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第一部

第二十五話 変装する気あるのか?

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「貴方がたが襲われているところを見て思わず加勢してしまった。あまり大きな怪我もないようで何よりだ」
「ご助力、感謝いたします」
「フェイス様、こんな怪しいものに近寄ってはなりません!」

 確かにこれは怪しすぎる。フェイス王女はその性格からか素直に感謝の意を示しているが、メレディスのいう通り助けてもらったとはいえ警戒したい相手だ。
 しかしこいつには変装するが気があるのだろうか? 仮面をつけている以外はどう見てもいつものオニキスだぞ。

「フェイス様? もしやローレッタの……?」
「おさがり下さい!」
「ああ、誤解を与えてしまって申し訳ない。実はリリエンソール公爵家のミシェル嬢から、殿下宛のお手紙を預かっていたので探していたのです」

 オニキスとミシェルが知り合いだなんて話、今までに聞いたことないぞ。でもフェイス王女を助けてくれたし、原作での彼の立場を考えると敵と言い切るのは難しい。
 ひとまずはメレディスがミシェルからだという手紙を預かり、なにか危険な細工がないかを確認する。

「ミシェルとはどういった関係なの?」
「知人です」

 オニキスに対する警戒心を緩めずに、メレディスが相手の正体を探ろうと問いかけをする。
 しかし返事が短い、短すぎる。もうちょっと、こう……どういった縁で知り合ったとか話せよ。真面目過ぎて嘘つけないのか。

「宛名の筆跡はミシェルのもので間違いないわね」
「あいかわらず個性的な文字を書くよね」

 そういえば彼女は性格通りといっていいのだろうか、研究者気質なのもあってか普段の文字が酷くて読めたものではない。
 たしか裏切り者たちに突き付けたものは代筆を頼んでいたはずだ。一応、他人宛ての手紙などは親しい間柄であれば直筆で書くそうなのだが、俺はこの世界に転生してから初めてミシェルが書いた読める文字をみた。

「ミシェルは昔から可愛らしい文字で沢山お手紙を書いて下さるのですよ」

 まさかミシェルがフェイス様命! ってノリなのはこの優しさが原因か。オブラートどころか、さらに羽毛布団かなにかで包んだ表現だぞ。
 原作のフェイス王女もおっとりとした優しい女性だが、これはもう菩薩とかの域に入ってるんじゃないだろうか。
 よく言えば丸文字とも言えなくはないのだが、正直これでも俺には全文読める気がしない。何ヶ所かは本当によくわからない記号のように見えてしまうのだ。

「内容を改めさせていただきます」

 手紙には特に細工も無く、筆跡も判り易過ぎるほどにミシェルのものだったので中身を読むことになった。
 まず挨拶が凄く長い。彼女の書く暗号じみた文字に慣れているらしいメレディスが読み上げているのだが、季節の挨拶とかフェイス様への賛辞とかだけで便箋一枚が終わった。この世界のミシェルに百合疑惑を持つ程度の熱の入れようだ。

 本題のほうを要約すると、この手紙は持てるコネを利用して出されたこと。
 行方不明とされていたミシェルとモンタギュー殿は現在、シスル王国軍に捕らわれていること。
 そしてミシェルが人質となり、モンタギュー殿がオニキスたちと行動を取らざるを得ない状況となっていて、神弓シグルドリーヴァが彼らの手に渡ってしまったらしい。
 おい、オニキス本人ここに居るぞ。間違いなくオニキスかミシェルが何かを企んでいることが分かってしまった。下手をすればこの世界の二大巨頭が共謀してるし、軍師であるモンタギュー殿も一枚噛んでる。

「ミシェル嬢から手紙を届けた後はフェイス王女の護衛を頼みたいと言われているのですが、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「わたくしは構いませんが、この一行を取り仕切っているのは兄なので相談させていただきます」
「ありがとうございます」

 その場では止血だけを済ませて、俺たちは荷車のほうへ戻った。アゲートと名乗るオニキスの真意や狙いは分からないが、原作での彼の性格からして、卑怯な手段でこちらを陥れるという事はないはずだ。
 戻った瞬間、皆の視線が俺に集中した。傷自体はたいして大きくはないのだが、血だらけの俺の姿を見たグレアム王子が眉を顰めた。

「先程の狼煙は襲撃を受けたという事でいいのだな?」
「はい。迂闊にも皆から離れた私の責任でございます」
「解っているのならばいい。……そちらのものは?」
「アゲート様でございます。危ないところを助けていただきました」

 グレアム王子が部下に目配せすると僧侶プリーストが一人、俺に近づいてきた。持って居るのはファーストエイドの杖だから治療してくれるらしい。
 フェイス王女の行動に関するお咎めは本人が自覚していることで無くなったが、どうやらいつの間にか増えた仮面の騎士が気になっていたようだ。
 俺だっていやでも目に付く仮面を付けた見知らぬ男が身内と居たら、そっちのほうが気になる。

「お初にお目にかかります。私はアゲート、訳あって旅をしているものです」
「妹を助けてくれたというのは感謝する。しかし仮面をつけたままというのは相応の理由があるのだろうな?」
「……今は詳しい事情を話せません。ですが私のローレッタ聖王家への忠誠心に嘘偽りはございません」

 グレアム王子の前にアゲートが跪く。持っていた銀の剣を差し出したのは騎士が主君へ忠誠を誓う際に行う儀式のためだ。
 俺が陛下に謁見した時は銀の剣はあちらが用意してくれていたので剣を差し出すことはなかったが、今回は急な話でもあるので持参した未使用の武器を忠誠を示す意味を込めて差し出したのだろう。

「ふむ。一度襲われた以上、護衛は多いに越したことはないが……メレディス、彼の実力のほどは?」
「正直、私たちでは太刀打ちできないほどかと」
「そうか。誰かを見張りにつけることを条件に同行を許可しよう」
「ありがたき幸せ」

 グレアム王子はアゲートが差し出した銀の剣を受けとると彼の肩を軽く叩いた。
 メレディスのいう通り、俺でもこの男に勝つことは不可能だろう。
 王子の警戒心はまだ解けていないようだが、ひとまずは腕を買われたというところだろうか?
 しかし見張りか。誰がやることになるんだろう?

 その後すぐにブリジットに同行していた傭兵が、アイリス軍の騎士を伴い森の入り口まで戻ってきた。
 先程の狼煙が要塞からも見えていたらしく、伯爵家の令嬢であるブリジットは護衛のベルトラムと共に要塞で待機しているらしい。
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