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3、変わってしまったデイビッド様
しおりを挟む会場に入ると、今日の夜会はダンスパーティーということもあり、出席者達はパートナー同伴の方達が多かった。パートナー同伴でない方は、ほとんどが婚約者の居ない方達だ。
「エリアーナ様? いらしていただけたのですね!」
最初に声をかけてきたのは、ベルーナ伯爵。今日のこの夜会の主催者だ。
「お久しぶりです、ベルーナ伯爵。お招きいただき、感謝いたします」
膝を軽く折り、片足を後ろに引き、ドレスの裾を軽くつまんで挨拶をした。
「エリアーナ様は、所作もお美しい! 実は、デイビッドが来ているのですが、なぜエリアーナ様とご一緒ではないのですか? 同伴の女性は、もしや平民……」
ベルーナ伯爵は、いわゆる長いものに巻かれるタイプの方で、自分より爵位が上の者には媚びを売り、下の者には傲慢な態度をとる。
まだ侯爵令嬢ではあるけれど、いずれ侯爵となる私に媚びを売ってくるから苦手な相手だ。
「キルスティン様のことを仰っているのでしたら、彼女は男爵令嬢です」
「男爵令嬢……どうりで……」
明らかにバカにしたように頷く。
「身分で差別するような発言は、感心出来ません。デイビッド様は、どちらにおいでですか?」
キルスティン様のことは、好きではないけれど、身分で人を見下すベルーナ伯爵の態度は許せなかった。
「も、申し訳ありません! デイビッドは、息子のレイモンドとバルコニーで話をしているかと……」
「ありがとうございます、行ってみます」
バルコニーへと出てみると、デイビッド様の姿が見えた。キルスティン様と寄り添うように立ちながら、レイモンド様と話していた。その姿は、まるで恋人同士のようで、私の足はその場から動くことが出来なくなっていた。
こんなに近くに居るのに、デイビッド様は全く私に気付かない。今まで私に向けてくれていた優しい笑顔も、優しい眼差しも、全てキルスティン様に向けられていた。
「お前ら、本当にお似合いだな。いっそ、婚約したらどうだ?」
私に気付くことなく、三人は会話を続けていた。
「バカ言うなよ。キルスティンは、義妹なんだ。それに、俺には婚約者が居る」
デイビッド様は、ハッキリ否定してくれた。その言葉に安堵していると、キルスティン様の甲高い声が聞こえた。
「婚約者って、エリアーナ様ですよね? あの方は、デイビッドお義兄様に相応しくありません! こんなに素敵なお義兄様のことを、『親が決めた婚約者だから仕方ない』と言っていたそうです! 許せません!」
そんなことを言ったことは、一度もない。キルスティン様は、私達の関係を壊したいのだろうか。デイビッド様の腕に胸を押し付け、瞳をうるうると麗せながら彼の目を見つめている。
「…………」
「おい、見つめ合うなら他所でやってくれよ。今にもキスしそうだぞ。まあ、婚約は破棄しないだろ? なんたって、ブラットレイ侯爵家だもんな。俺が代わりたいよ!」
レイモンド様は、父親そっくりのようだ。
私は、いったい何をやっているのだろうか。デイビッド様に会うために来たはずなのに、やっていることはただの立ち聞き。近付くことも、声をかけることも出来ない臆病者。自分が、情けない。
「エリアーナ嬢? こんなところで、何してるんだ?」
そして、背後に人が居たことにも気付いていなかった。
「あ、えっと……少し、風に当たりたかったので……」
声をかけてきたのは、デイビッド様の友人のシルバ・ユーリッド様。私が立ち聞きしていたことを、気付かれてしまっただろうか。
「ああ、デイビッドに会いに来たのか。デイビッド!」
最悪なタイミングで会いたくはなかったのに、シルバ様の声で、デイビッド様はこちらに気付いたようだ。
「何で居るんだ?」
あの日、シードル侯爵邸で待っていた時と同じ反応 。彼は昔のように、私に微笑んではくれない。
