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海翔と朋 

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大怪我をして、野球の道が絶たれた海翔が寮に戻って来る頃には、テニス部不祥事に対するマスコミのしつこい訪問もほとんどなくなっていた。

新入学生で三年間この寮を利用するのは5人。

海翔が両親とともに退院して寮に帰ってきたのは入学式を数日後に控え、寮生たちが新生活に慣れてきた頃だった。

「中原くん、何時頃帰ってくるんですか?」
夕食の調理をしている犬飼の横に立ってその手元を見つめながら朋が尋ねると、犬飼は腕につけたままの腕時計にチラリと視線を移し、
「そろそろ帰ってきますよ」と答えた。

「そっか・・・」

朋はそう言うと、食堂に戻り、
「そろそろだって」と他の3人に伝えながら椅子に座り頬杖をついた。

犬飼が調理する手を止めて、そっと静かなままの食堂を覗くと、テーブルについているサッカー部の3人

三浦みうらりく
たちばな悠太ゆうた
古田ふるた雅也まさや

は、沈痛な面持ちで顔を見合わせていた。

どう接していいか分からない。
4人とも同じ気持ちだろう。
正直、犬飼も海翔にどう接したらいいのか、と戸惑っていた。


「寮で部活の話はしないんですね」
犬飼は一度、黒木が1人食堂のテーブルで食事をしている時に尋ねた事を思い出す。
「あぁ・・・・」
黒木は苦手なサラダを箸でつついている。
「ちゃんと食べて下さいよ」
「わかってるよ」
ムッとしたように答えると、黒木は箸で大きくそれを掴んで一気に口の中へ放り込んだ。
「だってさ・・・」
口を動かしながら黒木は言った。
「家帰っていちいち部活の話、しないじゃん?」
「そうですか?」
「そうだよ」
学生時代、彼らのように必死で部活をした記憶がない犬飼にはいまいちピンとこなかったが、ここを『家』だと言ってくれているようで少し嬉しくなったのを覚えている。



「いつも通りでいいんですよ」
犬飼は黙り込んだままの4人に向ってキッチンから声をかけた。
「いつも通りっていうのが難しいんだよ」
陸が不満そうに言う。
「無理に話さなくてもいいんじゃないですか?」
「え、それって気まずいじゃん」
と、朋の声が聞こえた。

犬飼はコトコトと音を立てていた鍋の火を消すと、重ねた皿を持って食堂へ出てテーブルにそれを並べながら。
「気まずい雰囲気になったら私がフォローしますから」と笑顔を見せると、その言葉を聞いた4人はようやくホッとした表情になった。

ちょうど夕食の準備が整った頃玄関のチャイムが鳴り、一瞬緊張した表情になった朋たちに笑顔で合図を送ると、犬飼は玄関で両親に付き添われて帰寮した海翔を出迎えた。

「海翔君、おかえり」

俯きがちに玄関先に立っている海翔の眼帯が痛々しくて犬飼は思わず手を握り締める

「あ・・・ただいま・・・」
「犬飼さん、色々ご迷惑をおかけしますが、今後ともどうぞよろしくお願いします」
海翔の父親が母親と共に深々と頭を下げると、海翔もそれに倣ってぎこちなく頭を下げた。
「いえいえ、そんな・・・頭を上げて下さい」
犬飼が慌ててそう言っても、なかなか頭を上げない2人に少し困った犬飼が明るい声で話題を変える。
「海翔くんと一緒に部屋に行きますか?」
犬飼が来客用のスリッパを用意しながら2人に尋ると「え・・・いえ・・・」と、母親が口ごもって父親の顔を見た。
「ちょうどこれから夕食ですが、ご一緒にいかがです?」
「そうしたいのは山々なんですが、仕事が立て込んでいまして・・・すぐ戻らないといけないんですよ・・・」
「そうですか・・・」

犬飼は残念そうに首を傾け、
「じゃぁ、海翔くんの荷物は僕はお預かりしますね・・・海翔君・・・」
と、海翔に上がるように促した。

「あの・・・じゃぁ・・・何かあったらいつでもご連絡下さい」
心細げに言った母親の目は少し潤んでいるように見える。怪我の完治を見届けないまま息子と離れるのは気掛かりで仕方ないはすだ。
「わかりました。大丈夫ですよ。ご心配なららずに」
犬飼が落ち着いた声でそう言うと、母親はホッとしたような顔で父親を見上げた。

「じゃぁ、海翔・・・頑張れよ」
「無理しないでね。ちゃんと連絡して」
海翔は伏目がちのまま、両親の言葉に、あぁ、と小さな声で頷く。
「それでは・・・」

交互にお辞儀をした後、海翔の両親が背を向けてバタンと玄関が閉まるのと同時に、海翔が大きなため息をついた。

「海翔君・・・大丈夫ですか?」
「え?」
「疲れてるんじゃないかと・・・」

犬飼が心配そうに海翔の顔を覗き込むと、

「・・・やっと解放された・・・」
海翔は顔をあげて犬飼に安堵の笑顔を見せた。
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