4 / 12
4、マヌケなハリソン様
しおりを挟む噂を流したのは、ハリソン様だろう。ただ、あんなに単純なハリソン様が、そんなことを思いつくとは思えない。きっと、マーシャさんの入れ知恵だろう。
マーカス邸から帰ると、珍しくハリソン様が邸を訪れていた。もしかしたら、私があの雑貨屋に行ったからかもしれない。
「ルイーズ、会いたかった!」
ハリソン様が待つ応接室に行くと、いきなり彼にに抱きしめられた。あまりに突然で、ありえない出来事に私の身体は固まった。ハリソン様に抱きしめられているのだと頭が理解した時、身体中がゾワッとして全身に鳥肌がたった。どういうつもりなのかは分からないが、何をされても彼に惑わされることはないだろう。
「……何か、あったのですか?」
すぐにでも離れて欲しいけど、まだ婚約者として振る舞わなければならない。
「何もないよ。急に会いたくなったんだ」
そんなことを信じるほどバカではないし、例えこの人の気持ちが変わったのだとしても、絶対に受け入れはしない。
「……そうですか。ハリソン様が私に会いたかっただなんて、初めてのことで戸惑っています」
「何を言っているんだ!? 俺はいつだって、君に会いたいと思っている。ルイーズ、頼みがあるんだ」
彼が私に媚びを売るということは、目的がお金だということ。それなら、次に彼が口にするセリフは……
「マーシャが倒れた……
頼む! 金を貸してくれ!」
でしょうね。
前回は借用書を書かされたから、今回は媚びを売る作戦に出たようだ。マーシャさんは病気ではないのだから、倒れたというのも嘘だろう。
それにしても、お金を貸したばかりだというのに早すぎる。
「お金なんてありません。先日、お貸ししたばかりではありませんか。そのお金は、どうしたのですか?」
先日貸したのは、かなりの大金だ。体調が悪いからと医者に診せただけで、なくなるはずはない。病院に1ヶ月入院したとしても、お釣りが来るくらいだ。
「お前は、マーシャが死んでもいいのか!?」
それは、前回も聞いたセリフだ。それを言えば貸してもらえると思うのは、彼が純粋なのか、ただのバカなのか……きっと、後者だろう。
何を聞いても、何を言っても、同じことしか言わない。単純な彼ことだから、知っていたとしたら口を滑らせていただろう。ということは、彼は何も知らないということ。マーシャさんは、彼の前で病弱な演技をしている。彼女に騙されていると言っても、彼は信じないだろう。
「いくら必要なのですか?」
貯めていたお金を出すことにした。
「貸してくれるのか!? いつもと同じ額でいい!」
そのいつもと同じ額が、大金だと思っていないのだろうか。
「分かりました。今回も、借用書を書いていただきます」
「それは……」
急に動揺し始めた。マーシャさんに、借用書は書くなと言われたのだろうか。
「書かないのでしたら、お貸しすることは出来ません」
彼は必ず書く。彼女が病気だと本気で思って居るなら、倒れた彼女に早くお金を届けなければならないからだ。
「……分かった」
渋々、借用書を書くことに同意した。
「では、少しここでお待ちください。借用書とお金を用意して来ます」
そう言って、応接室から出る。
お金を貸すのは、これが最後だ。またお金を借りに来てくれて、正直感謝している。今回の借用書には、今まで貸した分の額もきちんと書くつもりだ。彼は前回、借用書にちゃんと目を通していなかった。文字を読むのが面倒だったのだろう。だから今回は、細かい項目も追加する。私が貸したお金を、家族以外の誰かに譲渡することを禁じる─── と。きっとハリソン様は、今回も借用書を書かされたなどとマーシャさんには言わない。怒られたくないからだ。こんなにも分かりやすい彼に、どうして私は騙されたのか……
お金と借用書を用意して応接室に戻ると、思った通り、彼は借用書をよく読まずにサインをした。お金を持ってきたことも、彼の判断を鈍らせることに繋がったかもしれない。これで、貸したお金は全額回収出来そうだ。
お金を受け取った彼は、『また来る』と言い残して、すぐに帰って行った。気持ちいいくらいに、私には興味を示さなかった。そのおかげで、罪悪感なんか全くなかった。
次の作戦は、もう考えてある。ユーリに手伝ってもらおうと思う。
29
お気に入りに追加
2,796
あなたにおすすめの小説
わがままな妹に『豚男爵』との結婚を押し付けられましたが、実際はとんでもないイケメンでした。
水垣するめ
恋愛
主人公イザベルは義理の妹と母に虐められて育ってきた。
そんな中、わがまま妹フェリシーに『豚男爵』と呼ばれている男爵との婚約を押し付けられる。
逆らうことが出来ないので向かったが、イザベルを迎えたのは『豚男爵』とは似ても似つかない超絶イケメンだった。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。
夢風 月
恋愛
カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。
顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。
我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。
そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。
「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」
そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。
「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」
「……好きだからだ」
「……はい?」
いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。
※タグをよくご確認ください※
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる