圏ガク!!

はなッぱち

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初デート!!

遠足の掟

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 帰る準備と言っても、もう殆ど片付いている訳で、オレが手伝ったのはマグカップを川の水で軽く濯ぐだけだった。手伝うなんて言いながら、その実は単に『もう帰る』と駄々をこねたのと同じだ。

 先輩が気遣ってくれる度に、自分が嫌になっていく。それに堪えられなかった……そう、じゃないな。その気遣いから、先輩の本心が見えるんじゃないかと、恐かったのだ。

 こんな山の中にオレを一人ほっぽり出して帰る訳にもいかず、学校に戻るまでは二人きりで過ごさなければならない。だから、今は気を遣ってくれているけれど、学校に着いた途端にオレへの嫌悪を突きつけられるかもしれない。馬鹿正直に先輩からの気遣いを真正面から受け止めると、そうなった時に自分がどうなるか……そう考えると、どうしても素直になれなかった。

 来た道を同じように歩いているのに、気分は最悪で、先輩の隣を歩く事も出来ず、先輩の背中だけを見て黙々と歩く。時折、先輩が振り返って色々と声をかけてくれたが、生返事しか出来ず、その度に先輩は少し寂しそうな……いや、困ったような顔をさせてしまっていた。

 本当にどうしようもないくらい屑だな。せめて、ちゃんと返事くらいしろよ。気を遣わせてる自覚があるなら、尚更だ。分かっていても、出来なかった。

 ただ、何か……また先輩を困らせる身勝手な感情が溢れ出ないように、必死で奥歯を食いしばって足を動かす。終わりに向けて一歩ずつ進んでいるようで足が重い。

 先輩と過ごせる時間を終わらせようとしているんだって思うと、嗚咽が漏れそうになる。

 本当に馬鹿だ。終わらせようとしているんじゃない、もう終わってるんだ。オレが馬鹿な事をしたから。

「セイシュン」

 グルグルと同じ所を何度も回る思考が途切れる。先輩が足を止めて、静かにオレの名前を呼んだ。

「…………なに?」

 先輩との距離をあと一歩残した場所で、立ち止まって声をかけると、肩越しにチラリと先輩がこちらを見た。さすがに注意を受けるかと思い、軽く身構えたが、先輩は何も言わなかった。

「はぁ!? ちょっ! いきなり、どうしたんだよ!」

 そして黙ったまま、先輩はオレの手をいきなり握った。驚いて思わず手を引こうとしたが、固く握られた手は振り払おうとしてもビクともせず、少し痛いくらいの力で引っ張られた。

「今から大切な事を言うぞ。ちゃんと聞いとけ」

 先輩の隣に引き寄せられると、真剣な顔の先輩がこちらを見下ろしていた。オレのふざけた態度への怒りだろうか、そこに気遣いらしい色は見えず、剥き出しになった先輩の感情を前にして、急に心細くなった。

 恐る恐る見上げながら、揺れまくる気持ちをどうにも出来ず、ただ促されるままに頷く。

「遠足はな、家に帰るまでが遠足なんだ」

 真剣な顔した先輩の口から出たのは、何言ってんだコイツという意味合いの「はぁ?」という反応を思わずしてしまうくらい、全く予期していない言葉だった。

「ん、だからな、手を繋いで歩くぞ。文句は受け付けないからな」

 握った手を少し持ち上げて、先輩は自分を納得させるように何度も頷き、さっきより少しゆっくり目に歩き始めた。

 先輩より少し遅れていた、さっきまでのオレの歩調で進む先輩は、怒っているのか口を真一文字にして黙々と歩いている。『文句は受け付けない』と言われてしまった手前、この状況に何も口を挟めないオレは、手を引かれるままにふらふらと足を動かす。

 強めに握られた先輩の手は、ちょっと痛かったが温かくて、つい握り返しそうになって辛い。先輩に触れているのが嬉しいのに、素直に喜べないのは辛い。

 先輩の言うように『遠足』の間は、オレのやらかした事を不問にしてくれるつもりなのかな。家に、学校に帰るまでは……。

 帰りたくない。先輩とずっと遠足してたい。

 そんなふうに思ってしまうと、本当はずっとそこにあった感情が、一気に形を作ってオレの心の中を占拠した。先輩の腕に縋り付いて、自分のやった事を謝りたい。不快な思いをさせた事を許して欲しい。これからも……こんなふうに一緒にいたい。

 頭が破裂しそうなくらい、膨れ上がる感情に気分が悪くなる。視界が揺れているのは、歩いているせいなのに、まるで世界がグニャグニャと形をなくしているみたいで、足下までおぼつかない。

 しっかりしないと、また先輩に迷惑かける。頭を振り、揺れている地面を縫い付けるみたいに、思い切り踏み付けた

「あ」

つもりだった。

短い声が漏れ、片足が宙に浮く。

 大小の石ころがぱらぱらと転がっていく音が、妙に大きく耳に聞こえる。けれど、それより大きな音が耳元で鳴っていた。

 ドクドクと先輩の心臓が鳴る音、それが聞こえる胸元に耳を押し当てて、オレは暫く呆然としてしまった。

 そこは行く時に注意された場所だった。大雨で何度も土砂崩れを起こしている場所ならしく、足場が脆いから先輩の通った後を通るようにって言われて、渋々オレは先輩の手を離したんだった。二人が並んで通れるほど、確実な道幅がないからって、渋ってるオレを先輩が宥めてくれたっけ。

 その脆い場所を思い切り踏み付けて、危うく石ころみたいに転がり落ちる所だったらしい。片足が浮いた直後に、先輩が思いきりオレの腕を引いてくれたおかげで助かった。

 先輩の心臓の音を聞きながら、オレはぼんやりと思う。助けてもらった礼を言わないと……足を踏み外したと思った瞬間、頭の中を一杯にしていた感情ははじけ飛んだらしく、冷静な思考がただポツンと自分の中に残っていた。

 引き寄せられるままに、その胸に顔を埋めていたが、ちゃんと礼を伝える為、しっかりと自分の足で体を支えようとすると、強い力でそれを阻まれた。

 背中に回された先輩の腕が、少し震えていた。それに胸から聞こえる心臓の音はずっと早いままで、心配になって、先輩の腕の中で身じろぎすると、酷く痛々しい声が降ってきた。

「ごめん、ごめんな。恐い思いさせちまった」

 ふわっと体が自由になる。先輩が抱きしめていた腕の力を抜いたらしい。オレは先輩の胸から顔を離して、その顔を見上げた。目が合うと、先輩は悲しそうに笑って見せた。

「なかなか、上手くいかないな」

 先輩が何を言いたいのか分からなかったが、それを聞いて、オレは離した体を今度は思い切り自分から先輩にぶつけていた。両手で先輩のシャツを掴んで、文字通り先輩にしがみつく。

 心臓の音がでかい。先輩の胸に耳を押しつけていないので、きっと自分の中で鳴ってる音だ。破裂しそうな勢いで恐くなる。でも、止められなかった。色っぽい事なんて全く浮かんで来ない、それなのに、先輩の体にオレは縋りつく。今を逃したら、もう二度と触れられない気がして、必死で自分の体を先輩に押し当てた。

 先輩の言葉に、声に、表情に。オレはどうしてか隙を見つけてしまったのだ。

「……セイシュン」

 先輩が、恐いくらい優しい声をかけてくれる。今の先輩は、きっとオレを押しのけられない。心のどこかで、そう確信してしまっている。

 それなのに、恐くて堪らない。突き飛ばされるんじゃないかと、先輩を掴む手が強ばった。

「少し移動しよう。ここは危ないから」

 大きな手に肩を掴まれて、オレは先輩から引き剥がされた。やんわりと距離を取られて、その場に崩れ落ちてしまいそうなくらい心が折れてしまった。

 呆然としているオレを気遣って、先輩が手を引いてくれている。あまりに情けなくて、本当だったら手を振り払いたいのに、そんなちっぽけなプライドは、先輩を前にすると形を成さない。どんなに惨めだろうと、バキバキに折れようと、オレの心は全く先輩を諦めてはいなかった。

 手を引かれながら先輩の後ろを歩き、細い道を抜けると、少し開けた場所に出た。行く時に通った時は、二人で馬鹿みたいに手を繋いで歩いた場所だ。そこで先輩の手は離れた。握り返していなかったオレの手は、落とされるみたいに自分の方へと返ってくる。

 何か言わないと、そう焦り出すと頭の中は真っ白になり、指先から震えが広がっていく。まずは助けてくれたお礼だろうか、それとも迷惑かけた事への謝罪を先にするべきだろうか。どちらも必要なのに、どちらから口にするべきか無駄に悩んでいると、先輩が突然リュックを地面に下ろした。

「セイシュン、ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」

 頼みと言われて、オレは一も二もなく全力で頷いた。自分に出来る事ならなんでもする、いや、出来なくてもやる、そう心に決め先輩を見つめる。オレの視線に気付くと先輩は軽く頷き、リュックを持ち上げて、こちらに差し出してきた。

「肩の所が食い込んで痛いんだ。暫く荷物を持つの手伝ってくれ」

 リュックをポンと叩き、自分の肩に視線をやりつつ先輩はそう言った。ずっと先輩が荷物を一人で運んでくれていたのだ、そりゃあ肩も痛くなるだろう。オレは「わかった」と短く答え、リュックに手を伸ばした。

 弁当箱や水といった中身の大半を自分たちの腹におさめ、荷物の重量は減っているはずだが、それでも背負うと予想以上の重さにちょっとびっくりする。万が一に備えて色々と持って来ていたのかもしれないな。先輩一人にこんな重たい物を運ばせて、一人浮かれていたのかと思うと情けなくなるが、これで少しは役に立てると嬉しくなった。

 自分の身一つだった行きの道中ですら余裕がなかったオレだが、後は学校に帰るのみなんだ。学校に辿り着けばぶっ倒れようが問題ない。先輩に心配をかけないよう死ぬ気で歩こう、そう覚悟を決めたオレの前で、先輩はどうしてか跪いていた。背中をこちらに向けた状態で。

「荷物背負えたか?」

 先輩の様子を怪訝に思いつつ返事をすると、

「そっか、じゃあ次は俺に負ぶさってくれ」

同じ調子で訳の分からない事を言ってきた。

 意味が分からず、目の前にある無防備な背中を見つめていると、肩越しに振り返った先輩が早く早くと急かしてきた。

「いや、意味分かんないから。先輩、何がしたいの?」

 戸惑いながら聞くと、先輩は「セイシュンを背負いたいんだ」と、これまた意味不明な事を答える。

「肩が痛いんだろ! オレ背負ってどうすんだよ、バカ!」

 ついキツイ口調になってしまったが仕方無い。オレの当然の抗議に、先輩はようやくこちらにしっかりと視線を向けた。

「俺は先輩なんだぞ。後輩に荷物押しつけるだけなんて真似は出来ないんだ。だから、荷物持って貰う代わりに、俺はセイシュンを持とうと思ってな」

 なんか楽しそうに笑いやがる先輩に、オレは呆れてリュックを背負い直して見せた。

「肩痛いんだろ? 更に負担を大きくしてどうすんだよ。オレ別に誰にも言ったりしないから、気にする必要ないって」

 めんどくさい事を言い出した先輩を納得させようと、そう口にしたのだが、相手の反応は芳しくない。オレの真っ当な言い分は、楽しそうな顔をしかめっ面に変えてしまった。

「別にお前が誰かに言い触らすなんて思ってないよ。ただ、俺が嫌なんだ」

 こんなバカみたいな状況で、急に真面目なキリッとした顔すんな。ドキッとして腹が立ったので、こっちも負けじと睨み返した。

「肩が痛いのって荷物が重いからじゃなくて、リュックが無駄に食い込むからなんだよ。だから、それを助けてくれたら十分。そのお返しに俺がお前を背負うって言ってるんだ」

 全く意味が分からない。なんで荷物をどちらが持つかの話し合いで、荷物ごと相手を背負うなんて選択肢があるんだ。どう考えてもおかしいだろ。
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