97 / 386
圏ガクの夏休み
残留二年事情
しおりを挟む
冷蔵庫に戻って行った小吉先輩の背中を見送り、先輩の部屋へと帰ってくると、昨日は感じなかった先輩の匂い……なんだろうか、先輩が一緒にいてくれる時の安心感がオレの中に広がった。相変わらず中は悲惨で、香月たちに荒らされたままなのだが、改めて眺めると自分が垂らした血痕が、一番部屋を汚している事に気付いてしまった。
安心感と敗北感で、つい広げたままの、オレの鼻血がたんまり染みこんだ布団にダイブする。鼻血の被害に遭わずに済んだ枕を抱え、二度寝の誘惑に身を任せそうになったが、布団に横になったまま、自分の荷物を引き寄せ中身を漁った。グシャリと無造作に掴んだプリントを引っ張り出し、軽く読み流した内容をしっかりと読み直す。
具体的に山を下りて何をするのか、全く説明はなかった。書かれてある内容は『働かざる者食うべからず』という文言ばかり。唯一具体的な一文は『旧館の食堂に午前四時半に集合』だった。そして、その横に太文字で強調するよう『強制に非ず』という圏ガクらしからぬ言葉。
「別に奉仕労働は参加しなくてもいいって事か?」
金にもならない文字通り無償労働に好きこのんで行く奴なんているのだろうか? いいや、まずいないだろう。何をさせられるのか分からないから余計だが、オレだって正直そんな所に行きたくはなかった。
このまま、先輩の布団でゆっくり寝直したい。重たくなる瞼に任せて目を瞑ると、一瞬で意識が落ちていくのが分かった。フッと体の力が抜けた瞬間……オレは覚醒した。体温が一気に上昇したような感覚の後、ブワッと汗が噴き出してきた。
昨日、この場所で遭った事を思い出してしまったのだ。風呂に入っていないせいで、香月の汗まで自分の肌に纏わり付いているように思えて、今更ながら鳥肌が立つ。
小吉先輩に頼んで、二年の入浴時間に一緒させてもらおう。今日こそは、ちゃんと風呂に入る! 自分にそう言い聞かせ、今は服を丸ごと着替えるだけにとどめた。
集合時間には少し早いが、身支度を整え、小吉先輩に行ってくると一言伝える為に冷蔵庫へ戻ると、何をする気なのか、出掛ける準備を完了した先輩が出迎えてくれた。
「え、小吉先輩も一緒に行くんですか?」
当然のように廊下へ出て来た小吉先輩に、そう聞いてみると、何故か眉間に深々と皺を刻まれてしまった。
「あのさ、それ、おれ苦手かも」
何を指して苦手なのか分からず、オレが戸惑っていると、小吉先輩は眉を下げながら気まずそうに笑う。
「その『先輩』ってのと、ちょっと畏まった喋り方っつーか……おれ、別にタメ口でも怒ったりしないから、ふつーにしててくれよ。なんか落ち着かないんだ。ふつーに呼び捨てでいいからさ」
頭を掻きながら、申し訳なさそうに視線を向けて来る小吉先輩。けれど、望まれたからと言って、先輩を呼び捨てはマズイ。
「じゃあ小吉さんって呼んでもいい……かな?」
よっぽどオレに先輩呼びされるのが、心地悪かったらしい。そう提案すると、満面の笑みで頷いてくれた。
「おれも毎日、朝から山下りるつもりだ。山センたち部活組は昼便で来るんだけど、おれは部活と労働が似たようなモンだからさ、どうせなら朝から参加しようかなって思ってな」
食堂へ向かう道すがら、オレはどうして小吉さんも奉仕労働に参加するのか聞いてみた。他の二年は、まだ冷蔵庫で高鼾だ。恐らく二年に奉仕労働は課せられていない。
「二年で残ってるおれたちは、一応みんな部活動の為って事になっててな……まあ、山センや矢野は部活って言っていいのかわかんねーけど。おれは園芸部で、稲っちは文芸部に入っているんだ」
「文芸部……って、あの本読んだりするイメージのある文芸部?」
武芸部の間違いじゃないかと、武芸部なんて名前の部活動があるかも定かじゃないが、つい話の腰を折ってしまった。確かに真面目そうというか、誠実というか、なんか真っ直ぐな雰囲気のある稲継先輩だが、読書してる姿は想像するのも難しい。それならまだ、馬に乗って弓でも射ている姿の方がしっくりくる。てか、圏ガクには文化系の部活って存在しないんじゃあなかったか?
