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二律背反
第18話
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「サオン隊長、これくらいっすかね?」
「もっと、万遍無く広げて、前線に動きが出たらすぐに開始しよう」
広くて浅い川を渡ってすぐのところで、ある仕掛けを施す。
三つ子の長兄ミカから聞かれて、すぐに返事をした。
サオン小隊以外は、そのまま前進を続けている。
だけど、こちらの準備にはだいぶ時間がかかる見込み。
そのため、他の隊の進む速度を少し遅くしてもらっている。
あまり遅すぎたら、左翼が狙われる可能性もある。
そうなっては不十分な戦果となってしまうので、大急ぎで仕上げていく。
──動いた!?
レッドテラ帝国が森の中から姿を現した。
それと同時に自軍右翼が進路を変え、全力でこちらに退却してくる。
ちなみに前回と陣形に変更点がある。
空から見たら円形だった陣形を先を尖らせて後方へ広げている。
楔撃の陣といって本来、先頭に精兵を配置して、敵陣を崩すのに用いられる。
だけど今回は……。
先頭に行くほど足の速い者を配置した。
その理由は、少しでも追いつかれないようにするための工夫。
平原にばら撒いた枯葉に、たいまつで火をつける。
どんどん燃え広がり、辺り一面、白い煙に包まれる。
煙がしっかり広がったところで自小隊も後方へ退却を始めた。
これが目くらましだと、帝国だって気づくだろう。
だけど、兵は躊躇してしまう。
どんなに檄を飛ばそうが、人は未知なるものに恐怖を感じる生き物。
白い煙の中へ間髪入れずに突入する自軍と手前で足踏みする敵軍。
矢は多少飛んでくるだろう。
だが、この僅かな時間稼ぎが、自軍の損害防止に大きく貢献した。
帝国軍が白い煙の中へ突撃する頃には自軍右翼は渡河を終えた。
大きな差をつけ、丘へと戻ってこれた。
ここからは、ジェイドたちと前もって決めていた経路で丘を登る。
退却しながら、罠を仕掛けていく。
罠は事前にジェイドたちが造ってあったもの。
横に避けてあったものを設置したり、罠の目印を取ってわからなくする。
これで、問題ない経路をひと目で看破するのは不可能となった。
丘の上に登り切ったところで布陣を始める。
丘の下では罠に嵌まった敵軍の兵士の悲鳴が聞こえている。
「ご報告します。罠を次々と突破している小隊がいます」
「よし、俺が行く。サオン、お前の小隊もついてきてくれ!」
「はい!」
報告に対してジェイドがそう答えた。
まだ配置が決まっていない自分達の小隊に応援を要請してきた。
「8の5に誘導が成功しました」
「よし、退路を断て、俺が首を取る」
その8の5という場所は袋小路になっていた。
崖の上から先に到着した別の小隊が交戦しているが話になっていない。
強い。
特に隊長格の男は別格だ。
一人で数人をまとめて相手をしている。
だが、涼しい顔ですぐに討ち取った。
「そこまでだ!」
ジェイドが、敵小隊に告げる。
「およ? ジェイドじゃん、アンタ、キサ王国の犬だったんだ?」
「ハイレゾか。他国の傭兵をしている奴に犬呼ばわりされたくないな」
ジェイドは隊長格の男と顔なじみのようだ。
だけど自分も見覚えがある。
キサ王国王都からカルテア王女を亡命させた時に途中で会った人だ。
「動かない方がいいぞ、最初の一射で確実に半分は殺れる」
崖の上から無数の鏃が敵小隊に向いている。
「ジェイドの隣の兄ちゃん、見覚えがあるし」
「ええ、王都テジンケリから王女が亡命した時に会いました」
「そうそう、気づいてるだろ? あの時、ワザと王女を逃がしたって」
「サオン、それは本当か?」
「はい、おそらく……」
軽薄さを服にして着て歩いているような男は、ニヤリと笑う。
