圏ガク!!

はなッぱち

文字の大きさ
上 下
85 / 386
学生の本分

学校暮らし!

しおりを挟む
「セイシュン?」

 先輩の声、優しくて、大好きな声だ。

「どうしたんだ。腹でも痛いのか?」

 オレの背中や頭を撫でてくれる大きな手、泣きたいのに顔が自然とにやけてくる。

「体調悪いなら医務室に行こう。セイシュン、一人で歩けるか? 無理そうなら俺が連れてってやるからな」

 顔を上げると、心配そうな先輩の表情が、目の前にあった。一番好きなのは、暢気そうに笑っている顔だけど、これも捨てがたい。
 ジッと見つめると、どうした? と視線で聞いてくる。アイコンタクトとか普通に使うなよ。益々オレが自分に都合良く勘違いするだろ。

「……狭間に……はしゃぎすぎって怒られた」

 多分、間違ってないと思う。そう言うと、先輩はホッとしたように破顔して、少し乱暴にオレの頭をグリグリと撫で回した。

「セイシュンが怒られたなら、俺も一緒だな。ん、しっかり反省しよう」

 食堂では騒がないと呟きながら、うんうんと頷く先輩を見ていると、なんだか気持ちが軽くなった。現金なものだ。

「セイシュンもちゃんと反省したか?」

 神妙に頷くと、先輩はオレの腕を引いて立ち上がらせてくれた。

「じゃあ、行くか」

 片手にオレの靴を持ち、もう一方ではオレの手を握って、先輩はゆっくり歩き出す。あったかいモノと冷たいモノが混ざり合った気持ちが、先輩を呼び止める。後悔するかもしれないと分かっているのに、女々しくもオレは情けない問いを口にする。

「どうしてオレなんかを構ってくれるの?」

 振り返った先輩は、オレの情けない顔を見て、一瞬だけポカンとした後、おかしそうに笑ってくれた。

「お前と一緒だと楽しいからだよ」

 どうして、この人はオレの欲しいモノが分かってしまうんだろう。見透かされたようで、少し悔しい。それでも、その言葉に少しくらいは先輩の本心も混ざっているように思えて、安堵してしまった。

 真っ昼間から、手を繋いで歩く訳にはいかず、階段を下りると先輩は自然と手を離した。名残惜しくて、今度は自分から手を繋いでしまいそうになったが、ついさっき反省をしたばかり、全力で我慢する。

「先輩の部屋って、新館の方? それとも校舎の方?」

 先輩に触れたくてウズウズする気持ちを押さえつけ、行き先を尋ねてみた。今から行くのは校舎の方だろうが、前に訪ねた時に追い返されてしまった新館にある先輩の部屋も、実はずっと気になっていたのだ。

「俺の部屋は校舎にしかない」

 嫌そうな顔で断言されてしまった。なんでそこまで嫌がるのか怪訝に思っていると、何かを思い出したらしく、先輩は大きく身震いした。

「しょうがないとは言え、あの部屋での謹慎は辛かった」

 旧館の玄関を出て、しみじみと隣の建物、新館の壁を見上げながら言う先輩。謹慎の原因を作らせてしまった身としては、申し訳ない気持ちで一杯になる。

「先輩、会長と仲悪いの?」

「仲悪いと言うか、それ以前の問題だな。羽坂は共同生活とか一番しちゃいけない人種だ。人としての常識はもちろん、理性すら持ち合わせてないから」

 豪奢な生徒会室を思い出すと、一般常識など通用しない人物なのは想像に難くないが、人としての理性すらってどういう意味だろう?

「謹慎中、毎日のように何人も連れ込みやがってさ。そいつら全員の垂れ流す様が絶えず視界の端に映り込むんだ。そんな広い部屋って訳じゃないから、ヘタしたらこっちまで飛んで来そうで全くの無視も出来なくて……もう、ほんと地獄だった」

