382 / 386
蜜月
旦那様と愉快な仲間たち
しおりを挟む
そして放課後、また背中に飛び乗ってきそうなスバルを撒いて、今度は新館の食堂への道すがらで待ち伏せをする。一年がいると目立つので物陰に姿を隠しながら目的の人物を待っていると、割と全力で非常識な二人組がやって来た。
「雫、階段は終わった。もう下ろしていい」
「はい旦那様!」
バリアフリーと無縁の校内を闊歩する車椅子を抱えて走り回る執事もどきと寮長だ。豪快な運び方だが車椅子を地面に戻す時は慎重そのもので、オレはそのタイミングを逃さず声をかけた。
「雫、部屋に戻る」
「はい旦那様!」
寮長の言葉で再び車椅子を抱え回れ右をする執事もどき。オレの事は完全に無視で、少し慌てるが寮長が淡々と制してくれた。
「教室ではなく自室だ。夷川も同行する」
オレに対しては一言も頂けなかったが、同行は許可されていたので、執事もどきについて寮長たちの部屋へ向かう。旧館への道程は圏ガク内でも(車椅子にとって)トップクラスの険しさを誇るせいか、執事もどきは寮長を地面には置かず抱き抱えたままズンズン歩いた。正直あまりに目立つので少し距離を置いて歩こうとしたが、オレの同行を指示された忠実な使用人は遅れるオレを気遣って速度を落としやがるので、大人しく放課後にいらん注目を集めつつ寮長の後を付いて行く。
寮に帰っても出来る事は寝るくらいなので、放課後が始まって一時間くらいは寮内は閑散としている。誰もいない訳ではないが、二年のフロアに一年のオレが足を踏み入れるには丁度いい時間帯だ。
「夷川、扉を開けろ」
寮長の部屋の前まで来ると、執事もどきに顎で指図される。ちなみに車椅子はあれからずぅーと抱えられたままだ。階段があるから、どこかで下ろしてもすぐに持ち上げなければならないので、そのまま戻ってきたのだろうが、さすがにもう下ろしてやってもいいのではと思わなくもない。当の本人にとっては日常ならしく、寮長は目を瞑り涼しい顔をしているんだが。
「……失礼します」
一応の礼儀として断りを入れて扉を開けると、恐らく旧館で一二を争う程の荒れ果てた部屋が視界に……入らなかった。
「部屋、間違えてるんじゃないですか?」
思わず背後に聞いてしまったがオレの疑問は無視され、執事モドキは部屋へと寮長を運び込んだ。
改めて室内を不躾に眺めると、そこは真っ当な空間になっていた。冬休みの間に業者でも入っていたのだろうか、本来あるべき部屋よりも多分上等な状態で寮長の部屋は修繕されていた。剥がされていた壁紙は真新しく貼り直され、天井にあった無数の足跡は消え、壊れかけた照明はシンプルだが見るからに高価な代物に取り替えられている。窓にはしっかりとカーテンが、机や椅子も自前だと分かる代物が設置されていた。
以前見た時と変わりない部分は執事モドキが脱ぎ散らかしたであろう、部屋のあちこちに引っかかっている服と、床に転がるペットボトルくらいだ。
「雫、預けておいた物を出してくれ」
机の引き出しから高価そうなケースを手に取ると、その中からメガネを取り出した寮長はすっと見惚れてしまうような優雅な動作で装着した。メガネの良し悪しは分からないが、本人の鋭利な雰囲気を三割り増しにするようなメガネは寮長に似合っていると思った。
「はい、旦那様!」
しっかり視界を確保した寮長を阿呆みたく眺めている訳にはいかないが、一つ一つの所作が美しく魅入ってしまいそうになる。けれど、オレの意識を持っていってくれる物がもう一つ増えて、後ろめたい気持ちは霧散した。寮長の言葉に元気な声で返事した執事モドキが、いきなり服を脱ぎ捨てだしたのだ。豪快としか形容出来ない脱ぎっぷりにより部屋のあちこちに執事服が飛んでいく。
「一枚たりとも紛失しておりません。どうぞ、ご確認下さい!」
下まで脱ぐんじゃねぇだろうなと不安になったが、目的の物は執事モドキの腹巻きの中から出てきた。腹巻きから引き抜いた紙束を恭しく寮長に差し出すが、何故か寮長はオレの方に視線をやり「夷川に渡してやってくれ」と言った。
「手帳の写しだ。ここで読む事を許す」
寮長に許しを頂き、執事モドキから紙束を受け取る……生温かい紙はほんのり湿気ていて、つい指先だけで摘みたくなるが、視力を有する寮長が目の前にいるので出来なかった。気持ち悪さを押し殺し手帳の写しを確認すると、思っていた通り全く読めない古代文字のような文章が綴られていた。
「この机を使え。念の為、ここで預かっておくつもりだが、それはお前の物だ。書き込みたい事があれば自由にしろ。筆記用具やノートが必要なら、引き出しにある物を使っていい」
そう言うと寮長は、執事モドキを使って場所を譲ってくれた。遠慮なく机に向かうと、懐かしい感じがして苦笑する。勉強する為の環境が揃っているのを実感したのだ。普段使う机や椅子はガタガタと安定感がないのだが当たり前なので、こんな真っ当な椅子に座ると笑えてくる。
「雫、階段は終わった。もう下ろしていい」
「はい旦那様!」
バリアフリーと無縁の校内を闊歩する車椅子を抱えて走り回る執事もどきと寮長だ。豪快な運び方だが車椅子を地面に戻す時は慎重そのもので、オレはそのタイミングを逃さず声をかけた。
「雫、部屋に戻る」
「はい旦那様!」
寮長の言葉で再び車椅子を抱え回れ右をする執事もどき。オレの事は完全に無視で、少し慌てるが寮長が淡々と制してくれた。
「教室ではなく自室だ。夷川も同行する」
オレに対しては一言も頂けなかったが、同行は許可されていたので、執事もどきについて寮長たちの部屋へ向かう。旧館への道程は圏ガク内でも(車椅子にとって)トップクラスの険しさを誇るせいか、執事もどきは寮長を地面には置かず抱き抱えたままズンズン歩いた。正直あまりに目立つので少し距離を置いて歩こうとしたが、オレの同行を指示された忠実な使用人は遅れるオレを気遣って速度を落としやがるので、大人しく放課後にいらん注目を集めつつ寮長の後を付いて行く。
寮に帰っても出来る事は寝るくらいなので、放課後が始まって一時間くらいは寮内は閑散としている。誰もいない訳ではないが、二年のフロアに一年のオレが足を踏み入れるには丁度いい時間帯だ。
「夷川、扉を開けろ」
寮長の部屋の前まで来ると、執事もどきに顎で指図される。ちなみに車椅子はあれからずぅーと抱えられたままだ。階段があるから、どこかで下ろしてもすぐに持ち上げなければならないので、そのまま戻ってきたのだろうが、さすがにもう下ろしてやってもいいのではと思わなくもない。当の本人にとっては日常ならしく、寮長は目を瞑り涼しい顔をしているんだが。
「……失礼します」
一応の礼儀として断りを入れて扉を開けると、恐らく旧館で一二を争う程の荒れ果てた部屋が視界に……入らなかった。
「部屋、間違えてるんじゃないですか?」
思わず背後に聞いてしまったがオレの疑問は無視され、執事モドキは部屋へと寮長を運び込んだ。
改めて室内を不躾に眺めると、そこは真っ当な空間になっていた。冬休みの間に業者でも入っていたのだろうか、本来あるべき部屋よりも多分上等な状態で寮長の部屋は修繕されていた。剥がされていた壁紙は真新しく貼り直され、天井にあった無数の足跡は消え、壊れかけた照明はシンプルだが見るからに高価な代物に取り替えられている。窓にはしっかりとカーテンが、机や椅子も自前だと分かる代物が設置されていた。
以前見た時と変わりない部分は執事モドキが脱ぎ散らかしたであろう、部屋のあちこちに引っかかっている服と、床に転がるペットボトルくらいだ。
「雫、預けておいた物を出してくれ」
机の引き出しから高価そうなケースを手に取ると、その中からメガネを取り出した寮長はすっと見惚れてしまうような優雅な動作で装着した。メガネの良し悪しは分からないが、本人の鋭利な雰囲気を三割り増しにするようなメガネは寮長に似合っていると思った。
「はい、旦那様!」
しっかり視界を確保した寮長を阿呆みたく眺めている訳にはいかないが、一つ一つの所作が美しく魅入ってしまいそうになる。けれど、オレの意識を持っていってくれる物がもう一つ増えて、後ろめたい気持ちは霧散した。寮長の言葉に元気な声で返事した執事モドキが、いきなり服を脱ぎ捨てだしたのだ。豪快としか形容出来ない脱ぎっぷりにより部屋のあちこちに執事服が飛んでいく。
「一枚たりとも紛失しておりません。どうぞ、ご確認下さい!」
下まで脱ぐんじゃねぇだろうなと不安になったが、目的の物は執事モドキの腹巻きの中から出てきた。腹巻きから引き抜いた紙束を恭しく寮長に差し出すが、何故か寮長はオレの方に視線をやり「夷川に渡してやってくれ」と言った。
「手帳の写しだ。ここで読む事を許す」
寮長に許しを頂き、執事モドキから紙束を受け取る……生温かい紙はほんのり湿気ていて、つい指先だけで摘みたくなるが、視力を有する寮長が目の前にいるので出来なかった。気持ち悪さを押し殺し手帳の写しを確認すると、思っていた通り全く読めない古代文字のような文章が綴られていた。
「この机を使え。念の為、ここで預かっておくつもりだが、それはお前の物だ。書き込みたい事があれば自由にしろ。筆記用具やノートが必要なら、引き出しにある物を使っていい」
そう言うと寮長は、執事モドキを使って場所を譲ってくれた。遠慮なく机に向かうと、懐かしい感じがして苦笑する。勉強する為の環境が揃っているのを実感したのだ。普段使う机や椅子はガタガタと安定感がないのだが当たり前なので、こんな真っ当な椅子に座ると笑えてくる。
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
学校の脇の図書館
理科準備室
BL
図書係で本の好きな男の子の「ぼく」が授業中、学級文庫の本を貸し出している最中にうんこがしたくなります。でも学校でうんこするとからかわれるのが怖くて必死に我慢します。それで何とか終わりの会までは我慢できましたが、もう家までは我慢できそうもありません。そこで思いついたのは学校脇にある市立図書館でうんこすることでした。でも、学校と違って市立図書館には中高生のおにいさん・おねえさんやおじいさんなどいろいろな人が・・・・。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
悪役令息の兄には全てが視えている
翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」
駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。
大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。
そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?!
絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。
僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。
けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?!
これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる