『砂漠のデカ』

篠崎俊樹

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『砂漠のデカ』

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「おい、気をつけろ。ホシはまだ、近くにいるぞ」
 俺の背後で、同じ新宿署の苅田巡査部長の声が聞こえる。揃って、新宿歌舞伎町の繁華街に、薬物関係のホシの摘発に来ていて、苅田は、何かに勘付いたようだった。この街は、まさに、砂漠さながらだ。今の季節、ちょうど四月という時季は、夜などが蒸し暑くなり、大抵の人間が、半そでや開襟シャツでいる。
「大野、お前、歌舞伎町のクラブドープルに行け。あそこに、今夜、雲竜会の連中が集まって、賭場が開帳される。奴らは、油断してるだろう。本庁の組対のデカたちも集まってくる。チャンスだ。一気に、あの組を潰しにかかるぞ」
 苅田が俺に指示して、ドープルでの雲竜会構成員の摘発を指示した。ここから店まで、大交差点を渡って、二十分ほどだ。辺りは夜の街で、新宿にも、ネオンが煌々とともっている。
 ちょうど、二〇二二年四月上旬のことで、内外だけでなく、国際情勢も悪かったが、日本国内にいる暴力団組織は、各地で賭場を開帳したり、カジノだけでなく、違法な手段で、いろんなものを売り買いしていた。今も昔も、この街の様相は変わらない。
 苅田は、腰に巻いたフォルスターに差している拳銃を手に取り、弾丸を装填する。俺たちは、新しい銃を使っていた。警察官も、昔の拳銃は、もう持ってない。俺も銃にフルに弾を込め、安全装置を外してから、そっと懐に忍ばせた。そのまま、交差点を突っ切って、ドープルへと向かう。
「大野さん」
「おう、小泉さん」
 警視庁組対五課の捜査員である、小泉研がいた。普段、小泉は、この街で、薬物関係の捜査を行っている。髪をオールバックに整え、清潔な格好をしているが、実際、相手する連中が、雲竜会のようなヤクザなので、常に身構えていた。小泉のわきには、同じ組対五課の捜査員である野添がいる。野添も、今は危ない場所に出るので、銃を一丁携帯していた。
 さっき、苅田が言ったホシというのは、実際、雲竜会の関係者のことを暗示していた。実際、俺たちの捜査対象は、現時点で、あの組の人間しかいない。ここ新宿の賭場を根城にして、金や薬物などを、派手に売り買いしている。途上国からの移民なども、タダ同然で買い叩いて、その手の市場に送り付ける。まさに、砂漠地帯での、闇のビジネスだ。
 俺は、自宅マンションが渋谷区内にあって、普段、地下鉄で通勤しているが、この街は、変わりつつある。全体が、大都会というものに相応しくなってきていて、今夜のような暑い夜に、賭場を一斉検挙すれば、一気に、組織を叩き潰せる。俺たち警察にとって、賭場開帳は、絶好のチャンスなのだ。
「小泉さん、行こうか?」
「ええ、行きましょう」
 俺の言葉に、小泉が応じ、野添も後に続く。すると、辺りにいた警視庁の私服警官が、続々と合流してきた。一気に、精鋭部隊完成だ。上下とも、スーツや私服など、格好はバラバラなのだが、皆、刑事だ。しかも、組対のデカたちだった。
 新宿の交差点を渡り切って、ネオンのともる繁華街を行く。ちょうど、午後十一時二十三分。ドープルで、雲竜会関係者の集う賭場が開帳される時間だ。獲物だ。一気に捕獲してやるぞと、皆思いながら、店の前に、集合する。
 ドープルの前に、女が一人立っていた。組対では、紅一点の太田沙由美警部補だ。沙由美は、スカートをはいて、私服姿でいる。さっきから、俺たち捜査班は、彼女に、店を見張らせていた。沙由美が、
「マル対、動き出しました。開帳時間です。一気に踏み込んでください」
 と、手元に付けている無線で、俺に指示を飛ばした。苅田が、
「出番だな。俺たちの」
 と言ってきたので、頷き、店のフロントから、中へと入った。店内は、酒とタバコで強烈な臭気が充満し、外国人の女も数名いる。雲竜会組長の、千歳将は、真正面の席にどっかりと座って、組員がカジノに手を染めるのを見ていた。
 小泉が、家宅捜索令状を一通取り出し、かざして、
「警視庁組織犯罪対策五課と、新宿署の合同捜査班だ。今から、店内を捜索する。いいな?」
 と言った。千歳が、
「ちょっと待ってくださいよ」
 と苅田や、他の捜査員に言ったので、小泉が指示して、
「身柄確保!一斉検挙!」
 と命令した。沙由美も、銃を構えた。組員が、
「お前、デカだったのか?」
 と、沙由美に言ったので、彼女が、
「そうよ。大人しくしたらどう?」
 と言って、荒手の構成員たちを取り押さえて、確保し始めた。実際、店内は乱闘騒ぎになる。俺が天井のライトに向かって、一発、威嚇射撃した。ライトが粉々に壊れて、ガラスが破損し、店内が真っ暗になる。雲竜会関係者は一目散に、逃げ始めた。俺たちは、そいつらを、片っ端から取り押さえて、手錠をかけた。これが仕事だ。実際、小泉も、野添も、汗だくになって動く。砂漠には、砂漠の生き方がある。砂の街は、かすむ。
 日付が一つ変わって、四月二十六日午前零時過ぎ。すべての構成員を確保し終えた俺たち捜査員は、警視庁へと凱旋した。辺りは、乾いている。こんな街で活躍するのは、俺たち裏堅気の人間たちだ。いや、俺たちは、堅気じゃない。裏堅気だ。
 新宿の街は、延々と灯りがともり続け、夜でも暗くない。小泉が、組対のフロアに入ると、五課長の伊藤が、
「お疲れさん」
 と言って、ねぎらった。対象は確保済みですと、捜査員たちが口にすると、辺りはヒートアップした。沙由美もいる。着ていた洋服を直して、ちゃんとした恰好をしていた。伊藤のわきにいた、課長補佐の香田が、
「今夜は、無礼講だ。お疲れさん」
 と言って、捜査員たちに、アルコール類を出す。砂漠で働いた後の、一杯は美味い。
 警視庁から見える外苑の方には、まだ、悪の根城が多数ある。俺たちの仕事は終わらない。また、終わるわけもない。ここは、眠らぬ街、東京なのだから……。
 沙由美の着ているスーツからは、香水の濃い香りが漂ってきた。これも、俺たちに言わせれば、裏堅気の人間たち特有の、匂いだと思う。また、この短い物語の最後に言っておくと、この闇の街には、そういった臭気が、芬々と漂っている。
                              (了)





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