「あはは、まあな。文芸部も園芸部も部員一人だから、正式な部じゃないかもな。でも侮るなよ。ちゃんと顧問の先生も居るんだぞ」
文芸部は図書室の司書が、園芸部はなんとオレの担任が顧問をしているらしい。
「文芸部って何してんだろ?」
つい疑問が口に出てしまうと、小吉さんは少し困ったように笑って「稲っちに興味津々だな」と言った。
「おれも普段何をやってるのかは、詳しく知らないけど……別に本読むのが好きって訳じゃないと思うぞ」
本が好きじゃないなら、どうしてわざわざ文芸部に所属しているんだろう? オレが首を傾げていると、小吉さんはちょっと俗っぽい顔で「これだ、これ」と自分の小指をピンと立てて見せる。
「圏ガクの女神を待ってるんだ」
思わずオウム返しに、その胡散臭い単語を呟いてしまった。
「そ、圏ガクの伝説の一つだ。夏と冬、この学校で過ごすと、この世の者とは思えない正に女神としか形容出来ない女と出会えるってな」
暑さで頭がどうにかなった奴の妄言にしか聞こえない伝説だな。幽霊とか妖怪みたいな感じなんだろうか。その女神が図書室に現れる……とか?
「そうそう。ん? 違う違う、じゃなくて、ふつーの女の人だよ。いや……アレはふつーじゃないな。女神と讃えられるだけあるな。うん」
一人納得して頷いている小吉さんは、オレのジト目に気付き、慌てて説明を付け加えてくれた。
「妖怪とかじゃないけど、ふつーじゃないんだ。まあ見れば分かるよ。夏休みとか冬休みにここの司書の先生を訪ねて来るんだ。だから、お前の目でそこは確かめてくれ、圏ガクの女神と呼ばれる姿をな」
「その人が目当てで稲継先輩は文芸部に入っていて、尚且つ残留してるって事?」
そういうこと! と笑う小吉さん。そうか、稲継先輩は女目当てで残留してるのか。なんか勝手に硬派な印象を持っていたので、失礼にも程があるが、ほんのちょっとだけ幻滅してしまった。
「本当だったら、それだけなんだけど、今はちょっと事情が違ってるけどな」
思った事が顔に出てしまったのか、小吉さんは失礼な後輩の反応を注意するように、ビッと指をオレの鼻先に突きつけて来た。
「多分、今年は、女神はおまけだと思うぞ。稲っちと矢野にとっては、番長の頼みであるお前が最優先事項だからさ。あの二人にとって番長って……」
神様みたいな存在なんだよ、そう笑いながら言われてしまった。生徒会の奴らにとって会長が神であるように、髭を慕う稲継先輩のような人にとって髭は神ならしい。
一体何なんだ、圏ガクで三年過ごすと誰でも神様になれんのか。どうにも、その感覚が分からず、オレは投げやりに小吉さんにとってもそうなのか聞いてみた。すると、あっさり「稲っちたちには、たまに付いて行けない時がある」と白状した。
「あ、でも番長は尊敬してるぞ。あの二人が憧れる気持ちも分かる」
言い訳するみたいに、少し焦って早口になっている。まあ、オレだって、初日に髭の醜態を見ていなければ、少なくとも髭だなんて呼び方は定着しなかったろう。
「あーだからな、あいつらが変なこと言ってても許してやってくれ。初めて番長から個人的に声かけてもらえて、かなり浮かれてるからさ」
小吉さん曰わく、髭は殆ど後輩とは絡まないらしい。後輩へ偉そうに指示を出すのは久戸であって、髭が直々に何かを命令したりする事はないのだと言う。ん、でも初めてってのは大袈裟じゃないか? オレが世話になった時も、髭が指示を出していたような気がする。
