69 / 386
初デート!!
遠足の掟
しおりを挟む
帰る準備と言っても、もう殆ど片付いている訳で、オレが手伝ったのはマグカップを川の水で軽く濯ぐだけだった。手伝うなんて言いながら、その実は単に『もう帰る』と駄々をこねたのと同じだ。
先輩が気遣ってくれる度に、自分が嫌になっていく。それに堪えられなかった……そう、じゃないな。その気遣いから、先輩の本心が見えるんじゃないかと、恐かったのだ。
こんな山の中にオレを一人ほっぽり出して帰る訳にもいかず、学校に戻るまでは二人きりで過ごさなければならない。だから、今は気を遣ってくれているけれど、学校に着いた途端にオレへの嫌悪を突きつけられるかもしれない。馬鹿正直に先輩からの気遣いを真正面から受け止めると、そうなった時に自分がどうなるか……そう考えると、どうしても素直になれなかった。
来た道を同じように歩いているのに、気分は最悪で、先輩の隣を歩く事も出来ず、先輩の背中だけを見て黙々と歩く。時折、先輩が振り返って色々と声をかけてくれたが、生返事しか出来ず、その度に先輩は少し寂しそうな……いや、困ったような顔をさせてしまっていた。
本当にどうしようもないくらい屑だな。せめて、ちゃんと返事くらいしろよ。気を遣わせてる自覚があるなら、尚更だ。分かっていても、出来なかった。
ただ、何か……また先輩を困らせる身勝手な感情が溢れ出ないように、必死で奥歯を食いしばって足を動かす。終わりに向けて一歩ずつ進んでいるようで足が重い。
先輩と過ごせる時間を終わらせようとしているんだって思うと、嗚咽が漏れそうになる。
本当に馬鹿だ。終わらせようとしているんじゃない、もう終わってるんだ。オレが馬鹿な事をしたから。
「セイシュン」
グルグルと同じ所を何度も回る思考が途切れる。先輩が足を止めて、静かにオレの名前を呼んだ。
「…………なに?」
先輩との距離をあと一歩残した場所で、立ち止まって声をかけると、肩越しにチラリと先輩がこちらを見た。さすがに注意を受けるかと思い、軽く身構えたが、先輩は何も言わなかった。
「はぁ!? ちょっ! いきなり、どうしたんだよ!」
そして黙ったまま、先輩はオレの手をいきなり握った。驚いて思わず手を引こうとしたが、固く握られた手は振り払おうとしてもビクともせず、少し痛いくらいの力で引っ張られた。
「今から大切な事を言うぞ。ちゃんと聞いとけ」
先輩の隣に引き寄せられると、真剣な顔の先輩がこちらを見下ろしていた。オレのふざけた態度への怒りだろうか、そこに気遣いらしい色は見えず、剥き出しになった先輩の感情を前にして、急に心細くなった。
恐る恐る見上げながら、揺れまくる気持ちをどうにも出来ず、ただ促されるままに頷く。
「遠足はな、家に帰るまでが遠足なんだ」
真剣な顔した先輩の口から出たのは、何言ってんだコイツという意味合いの「はぁ?」という反応を思わずしてしまうくらい、全く予期していない言葉だった。
「ん、だからな、手を繋いで歩くぞ。文句は受け付けないからな」
握った手を少し持ち上げて、先輩は自分を納得させるように何度も頷き、さっきより少しゆっくり目に歩き始めた。
先輩より少し遅れていた、さっきまでのオレの歩調で進む先輩は、怒っているのか口を真一文字にして黙々と歩いている。『文句は受け付けない』と言われてしまった手前、この状況に何も口を挟めないオレは、手を引かれるままにふらふらと足を動かす。
強めに握られた先輩の手は、ちょっと痛かったが温かくて、つい握り返しそうになって辛い。先輩に触れているのが嬉しいのに、素直に喜べないのは辛い。
先輩の言うように『遠足』の間は、オレのやらかした事を不問にしてくれるつもりなのかな。家に、学校に帰るまでは……。
帰りたくない。先輩とずっと遠足してたい。
そんなふうに思ってしまうと、本当はずっとそこにあった感情が、一気に形を作ってオレの心の中を占拠した。先輩の腕に縋り付いて、自分のやった事を謝りたい。不快な思いをさせた事を許して欲しい。これからも……こんなふうに一緒にいたい。
