上 下
40 / 47

第40話

しおりを挟む


「多摩川沿いを湾岸に向かって救急車が爆走しちゃってるよー」

 飯塚楼が神籬専用の特殊無線で発信した。
 亜理紗を乗せた救急車が移動して約5分後。別の救急車が2台、雑居ビルへ到着したことで先ほどの救急車が偽物であったことが判明した。一郎はすこし遅れて亜理紗と同級生、来馬 鬨人くるま ときとが拉致されたことを聞かされた。

 一郎はその時、屋上で子役の男ふたりに対して、今回の一斉摘発の対象となっている外国人グループのどこと繋がっているのかを自白させようと脅しをかけている最中だった。

 他の者に任せて急いでビルの下へ降りている間に黒縁眼鏡に搭載された無線機能に意外な人物の声が聞こえた。

わんに任せて! 今どこにいるかわからんけど、近くみたい」
四七亀よんななかめです。私が運転してますので、ご心配なく」

 成底なりそこ凪とジェームス・シェイカー。
 沖縄支部のメンバーで二人とも、とても優秀な人物。

 3トンタイプのアルミバンをわざわざ沖縄から運んできたらしい。 その頑丈さもさることながら、1,000馬力に最大トルクが約2,500N・mという、もはや公道を走るF1カーと呼んでも差し支えないモンスターエンジンを積んでいる。
 
 沖縄は日本で唯一、米国のダンジョン庁の裏組織である黒牛ギルドBBG-Black Bison Guildとも技術協力を盛んに行っているため、あのような化け物マシンが生み出されたのだと思う。

 一郎が亜理紗救出のために偽装車両を出してもらおうと運転手へ依頼した。だが、運転手はダンジョン庁から派遣されている人間なので、上に確認を取らないと動けないなどと縦割り行政の悪いところを見せられ、内心苛立ちを覚えた。

「こんばんは」

 その直後に一郎へ声を掛けてきたのは東日本の怪物、京極梨泉の部下、李 錫永イ・ソクヨン

「これを使ってください」

 李が路側帯に停めてある軽トラックのカバーを外すと見覚えのある乗り物が積まれていた。

 ジェットボード。対馬で豪華客船へ乗り込むために使用した近未来の乗り物。最高時速は優に200キロを超えるので、これなら追いつくのは容易なはず。

「どうしてですか?」
「あなたが世界のことわりを変えうる大事件にかかわっているからです」

 こちらから今回は依頼していないのに協力してくれるのか純粋な疑問をぶつけた。それに対して李は戦後日本の黒幕……京極梨泉から預かった伝言があるそうだ。
 
「御前様からの依頼です」
「手短にお願いします」
のダンジョンコアを閉じなさい・・・・・、です」

 李錫永は京極梨泉からそれだけしか聞いておらず、詳しいことまでは把握していないという。だが、彼の想像では、その真のダンジョンコアなるものをクローズド処理しないと最悪、人類という種が地球上から消えてなくなるのではと話した。

 亜理紗を救出に向かおうとしているのになぜ世界の命運が絡んでくる? この疑問に対して京極は亜理紗がさらわれた場合、かつて飯塚楼がやろうとしていたように日本のダンジョン対犯罪組織で最も名の知れた厄介な相手、田中一郎の行動を封じようと動くに違いないと予想していたそうだ。一郎への人質として最も有効な人物……娘である亜理紗を混乱を乗じて狙ってくるだろうと予測していたそうだ。

「任務か、家庭か、再び選択を迫られたらどうします?」

 同じことを飯塚楼が亜理紗へ問いかけたことがある。
 亜理紗は両方という第3の答えを選んだ。李 錫永は娘を完全に人質として奪われた場合、最もたちが悪く意地汚い2択を求められる可能性について言及した。そうなりたくないなら今すぐ娘を奪い返せばいい、と彼は言う。

 一郎は、李が話したことを肝に銘じて全力で両方を成すためにジェットボードを借りることにした。





「あいッ!? あの救急車、トンネルに入った!」
「ちなみに東京ベイラインのことです」

 成底凪はアルミバンの情報通信室の中でモニターを見ながら神籬の無線を通じて状況について報告していた。しかし、説明があまりにも抽象的過ぎて無線を聞いている他の神籬のメンバーは救急車の正確な位置が彼女の話だけでは把握が困難だった。そのため、アルミバンを運転しているジェームス・シェイカーが彼女の説明を逐次、補足している。

「救急車って、あんなに飛ばしていいの?」
「ダメでしょうね。今、軽く150キロは出ています」

 アルミバンも覆面パトカー同様、反転式の赤色灯が搭載されている。赤色灯を焚いた救急車とそれを追うトラック。傍からみたらなんともシュールな絵面になっているに違いない。

 都内各地で、違法ダンジョンを一斉摘発した影響で都内の一般道路はいまだに大渋滞を引き起こしている。各高速道路も封鎖されていたため、幸い他に車が走っていない。

「飛び移るから横に並んで」
「そんな、無茶な!」

 150キロを超えるスピードで動いている乗り物同士の間を飛び移るのは無謀もいいところ。飛んだ瞬間、風の抵抗を受けて、失速して路面に叩きつけられるのは目に見えている。

「なんくるないん、じゃ行ってくる」

 アルミバンの左側の扉を開けた先に救急車の運転席がある。
 先ほど本部の分析班に最近入った元・凄腕のハッカーから情報をもらっていたが本当に運転席に人が乗っていない。

 自動運転なのか遠隔操作なのかはジェームスにはわからない。だがアルミバンをギリギリに寄せても左右にぶれたりしないため、凪にとっては好都合だった。

 神籬の装備の中には、靴と手袋に強磁力を発生させるものがある。凪はそれで救急車の運転席付近のドアに貼り付き、窓を破壊して運転席へと侵入した。

「でーじなってる……ブレーキが効かない!」
「子供たちは?」

 凪は背が低いため腰を伸ばして目いっぱいブレーキを奥まで踏み込んだが、まったくスピードが落ちる気配がない。エンジンを切ろうと鍵を差しているところに手を伸ばしてもそれらしきものが見当たらない……。

 ジェームスに言われて、救急車の後部へ行くと無線で聞いていた情報とだいぶ違っていた。中学生の男女のはず。おまけに女子の方はあの田中一郎の娘だと聞いていた。

 しかし。

「早く縄をほどけよ、このウスノロっ!」

 男子中学生の姿はなく代わりに冷たくなった男性が寝かされていた。どうみても堅気カタギの人間には見えない。ロープでぐるぐる巻きにされている女子の方は年齢こそ合っているものの、田中一郎の娘にしてはあまりにも下品すぎた。

 こちらへ罵声を浴びせ続ける小娘を眺めていた凪はいいことを思いついた。

「いだぁっ! な、なにするのよ、ぎゅぁっ!」
「いじゃーや、ぬーあびとーが?」

 あえて方言をキツめにしながら、無限デコピンで教育する。こういう愚か者フリムンは体に言い聞かせた方が一番てっとり早い。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

処理中です...