圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み

けんか日和

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「大変だったなぁ。じゃあ……これは頑張ったご褒美だ」

 昼食が終わって自習が始まるまでの短い休憩時間。午前中に見た地獄を散々愚痴ると、先輩はオレと小吉さんに飴玉を一つずつくれた。でっかいビー玉のような食い応えのある飴を口に放り込み、蚊に噛まれた腕をバリバリと掻きながら、改めて小吉さんの偉大さに溜め息を吐く。

 窓ガラスはオレが考える以上に高価な物らしく、その代金が上乗せされた仕事はただごとではなかった。他の一年と一緒にやらされた空き地の草刈りに何度戻りたいと思った事か。

 廃墟としか思えない家、それも田舎特有なのか、無駄に敷地が広いという最低な条件の仕事場に案内されたオレたちは、住人(偏屈なジジイ)に嫌味を言われつつ全容を把握する為に草取りから始めたのだが、一緒に来ていたヘルパーの人が買い物に出るなり「金がなくなっとる! お前ら盗りおったな!」と無茶苦茶な絡み方をされた。

 暑さと疲れで朦朧としている所に、労いの言葉どころか、言い掛かりをつけられ、つい言い返してしまい、そのせいで完全にオレがしみったれたジジイの年金を盗った事にされてしまったのだ。

 返せと掴み掛かって来るジジイに「いい加減にしろ」と怒鳴り返しそうになった時、小吉さんが「夷川は盗んでいません」とオレらの間に入ってくれた。ゴミを投げつけられ訳の分からない罵倒をされながらも、小吉さんは年寄り相手に本気でキレかけるオレを押さえ「夷川はそんな悪い奴ではないです」と言い続けてくれた。

 大騒ぎを聞きつけ戻って来たヘルパーの人に事情を話すと、家の中から封筒に入った現金を持って来て「誰も盗ったりしてませんよ」とジジイを納得させてくれたのだが、誤解だったのに謝罪の一言もない奴の庭を掃除するのは精神的にもきつかった。

 もちろん一日でそれが終わるはずもなく、明日も同じ家に行かなければならない訳だが、うんざりするオレとは違い、小吉さんは元気よく「明日もよろしくお願いします」とジジイに挨拶をして公民館へ帰って来ていた。

「オレ、明日もあのジジイと顔合わすの嫌だな」

 心の底から思う紛れもない本心を口にすると、小吉さんは「大丈夫だ」と笑う。

「あのじいちゃん、明日には全部忘れてるよ。それに明日は村主さんが同行してくれるらしいし、なんにも心配ないんだぞ」

「小吉が一緒ならセイシュンも頑張れるよな?」

 小吉さんの言葉に先輩が援護射撃を行った。飴の甘さが霞んでしまう先輩の甘さに「別に行かないとは言ってない」と返事をして、顔を隠すように机に伏せった。机の下で先輩の足をちょっと蹴ってやると、トントンと返事するみたいに軽く爪先を当ててくる。人からは見えない所でのやりとりに、隣に小吉さんがいるというのに悶えてしまい当分は顔を上げられなくなってしまった。

 午前中に不足していた先輩を補充し終えた午後。自習に当てられる時間は一緒だと思い込んでいたのに、なんと先輩は一人だけ別室という特別待遇だった。

 引率の野村曰く「三年の金城が、お前ら一年と一緒に夏休みの宿題やってたら可笑しいだろうが」との事。普通ならば高三の夏休みはひたすら受験勉強が当たり前だろうし、その理屈はもっともだが、進学はしないと言っていた先輩にその配慮は必要だろうか。

 まあ、あの時はまだ決まっていなくて、もしかしたら進学する気になったのかもしれない。もしそれが本当なら、現状は遊んでいる時間が長すぎて心配になった。

 オレは疲れた体に鞭を打ち、全力で残っていた課題を片付け、腹が痛いと言って仮病を使い部屋を出る。先輩がどの部屋で勉強しているのか分からず、とりあえず手当たり次第に部屋を覗いていくと、いざという時に言い訳しやすい便所に一番近い会議室でその姿を見つけた。

「おいコラ、寝るな受験生!」

 自習室に響かないようソロリと扉を開け部屋の中に滑り込み、気持ちよさそうに舟を漕いでいた大きな背中を怒鳴りつけてやった。

「んぁ? せ、セイシュン? なんでここにいるんだ?」

 涎まで垂らしていたのか、慌てて口元を拭いながら先輩が振り返ってオレを見る。

「集中出来るようにって、個室与えて貰ってんだろ。昼寝する為じゃねーからな」

 隣の椅子を引っ張り出して座ると、照れ臭そうに笑いながら「風が気持ちよくて、ついウトウトしちまった」と先輩は正直にサボりを申告した。

「まさかお前も昼寝に来たのか?」

 先輩が言う通り、ちょうど風の通り道になっているようで気持ちがいい。その上、誰もいないのでとても静かだ。確かに昼寝には持ってこいの環境だが、自習を抜け出して来たのは当然その為じゃあない。

「先輩に聞きたい事があって、ちょっと寄っただけだよ。あのさ……その、受験ってか、その……進学するって決めたの?」

 オレの質問に先輩はきょとんとした顔を見せた。

「んーお前には話したような気がするんだが、まあいいか。俺は進学しないし、受験もしないよ」

 その言葉に少し安心したが、先輩の前に広げられている課題に目を向けて、最悪の可能性が頭を過ぎる。

「でも、これ、何かの過去問じゃん。そういう嘘は止めろよ。オレ、別に先輩が一緒じゃなくても平気だから、ちゃんと勉強に時間使って欲しい」

 オレが一緒にいたいってワガママ言うから、先輩は一番大事にしないといけない事に集中出来ないとか……自分が先輩の負担になっているのだと、頭では分かっていても心が追いつかない。酷い棒読みの台詞は、何一つ気持ちを込める事が出来なかった。