 真っ白に燃え尽きた表情で淡々と語られ、新館への興味は瞬く間に引っ込んだ。てか、それ以上は恐すぎて聞けなかった。あの時、変態に付いて行かなくて本当によかった。

「あ……だから、来るなって言ったんだ。あの時」

 先輩の口から出た絶交という単語が衝撃的で、理由とか考える余裕はなかったが、単に拒絶されたのではないと知って、今更ながらホッとしてしまう。

「まあ、そうゆう訳だ。だから、今から行くのは校舎の方な。冷房はないが、男の尻を拝まなくていい安心安全快適な部屋だぞ」

 復活した先輩は、ちょっと誇らしげに胸を張って見せた。

「勝手に住み着いてるの、バレたら怒られるだろ」

「んー、あの階は一応な、基本的に教師は入らないって暗黙の了解があるんだ」

 確かに授業で使うような教室はなかったが、だからって学校に住み着いていいとは寛大すぎる。

「歴代番長のテリトリーならしいぞ。まあ、今は真山が番長だからなぁ、立ち入り禁止みたいな雰囲気はないけど、ここの教師ってOBが多いせいか、そういうの尊重してくれてるみたいだ」

 圏ガクの教師の柄が悪い理由はそれか。妙に納得してしまった。

 校舎に向かう途中、ちらほらと補習回避組も見られたが、殆ど三年ならしく、新館の方へと吸い込まれていったので、あまり人目を気にする必要はなく助かった。まあ、こうゆう現状を承知で誘ってくれたのだろう。遠慮無く、先輩の隣を歩く。

 下駄箱で上靴に履き替え、先輩の部屋へと足を向けたのだが、俺は肝心の物が手元にない事に気付き「あっ」と声を上げて立ち止まった。隣を歩いていた先輩が、どうしたと言いたげな顔でこちらを振り返る。

「ごめん、先輩。オレ、教科書とか教室に置きっ放しなんだ。ちょっと先に行ってて。すぐに取って来る」

 今は補習の真っ最中だと思うが、自習する為に取りに行くのだから、咎められたりはしないはず。来た道を戻ろうと背中を向けると、先輩がオレの腕を掴んで待ったをかけた。

「補習中に関係ない奴が出入りするのは止めた方がいい。殺気立ってるから、みんな」

 教科書は自分のを貸してやると言う先輩に甘え、オレは手ぶらで先輩の部屋へ、遊びに行くような感覚を拭えぬまま向かった。

 階を上がる毎に上昇するような気温に、多少うんざりしつつも、先輩の部屋へ入れる事にテンションが上がってしまう。キャンプの準備で何度も出入りしているが、何度でも同じ気持ちになるのだ。……我ながら、おめでたい頭をしているなと思う。

 当然のように鍵のかかっていない扉を開けると、乾いた風が勢いよく抜けていく。窓から照りつける日差しで茹だった空気が、一瞬で入れ換えられたようで、部屋の中はどこか爽やかな暑さが居座っていた。

 部屋の一角を占領するガラクタの山に目をやる。ガラクタとは失礼な、敷地内を探し回って発掘したキャンプ用品一式だ。

 しかし見れば見るほどにゴミの山だな。唯一ゴミに見えないのは、先輩が普段から使っている寝袋ぐらい……まあ、他は廃棄されていた物を集めて、それらしい物(テントなど)を自作した正真正銘のガラクタなんだけどな。

 これで本当にキャンプなんて出来るのかと思わないでもないが、奮闘した日々を思い返すと、自然と口元が緩んでしまった。

 ガタガタと隣の部屋から机を運び込んできた先輩は、その表面をサッと手のひらで撫でると顔を顰め、衣類の山から引っ張り出してきたタオルを手に、そそくさと部屋を出て行ってしまう。手持ち無沙汰になったオレは、隣の部屋へと続く扉を興味本位で覗き込む。

 初めてここに来た日、オレが潜り抜けた机や椅子は、台風でも通り過ぎたように扉の前から一掃されていた。あの時、オレを探していた奴らが蹴ったか投げたかしたまま、ものの見事に放置されていた。

 埃っぽい教室に入ると、前に見た時は暗くて見えなかった全貌を目の当たりにし、先輩の言っていた、この階が生徒だけのテリトリーというのは本当なんだなと実感した。

 壁には時代を感じさせる切り抜きが一面に貼られ、床にはいくつも煙草の吸い殻が落ちている。隅の方ではジュースやアルコールの缶が潰れて放置されているし、何年も前の週刊誌が塔のように積み上げられ、黒板は馬鹿な書き込みだらけだ。所々に点々とドス黒い染みの散る床を避けながら、それらにそろりと近づく。

 黒板に書かれた文字を一つ一つ、なんとはなしに目で追う。どれも実にバカバカしく品のない落書き、中には今も絶賛教鞭を振るっている教師の名前もいくつか見て取れる。オレらが教室で駄弁っている内容と大差ない落書きを見ていると、ちょっと面白くなってしまい、汚い字を判読する事にした。

『ヤリマンみゆみゆ』

『ヤらせて若狭チャン』

『生好きユッキーサイコー!』

 壁に貼られたエロ雑誌の切り抜き、その一部が黒板にも出張していた。その周りに書かれている卑猥な戯れ言は、実に男子校らしい。とは言え、あまりの多さにうんざりし始めた頃、オレは見知った名前を見つけて少しギョッとした。

 読み流したどうでもいい妄言の後に見た、チョークが砕けるくらいの筆圧で書かれていた『金城』という名前とそれに向けられた悪意ある言葉にゾクッと背筋が寒くなった。

「何か面白いものでもあったか?」

 戻ってきていた事に全く気付かなかったオレは、突然聞こえてきた先輩の声に驚いてしまう。振り返ると、真っ黒になった元タオルの雑巾を片手に、首を傾げている先輩が扉からこちらを覗いていた。

「…………ここ。ここに先輩の名前がある」

 書き込みを指さし伝える。黒板を見に来た先輩は「本当だ。俺の名前が書いてある」と暢気そうに笑った。

「すごい嫌われてるなぁ」

 圏ガクでは日常的に聞く言葉だが『死ね』や『殺す』など書かれた黒板を前に、本人はあまりに暢気だがオレは居心地悪くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

怖いお兄さん達に誘拐されたお話

安達
BL
普通に暮らしていた高校生の誠也(せいや)が突如怖いヤグザ達に誘拐されて監禁された後体を好き放題されるお話。親にも愛されず愛を知らずに育った誠也。だがそんな誠也にも夢があった。だから監禁されても何度も逃げようと試みる。そんな中で起こりゆく恋や愛の物語…。ハッピーエンドになる予定です。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

純粋な男子高校生はヤクザの組長に無理矢理恋人にされてから淫乱に変貌する

麟里(すずひ改め)
BL
《あらすじ》 ヤクザの喧嘩を運悪く目撃し目を付けられてしまった普通の高校生、葉村奏はそのまま連行されてしまう。 そこで待っていたのは組長の斧虎寿人。 奏が見た喧嘩は 、彼の恋人(男)が敵対する組の情報屋だったことが分かり本人を痛めつけてやっていたとの話だった。 恋人を失って心が傷付いていた寿人は奏を試してみるなどと言い出す。 女も未体験の奏は、寿人に抱かれて初めて自分の恋愛対象が男だと自覚する。 とはいっても、初めての相手はヤクザ。 あまり関わりたくないのだが、体の相性がとても良く、嫌だとも思わない…… 微妙な関係の中で奏は寿人との繋がりを保ち続ける。 ヤクザ×高校生の、歳の差BL 。 エロ多め。

ワンコとわんわん

葉津緒
BL
あのう……俺が雑種のノラ犬って、何なんスか。 ちょっ、とりあえず書記さまは落ち着いてくださいぃぃ! 美形ワンコ書記×平凡わんわん ほのぼの全寮制学園物語、多分BL。

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!

BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥ 『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。 人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。 そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥ 権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥ 彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。 ――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、 『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

エロ垢バレた俺が幼馴染に性処理してもらってるって、マ?

じゅん
BL
「紘汰の性処理は俺がする。」 SNSの裏アカウント“エロアカ”が幼馴染の壮馬に見つかってしまった紘汰。絶交を覚悟した紘汰に、壮馬の提案は斜め上過ぎて――?【R18】 【登場人物】 □榎本紘汰 えのもと こうた 高2  茶髪童顔。小学生の頃に悪戯されて男に興味がわいた。 ■應本壮馬 おうもと そうま 高2  紘汰の幼馴染。黒髪。紘汰のことが好き。 □赤間悠翔 あかま ゆうと 高2  紘汰のクラスメイト。赤髪。同年代に対してコミュ障(紘汰は除く) ■内匠楓馬 たくみ ふうま 高1  紘汰の後輩。黒髪。 ※2024年9月より大幅に加筆修正して、最初から投稿し直しています。 ※ストーリーはエロ多めと、多少のギャグで進んでいきます。重めな描写はあまり無い予定で、基本的に主人公たちはハッピーエンドを目指します。 ※作者未経験のため、お手柔らかに読んでいただけると幸いです。 ※その他お知らせは「近況ボード」に掲載していく予定です。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

処理中です...