頭が破裂しそうなくらい、膨れ上がる感情に気分が悪くなる。視界が揺れているのは、歩いているせいなのに、まるで世界がグニャグニャと形をなくしているみたいで、足下までおぼつかない。
しっかりしないと、また先輩に迷惑かける。頭を振り、揺れている地面を縫い付けるみたいに、思い切り踏み付けた
「あ」
つもりだった。
短い声が漏れ、片足が宙に浮く。
大小の石ころがぱらぱらと転がっていく音が、妙に大きく耳に聞こえる。けれど、それより大きな音が耳元で鳴っていた。
ドクドクと先輩の心臓が鳴る音、それが聞こえる胸元に耳を押し当てて、オレは暫く呆然としてしまった。
そこは行く時に注意された場所だった。大雨で何度も土砂崩れを起こしている場所ならしく、足場が脆いから先輩の通った後を通るようにって言われて、渋々オレは先輩の手を離したんだった。二人が並んで通れるほど、確実な道幅がないからって、渋ってるオレを先輩が宥めてくれたっけ。
その脆い場所を思い切り踏み付けて、危うく石ころみたいに転がり落ちる所だったらしい。片足が浮いた直後に、先輩が思いきりオレの腕を引いてくれたおかげで助かった。
先輩の心臓の音を聞きながら、オレはぼんやりと思う。助けてもらった礼を言わないと……足を踏み外したと思った瞬間、頭の中を一杯にしていた感情ははじけ飛んだらしく、冷静な思考がただポツンと自分の中に残っていた。
引き寄せられるままに、その胸に顔を埋めていたが、ちゃんと礼を伝える為、しっかりと自分の足で体を支えようとすると、強い力でそれを阻まれた。
背中に回された先輩の腕が、少し震えていた。それに胸から聞こえる心臓の音はずっと早いままで、心配になって、先輩の腕の中で身じろぎすると、酷く痛々しい声が降ってきた。
「ごめん、ごめんな。恐い思いさせちまった」
ふわっと体が自由になる。先輩が抱きしめていた腕の力を抜いたらしい。オレは先輩の胸から顔を離して、その顔を見上げた。目が合うと、先輩は悲しそうに笑って見せた。
「なかなか、上手くいかないな」
先輩が何を言いたいのか分からなかったが、それを聞いて、オレは離した体を今度は思い切り自分から先輩にぶつけていた。両手で先輩のシャツを掴んで、文字通り先輩にしがみつく。
心臓の音がでかい。先輩の胸に耳を押しつけていないので、きっと自分の中で鳴ってる音だ。破裂しそうな勢いで恐くなる。でも、止められなかった。色っぽい事なんて全く浮かんで来ない、それなのに、先輩の体にオレは縋りつく。今を逃したら、もう二度と触れられない気がして、必死で自分の体を先輩に押し当てた。
先輩の言葉に、声に、表情に。オレはどうしてか隙を見つけてしまったのだ。
「……セイシュン」
先輩が、恐いくらい優しい声をかけてくれる。今の先輩は、きっとオレを押しのけられない。心のどこかで、そう確信してしまっている。
それなのに、恐くて堪らない。突き飛ばされるんじゃないかと、先輩を掴む手が強ばった。
「少し移動しよう。ここは危ないから」
大きな手に肩を掴まれて、オレは先輩から引き剥がされた。やんわりと距離を取られて、その場に崩れ落ちてしまいそうなくらい心が折れてしまった。
呆然としているオレを気遣って、先輩が手を引いてくれている。あまりに情けなくて、本当だったら手を振り払いたいのに、そんなちっぽけなプライドは、先輩を前にすると形を成さない。どんなに惨めだろうと、バキバキに折れようと、オレの心は全く先輩を諦めてはいなかった。
手を引かれながら先輩の後ろを歩き、細い道を抜けると、少し開けた場所に出た。行く時に通った時は、二人で馬鹿みたいに手を繋いで歩いた場所だ。そこで先輩の手は離れた。握り返していなかったオレの手は、落とされるみたいに自分の方へと返ってくる。