ジェイドの質問に対して、当時の経緯を素直に答えた。
「なるほど……で、なんでそんな真似をした?」
「あん時は反王国派に雇われていたんだよね~」
反王国派から受けた依頼はカルテア王女の殺害。
だが、最初から依頼を遂行する気はなかったそうだ。
現国王がダメな人間でもカルテア王女がダメだとは限らない。
それにキサ王国は大陸の中でもっとも稼ぎやすい場所だそうだ。
そんな国が潰れてしまっては傭兵稼業に影響が出ると語る。
その証拠に今はレッドテラ軍に安い金で雇われているそうだ。
「金は出さんが降伏するか?」
「ああ、もちろん降伏するとも」
ジェイドの降伏勧告にあっさりと応じた。
「だって帝国の連中って頭がおかしいから、ここらが潮時だったし」
レッドテラ帝国は傭兵を軽く見る傾向にあるらしい。
罠が無数にある丘へ真っ先に突撃するよう命令を受けたそうだ
「それじゃあ、お前ら、武器を捨てて投降を」
「いや待て!」
ハイレゾが部下に指示しようと振り返ったところでジェイドが止めた。
「なに? やっぱり俺たちを殺っちゃうの?」
「いや違う。ひとついいことを思いついた」
ニヤリと笑うジェイド。
うーん、なんか絶対、悪いことを考えている顔だ。
その日の夕方まで丘を攻めあぐねた帝国軍は攻撃の手を止めた。
夜中に戦っても、低い位置に陣取っている以上、犠牲が増えるばかり。
明日の朝からふたたび丘の攻略をしようとしているのだろう。
深夜までサオン小隊は約半分の兵を交替して見張りをしていた。
夜中に急に騒がしくなる。
しばらくするとハイレゾ率いる傭兵隊が丘の上へあがって。
「よおハイレゾ! 首尾はどうだ?」
「バッチリ決まったさ、明日の朝が見ものだよ」
日中にジェイドとハイレゾの間で取り交わした密約。
それは、まだ帝国側のフリして食べ物に毒を混入するというもの。
小一時間前に帝国の野営地で騒がしくなった。
原因は毒。
食べ物に入れた毒は帝国の陣地で猛威を振るっていることだろう。
浮足立っているうちに逃げてきたという。
「もっと、万遍無く広げて、前線に動きが出たらすぐに開始しよう」
広くて浅い川を渡ってすぐのところで、ある仕掛けを施す。
三つ子の長兄ミカから聞かれて、すぐに返事をした。
サオン小隊以外は、そのまま前進を続けている。
だけど、こちらの準備にはだいぶ時間がかかる見込み。
そのため、他の隊の進む速度を少し遅くしてもらっている。
あまり遅すぎたら、左翼が狙われる可能性もある。
そうなっては不十分な戦果となってしまうので、大急ぎで仕上げていく。
──動いた!?
レッドテラ帝国が森の中から姿を現した。
それと同時に自軍右翼が進路を変え、全力でこちらに退却してくる。
ちなみに前回と陣形に変更点がある。
空から見たら円形だった陣形を先を尖らせて後方へ広げている。
楔撃の陣といって本来、先頭に精兵を配置して、敵陣を崩すのに用いられる。
だけど今回は……。
先頭に行くほど足の速い者を配置した。
その理由は、少しでも追いつかれないようにするための工夫。
平原にばら撒いた枯葉に、たいまつで火をつける。
どんどん燃え広がり、辺り一面、白い煙に包まれる。
煙がしっかり広がったところで自小隊も後方へ退却を始めた。
これが目くらましだと、帝国だって気づくだろう。
だけど、兵は躊躇してしまう。
どんなに檄を飛ばそうが、人は未知なるものに恐怖を感じる生き物。
白い煙の中へ間髪入れずに突入する自軍と手前で足踏みする敵軍。
矢は多少飛んでくるだろう。
だが、この僅かな時間稼ぎが、自軍の損害防止に大きく貢献した。
帝国軍が白い煙の中へ突撃する頃には自軍右翼は渡河を終えた。
大きな差をつけ、丘へと戻ってこれた。
ここからは、ジェイドたちと前もって決めていた経路で丘を登る。
退却しながら、罠を仕掛けていく。
罠は事前にジェイドたちが造ってあったもの。