「カコモンってなんだ?」

 精一杯の誠意を言葉だけでもと捻り出したが、その部分はスルーして先輩は冗談のような疑問を寄越した。机に広げられたプリントの内容にしっかり去年出題された旨が記されている事を教えてやると、本当に分かっていなかったのか「そうなのか」と妙な顔を見せる。

「ん……でも、これがどっかの試験内容だったとしても、別に関係ないよ。ただの夏休みの宿題だしな。本当に受験も進学も俺には関係ない事だから、セイシュンは心配しなくて大丈夫だ」

 嘘なら見抜いてやるとジッと先輩を見つめるが、オレの目が頼りないだけか、どうにも本当の事を言っているように思えた。それにオレが側にいても大丈夫なんだと安堵すればいいのに、胸中を占めるのは曖昧な不安とでも言うのか、黒いモヤのようなモノだった。

「なんで進学しないんだよ、就職もする気ないんだろ。だったら、行ける学校探して進学すればいいじゃん」

 自分の口から出た責めるような声に驚いたが、それでも止められなかった。

「卒業した後の事もちょっとは考えろよ。なんか、先輩の言い方むかつくんだよ。関係ないって、関係ない訳ねぇじゃん。てめぇの事だろ」

「ちゃんと先の事も考えろよ。進学だけが全てだとは思わないけど……先輩、真面目に授業受けてるって言ってたじゃん。今からでも頑張れば間に合うよ……大変かもしんないけど」

 生意気を通り越したオレの言葉を先輩は黙って聞いてくれた。別に本気で進学を勧めたい訳じゃあない。ただ、先輩の言い方がとにかく嫌だった。卒業した先なんて、自分には何もない……そう言っているような気がして。

「……セイシュンは進学するのか?」

 なんでオレの話になるんだ。怒鳴りそうになったが飲み込む。

「まだ……分からない」

「そうだよな、高校も春に入学したばっかりだもんな。色々とゆっくり考える時間だけは山ほどあるから、しっかり悩めばいいよ」

「オレの希望なんて関係ないし。親が行けって言うなら行くしかないだろ……何も言われなかったら、その時はその時で考えればいいし……てか、今オレの話なんかどうでもいいだろ。先輩は……どうするのかって、ちゃんと考えて欲しいってそういう話で」

 自分の事を口に出すと、さっきまでの勢いなんてすぐに形をなくし、オレは黙って床を睨み付けた。何も考えず口にしてしまった答えのせいで、顔が燃えるように熱い。

「俺は一応……考えてはいる。セイシュンが思っているような形ではないけどな」

 聞こえてくる先輩の声に「そっか」と軽く相槌を打つ。けれど、先輩の声はどこまでも空っぽで「だから、お前は心配しなくていい」という言葉には頷く事さえ出来ず、黙って部屋を出た。

 先輩が何を考えているのかなんて、全く分からなかった。当たり前だ。

 何を今更だ。それでも、その自覚は自分を打ちのめすのには十分だった。

 オレが先輩の事で知っているのは、鰻が好物で甘い物が苦手な事くらい。髭の番長が好きで変態の会長を嫌ってる事くらい。

「オレ……先輩の事、なにも知らないんだ」

 普通に泣けるのなら、きっと号泣するくらいの激しい感情が、胸の中を渦巻いていた。けれど、試しに目元を擦ってみたが、涙の一滴も出ていなかった。乾いたままの感情に触れて、胸の中が嘘のように凪いだ。

 静まった感情は、イコールで冷静という訳ではないのだろう。知らず奥歯を噛みしめている自分に気付いて、先輩のいる部屋へは戻らず、自習室へと足を向けた。

 戻ったオレを見て野村や小吉さんが、しきりに大丈夫かと聞いてきたので、多分かなり酷い顔をしているのだと思う。休んでいろと言われたが、この鬱陶しい気持ちを紛らわせたくて、明日の分の課題を要求して黙々とこなした。

 帰校する時間が近づき、先輩が合流してからも、オレのテンションは元に戻らず、一言も言葉を交わさない二人に挟まれ、小吉さんは一人オロオロしていた。

 言いたい事だけ言って謝りもしないオレに怒っているのか呆れているのか、先輩もひたすら黙り続け、その日の夕食はオレらの空気に感化されたらしく、山センすら黙って自分の弁当にだけ箸をつけた。

「夷川、なんか変だぞお前。金城先輩に何かしたのか?」

 そんな調子で一人風呂に入る先輩を待つ事なんて出来るはずもなく、オレは冷蔵庫に戻る山センたちに同行していたのだが、道中に我慢の限界だと言いたげな小吉さんに詰め寄られる。

「別に……なんもねぇし」

 あの部屋でのやり取りを思い出すのが嫌で、小吉さんには関係ないだろと牽制するように低めの声で答えると、稲継先輩が横から口を挟んできた。

「ほっとけそんなもん。犬も食わねぇぞ」

 道端のゲロを見る目を向けられ、そんなんじゃねーよとちょっと語尾に売り言葉を付けて言い返してしまう。即座に人の襟ぐりを掴み上げ、恫喝してくる稲継先輩に負けじと吠え返せば、またも両成敗的な山センの番長パンチが脇腹に容赦なく突き刺さった。

「面白い話なら聞かせろ。そうでもないなら黙っとけ」

 得意げに鼻を鳴らし山センがそう言ったので、オレは口を閉じ黙って答えを示す。山センが満足そうに頷くのを見届けると、稲継先輩はチッと舌打ちしながら、オレを廊下に投げ捨てた。
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