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4、マヌケなハリソン様

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 噂を流したのは、ハリソン様だろう。ただ、あんなに単純なハリソン様が、そんなことを思いつくとは思えない。きっと、マーシャさんの入れ知恵だろう。

 マーカス邸から帰ると、珍しくハリソン様が邸を訪れていた。もしかしたら、私があの雑貨屋に行ったからかもしれない。

 「ルイーズ、会いたかった!」

 ハリソン様が待つ応接室に行くと、いきなり彼にに抱きしめられた。あまりに突然で、ありえない出来事に私の身体は固まった。ハリソン様に抱きしめられているのだと頭が理解した時、身体中がゾワッとして全身に鳥肌がたった。どういうつもりなのかは分からないが、何をされても彼に惑わされることはないだろう。

 「……何か、あったのですか?」

 すぐにでも離れて欲しいけど、まだ婚約者として振る舞わなければならない。

 「何もないよ。急に会いたくなったんだ」

 そんなことを信じるほどバカではないし、例えこの人の気持ちが変わったのだとしても、絶対に受け入れはしない。

 「……そうですか。ハリソン様が私に会いたかっただなんて、初めてのことで戸惑っています」

 「何を言っているんだ!? 俺はいつだって、君に会いたいと思っている。ルイーズ、頼みがあるんだ」

 彼が私に媚びを売るということは、目的がお金だということ。それなら、次に彼が口にするセリフは……

 「マーシャが倒れた……
 頼む! 金を貸してくれ!」

 でしょうね。
 前回は借用書を書かされたから、今回は媚びを売る作戦に出たようだ。マーシャさんは病気ではないのだから、倒れたというのも嘘だろう。
 それにしても、お金を貸したばかりだというのに早すぎる。

 「お金なんてありません。先日、お貸ししたばかりではありませんか。そのお金は、どうしたのですか?」

 先日貸したのは、かなりの大金だ。体調が悪いからと医者に診せただけで、なくなるはずはない。病院に1ヶ月入院したとしても、お釣りが来るくらいだ。

 「お前は、マーシャが死んでもいいのか!?」

 それは、前回も聞いたセリフだ。それを言えば貸してもらえると思うのは、彼が純粋なのか、ただのバカなのか……きっと、後者だろう。
 何を聞いても、何を言っても、同じことしか言わない。単純な彼ことだから、知っていたとしたら口を滑らせていただろう。ということは、彼は何も知らないということ。マーシャさんは、彼の前で病弱な演技をしている。彼女に騙されていると言っても、彼は信じないだろう。

 「いくら必要なのですか?」

 貯めていたお金を出すことにした。

 「貸してくれるのか!?  いつもと同じ額でいい!」

 そのいつもと同じ額が、大金だと思っていないのだろうか。

 「分かりました。今回も、借用書を書いていただきます」

 「それは……」

 急に動揺し始めた。マーシャさんに、借用書は書くなと言われたのだろうか。

 「書かないのでしたら、お貸しすることは出来ません」

 彼は必ず書く。彼女が病気だと本気で思って居るなら、倒れた彼女に早くお金を届けなければならないからだ。

 「……分かった」

 渋々、借用書を書くことに同意した。

 「では、少しここでお待ちください。借用書とお金を用意して来ます」

 そう言って、応接室から出る。
 お金を貸すのは、これが最後だ。またお金を借りに来てくれて、正直感謝している。今回の借用書には、今まで貸した分の額もきちんと書くつもりだ。彼は前回、借用書にちゃんと目を通していなかった。文字を読むのが面倒だったのだろう。だから今回は、細かい項目も追加する。私が貸したお金を、家族以外の誰かに譲渡することを禁じる───  と。きっとハリソン様は、今回も借用書を書かされたなどとマーシャさんには言わない。怒られたくないからだ。こんなにも分かりやすい彼に、どうして私は騙されたのか……

 お金と借用書を用意して応接室に戻ると、思った通り、彼は借用書をよく読まずにサインをした。お金を持ってきたことも、彼の判断を鈍らせることに繋がったかもしれない。これで、貸したお金は全額回収出来そうだ。
 お金を受け取った彼は、『また来る』と言い残して、すぐに帰って行った。気持ちいいくらいに、私には興味を示さなかった。そのおかげで、罪悪感なんか全くなかった。

 次の作戦は、もう考えてある。ユーリに手伝ってもらおうと思う。
 
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