圏ガク!!

はなッぱち

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蜜月

旦那様と愉快な仲間たち

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 そして放課後、また背中に飛び乗ってきそうなスバルを撒いて、今度は新館の食堂への道すがらで待ち伏せをする。一年がいると目立つので物陰に姿を隠しながら目的の人物を待っていると、割と全力で非常識な二人組がやって来た。

「雫、階段は終わった。もう下ろしていい」

「はい旦那様!」

 バリアフリーと無縁の校内を闊歩する車椅子を抱えて走り回る執事もどきと寮長だ。豪快な運び方だが車椅子を地面に戻す時は慎重そのもので、オレはそのタイミングを逃さず声をかけた。

「雫、部屋に戻る」

「はい旦那様!」

 寮長の言葉で再び車椅子を抱え回れ右をする執事もどき。オレの事は完全に無視で、少し慌てるが寮長が淡々と制してくれた。

「教室ではなく自室だ。夷川も同行する」

 オレに対しては一言も頂けなかったが、同行は許可されていたので、執事もどきについて寮長たちの部屋へ向かう。旧館への道程は圏ガク内でも(車椅子にとって)トップクラスの険しさを誇るせいか、執事もどきは寮長を地面には置かず抱き抱えたままズンズン歩いた。正直あまりに目立つので少し距離を置いて歩こうとしたが、オレの同行を指示された忠実な使用人は遅れるオレを気遣って速度を落としやがるので、大人しく放課後にいらん注目を集めつつ寮長の後を付いて行く。

 寮に帰っても出来る事は寝るくらいなので、放課後が始まって一時間くらいは寮内は閑散としている。誰もいない訳ではないが、二年のフロアに一年のオレが足を踏み入れるには丁度いい時間帯だ。

「夷川、扉を開けろ」

 寮長の部屋の前まで来ると、執事もどきに顎で指図される。ちなみに車椅子はあれからずぅーと抱えられたままだ。階段があるから、どこかで下ろしてもすぐに持ち上げなければならないので、そのまま戻ってきたのだろうが、さすがにもう下ろしてやってもいいのではと思わなくもない。当の本人にとっては日常ならしく、寮長は目を瞑り涼しい顔をしているんだが。

「……失礼します」

 一応の礼儀として断りを入れて扉を開けると、恐らく旧館で一二を争う程の荒れ果てた部屋が視界に……入らなかった。

「部屋、間違えてるんじゃないですか?」

 思わず背後に聞いてしまったがオレの疑問は無視され、執事モドキは部屋へと寮長を運び込んだ。

 改めて室内を不躾に眺めると、そこは真っ当な空間になっていた。冬休みの間に業者でも入っていたのだろうか、本来あるべき部屋よりも多分上等な状態で寮長の部屋は修繕されていた。剥がされていた壁紙は真新しく貼り直され、天井にあった無数の足跡は消え、壊れかけた照明はシンプルだが見るからに高価な代物に取り替えられている。窓にはしっかりとカーテンが、机や椅子も自前だと分かる代物が設置されていた。

 以前見た時と変わりない部分は執事モドキが脱ぎ散らかしたであろう、部屋のあちこちに引っかかっている服と、床に転がるペットボトルくらいだ。

「雫、預けておいた物を出してくれ」

 机の引き出しから高価そうなケースを手に取ると、その中からメガネを取り出した寮長はすっと見惚れてしまうような優雅な動作で装着した。メガネの良し悪しは分からないが、本人の鋭利な雰囲気を三割り増しにするようなメガネは寮長に似合っていると思った。

「はい、旦那様!」

 しっかり視界を確保した寮長を阿呆みたく眺めている訳にはいかないが、一つ一つの所作が美しく魅入ってしまいそうになる。けれど、オレの意識を持っていってくれる物がもう一つ増えて、後ろめたい気持ちは霧散した。寮長の言葉に元気な声で返事した執事モドキが、いきなり服を脱ぎ捨てだしたのだ。豪快としか形容出来ない脱ぎっぷりにより部屋のあちこちに執事服が飛んでいく。

「一枚たりとも紛失しておりません。どうぞ、ご確認下さい!」

 下まで脱ぐんじゃねぇだろうなと不安になったが、目的の物は執事モドキの腹巻きの中から出てきた。腹巻きから引き抜いた紙束を恭しく寮長に差し出すが、何故か寮長はオレの方に視線をやり「夷川に渡してやってくれ」と言った。

「手帳の写しだ。ここで読む事を許す」

 寮長に許しを頂き、執事モドキから紙束を受け取る……生温かい紙はほんのり湿気ていて、つい指先だけで摘みたくなるが、視力を有する寮長が目の前にいるので出来なかった。気持ち悪さを押し殺し手帳の写しを確認すると、思っていた通り全く読めない古代文字のような文章が綴られていた。

「この机を使え。念の為、ここで預かっておくつもりだが、それはお前の物だ。書き込みたい事があれば自由にしろ。筆記用具やノートが必要なら、引き出しにある物を使っていい」

 そう言うと寮長は、執事モドキを使って場所を譲ってくれた。遠慮なく机に向かうと、懐かしい感じがして苦笑する。勉強する為の環境が揃っているのを実感したのだ。普段使う机や椅子はガタガタと安定感がないのだが当たり前なので、こんな真っ当な椅子に座ると笑えてくる。
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