圏ガク!!

はなッぱち

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消灯後の校舎侵入の代償

天国から地獄

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 頭の中が破裂しそうだった。どう答えればいいのか分からず、呼吸ばかりがどんどん早くなって、息が詰まりだした。すると、どこかでギギギと金属が擦れる音と、ガラガラとシャッターが上がる音が聞こえだした。

「……なんでも力で解決する輩は好かんな」

 そう呟くと、会長はオレの真っ青な顔を一瞥して椅子へと座り直した。

「セイシュン!」

 オレを呼ぶ、聞きたかった声が車庫内に響いた。バタバタと慌ただしい足音がいくつも近づいて来る。オレはその声を聞きながら、会長の方へと視線をやった。

「返事くらいしてやったらどうだ? 『セイシュン』」

 会長がそう皮肉を口にした直後、会長の背後から先輩が姿を見せた。どうしてか、番長とその取り巻き数人を引き連れて。

「…………せんぱい」

 先輩の声が聞こえて頭の中が一度リセットされてしまうが、その表情を見てオレは無意識にグッと奥歯を噛んだ。先輩に痛いと弱音を吐きたかったが、必死で自分の弱さを押さえ込む。血が滴る手が目立たないよう背中へと隠す。

 オレを見て、先輩が泣き出しそうな顔をしていたのだ。目の前に居る会長と変態など目に入っていないように、一直線にこちらに駆け寄ってくれた。

「お前……その怪我どうしたんだ」

 手のひらを見えないように隠そうと、床に撒いてしまった血は隠せない。現在進行形で血だまりを作っているので、当然と言えば当然なのだが、先輩のクシャッとなった表情は、傷の痛みなんて構ってられない程に堪えた。

「ごめん、外のフェンスで切れた」

 嘘は言っていない。けれど「どうしてフェンスなんか触った?」と聞かれてしまう。

「先輩の後を追いかけようとして……ごめん」

 先輩は何か言いかけたが、それを飲み込んで、強ばった顔を無理矢理に崩し、オレの肩を抱いた。二人きりなら享受する先輩の抱擁だが、人目に晒された今は困る。オレもまだ、そこまで開き直れてはいないらしい。恥ずかしいだろと、少し声を荒げながら先輩の体を突き放す。

「セイシュン、すぐに手当しに行こう」

 ズキズキする血塗れの手を先輩が優しく支えてくれる。先輩の指先まで血で汚れてしまった。

「大丈夫、もう、そんな、痛くないから」

 全力の強がりを口にして、オレは先輩の後ろでふんぞり返っている会長に視線をやる。確かめなければならない事がある。心配そうな先輩の顔を見上げ、込み上げてきた震えを噛み潰し、オレはその名前を口にする。

 すると驚いたような表情の後に、朝に見た、不安になるような先輩の表情が浮かび、オレの事を優しく見下ろしていた。

「先輩……笹倉に……なに、したの?」

 オレのせいで……先輩がどうなるって言ってた? 先輩の将来を閉ざすって、どういう意味なんだよ。怪我のない方の手で、先輩の腕に触れる。

「夷川、その話は後にせぇ。先にその手なんとかして来い。稲継、先生らに見つからんよう爺の所まで連れてってくれるか?」

 先輩が口を開く前に、番長の、髭の声がオレらの間に割って入った。髭に名指しされた奴だろう「はい」と返事するなり、イナツギとか呼ばれたそいつはこちらへ駆け寄ると、問答無用に腕を引っ張りオレを先輩から引き剥がした。

 先輩は何も言わず引きずられるオレを見ていた。どうなっているのか分からず、どうしたらいいのかも分からず、オレは何度も先輩の方を振り返る。何度呼びかけても、先輩は何も答えてくれなかった。

 髭の横を通り過ぎる時、オレを引きずりながらも稲継は律儀に頭を下げた。

「後でちゃんと説明したる。悪いようにはせん」

 それに頷き答える髭は、オレの肩を勢いよく叩き、そんな事を言った。

 車庫のシャッターは、人が一人二人通り抜けられる大きさに、無理矢理こじ開けられていた。鍵でもかかっていたのだろう、それを力任せに持ち上げたらしく、全体的にシャッターは歪んでいる。

 オレが引っ張られるまま付いて行くと、駐車してあるバスに阻まれ、先輩たちの姿が見えなくなった所で、稲継は掴んでいたオレの腕を離した。改めて振り返ったそいつは、随分と硬派な、この圏ガクでは珍しい真面目な雰囲気を持っていた。坊主という訳ではないが、高校球児みたいな感じと言えば適当か、洒落っ気のない整った顔立ちのせいで強面に見えるが、実に健全な男だった。

「真山さんの話は聞いていたな。今からお前を旧館の医務室まで連れて行く。極力人目につく訳にはいかない。血の道を残されると面倒だ。これで傷口を縛る。少し痛むぞ」

 返事も聞かず、オレの手を取るとポケットから取り出した几帳面に畳まれたハンカチを広げ、手のひらを強く縛り上げた。止血の為か、かなり強く縛られ、痛みに備えてはいたが少し声が漏れてしまう。

「人目につかないよう慎重に進む。おれの指示に従え。行くぞ」

 稲継……一年では見かけない顔、あと髭とのやり取りから見て恐らく二年だろう、なら先輩と呼ぶべきなのかもしれないな。稲継先輩は言うや、身を屈めシャッターの外へと消えてしまった。オレはバスに隠れて見えない先輩たちが気になり、耳に届く髭と会長の口論に背後を振り返った。

 先輩が追いかけて来るんじゃないかと、心の何処かで期待していたが、即座に外から目の前のシャッターを思いっきり蹴られ、無言の圧力に負けオレは車庫を後にした。

 外はすっかり日が落ちていたが、圏ガク内は煌々と至るところの電気が点いていた。いつもならポツンと職員室にのみ灯っている電気が、校舎内にいくつも見られ、離れているのに敷地内がざわめいているのが伝わってくる。明らかに平常時の圏ガクではなかった。

 本当に何が起こっているのか、オレはその光景を目の当たりにして、嫌な汗が背中を流れるのを感じずにはいられなかった。稲継先輩は周囲の状況を確認しながら堂々と身を潜められる物陰を渡り歩く。こんな堂々と歩いていたら見つかるだろうと思っていたのだが、物陰に辿り着くや、ザッと団体さんの足音がすぐ横を通り過ぎていったりしたので何度も驚いた。耳をすまして足音でも聞き取っているのだろうか。

「あ、あの……稲継、先輩。一つ、聞いてもいいですか?」

 オレはさっきから拭えない不安をどうにかしたくて、思い切って集中している稲継先輩に声をかけた。黙れと言われるかと思ったが、視線だけだったが「なんだ?」と質問を受けてくれた。

「笹倉は、その、本当にどうしたんですか? なんで学校こんな騒いでるんですか?」

 あの傍若無人な会長の不気味な態度に、この学校中を巻き込んだ騒ぎの大きさ、それに別れ際の先輩の表情。オレの頭の中に次々と最悪の状況を示す一つの漢字が浮かび上がってくる。現実になる事が恐くて、遠回しに聞いてみれば、真面目一辺倒という訳ではないらしく、稲継先輩の表情が少しの侮蔑を含む。

「どうせなら、噂通りにぶっ殺してくれりゃあいーのによ」

 ボソッと呟く言葉は物騒この上ない。頭の中に嫌な想像が次々に浮かんで、思わず目の前の男に掴み掛かってしまう所だった。

「先輩が、金城先輩が笹倉を……?」

 違うと言って欲しかったが、オレの問いに稲継先輩は「あぁ」と短く肯定を口にした。

「お前、あいつらに襲われたんだろ。自分が可愛がっている後輩に手ぇ出されてんのに、生ぬるいんだよ、金城センパイって奴はな」

 稲継先輩は、ハンカチを取り出したポケットに再び手を突っ込み、何かを取り出そうとしたが、何を思ってかオレに視線をやり、舌打ちを一つした。

「実際にあの人が手を下したのは、右肩の脱臼と足の捻挫だけだ。昼過ぎに一年寮で監禁されていた笹倉を見つけた時は、自力で逃げようとして転けたんだろうな、右膝を勝手に壊してもいたが、悪態をつける程度にはピンピンしていた」

 こちらが理解したかなんて興味ないのだろう、淡々と語られる笹倉の状態に、オレは相槌こそ打てなかったがホッと胸を撫で下ろした。怪我の具合から考えれば、ここ圏ガクでは特別今回の事が問題視される事はない。一年寮とか監禁とか、聞き慣れない単語も出て来たが、オレの頭の中はもう要領が一杯で、それらは右から左に聞き流す。

 けれど、一安心で済まないのは明らかだ。どうして? そう疑問に思い先を促す。

「なら、どうして、ここまで学内が騒然となっているんです? もしかして、笹倉が要人の息子とかそういう所でややこしくなってるんですか?」

 オレの言葉を聞いて、稲継先輩は少し口端を持ち上げて笑って見せた。

「そんな上等な血統書付きは羽坂と葛見くらいだ。掃き溜めにそんなモンがゴロゴロ居たら可笑しいだろ」

 確かにその通りだ。なら、どうして……。
「どうしてか、真山さんが旧館ではなく新館の医務室に笹倉を運び込んだんだ。羽坂の息のかかった新館にな」

「そこからだ。羽坂が笹倉を『隠した』」

「笹倉を運び込んでから三十分も経たない内にグランドにヘリが降りてきた。恐らく、そのヘリで笹倉は何処かに連れて行かれたんだ」

「教師共が右往左往しているのは、羽坂が強制的に笹倉を『転校』させたからだ。まあ、本当の所は分からない。でもな、確かに笹倉は今この圏ガクの敷地内には居ない」

 自分が知っている事はこれくらいだ、そう言って稲継先輩は、また堂々と歩き出した。

 オレは結局何一つ理解出来ぬまま、先を歩く背中を追いかけた。ザックリとした印象だけで考えると、会長が事態を引っかき回している、ようにも見えてしまった。

 敷地内を結構な数の生徒が『何か』を探して走り回っていた。何度目かの団体との遭遇で、その『何か』にオレも含まれている事を知る。見つかるのではと、こっちは冷や冷やだったが、稲継先輩は死角を知り尽くしているのか、まるで危なげなくオレをじいちゃんの元まで連れて行ってくれた。

 医務室に入ると、じいちゃんは驚いた顔をしたが、オレの連れの姿を見るや、何かを悟ったようにはあはあと一人相槌を打った。そしてオレの傷口を見ると少し渋い顔をして、稲継先輩に退室するよう言う。

「真山さんから指示があるまで、ここで待っていろ」

 去り際にそう残し、髭の所にでも戻るのか、稲継先輩はじいちゃんに一礼すると医務室を後にした。
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