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間章 過去

閑話 ラーの過去 中編

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 ある日、世界に穴が開いた。

 文字通り、空にぽっかりと……まるでそこだけがくり抜かれたように、ただひたすらに漆黒の闇が広がっていた。

 勿論、僕は警戒し、魔界全体に注意勧告を出した。

 異形の存在などが来るのかもしれない。そう直感的に思った。

 穴が開いてから、数分後……時間にしたらそのぐらい。


 穴の奥から、純白が見え隠れした。

 それは世界を跨いでやってきた。



 そして、来たのはやはり、異常なる存在だった。

 【美徳】の一つ【慈愛】。そんな力を持った異形の存在。またの名を、守護天使。

 世界の守護という名目で、悪の属性や立場に立つ者を弾劾している輩だ。無論、悪魔である僕たちは悪属性。泡のように無数にある魔界の一つである、ここを潰しに来たのだろう。

 「どうする……!」

 僕は爪を噛んだ。悪い癖だ。即刻の避難は確定している。だが、どこへ避難するか。勿論、隣の魔界などに逃げ込めば、そこで争い、諍いなどが多発するだろう。なら、僕らより弱い種族の世界に行くべきだろう。

 「でも、まずは……」

 僕は【異界門《ゲート》】を開くように指示をした。【異界門《ゲート》】は、多量の魔力を有する悪魔でも、数百体は必要な次元魔術の一種だ。次元魔術は次元を操る魔術だ。並大抵の術者では使えない。

 魔界全体を消滅させるだけの力を持つ守護天使は二体いた。彼らあ双子のように瓜二つな容姿だった。純白の法衣に、星と十字の紋様が埋め込まれたペンダントを持っている。

 天使は背中に大きな純白の羽根を広げた。

 「あれは……!」

 翼が光輝く。まるで太陽のように、高貴な光となった。泥濘の如く、悪魔たちは汚れ荒んだように見える。戦いによって、血塗れの世界は、神聖な光に包まれる。

 「【神聖光翼】」

 冷静沈着な声。小さな声。だが、広大な魔界に響き渡る。

 悪魔たちにとって、毒でしかない神聖な光。それが魔界全体に降りた。

 魔界全体は慌ただしく動き出した。

 動き出した世界に語りかけるように、守護天使が声を出した。

 「闇の使い、悪の化身、異形の存在――悪魔どもよ……貴様らは死す定めであり、それが本日である」

 酷く傲慢な態度。だが、このままでは確かに全ての存在が滅ぼされるだろう。だがしかし、天使と悪魔では相性が悪い。勿論だが、戦闘などしたら、確実に悪魔は負ける。

 それが例え、魔界の全戦力を使用してもだろう。

 勿論、僕はそんなことを認めたくない。だが、事実としてそうなのだ。

 【異界門《ゲート》】が開くまでには、まだまだ暫しの時間が必要だ。

 どうにかして、時間を稼がねば……

 僕はまたまた焦って爪を噛む。だがしかし、良い考えなど浮かばない。

 誰もがもはや、絶望しかない。

 そう思った時だった。

 姉が一人で、空へと舞い上がった。

 「な……! どうして!?」

 僕は必至になって声を張った。

 「なんで姉さんが、そんな化け物と戦うんだよ!」

 姉は漆黒の翼を広げ、威嚇するように天使を睨みつけた。

 「決まっているだろう」

 女性とは思えない、凛々しい表情で答えた。

 「平和な世界のために……だ」

 いつもの口癖を何気ない口調で言った。

 その時間は永遠と思えた。時が止まったように思えた。永遠とも思えた時間は、刹那だった。

 僕は走った。

 ――だが、遅かった。

 「はぁぁああああ!!!」

 姉は悪魔としての力を全開にして戦った。それは壮絶な戦いだった。魔界一の猛者である姉を、倒せるものなどいるわけない。そう嘯いた日々を思い出した。

 だが、そんなはずもなく。

 ――勿論……勝てるはずもない。

 もう無理なのか。

 僕は不覚にも一瞬、そう思ってしまった。



 頭を振る。



 そんな訳がない。

 僕は姉のためにも【異界門】の展開を急がせた。

 結果、姉が戦い始めてから、数分後、【異界門】は数百人の術者によって、展開された。地上に空いた漆黒の門を潜ったら、そこは異界だ。

 普通なら、異界に行くのも躊躇するだろう。

 だが、悔いのあるやつなどいない。


 我先にと、悪魔の行列が作られる。

 どんどん悪魔が首都に転移してくる。首都は本来、住んでいた人数など比では無い人数が集結していた。

 魔界全体は慌ただしかった。


 そんな騒乱の中、僕は姉に叫んだ。



 「早く!」



 【異界門】の展開可能時間は短い。

 そして、姉は気付いたららしい。こちらに巨大な魔力を扱い、爆発を引き起こした。

 その爆発に乗じて、転移しようとした。

 それが油断になってしまったのだろうか。

 姉は剣で心臓を貫かれていた。それは悪魔にとって致命的な聖属性の剣だった。だが、それでも来たのだった。移動してきたのだった。


 「ね、姉さん!!!」

 僕は声の限り叫んだ。

 僕は姉さんを【異界門】の中に入れようとした。だが、姉さんは微かに口を動かし言った。


 「これか……らの生活は……く……るしいだろう」
 「な、にを言ってるの?」
 「色んな苦難……が襲い……かかるだろう」


 弱弱しく……だが力強く、必死に言の葉を紡いだ。

 「だが……それでも……生きろ」

 姉は最後に僕を押した。

 完全な不意打ちだった。僕は勿論、抗えなかった。

 身体は真っ黒な異界へと繋がった門に吸い込まれていく。

 「姉さん……嘘でしょ」

 意識も身体も吸い込まれかけて、最後に見たのは笑顔だった。

 そして、後ろから追撃に来た天使が、鉛色に輝く剣を取り出す。何の能力もない、ただの剣だ。

 それは深々と突きさされた。

 笑顔だった。

 だが、それは紅の犠牲となった証だった。

 ぽたぽたと滴る深紅の液。飛び散る脳漿。

 血で染まった姉を見たのが、僕にとっての最後だった。
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