横に避けてあったものを設置したり、罠の目印を取ってわからなくする。
これで、問題ない経路をひと目で看破するのは不可能となった。
丘の上に登り切ったところで布陣を始める。
丘の下では罠に嵌まった敵軍の兵士の悲鳴が聞こえている。
「ご報告します。罠を次々と突破している小隊がいます」
「よし、俺が行く。サオン、お前の小隊もついてきてくれ!」
「はい!」
報告に対してジェイドがそう答えた。
まだ配置が決まっていない自分達の小隊に応援を要請してきた。
「8の5に誘導が成功しました」
「よし、退路を断て、俺が首を取る」
その8の5という場所は袋小路になっていた。
崖の上から先に到着した別の小隊が交戦しているが話になっていない。
強い。
特に隊長格の男は別格だ。
一人で数人をまとめて相手をしている。
だが、涼しい顔ですぐに討ち取った。
「そこまでだ!」
ジェイドが、敵小隊に告げる。
「およ? ジェイドじゃん、アンタ、キサ王国の犬だったんだ?」
「ハイレゾか。他国の傭兵をしている奴に犬呼ばわりされたくないな」
ジェイドは隊長格の男と顔なじみのようだ。
だけど自分も見覚えがある。
キサ王国王都からカルテア王女を亡命させた時に途中で会った人だ。
「動かない方がいいぞ、最初の一射で確実に半分は殺れる」
崖の上から無数の鏃が敵小隊に向いている。
「ジェイドの隣の兄ちゃん、見覚えがあるし」
「ええ、王都テジンケリから王女が亡命した時に会いました」
「そうそう、気づいてるだろ? あの時、ワザと王女を逃がしたって」
「サオン、それは本当か?」
「はい、おそらく……」
軽薄さを服にして着て歩いているような男は、ニヤリと笑う。
ジェイドの質問に対して、当時の経緯を素直に答えた。
「なるほど……で、なんでそんな真似をした?」
「あん時は反王国派に雇われていたんだよね~」
反王国派から受けた依頼はカルテア王女の殺害。
だが、最初から依頼を遂行する気はなかったそうだ。
現国王がダメな人間でもカルテア王女がダメだとは限らない。
それにキサ王国は大陸の中でもっとも稼ぎやすい場所だそうだ。
そんな国が潰れてしまっては傭兵稼業に影響が出ると語る。
その証拠に今はレッドテラ軍に安い金で雇われているそうだ。
「金は出さんが降伏するか?」
「ああ、もちろん降伏するとも」
ジェイドの降伏勧告にあっさりと応じた。
「だって帝国の連中って頭がおかしいから、ここらが潮時だったし」
レッドテラ帝国は傭兵を軽く見る傾向にあるらしい。
罠が無数にある丘へ真っ先に突撃するよう命令を受けたそうだ
「それじゃあ、お前ら、武器を捨てて投降を」
「いや待て!」
ハイレゾが部下に指示しようと振り返ったところでジェイドが止めた。
「なに? やっぱり俺たちを殺っちゃうの?」
「いや違う。ひとついいことを思いついた」
ニヤリと笑うジェイド。
うーん、なんか絶対、悪いことを考えている顔だ。
その日の夕方まで丘を攻めあぐねた帝国軍は攻撃の手を止めた。
夜中に戦っても、低い位置に陣取っている以上、犠牲が増えるばかり。
明日の朝からふたたび丘の攻略をしようとしているのだろう。
深夜までサオン小隊は約半分の兵を交替して見張りをしていた。
夜中に急に騒がしくなる。
しばらくするとハイレゾ率いる傭兵隊が丘の上へあがって。
「よおハイレゾ! 首尾はどうだ?」
「バッチリ決まったさ、明日の朝が見ものだよ」
日中にジェイドとハイレゾの間で取り交わした密約。
それは、まだ帝国側のフリして食べ物に毒を混入するというもの。
小一時間前に帝国の野営地で騒がしくなった。
原因は毒。
食べ物に入れた毒は帝国の陣地で猛威を振るっていることだろう。
浮足立っているうちに逃げてきたという。
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