「デイビッド様と、お話がしたくて参りました。私はまだ、あなたの婚約者なのですか?」
必死に涙を堪えながら、今一番聞きたかったことを聞いた。
私の目には、キルスティン様が婚約者のように見える。そもそも、二人は血が繋がっているわけでも、ローレル夫人の連れ子として籍が入っているわけでもない。常識的には控えるべきだが、国の法律で禁止されているわけではないのだから、二人がそういう仲になったとしても不思議ではない。
「くだらないことを聞くな! お前以外、誰が婚約者だと言うんだ?」
ハッキリと、婚約者だと言ってくれたことに安堵していた。私はどれだけ単純なのだろう。
「エリアーナ様は、私のことがお嫌いなのですか? デイビッドお義兄様が私とばかり一緒に居るのが許せなくて、そんなことを仰っているのですよね? お義兄様……私、お義兄様とお会いするのを控えた方がいいですか?」
キルスティン様は、私が必死に堪えた涙を簡単にぽろぽろと流しながら、デイビッド様の目を見つめてそう言った。やっと仲直り出来るかもしれないと思った私が、甘かったようだ。
「控える必要はない。お前は大切な義妹だ。お前と会うことを、誰にも文句は言わせない」
私にはもう向けなくなった優しい顔で、キルスティン様にそう言うデイビッド様。彼女のわざとらしい演技に、なぜ気付かないのだろうか。
「デイビッドお義兄様、大好き!!」
キルスティン様は、デイビッド様に抱き着いた。ここがバルコニーとはいえ、公の場所で抱き着く彼女に驚いた。もっと驚いたのは、彼が嬉しそうに笑っていることだった。しかも、義妹だと散々強調していた彼の鼻の下が伸びていた。夜会になんて、来なければよかったと後悔していると、シルバ様が口を開いた。
「イチャイチャするなら、邸でやれ」
シルバ様は、いつも何を考えているのか分からない。無表情で、感情をあまり表には出さない。そんなシルバ様が、明らかに嫌な顔をしている。
「お前、羨ましいんだろ? まだ婚約者も居ないからな」
シルバ様の表情を見ても、羨ましがっていると思えてしまうデイビッド様の頭は、どうなっているのだろうか……。
「ありえない」
シルバ様は、ムスッとしていた。
「今日のエリアーナ様のドレス、随分シンプルなのですね。何だか、貧乏臭くありません?」
貧乏臭い……とは?
このドレスはシンプルなデザインだけれど、職人が丁寧に作ってくれた物だ。そう見えるのなら、このドレスを着こなせていない私のせいだろう。
「お前、またあの香水をつけているな。キルスティンを傷付けたくて、わざとつけてきたのか!?」
私が侮辱されても何も言わなかったのに、香水をつけていることを責める彼の気持ちが分からない。『キルスティンの家は、そのような高価な物は買えない』と、そう言っていたのに、今日身に付けているドレスや靴や宝石は、かなり高価な物だ。しかも、バルコニー中に充満するほどの香水の匂いは、キルスティン様から漂っている。
デザインからして、全てデイビッド様からの贈り物だろう。傷付いているのは、私の方だ。
「この香水は、私の誕生日にジョアンナがくれた物です。大切な物ですので、使用を控えるつもりはありません」
誕生日という言葉に、気まずそうに目を伏せるデイビッド様。あの日は私の誕生日だったことを、やっと思い出したようだ。
「そ、そうか。では、大事にしなければな。エリアーナ……」
「お義兄様、私、喉が渇いてしまいました」
デイビッド様が何か言いかけたところで、キルスティン様が猫なで声を出しながら、彼の袖を引っ張った。
「ああ、気付かなくてすまない。エリアーナ、キルスティンに飲み物を取ってきてくれ」
先程の様子とは一転して、何の迷いもなくデイビッド様は私にそう言った。
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