何か言わないと、そう焦り出すと頭の中は真っ白になり、指先から震えが広がっていく。まずは助けてくれたお礼だろうか、それとも迷惑かけた事への謝罪を先にするべきだろうか。どちらも必要なのに、どちらから口にするべきか無駄に悩んでいると、先輩が突然リュックを地面に下ろした。
「セイシュン、ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」
頼みと言われて、オレは一も二もなく全力で頷いた。自分に出来る事ならなんでもする、いや、出来なくてもやる、そう心に決め先輩を見つめる。オレの視線に気付くと先輩は軽く頷き、リュックを持ち上げて、こちらに差し出してきた。
「肩の所が食い込んで痛いんだ。暫く荷物を持つの手伝ってくれ」
リュックをポンと叩き、自分の肩に視線をやりつつ先輩はそう言った。ずっと先輩が荷物を一人で運んでくれていたのだ、そりゃあ肩も痛くなるだろう。オレは「わかった」と短く答え、リュックに手を伸ばした。
弁当箱や水といった中身の大半を自分たちの腹におさめ、荷物の重量は減っているはずだが、それでも背負うと予想以上の重さにちょっとびっくりする。万が一に備えて色々と持って来ていたのかもしれないな。先輩一人にこんな重たい物を運ばせて、一人浮かれていたのかと思うと情けなくなるが、これで少しは役に立てると嬉しくなった。
自分の身一つだった行きの道中ですら余裕がなかったオレだが、後は学校に帰るのみなんだ。学校に辿り着けばぶっ倒れようが問題ない。先輩に心配をかけないよう死ぬ気で歩こう、そう覚悟を決めたオレの前で、先輩はどうしてか跪いていた。背中をこちらに向けた状態で。
「荷物背負えたか?」
先輩の様子を怪訝に思いつつ返事をすると、
「そっか、じゃあ次は俺に負ぶさってくれ」
同じ調子で訳の分からない事を言ってきた。
意味が分からず、目の前にある無防備な背中を見つめていると、肩越しに振り返った先輩が早く早くと急かしてきた。
「いや、意味分かんないから。先輩、何がしたいの?」
戸惑いながら聞くと、先輩は「セイシュンを背負いたいんだ」と、これまた意味不明な事を答える。
「肩が痛いんだろ! オレ背負ってどうすんだよ、バカ!」
ついキツイ口調になってしまったが仕方無い。オレの当然の抗議に、先輩はようやくこちらにしっかりと視線を向けた。
「俺は先輩なんだぞ。後輩に荷物押しつけるだけなんて真似は出来ないんだ。だから、荷物持って貰う代わりに、俺はセイシュンを持とうと思ってな」
なんか楽しそうに笑いやがる先輩に、オレは呆れてリュックを背負い直して見せた。
「肩痛いんだろ? 更に負担を大きくしてどうすんだよ。オレ別に誰にも言ったりしないから、気にする必要ないって」
めんどくさい事を言い出した先輩を納得させようと、そう口にしたのだが、相手の反応は芳しくない。オレの真っ当な言い分は、楽しそうな顔をしかめっ面に変えてしまった。
「別にお前が誰かに言い触らすなんて思ってないよ。ただ、俺が嫌なんだ」
こんなバカみたいな状況で、急に真面目なキリッとした顔すんな。ドキッとして腹が立ったので、こっちも負けじと睨み返した。
「肩が痛いのって荷物が重いからじゃなくて、リュックが無駄に食い込むからなんだよ。だから、それを助けてくれたら十分。そのお返しに俺がお前を背負うって言ってるんだ」
全く意味が分からない。なんで荷物をどちらが持つかの話し合いで、荷物ごと相手を背負うなんて選択肢があるんだ。どう考えてもおかしいだろ。
先輩が気遣ってくれる度に、自分が嫌になっていく。それに堪えられなかった……そう、じゃないな。その気遣いから、先輩の本心が見えるんじゃないかと、恐かったのだ。
こんな山の中にオレを一人ほっぽり出して帰る訳にもいかず、学校に戻るまでは二人きりで過ごさなければならない。だから、今は気を遣ってくれているけれど、学校に着いた途端にオレへの嫌悪を突きつけられるかもしれない。馬鹿正直に先輩からの気遣いを真正面から受け止めると、そうなった時に自分がどうなるか……そう考えると、どうしても素直になれなかった。
