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過去⑬

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 この少女のことを鮮明に覚えていた。その美しい容姿は勿論のこと出会いかたが印象的だったためだ。けれど同時に違和感も感じていた。
「キミは本当にあの時の子なのかい?」
「どういう意味ですか?」
「雰囲気といえばいいのか? 全然違っているから」
 あの時のアヤメは不思議な感じはしていたが年相応の少女らしさがあった。けれど、たった半年の間を開け再開した少女は異質そのものだ。容姿とは裏腹に圧倒的で絶対的な存在感を漂わせている。

「きっとそれは私が神になったから。あの時は見習いだった私が縁切り神になったからですよ」

 そんなバカバカしい話があるわけないと普段なら一刀両断していた。けれどアヤメを前にすればスンナリと受け入れられてしまう。

「阪口雅行さん。今日はあの時のご恩を返しに来ました。貴方のお孫さんを悪意から切り離すために」
「敦を、敦を守ってくれるのか……?」
「はい! 縁切り神としての力を振るえば、あの人たちと敦くんの縁を切ることができます」
「本当か……? 本当に敦を助けてくれるのか!?」

  アヤメは静かに強く頷いた。神の力を行使するのだ。敦とあの連中が関わることは一生ないだろう。敦の安全が確約されたことで雅行は膝から泣き崩れた。
 雅行が蹲り泣いている。これで恩を返せるとアヤメは安堵し雅行に背を向け立ち去ろうとした。

「待ってくれ!」

 その言葉にアヤメは振り替えると信じられないものを目にした。雅行が土下座をしているのだ。額を泥に埋め不様に……。

「もう一つだけ、願いを叶えて欲しい」
  
 アヤメは雅行の前にかがみ顔をあげさせると「言ってみて?」と言った。

「俺と家族のつながりを断って欲しい」
「な、にを……! そんななことしたらっ!」

 アヤメは驚き声をあげる。夫婦であっても血のつながりがあっても関係ない。つながりを断ってしまえる。けど、その代わり一度断った縁は修復不可能。

「もう、家族じゃなくなるんだよ?」
 アヤメの力では戸籍を変えることはできないから戸籍の上では家族、あるいは血縁者でいられる。けど、それはあくまで書類上の話。当人は勿論第三者でさえ家族だということを認知できなくなる。

「このまま家族と平穏に暮らすだけじゃ不満なの?」
「不満なんかないさ。とも代の飯は美味い。敦の成長も楽しみだ」
「だったら!」
「だけど! だけど、それでも俺は親なんだ。息子を殺されたことを忘れ安穏と暮らすことなんてできない! できるわけがない!」
「復讐……する気?」
「ああ。俺のせいで殺されたんだ、復讐くらいしてやらなきゃあの世で合わせる顔がないだろ?」

 復讐が幸せを引き換えにするほど大切なことなのかと疑問点に感じた。

「今の家族を捨てまで?」
「ああ」
「……イヤだ。私は貴方に梅干しおにぎりの恩を返したいだけで……。復讐してほしいわけじゃない」
「おにぎりの礼なら敦を守ってくれるだけで十分過ぎるさ。これは俺のわがまま。アヤメさんが気にすることは何もないさ」

 「だからお願いします」と雅行はまた頭を下げた。雅行は本心から復讐しようと思っている。けどそれをして家族に被害が及ぶのも恐れているから、ここでアヤメが断れば止められる。けど、その代わり息子を死に追いやり何もできなかったことを後悔し、自分を呪い続けていくだろう。


「分かりました。貴方のその願い叶えます。だけど、その願いはあまりに分相応。必ず報いが訪れるから」

 それはアヤメの最後の警告。或いは嫌みかもしれないし納得できない苛立ちの現れだったのかもしれない。

「ああ、分かってる」

  雅行は毅然と答えた。

「分かりました。但し条件を飲んでくれたら」
「条件?」
「神が人間界にいるためには御神体が必要なの。けど、それは人間から供えられたものじゃないといけない。だから何でもいいから備えて」
「分かった。我が家に代々伝わる手鏡がある。それでいいか?」

「もちろん」とアヤメが返事をすると雅行は「直ぐ取って来る」と答えた。
 山を降りようとする雅行をアヤメが追いかけると、目の前の空間が揺らぐ。
「な、なんだこりゃ! もう家に着いちまった!」
 
 雅行は驚いた顔で自分の家の門を見上げる。
「安心して。これは私のお節介な友達の仕業だから」
「友達……。あの時迎えにきた子かい?」
「そう。私の一番大切な友人。それにしてもあの時のおにぎりは今まで生きてきた中で一番美味しかったなぁ」
「そうか。そんなに気に入ったのなら食べに来ればいい。『アヤメという神様がきたら梅干しおにぎりをたくさん振る舞ってあげてくれ』と家内に伝えておくから」
「ありがとう。必ず取り立てに行くから」

 アヤメは雅行に続き家の中に忍び込む。とも代にバレないように雅行の部屋へ入った。出された座布団の上に座ると雅行が「少し待っててくれ」とアヤメを残して部屋を出た。しばらくして戻ってきた雅行の手には箱がある。中から手鏡を取り出すとアヤメに渡した。

「これでいいかな?」
「うん。ありがと!」
「そうだ。御神体だけじゃ寂しいから社も建てさせて貰うよ、さっきのあの場所に」
「そこまでしなくていいよ」
「いや、やらせて欲しい。君に助けられたことを形として残したいんだ。『こんなに律儀で優しい神様と知り合ったんだ』って忘れないように」
 
  アヤメは深く呼吸し神経を集中させた。これから縁切り神になって初めて神意を使う。緊張しているが失敗する予感など微塵もない。

「そろそろ始めます。とも代さんと敦くんにお別れは? 」
 雅行は顔を横に振り断った。アヤメは無数の縁の糸から選び掴む。

「俺がこれからやることは人の道を踏み外したことだ。だから俺に不幸が振りかかっても因果応報だと諦める。でもーー」

 敦の祖父としていられる最後の瞬間が訪れる。

「どうか、叶うなら敦だけは助けてやってほしい」

  アヤメは答えなかった。だけど、心の中では決意していた。


「――縁、切った」
 
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