「あの時は稲っちたちにとっては他人事じゃなかったからな。番長から頼まれて動いてた訳じゃないんだよ」
あの件に稲継先輩が無関係じゃないって、どういう意味なんだろう。
「あいつ、稲っちと矢野の身内なんだよ」
誰の事を言っているのか、その一言では理解出来ず呆けていると、小吉さんはそいつの名前を口にした。
「お前も絡まれてたんだろ、覚えてないか? 笹倉のことだよ」
その名前を口にされた瞬間、体からサッと血の気が引いた気がした。ドクドクと心臓だけが熱を持っていて、頭も体も研ぎ澄まされるように硬く鋭くなっていく。
「なんで小吉さんが、オレと笹倉の事を知ってるんだよ」
自分でも驚くぐらい低い声になってしまった。小吉さんはヒョッと妙な声を上げて固まってしまう。
「だだだだだだっって、ゆゆゆゆうめい有名じゃんか。おお、お前が、談話室で、笹倉をぶちのめしたって。そそそれが、げ、げ、原因で、笹倉に絡まれてたんだろ? それで、えと、それで笹倉がいなくなった時に、な、なにか、したんじゃって疑われたんだろ」
あの日、見つからないオレや先輩を探すのに校内を徘徊していた生徒の中に、小吉さんもいたらしい。震えながら目に涙を溜めて答えてくれた。
降って湧いた笹倉の名前に、忘れかけていたと言うか、殆ど忘れていた感情が再燃して、声に滲み出てしまった事を反省。プルプル震える小吉さんに「ごめん」と謝る。
「お前……ちょっと、恐い奴だ。いきなりキレるなよ。そ、そのぉ、ビビ……っじゃなくて、ビックリするだろ!」
ポケットから何故か汚れた方の手ぬぐいを引っぱり出そうとする小吉さんに気付き、すかさず反対側のポケットに入れていたキレイな方の手ぬぐいを引き抜く。手渡すだけでは間に合いそうになかったので、汚い手ぬぐいが触れる前に、オレはキレイな手ぬぐいで小吉さんの目元をサッと拭う。
今の自分たちの姿が頭に思い浮かんでしまい、なんかすげぇ複雑な心境になったが、不用意に驚かせてしまったのはオレが悪い。一瞬ビクッとなった小吉さんだが、更にビビらせたのか硬直してしまったので、その間にしっかりと涙を手ぬぐいで拭っていると、
「朝っぱらから、何しとるんだ、お前ら」
聞き慣れた機嫌の悪そうな声が、背後から聞こえてしまった。
安心感と敗北感で、つい広げたままの、オレの鼻血がたんまり染みこんだ布団にダイブする。鼻血の被害に遭わずに済んだ枕を抱え、二度寝の誘惑に身を任せそうになったが、布団に横になったまま、自分の荷物を引き寄せ中身を漁った。グシャリと無造作に掴んだプリントを引っ張り出し、軽く読み流した内容をしっかりと読み直す。
具体的に山を下りて何をするのか、全く説明はなかった。書かれてある内容は『働かざる者食うべからず』という文言ばかり。唯一具体的な一文は『旧館の食堂に午前四時半に集合』だった。そして、その横に太文字で強調するよう『強制に非ず』という圏ガクらしからぬ言葉。
「別に奉仕労働は参加しなくてもいいって事か?」
金にもならない文字通り無償労働に好きこのんで行く奴なんているのだろうか? いいや、まずいないだろう。何をさせられるのか分からないから余計だが、オレだって正直そんな所に行きたくはなかった。
このまま、先輩の布団でゆっくり寝直したい。重たくなる瞼に任せて目を瞑ると、一瞬で意識が落ちていくのが分かった。フッと体の力が抜けた瞬間……オレは覚醒した。体温が一気に上昇したような感覚の後、ブワッと汗が噴き出してきた。
昨日、この場所で遭った事を思い出してしまったのだ。風呂に入っていないせいで、香月の汗まで自分の肌に纏わり付いているように思えて、今更ながら鳥肌が立つ。
小吉先輩に頼んで、二年の入浴時間に一緒させてもらおう。今日こそは、ちゃんと風呂に入る! 自分にそう言い聞かせ、今は服を丸ごと着替えるだけにとどめた。
集合時間には少し早いが、身支度を整え、小吉先輩に行ってくると一言伝える為に冷蔵庫へ戻ると、何をする気なのか、出掛ける準備を完了した先輩が出迎えてくれた。
「え、小吉先輩も一緒に行くんですか?」
当然のように廊下へ出て来た小吉先輩に、そう聞いてみると、何故か眉間に深々と皺を刻まれてしまった。
「あのさ、それ、おれ苦手かも」
何を指して苦手なのか分からず、オレが戸惑っていると、小吉先輩は眉を下げながら気まずそうに笑う。
「その『先輩』ってのと、ちょっと畏まった喋り方っつーか……おれ、別にタメ口でも怒ったりしないから、ふつーにしててくれよ。なんか落ち着かないんだ。ふつーに呼び捨てでいいからさ」
頭を掻きながら、申し訳なさそうに視線を向けて来る小吉先輩。けれど、望まれたからと言って、先輩を呼び捨てはマズイ。
「じゃあ小吉さんって呼んでもいい……かな?」
よっぽどオレに先輩呼びされるのが、心地悪かったらしい。そう提案すると、満面の笑みで頷いてくれた。
「おれも毎日、朝から山下りるつもりだ。山センたち部活組は昼便で来るんだけど、おれは部活と労働が似たようなモンだからさ、どうせなら朝から参加しようかなって思ってな」
食堂へ向かう道すがら、オレはどうして小吉さんも奉仕労働に参加するのか聞いてみた。他の二年は、まだ冷蔵庫で高鼾だ。恐らく二年に奉仕労働は課せられていない。
「二年で残ってるおれたちは、一応みんな部活動の為って事になっててな……まあ、山センや矢野は部活って言っていいのかわかんねーけど。おれは園芸部で、稲っちは文芸部に入っているんだ」
「文芸部……って、あの本読んだりするイメージのある文芸部?」
武芸部の間違いじゃないかと、武芸部なんて名前の部活動があるかも定かじゃないが、つい話の腰を折ってしまった。確かに真面目そうというか、誠実というか、なんか真っ直ぐな雰囲気のある稲継先輩だが、読書してる姿は想像するのも難しい。それならまだ、馬に乗って弓でも射ている姿の方がしっくりくる。てか、圏ガクには文化系の部活って存在しないんじゃあなかったか?
「あはは、まあな。文芸部も園芸部も部員一人だから、正式な部じゃないかもな。でも侮るなよ。ちゃんと顧問の先生も居るんだぞ」
文芸部は図書室の司書が、園芸部はなんとオレの担任が顧問をしているらしい。
「文芸部って何してんだろ?」
つい疑問が口に出てしまうと、小吉さんは少し困ったように笑って「稲っちに興味津々だな」と言った。
「おれも普段何をやってるのかは、詳しく知らないけど……別に本読むのが好きって訳じゃないと思うぞ」
本が好きじゃないなら、どうしてわざわざ文芸部に所属しているんだろう? オレが首を傾げていると、小吉さんはちょっと俗っぽい顔で「これだ、これ」と自分の小指をピンと立てて見せる。
「圏ガクの女神を待ってるんだ」
思わずオウム返しに、その胡散臭い単語を呟いてしまった。
「そ、圏ガクの伝説の一つだ。夏と冬、この学校で過ごすと、この世の者とは思えない正に女神としか形容出来ない女と出会えるってな」
暑さで頭がどうにかなった奴の妄言にしか聞こえない伝説だな。幽霊とか妖怪みたいな感じなんだろうか。その女神が図書室に現れる……とか?