来た道を同じように歩いているのに、気分は最悪で、先輩の隣を歩く事も出来ず、先輩の背中だけを見て黙々と歩く。時折、先輩が振り返って色々と声をかけてくれたが、生返事しか出来ず、その度に先輩は少し寂しそうな……いや、困ったような顔をさせてしまっていた。
本当にどうしようもないくらい屑だな。せめて、ちゃんと返事くらいしろよ。気を遣わせてる自覚があるなら、尚更だ。分かっていても、出来なかった。
ただ、何か……また先輩を困らせる身勝手な感情が溢れ出ないように、必死で奥歯を食いしばって足を動かす。終わりに向けて一歩ずつ進んでいるようで足が重い。
先輩と過ごせる時間を終わらせようとしているんだって思うと、嗚咽が漏れそうになる。
本当に馬鹿だ。終わらせようとしているんじゃない、もう終わってるんだ。オレが馬鹿な事をしたから。
「セイシュン」
グルグルと同じ所を何度も回る思考が途切れる。先輩が足を止めて、静かにオレの名前を呼んだ。
「…………なに?」
先輩との距離をあと一歩残した場所で、立ち止まって声をかけると、肩越しにチラリと先輩がこちらを見た。さすがに注意を受けるかと思い、軽く身構えたが、先輩は何も言わなかった。
「はぁ!? ちょっ! いきなり、どうしたんだよ!」
そして黙ったまま、先輩はオレの手をいきなり握った。驚いて思わず手を引こうとしたが、固く握られた手は振り払おうとしてもビクともせず、少し痛いくらいの力で引っ張られた。
「今から大切な事を言うぞ。ちゃんと聞いとけ」
先輩の隣に引き寄せられると、真剣な顔の先輩がこちらを見下ろしていた。オレのふざけた態度への怒りだろうか、そこに気遣いらしい色は見えず、剥き出しになった先輩の感情を前にして、急に心細くなった。
恐る恐る見上げながら、揺れまくる気持ちをどうにも出来ず、ただ促されるままに頷く。
「遠足はな、家に帰るまでが遠足なんだ」
真剣な顔した先輩の口から出たのは、何言ってんだコイツという意味合いの「はぁ?」という反応を思わずしてしまうくらい、全く予期していない言葉だった。
「ん、だからな、手を繋いで歩くぞ。文句は受け付けないからな」
握った手を少し持ち上げて、先輩は自分を納得させるように何度も頷き、さっきより少しゆっくり目に歩き始めた。
先輩より少し遅れていた、さっきまでのオレの歩調で進む先輩は、怒っているのか口を真一文字にして黙々と歩いている。『文句は受け付けない』と言われてしまった手前、この状況に何も口を挟めないオレは、手を引かれるままにふらふらと足を動かす。
強めに握られた先輩の手は、ちょっと痛かったが温かくて、つい握り返しそうになって辛い。先輩に触れているのが嬉しいのに、素直に喜べないのは辛い。
先輩の言うように『遠足』の間は、オレのやらかした事を不問にしてくれるつもりなのかな。家に、学校に帰るまでは……。
帰りたくない。先輩とずっと遠足してたい。
そんなふうに思ってしまうと、本当はずっとそこにあった感情が、一気に形を作ってオレの心の中を占拠した。先輩の腕に縋り付いて、自分のやった事を謝りたい。不快な思いをさせた事を許して欲しい。これからも……こんなふうに一緒にいたい。
頭が破裂しそうなくらい、膨れ上がる感情に気分が悪くなる。視界が揺れているのは、歩いているせいなのに、まるで世界がグニャグニャと形をなくしているみたいで、足下までおぼつかない。
しっかりしないと、また先輩に迷惑かける。頭を振り、揺れている地面を縫い付けるみたいに、思い切り踏み付けた
「あ」
つもりだった。
短い声が漏れ、片足が宙に浮く。
大小の石ころがぱらぱらと転がっていく音が、妙に大きく耳に聞こえる。けれど、それより大きな音が耳元で鳴っていた。
ドクドクと先輩の心臓が鳴る音、それが聞こえる胸元に耳を押し当てて、オレは暫く呆然としてしまった。
そこは行く時に注意された場所だった。大雨で何度も土砂崩れを起こしている場所ならしく、足場が脆いから先輩の通った後を通るようにって言われて、渋々オレは先輩の手を離したんだった。二人が並んで通れるほど、確実な道幅がないからって、渋ってるオレを先輩が宥めてくれたっけ。
その脆い場所を思い切り踏み付けて、危うく石ころみたいに転がり落ちる所だったらしい。片足が浮いた直後に、先輩が思いきりオレの腕を引いてくれたおかげで助かった。
先輩の心臓の音を聞きながら、オレはぼんやりと思う。助けてもらった礼を言わないと……足を踏み外したと思った瞬間、頭の中を一杯にしていた感情ははじけ飛んだらしく、冷静な思考がただポツンと自分の中に残っていた。
引き寄せられるままに、その胸に顔を埋めていたが、ちゃんと礼を伝える為、しっかりと自分の足で体を支えようとすると、強い力でそれを阻まれた。
背中に回された先輩の腕が、少し震えていた。それに胸から聞こえる心臓の音はずっと早いままで、心配になって、先輩の腕の中で身じろぎすると、酷く痛々しい声が降ってきた。
「ごめん、ごめんな。恐い思いさせちまった」
ふわっと体が自由になる。先輩が抱きしめていた腕の力を抜いたらしい。オレは先輩の胸から顔を離して、その顔を見上げた。目が合うと、先輩は悲しそうに笑って見せた。
「なかなか、上手くいかないな」
先輩が何を言いたいのか分からなかったが、それを聞いて、オレは離した体を今度は思い切り自分から先輩にぶつけていた。両手で先輩のシャツを掴んで、文字通り先輩にしがみつく。
心臓の音がでかい。先輩の胸に耳を押しつけていないので、きっと自分の中で鳴ってる音だ。破裂しそうな勢いで恐くなる。でも、止められなかった。色っぽい事なんて全く浮かんで来ない、それなのに、先輩の体にオレは縋りつく。今を逃したら、もう二度と触れられない気がして、必死で自分の体を先輩に押し当てた。
先輩の言葉に、声に、表情に。オレはどうしてか隙を見つけてしまったのだ。
「……セイシュン」
先輩が、恐いくらい優しい声をかけてくれる。今の先輩は、きっとオレを押しのけられない。心のどこかで、そう確信してしまっている。
それなのに、恐くて堪らない。突き飛ばされるんじゃないかと、先輩を掴む手が強ばった。
「少し移動しよう。ここは危ないから」
大きな手に肩を掴まれて、オレは先輩から引き剥がされた。やんわりと距離を取られて、その場に崩れ落ちてしまいそうなくらい心が折れてしまった。
呆然としているオレを気遣って、先輩が手を引いてくれている。あまりに情けなくて、本当だったら手を振り払いたいのに、そんなちっぽけなプライドは、先輩を前にすると形を成さない。どんなに惨めだろうと、バキバキに折れようと、オレの心は全く先輩を諦めてはいなかった。
手を引かれながら先輩の後ろを歩き、細い道を抜けると、少し開けた場所に出た。行く時に通った時は、二人で馬鹿みたいに手を繋いで歩いた場所だ。そこで先輩の手は離れた。握り返していなかったオレの手は、落とされるみたいに自分の方へと返ってくる。
何か言わないと、そう焦り出すと頭の中は真っ白になり、指先から震えが広がっていく。まずは助けてくれたお礼だろうか、それとも迷惑かけた事への謝罪を先にするべきだろうか。どちらも必要なのに、どちらから口にするべきか無駄に悩んでいると、先輩が突然リュックを地面に下ろした。
「セイシュン、ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」
頼みと言われて、オレは一も二もなく全力で頷いた。自分に出来る事ならなんでもする、いや、出来なくてもやる、そう心に決め先輩を見つめる。オレの視線に気付くと先輩は軽く頷き、リュックを持ち上げて、こちらに差し出してきた。
「肩の所が食い込んで痛いんだ。暫く荷物を持つの手伝ってくれ」
リュックをポンと叩き、自分の肩に視線をやりつつ先輩はそう言った。ずっと先輩が荷物を一人で運んでくれていたのだ、そりゃあ肩も痛くなるだろう。オレは「わかった」と短く答え、リュックに手を伸ばした。
