直、私にはそれが重荷だった。
「聖女だなんて、アシュリーはすごいわ!」
親友のケイトは、いつもそう言ってくれる。だけど私は、自分がすごいだなんて思えなかった。
幼い頃から、聖女だからと戦場に連れて行かれた。治療しても治療しても、怪我人が増え続ける戦場で、自分の力の無さに打ちのめされて行った。
「助けて……ください……聖女……様……」
必死に助けを求めてくる人達を、全て救えるわけではない。
「……ごめん……なさいっ!」
彼等の瞳から、光が消える瞬間が恐ろしかった。
もう嫌!! こんなの、耐えられない!!
八歳になったばかりの私には、全てが自分のせいに思えていた。そんな時、殿下と出会った。
「聖女様!! 殿下が落馬してしまい、大怪我を!!」
なぜ殿下が戦場に居たのかは、私には分からない。金色の髪に青い瞳、とても美しい少年だった。
運ばれて来た殿下は、足のすねから骨が見えるほどの酷い怪我を負っていた。
私と同じ歳くらいの男の子が、痛みに耐えながら私の手を掴んでこう言った。
「僕よりも、兵士を優先してくれ!」
そしてそのまま、殿下は意識を失った。
私は、殿下の言う通りに行動した。
「貴様!! 殿下を先に治せ!!」
殿下の護衛は激怒し、私に剣を向けて来た。
「私は、殿下の願いを聞いているだけです。その剣は、この国唯一の聖女である私に向けているのですか?」
聖女は戦場に出る代わりに、王族と同じ権限を与えられている。彼の行動は、王族に剣を向けているのと同じことだ。
「……失礼しました。私はどんな罰でもお受けします! どうか……どうか、殿下を……ルーファス殿下をお救いください!!」
彼の行動は行き過ぎてはいたけれど、殿下を思っての行動だった。そんな彼を、罪に問うことなど私には出来ない。
「命が危険な方は、もういないようです。殿下の治療をします」
殿下は酷い怪我ではあったけれど、すぐに命が危険になるものではなかった。だから、命の危険がある者から先に治療した。きっと殿下も、それを望んでいたのだろう。
殿下の傷口に向かって手をかざすと、柔らかい光が包み込んで行く。聖女の力とは、聖なる光で怪我や病気を治す。
「もう大丈夫です」
殿下の傷口は、すっかり塞がっていた。
「ありがとう……」
怪我が治り、目を覚ました殿下は笑顔でそう言った。これが、殿下との出会いだった。
隣国との争いが終わり、この国はすっかり平和になっていた。
「アシュリー様、ルーファス殿下がお見えです」
殿下は暇さえあれば、私に会いに王宮を抜け出していた。
「また抜け出して来たのですか?」
呆れた顔でそう言うと、殿下はニヤリと笑って私のほっぺをつねる。
「僕に会えて嬉しいくせに、生意気を言う口はこの口か?」
「いひゃいれすよ~」
確かに、殿下が会いに来てくれるのは嬉しかった。あの時……殿下が怪我をした時、殿下の言った言葉が頭から離れなかった。まだ幼い一国の王子が、痛くて耐えられないはずなのに、自分よりも兵士を優先しろと言った。彼の、王子としての覚悟が伝わって来た。私には、聖女としての覚悟が足りなかったのだと思い知らされたのだ。殿下から、恐怖と戦う勇気をもらった。
「今日はアシュリーの好きな焼き菓子を持って来たぞ! 中庭で食べよう!」
得意気に、焼き菓子の入った包みを見せる。殿下はいつも、私の好きなお菓子を持って来てくれる。
「いいですね! もうすぐケイトも来るので、三人でお茶をしましょう!」
殿下が邸に遊びに来るようになってから、三人でよく遊ぶようになっていた。三人でいると凄く楽しくて、こんな時間がずっと続けばいいと思っていた。
十二歳になると、殿下に告白をされた。
「アシュリーのことが好きだ。僕の婚約者になって欲しい」
殿下は、私の目を真っ直ぐ見てそう言ってくれた。
「私で、いいのですか?」
殿下は、私の人生を変えてくれた人。
自分が何をすべきなのか、教えてくれた人。
だけど、美しい容姿の殿下に比べて、私の容姿は平凡だった。茶色い髪に薄茶色の瞳。スタイルがいいわけでも、肌が綺麗なわけでもない。そんな私が、彼の隣に居てもいいのか……
「アシュリーがいいんだ」
彼は、はっきりそう言ってくれた。私も、彼が好きだった。初めて会った時から、ずっと……
私達は、すぐに婚約をした。
「殿下とアシュリーは、お似合いだとずっと思っていたの! 私も嬉しい!」
ケイトに報告したら、凄く喜んでくれた。どちらかというと、ケイトと殿下の方がお似合いだった。金色の長い髪が凄く綺麗で、緑色の瞳に吸い込まれそうになる。
いつも三人で居たけど、婚約してからは二人の時間が増えて行った。
「ケイトが居ないと、なんだか静かですね」
「僕はアシュリーと二人きりで幸せなのに、アシュリーはケイトのことばかりだな。ここは、妬くところか?」
ケイトにヤキモチを妬く殿下。
自然と、三人で会うことがなくなって行った。
二年後、ルーファス殿下は王太子となった。
「アシュリー、僕が王太子で本当にいいのだろうか……」
ルーファス殿下は、第二王子だ。通常なら、第一王子であるジェンセン殿下が王太子となるはずだった。
大国グラインから、友好の証として王子を一人留学させて欲しいと言われ、ジェンセン殿下かルーファス殿下のどちらかを送らなければならなかった。留学という名の、人質だ。
ルーファス殿下は聖女の婚約者ということで、グラインにはジェンセン殿下が行くことになった。そして、ルーファス殿下が王太子となったのだ。
「しっかりしてください。殿下は、兵士を思いやれる方です。私は殿下を、尊敬しています」
「ありがとう、アシュリー。君が居てくれるなら、僕は何でも出来そうな気がする」
本心だった。私は、彼を尊敬していた。
殿下なら、きっと立派な国王になれると本気で思っていた。
そして四年後、十八歳になった私達は結婚をした。
結婚式は盛大に行われ、たくさんの人が祝福してくれた。
「アシュリー、おめでとう! 凄く綺麗! 殿下も、おめでとうございます!」
ケイトは私達の結婚を、笑顔で祝福してくれた。親友に祝福されて、胸がいっぱいになった。
結婚式が無事に終わり、初夜を迎える為に寝室で殿下を待っていた。
好きな人と初めて一緒に夜を過ごすのだから、心臓が破裂しそうなほどドキドキしている。
聖女の紋章が胸に浮かび上がった六歳の時、生まれて来たことを後悔した。たった六歳で、私の運命は決まってしまったからだ。
まさか、好きな人と結婚出来るなんて思ってもみなかった。彼と出会ったことで、私の運命は変わった。あんなに怖かった戦場で、人を救える力に感謝するようになっていた。
ドアが開き、殿下が入って来る。
「アシュリー……」
そして、私の名前を呼んだ。
恥ずかしくて、彼の顔を見れない。
ゆっくり殿下が近づいて来て……
「すまない、アシュリー。僕は、君を愛していない」
耳を疑った。
彼は、何を言っているの?
冗談……?
彼の顔に、視線を向ける。
今まで見たこともないくらい冷たい目で、殿下は私を見ていた。
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