圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み

快気祝い?

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「寒いな……なんだこの温度は」

 扉を開くなり溢れ出てくる冷気に、先輩は当然の反応を示した。そして迷う事なく壁に向かい、エアコンを操作し始める。この部屋を冷蔵庫に開拓したのは山センなのだろう、ぎゃーぎゃーと先輩に食ってかかり出したので、オレらが得た平穏の影で犠牲になった矢野君の姿を探す。

「あれ、そんで矢野君はどこだよ?」

 快気祝いイコール酒盛りのようで、山センに命令されたのか、一人せっせとアルコールと乾き物を用意している小吉さんに声をかけると、部屋の隅を指さして教えてくれたのだが、そこにはオレが先輩の部屋から持ち込んだ毛布や他の連中が使っていた布団が積まれているだけで、パッと見、矢野君の姿はない。

 まさかと思い、寝具の山にそろりと近づき、一枚、一枚と剥いていくと中から、ガタガタ震えながら眠る酷くやつれた矢野君が姿を現した。

「矢野君! 大丈夫かよ! てか、快気祝いとか言って全く回復してねぇじゃん!」

 側に置かれた今日の夕食である弁当箱を開けてみると、何一つ箸すら付けられてもいない。意識があるのか分からない虚ろな目がこちらを視界に入れると、何か言おうとして口を数度パクパクさせたのだが、諦めたのかオレが剥いだ布団を元に戻そうと緩慢な動作で手を伸ばした。

 そのあまりの痛々しい姿が見るに堪えず、布団を元に戻す手伝いをして、矢野君の視界を塞ぎ、弁当の中にあったミートボールを口に放り込む。

 うん、美味しい。夕食の時はロクに味わって食えなかったが、今はその味に自然と舌鼓を打てる。きっとこの様子では、矢野君に弁当を完食させるのは難しいに違いない。ならば後輩として、手というか口を貸すのはやぶさかではないのだ。こっそり弁当を抱え込み、矢野君の看病をしているような雰囲気を背中で出しつつ箸を手にする。

「……いただきます」

「いただきます、じゃないだろ」

 手を合わせたと同時に、脳天に強烈な一発が叩き込まれた。オレの食欲に呆れたらしい声の主は、ひょいと遠慮の塊である弁当を取り上げる。

「手ぇ早すぎだろ、なんでいきなり殴るんだよ」

「セイシュンはちゃんと自分の分を食べただろ。人のを勝手に食ったら駄目だ」

「矢野君がいいって言ったから、勝手じゃねーし」

 正確には言われていないのだが、矢野君のあの虚ろな目は確かに「弁当、もったいないから食ってくれ」とオレに訴えかけていたのだ。疑いの目を向けてくる先輩は、問題の矢野君を探しているのか、その場できょろきょろし始めたので、布団の山を指して居場所を教えてやると深い溜め息を吐いた。

「まさか、快気祝いだと騒いでいるのに、当の本人は寝込んでいるのか?」

 オレがしたのと同じく、布団を剥いで当の本人を発掘した先輩は、気の毒そうな顔で布団を元に戻し、弁当を(部屋にある本物の)冷蔵庫にしまい、小吉さんに並べ立てたアルコールを片づけるように言い渡した。

「寝込んでいる奴の側でどんちゃん騒ぎやるつもりか? セイシュンと稲継は明日に備えて早く寝ろ。あと山本、エアコンの温度設定をいじるな」

 先輩が常識的な温度に変更してくれたエアコンは、オレらに一通り注意している間に、再び勢いよく冷風を吹き出し始めていた。ガタガタと矢野君が震えているのを見た先輩は、山センの抗議など全て無視してエアコンを容赦なく切ったが「室温が二十度以上になったら死ぬぅー」と阿呆な事を抜かす奴を放置して部屋へ戻れるはずもなく、その日はオレらも冷蔵庫で寝る事になってしまった。