弁当箱や水といった中身の大半を自分たちの腹におさめ、荷物の重量は減っているはずだが、それでも背負うと予想以上の重さにちょっとびっくりする。万が一に備えて色々と持って来ていたのかもしれないな。先輩一人にこんな重たい物を運ばせて、一人浮かれていたのかと思うと情けなくなるが、これで少しは役に立てると嬉しくなった。
自分の身一つだった行きの道中ですら余裕がなかったオレだが、後は学校に帰るのみなんだ。学校に辿り着けばぶっ倒れようが問題ない。先輩に心配をかけないよう死ぬ気で歩こう、そう覚悟を決めたオレの前で、先輩はどうしてか跪いていた。背中をこちらに向けた状態で。
「荷物背負えたか?」
先輩の様子を怪訝に思いつつ返事をすると、
「そっか、じゃあ次は俺に負ぶさってくれ」
同じ調子で訳の分からない事を言ってきた。
意味が分からず、目の前にある無防備な背中を見つめていると、肩越しに振り返った先輩が早く早くと急かしてきた。
「いや、意味分かんないから。先輩、何がしたいの?」
戸惑いながら聞くと、先輩は「セイシュンを背負いたいんだ」と、これまた意味不明な事を答える。
「肩が痛いんだろ! オレ背負ってどうすんだよ、バカ!」
ついキツイ口調になってしまったが仕方無い。オレの当然の抗議に、先輩はようやくこちらにしっかりと視線を向けた。
「俺は先輩なんだぞ。後輩に荷物押しつけるだけなんて真似は出来ないんだ。だから、荷物持って貰う代わりに、俺はセイシュンを持とうと思ってな」
なんか楽しそうに笑いやがる先輩に、オレは呆れてリュックを背負い直して見せた。
「肩痛いんだろ? 更に負担を大きくしてどうすんだよ。オレ別に誰にも言ったりしないから、気にする必要ないって」
めんどくさい事を言い出した先輩を納得させようと、そう口にしたのだが、相手の反応は芳しくない。オレの真っ当な言い分は、楽しそうな顔をしかめっ面に変えてしまった。
「別にお前が誰かに言い触らすなんて思ってないよ。ただ、俺が嫌なんだ」
こんなバカみたいな状況で、急に真面目なキリッとした顔すんな。ドキッとして腹が立ったので、こっちも負けじと睨み返した。
「肩が痛いのって荷物が重いからじゃなくて、リュックが無駄に食い込むからなんだよ。だから、それを助けてくれたら十分。そのお返しに俺がお前を背負うって言ってるんだ」
全く意味が分からない。なんで荷物をどちらが持つかの話し合いで、荷物ごと相手を背負うなんて選択肢があるんだ。どう考えてもおかしいだろ。
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
ヒロインどこですか?
おるか
BL
妹のためにポスターを買いに行く途中、車に轢かれて死亡した俺。
妹がプレイしていた乙女ゲーム《サークレット オブ ラブ〜変わらない愛の証〜》通称《サクラ》の世界に転生したけど、攻略キャラじゃないみたいだし、前世の記憶持ってても妹がハマってただけで俺ゲームプレイしたことないしよくわからん!
だけどヒロインちゃんが超絶可愛いらしいし、魔法とかあるみたいだから頑張ってみようかな。
…そう思ってたんだけど
「キョウは僕の大切な人です」
「キョウスケは俺とずっといるんだろ?」
「キョウスケは俺のもんだ」
「キョウセンパイは渡しませんっ!」
「キョウスケくんは可愛いなぁ」
「キョウ、俺以外と話すな」
…あれ、攻略キャラの様子がおかしいぞ?
…あれ、乙女ゲーム史上もっとも性格が良くて超絶美少女と噂のヒロインが見つからないぞ?
…あれ、乙女ゲームってこんな感じだっけ…??
【中世をモチーフにした乙女ゲーム転生系BL小説】
※ざまあ要素もあり。
※基本的になんでもあり。
※作者これが初作品になります。温かい目で見守っていて貰えるとありがたいです!
※厳しいアドバイス・感想お待ちしております。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる