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10、あのレストランで

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 デイビッド様を呼び出した場所は、誕生日の日に行くはずだったあのレストランだ。

 「デイビッド様、こちらです!」

 他の席には誰も座ってはいないのだけれど、デイビッド様が姿を現した瞬間、笑顔で手を振りながら居場所をアピールした。
 この席は、デイビッド様とキルスティン様が食事をしていた席だ。

 「エリアーナから誘ってくれるなんて、嬉しいよ! それにしても、この店は客がいないね」

 嬉しそうに椅子に座ると、辺りを見渡しながらそう言う。

 「そうですね。静かで、いいじゃないですか」

 このお店は、貸し切りにしてある。それを、デイビッド様に伝えるつもりはないし、二人きりで過ごすつもりもない。

 「そうだな、乾杯しよう」

 飲み物を頼んで乾杯をすると、幸せそうな顔でこちらを見ていた。
 その時、店の入口のドアが開き、シルバ様とレイモンド様が入って来た。

 「デイビッド? 奇遇だな」

 シルバ様がそう声をかけると、デイビッド様が不思議そうに首を傾げる。そんなデイビッド様の様子を無視して、シルバ様は私達が座る席の隣の席に座った。

 「俺達は、この席でいい」

 二人を席へ案内しようとした店員さんは、「かしこまりました」と丁寧に頭を下げて、メニューを置いていった。

 「二人の邪魔になるだろ。他の席に移ろう」

 レイモンド様が慌てた様子で、シルバ様の腕を掴んで他の席に移動しようとしたところで、

 「私達は、構いません。ねえ、デイビッド様?」

 「あ、ああ、そうだな」

 私達が了承したことで、レイモンド様は渋々隣の席に腰を下ろす。
 シルバ様には、今日このレストランに来て欲しいと手紙を出していた。レイモンド様は、そのことを知らない。レイモンド様の様子から、デイビッド様が記憶喪失だと知っているようだ。おじ様は、誰にも知られないようにして来たと言っていた。それなのに、レイモンド様が知っているということは、デイビッド様が話したか手紙をもらったかだろう。それを、シルバ様には話していない。この時点で、答えはもう出ている。

 デイビッド様は、記憶喪失などではない。

 気まずい空気が流れる中、料理が運ばれて来た。

 「わあ! 美味しそうですね! 誕生日に食べ損なったので、今日はたくさん食べてしまいそうです!」

 あの誕生日の一件以来、大好きだったこのレストランに来ることが出来なかった。たくさん食べてしまいそうなのは、本心だ。

 「今日は、二人だけなのか? 最近、デイビッドといつも一緒にいたうるさい女はどうした?」

 レストランの入口のドアが開いたのを確認してから、シルバ様がデイビッド様に話しかけた。

 「うるさい女……? ああ、キルスティンのことか。二度と会うつもりはないよ」

 おじ様から、絶対に他の人には記憶を失ったことを話すなと言われている。つまり今、デイビッド様は、記憶があるをしていることになる。なんだか不思議な状況で、思わず吹き出してしまいそうになるのを必死に堪える。

 「あんなに仲が良さそうだったのに、何があったんだ?」

 シルバ様は、キルスティン様の悪口を引き出そうとしてくれている。

 「あいつは、そもそも義母の娘というだけで、なんの関係もないからな。あの性格悪そうな顔を見ただけで、吐き気がする」

 少し聞いただけで、かなりの悪口を言えてしまう彼。私のことも、そんなに風に悪口を言っていたのだろうと想像がつく。

 「なんですって!? 私の美しい顔を見て、吐き気がするなんて頭がおかしいんじゃない!?」

 先程お店に入って来たのは、キルスティン様だった。彼女がお店に入って来たのを確認来てから、シルバ様はわざとデイビッド様に話をさせていた。キルスティン様にも、このレストランに来るように手紙を出していたのだ。
 店員さんは、「困ります……」と、控えめに言いながら全く止めるつもりはない。店員さんにも、協力してもらっている。

 「お前……なんで、ここに居るんだ!?」

 やっぱり、彼の本心を引き出すためには彼女は必要だ。

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