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第五章 クリスマスの涙

ごめんね。2

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 ***


 「落ち着いてきたようですね」

 あれからルナは、佐山が作ったミルクを半分ほど飲んだ。
 頬に赤みがさし、氷のようだった身体の冷えも改善されつつある。

 オムツをチェックすると、きちんと排泄もされていた。
 飲んだり出したり、というところに異常はないらしい。
 今は、とろとろと微睡まどろみ始めている。
 
 私たちは顔を見合わせて息をついた。


 
 佐山が言った。


 「もうしばらく居ます。少し寝た方がいいですよ」


 「私は大丈夫です」


 しばらくは心配ないだろうが、気がかりは残った。
 ルナの身に何が起こっているのか。
 こういうことを繰り返していると、身体への負担が心配だ。


 「あの」


 佐山の方に目を移すと、彼は困ったような顔をしていた。


 「この間はごめんなさい」


 意を決して頭を下げる。


 「あの。一昨日の夜のことです」


 慌てて付け加えた。
 佐山は曖昧な言い回しが通用しないのだ。

 佐山がハッとしたような顔をする。
 さすがに、何があったかは覚えているらしい。


 「八つ当たりだったんです。余裕がなくて」


 佐山はこちらを向いているものの、これといった反応はない。

 やっぱり怒ってる? 
 ルナがヤバそうだから来てくれたけど、それとこれとは別なのかな。


 「もう少し早く謝るべきだったんですが」


 お店にも行ったのよ。
 ああ。こんな言い訳してもしょうがない。
 途端に暗い気分になった。


 と。


 目の前も暗くなった。物理的に。
 そして自分の周りの空間も、何かに閉じ込められたように狭くなる。




 「佐山さん? ど、どうされましたっ……!?」



 声が裏返る。
 物理的に私の目の前を遮るのは人の身体。
 空間を狭めているのは長い腕。


 佐山に抱きすくめられていた。


 「その……宮原さんが憔悴して涙する姿を見たら、何となく」


 また、何となくって。
 “らしくない”言い方。


 「追い討ちをかけるように謝ったりするものですから、余計」


 何で。
 慌てて顔を上げようとするも佐山の腕の力は思いのほか強く、頭がボスンと胸板に逆戻りする。


 「いえ、八つ当たりした私が悪いので」


 私は、したたかに打ちつけた鼻の痛みに耐えながら答えた。


 「僕は他人ひとから見ると、相手の心の動きに疎い人間のようで。
 自分の理解が及ばないところで、また何かやってしまったのかと」


 だから、ここへ来るのをやめた。佐山はそう言った。
 怒ってるんじゃなかったの?


 「ぽっかり、穴が空いたようでした。元の生活に戻っただけなのに」


 「許してください」。


 呟く声が耳朶じだをくすぐる。


 「さっきルナさんに触れた時、恐ろしくなりました」


 「……」


 「ルナさんが、どうかなってしまうと。
 僕は分かっていなかった。あなたが一人で抱える不安を」


 自分がぶつけた言葉で佐山がそこまで考えていたなんて。
 

 「だったら。何を言われようと、ちゃんと居てくださいよ!
 私、あなたがいないと困るんです!」



 沈黙。



 恥ずかしさで身が凍る。
 告白めいた言葉が口をついてしまったこともさることながら、どんなに八つ当たりされても隣に居ろという、身勝手な内容に。

 そこには「自分も改めます」といういじらしさが微塵もない。
 穴があったら入りたい。


 「それはまた……大変そうですねぇ」


 しかし佐山は、身体を揺らしてクツクツと笑い出した。


 「でも、分かりやすくて助かります」


 佐山が笑うと全身に振動が伝わる。
 これは、仲直りできたってことで、いいのかな。

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