「そうそう。ん? 違う違う、じゃなくて、ふつーの女の人だよ。いや……アレはふつーじゃないな。女神と讃えられるだけあるな。うん」
一人納得して頷いている小吉さんは、オレのジト目に気付き、慌てて説明を付け加えてくれた。
「妖怪とかじゃないけど、ふつーじゃないんだ。まあ見れば分かるよ。夏休みとか冬休みにここの司書の先生を訪ねて来るんだ。だから、お前の目でそこは確かめてくれ、圏ガクの女神と呼ばれる姿をな」
「その人が目当てで稲継先輩は文芸部に入っていて、尚且つ残留してるって事?」
そういうこと! と笑う小吉さん。そうか、稲継先輩は女目当てで残留してるのか。なんか勝手に硬派な印象を持っていたので、失礼にも程があるが、ほんのちょっとだけ幻滅してしまった。
「本当だったら、それだけなんだけど、今はちょっと事情が違ってるけどな」
思った事が顔に出てしまったのか、小吉さんは失礼な後輩の反応を注意するように、ビッと指をオレの鼻先に突きつけて来た。
「多分、今年は、女神はおまけだと思うぞ。稲っちと矢野にとっては、番長の頼みであるお前が最優先事項だからさ。あの二人にとって番長って……」
神様みたいな存在なんだよ、そう笑いながら言われてしまった。生徒会の奴らにとって会長が神であるように、髭を慕う稲継先輩のような人にとって髭は神ならしい。
一体何なんだ、圏ガクで三年過ごすと誰でも神様になれんのか。どうにも、その感覚が分からず、オレは投げやりに小吉さんにとってもそうなのか聞いてみた。すると、あっさり「稲っちたちには、たまに付いて行けない時がある」と白状した。
「あ、でも番長は尊敬してるぞ。あの二人が憧れる気持ちも分かる」
言い訳するみたいに、少し焦って早口になっている。まあ、オレだって、初日に髭の醜態を見ていなければ、少なくとも髭だなんて呼び方は定着しなかったろう。
「あーだからな、あいつらが変なこと言ってても許してやってくれ。初めて番長から個人的に声かけてもらえて、かなり浮かれてるからさ」
小吉さん曰わく、髭は殆ど後輩とは絡まないらしい。後輩へ偉そうに指示を出すのは久戸であって、髭が直々に何かを命令したりする事はないのだと言う。ん、でも初めてってのは大袈裟じゃないか? オレが世話になった時も、髭が指示を出していたような気がする。
「あの時は稲っちたちにとっては他人事じゃなかったからな。番長から頼まれて動いてた訳じゃないんだよ」
あの件に稲継先輩が無関係じゃないって、どういう意味なんだろう。
「あいつ、稲っちと矢野の身内なんだよ」
誰の事を言っているのか、その一言では理解出来ず呆けていると、小吉さんはそいつの名前を口にした。
「お前も絡まれてたんだろ、覚えてないか? 笹倉のことだよ」
その名前を口にされた瞬間、体からサッと血の気が引いた気がした。ドクドクと心臓だけが熱を持っていて、頭も体も研ぎ澄まされるように硬く鋭くなっていく。
「なんで小吉さんが、オレと笹倉の事を知ってるんだよ」
自分でも驚くぐらい低い声になってしまった。小吉さんはヒョッと妙な声を上げて固まってしまう。
「だだだだだだっって、ゆゆゆゆうめい有名じゃんか。おお、お前が、談話室で、笹倉をぶちのめしたって。そそそれが、げ、げ、原因で、笹倉に絡まれてたんだろ? それで、えと、それで笹倉がいなくなった時に、な、なにか、したんじゃって疑われたんだろ」
あの日、見つからないオレや先輩を探すのに校内を徘徊していた生徒の中に、小吉さんもいたらしい。震えながら目に涙を溜めて答えてくれた。
降って湧いた笹倉の名前に、忘れかけていたと言うか、殆ど忘れていた感情が再燃して、声に滲み出てしまった事を反省。プルプル震える小吉さんに「ごめん」と謝る。
「お前……ちょっと、恐い奴だ。いきなりキレるなよ。そ、そのぉ、ビビ……っじゃなくて、ビックリするだろ!」
ポケットから何故か汚れた方の手ぬぐいを引っぱり出そうとする小吉さんに気付き、すかさず反対側のポケットに入れていたキレイな方の手ぬぐいを引き抜く。手渡すだけでは間に合いそうになかったので、汚い手ぬぐいが触れる前に、オレはキレイな手ぬぐいで小吉さんの目元をサッと拭う。
今の自分たちの姿が頭に思い浮かんでしまい、なんかすげぇ複雑な心境になったが、不用意に驚かせてしまったのはオレが悪い。一瞬ビクッとなった小吉さんだが、更にビビらせたのか硬直してしまったので、その間にしっかりと涙を手ぬぐいで拭っていると、
「朝っぱらから、何しとるんだ、お前ら」
聞き慣れた機嫌の悪そうな声が、背後から聞こえてしまった。
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
ゆうみお R18 お休み中
あまみや。
BL
気まぐれ不定期更新です。
他作品執筆中によりお休み中。
お手に取っていただきありがとうございます!
しおりのついてない作品を無言で非公開にする時があります
*リクエスト随時募集中!*
詳しくは上から2番目のリクエスト募集中をご覧下さい
たまに本編の番外編(全年齢)、他作品の宣伝あります
好きな時間帯に更新するためのところ
のんびり更新たまに非公開
基本何話か書いて月1くらいで一気に更新が多いです
鬱要素いっぱいあります苦手な方はバック
深夜更新多め
濁点多いので横読み推奨
旧垢で書いている作品のR18(G)です。
本編とは一切関係ありません。
レイプ、DV、胸糞等の要素多めです。
R18注意です、苦手な方は即バックお願いします。
胸糞展開やキャラ崩壊、バッドエンドが苦手な方は注意して下さい。
暴力など多めですが現実でするのは犯罪です
万が一の責任は取れません
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います
ムーン
BL
もっさりした髪型と肥満体型により中学時代は冴えない日々を送ってきた俺だったが、入院による激ヤセを機に高校デビューを決意。筋トレにスキンケア、その他様々な努力によって俺は最高のルックスとそこそこの自尊心を手に入れた!
中学時代にやり込んだ乙ゲーやBLゲーを参考に、長身と美顔を武器に、名門男子校の可愛い男子達を次々と攻略していく。
無口メカクレ男子、関西弁のヤンキー、ビッチ系の女装男子、堅物メガネの副委員長、甘え上手の現役アイドル、筋肉系の先輩、ワンコ系の後輩、父親違いの弟、弱りきった元いじめっ子、耽美な生徒会長にその露払いの副会長、盲目の芸術家とその兄達、おかっぱ頭の着物男子、胡散臭い糸目な美少年、寂しがりな近所の小学生にその色っぽい父親、やる気のないひねくれ留年男子……選り取りみどりの男子達には第一印象をひっくり返す裏の顔が!?
──以下注意事項──
※『』は電話やメッセージアプリのやり取りなど、()は主人公の心の声など、《》は主人公に聞き取り理解出来なかった外国語など。
※主人公総攻め。主人公は普通に浮気をします。
※主人公の心の声はうるさめ&オタク色濃いめ。
※受け達には全員ギャップがあります。
※登場人物のほとんどは貞操観念、倫理観などなどが欠けています。
※切り傷、火傷、手足の欠損、視覚障害等の特徴を持つ受けが登場し、その描写があります。
※受け同士の絡みがあります(ほぐし合い、キス等)
※コメディ風味です、あくまで風味です。
※タイトルの後に()でメインの登場人物名を記してあります。順次全話実装予定です。 ×がある場合は性的描写アリ、+の場合は軽い絡みまでとなっております。
西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~
雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。
元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。
※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。
狼と人間、そして半獣の
咲狛洋々
BL
そこは獣人や半獣、人が共存する世界。
地球からの転生者ナナセは、助けてもらった冒険者の手を借りて
この世界で冒険者として歩み始めた。最速ランクアップ冒険者などと
持て囃されもしているが、彼には大きな悩みがあった。
それは片想いの相手、狼の獣人ファロに恋人がいるかも知れない
という事。ナナセとファロ、そして恋人かも知れない薬草師のラグの
ロートレッドでの日々がそれぞれの関係を変えてゆく。
本編は完結しましたが、サイドストーリーなどを更新予定です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
番風のお話です。あくまでも、テイストだけなので
本格的な物をご希望される方には読み辛いかも知れません。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる