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8、明るい未来
しおりを挟む私がまだ、愛してるのだと本気で思っていたのだろうか。
クリス様の表情を見たカミルが、おかしなものを見たかのようにじっと見つめていた。怖いと思っていたおじさんの間抜けな顔を見て、恐怖が少し薄れたようだ。
「お前がして来たことは、調べがついている。今日はこのまま、セシルと使用人のアンナを連れて帰るだけだが、後日お前を迎えに来るから、覚悟しておけ」
クリス様の顔色が、真っ青になっていく。
この国には、最低賃金が設定されている。孤児院から連れて来た子供達を、養子にしなかったことが自分の首をしめる形になった。しかも、虐待までして来た。使用人達の証言があれば、罪を立証するのは難しくないだろう。
「セシル……行かないでくれ。頼むから、私のそばに居てくれ」
消え入りそうな声で、懇願するクリス様。
そんなに失いたくないと思っていたなら、なぜ愛人と子を連れて来たのか……。今となっては、本性を見せてくれたことに感謝している。
「クリス様、私はもうあなたを愛してはいないのです。ですから、おそばに居ることは出来ません。この先、二度とお会いしたくもありません。私達は、終わったのです」
結婚した時は、こんな日が来るとは思っていなかった。全てを壊したのは、あなた自身です。
何を言っても、クリス様は反省しないのでしょうね。反省するような方ならば、こんな生き方はしていなかったはず。あなたは、決して変わらない。
「セシル……」
その場に崩れ落ち、泣きそうな顔で私を見るクリス様に、同情することもない。
「ライラさん、一緒に行きませんか? あなた達二人の幸せも、ここにはないと思います」
ライラさんはクリス様をちらりと見て考え、『今まで、申し訳ありませんでした』と私に謝った後、手を取ってくれた。彼女がクリス様を愛しているのは知っている。自分の気持ちよりも、カミルのことを考えて決断したようだ。
「クリス様、短い間でしたがお世話になりました。カミルのことは、私が責任を持って育てます。あなたに似ないように、立派な子に育てるつもりですので、安心してください」
最後の嫌味は、ライラさんらしいと思った。
一週間後、クリス様は王宮の取り調べ室で尋問されていると聞いた。私達が出て行った次の日に、王宮に連行されたようだ。
アレクシス様が言っていた、クリス様がして来たこととは、使用人の件だけではなかった。
友人と一緒に何人もの女性に薬を飲ませ、連れ帰っていたそうだ。そう……私が初めてクリス様と出会った時にしつこく声をかけてきた男性が、その友人だった。初めから私を騙すつもりで、友人に声をかけさせ、自分が助けたフリをしていた。
「どうしてクリス様は、私を助けたのでしょうか……」
庭園の真ん中にあるテーブルに座り、お茶を飲みながらアレクシス様から詳細を聞いていると、ふと疑問に思った。いつもは、その友人と共に女性を連れ帰っていたはず。それなのに、私を助けた理由はなんだったのだろうか。
「理由は簡単だ。セシルを愛していたからだよ。何年も前から、セシルに目をつけていたようだ」
前に言っていた、私を手に入れる為に苦労したという言葉は、そういうことだったのかと理解した。
私はまんまと、クリス様の作戦に引っかかってしまった。
「私がしっかりしていたら、騙されたりしなかったのですね。アレクシス様は、私のことを思って反対してくださったのに、その言葉を聞かなかった。反省しています」
アレクシス様はお茶を一口飲んで立ち上がり、私の頭の上に手を乗せた。そして……
「ちょっ!? アレクシス様、やめてください!!」
髪がクシャクシャになるまで、頭を撫でられた。
「好きな奴を信じてしまうのは、当たり前のことだ。それがたとえ間違いでも、そのことに気付けたなら失敗なんかじゃない。お前のおかげで、ダーウィン侯爵家の使用人達が自由になることが出来た。お前のおかげで、ライラは子供を失わずにすんだんだ。俺のことは、気にするな。何度だって助けてやる」
意地悪だと思っていたアレクシス様の、優しい言葉に救われた気がした。
「アレクシス様には、本当にご迷惑をおかけしました。父まで……」
父はクリス様に激怒し、捕らえられている彼に怒鳴り込みに行った。殺してしまいそうな勢いだった父を、アレクシス様がなんとかなだめてくれた。
「公爵は、セシルが大好きだからな。あれは本気で殺してしまいそうな勢いだった」
お兄様も、お父様にそっくりだ。留学中で良かったと心から思った。
お父様はクリス様への援助を打ち切り、今までの援助を全額回収するようだ。使用人達にも、今まで働いた分の正式な賃金を支払うことになった。そして、今まで薬を飲ませて連れ帰った女性達にも、慰謝料を払うことになった。邸を売ったとしても、全てを支払うことは出来ないだろう。一生、借金を返す為に働く人生を送ることになりそうだ。女性の敵だと令嬢達の中でも噂が広まり、二度と結婚も出来ないだろう。一緒に女性を騙していた友人は伯爵家を勘当され、慰謝料を払う為に隣国へ使用人として売られたそうだ。
アンナは、私の侍女として邸に来てもらった。彼女がいなければ、私はまだ自由になれていなかったかもしれないと思うと恐ろしくなる。
ライラさんは、食堂で住み込みで働くことになった。カミルは邸を出て、お母さんの笑顔が増えたと喜んでいた。
「セシルは、これからどうするんだ?」
「私……ですか?」
「その、なんだ、ほら、結婚……とか?」
なぜかはぎれの悪くなるアレクシス様に、首を傾げる。
「結婚は、当分ないですね」
私の返事に、明らかにガッカリした様子のアレクシス様。
「そうか……。まあ、急ぐこともないかもな。なんなら、俺がもらってやるぞ?」
「……え!?」
頭をガシガシかきながら、顔を真っ赤にして目を合わそうとしない。その瞬間、私の顔も真っ赤になっていくのを感じた。
アレクシス様のことを、そんな風に見たことはなかった。
「嫌なら、別に……」
拗ねたようにそういうアレクシス様を見ていたら、なんだか可愛く思えた。
「そうですね、落ち着いたら、アレクシス様にもらっていただこうと思います」
彼の顔が今まで見たことないくらいの笑顔になり、私も笑顔になっていた。
END
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ありがとうございます( *ˊᵕˋ*)
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わぁ、ありがとうございます♪
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