 隙あらばエアコンを操作しようとする山センを見張る為、先輩は冷蔵庫を離れられず、オレは一人で自分たちの布団を調達しに部屋へ戻る。小吉さんが手伝いを申し出てくれたが、布団と言っても夏布団、一人で十分だと断った。

 冷蔵庫の中で、騒いでいるオレたちには混じらず、先輩への最低限の礼儀だけを見せ、一心不乱に読書に文字通り打ち込んでいた稲っちの姿を思い出して溜め息を吐く。

 本なんてまともに読んだ事のない稲継先輩にとっては、苦行以外のなんでもない行為だろうに、女神との話題作りにと必死な姿は神々しくさえ思える。今のオレにとっては。

「オレ、何しよーとしたんだろ」

 山センのおかげ、いや、山センのせいで、有耶無耶になったけど、本当に何を考えているのか、自分で自分が分からなくなる。あぁ、分からないって、すっげぇ便利な言い訳だな。それで許されるなら、誰も何も悩まねぇよな。

 オレは先輩を襲おうとしたんだ。先輩の、誰にも見せない部分を見せて貰えて、嬉しいとかそういうの飛び越えて、触れていいと言われて、先輩に触っていいと許されて、一瞬で欲情した。

「…………うまく、いくはずねぇよな。冗談だと思われるのがオチだ」

 口に出して、自分の考えの甘さに反吐が出た。冗談でしゃぶりついてくる奴がいるとして、それを笑って許してくれる人なんていないだろう。相手が好きな奴だったら話は別だろうけど……。

「自意識過剰すぎてキモい」

 先輩の部屋に戻り、扉に鍵をかけると、空しい笑い声が響いた。先輩に嫌われていない、その自信がどんどん増していく。「嫌われていない」なんて謙虚な言い方出来ないくらい。

「先輩もオレの事、好きだよな……絶対、だって……そりゃ、好きじゃなきゃ、しないよ。オレの阿呆みたいなワガママに付き合ったり、夏休みにこんな山奥の何もない学校に戻ってきたり……絶対しない」

 でも、もし、そんなんじゃあなかったら?
 先輩にそんな気がまるでなかったら……考えただけで、全身から血の気が引く。立っていられず、自分の布団に倒れ込んだ。こんなんじゃあ駄目だ。話にならない。

「別に今すぐヤらなきゃ死ぬって訳でもないしな……焦る事なんてねぇよな、うん」

 一瞬で頭の中を塗り替えた『もし』から始まる結果に、冷や汗が止まらなくなる。自分が何をしたのか……思い知る。先輩にいきなりしゃぶりつくなんて、どうかしてた。あの状況で、あのまま流されてたら、なんの言い訳も出来ずに終わるところだった。甘く考えるのは危険だ。なんせ、オレらは男同士だからな。

「マジ笑える……なんだよ、男同士だからって」

 そんなハードルとっくに飛び越えたと思っていたのに、オレが飛び越えたのは単純にオレ自身が先輩を好きだと自覚した程度のモノだったのだ。先輩は、先輩の気持ちは、もっとずっと先にある。その前にあるハードルを飛び越える度胸を今のオレは持ち合わせていなかった。

 稲継先輩を見習って地道に好感度を上げるしかないかな。苦笑しか出なかったが、今のオレにはそれが精一杯で、人並みだと思うが夏の暑さのせいか旺盛さに磨きのかかった欲求と正面からやり合う覚悟を決め、布団を抱えて冷蔵庫へと、惚れた奴の元へ帰ろうと腰を上げる。

「さっきの事、どう言い訳すっかなぁ」

 傷痕に吸い付いた件を誤魔化せる上手い言い訳が見当たらず、頭を悩ませながら部屋を出たが、先輩は何も言わないだろうと何故か確信があったので、寄り道などせずに真っ直ぐに今日の寝床へと戻った。

 その日はもちろん、それ以降も、オレの予想は当たり、先輩は何も言っては来なかった。けれど、本当だったら有り難いはずの先輩の態度は『もし』の気配を濃く滲ませ、見て見ぬ振りの出来ない不安をオレの中に芽吹かせるには十分だった。
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