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初デート!!
出来心
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少し寝ぼけた頭で周りを確認すると、すっかり片付いたシートの上、オレの隣で先輩も大の字になって気持ちよさそうに昼寝していた。
「二人揃って寝過ごしたら、野宿とかすんのかな」
ちょっと楽しそうだと思ってしまったが、食料がおにぎりしかないのは寂しい。現地調達で何か食えそうな食材を探すのも有りだろうが、きっと調理器具がないから難しいだろうな。
「テントとか飯盒とか持ってさ、キャンプしようよ」
寝袋があるんだから、探せばテントもあるに違いない。穏やかな寝顔にそう提案してみたが、寝ているのだから返事はなかった。
オレはそろりとシートの上を移動すると、先輩の寝顔をジッと観察出来る場所で、自然と正座していた。ゆっくりと上下する胸と、うっすらと開いた口から漏れる寝息から、その眠りの深さが窺える。
「先輩」
声をかけつつ、指先を先輩へと伸ばし、触れる直前で引っ込めた。さすがに触ったら起こしてしまうかもしれない。それは非常にもったいない。夕べは部屋に灯りがなかったせいで、ちゃんと堪能出来なかった先輩の寝顔だ。オレはそれこそ舐め回すように、先輩の寝顔をねっとりと眺める。
「…………オレは変態か?」
思わず自分でツッコミを入れてしまう。先輩を起こさないよう、もちろん小声で。
食欲を満たし、少しのうたた寝で眠気も覚め、当然の事のように体が熱くなっていた。こんなふうに先輩を見ていると、夕べを思い出して舌が何かを求めて落ち着きなく唇を舐める。
夕べの続きがしたい。
頭に浮かんだのは身勝手な欲求で、自分のツッコミはそんな本性を言い当てていた。自分を抑えられず、いつの間にか先輩の体に触れないよう、腕立て伏せの体勢を取っていた。
徐々に腕に負荷がかかり、先輩へと顔が近づく。「オレは何をしてるんだ」と正気に戻る前に、こちらを誘うように開かれた口を見てしまった。そこから漏れる吐息を感じてしまった。
先輩の無意識に開かれた唇の吸引力は凄まじく、この距離では逃げる事は出来ないと諦めた。理性を捨ててしまった。けれど、
「せい、しゅん?」
捨てた事を次の瞬間に後悔した。
頭の中が真っ白になる。すぐに離れればいいのに、眠たそうな先輩の目と動揺しまくったオレの目がバッチリ合ってしまい、それすら出来ず冷や汗ばかりが流れる。
「セイシュン……?」
寝起きの掠れた声ではなく、しっかりとした声が聞こえて、先輩の目が驚いたように大きく見開かれた。
先輩が覚醒した事を悟り、真っ白の頭が「ヤバイ」で埋め尽くされた時、突然、額に衝撃が走った。いきなり起き上がった先輩と正面衝突したのだ。目の前がチカチカするくらい強烈な頭突きに、オレは思わず先輩の横で頭を抱えて蹲る。
「すまん。大丈夫か?」
寝込みを襲おうとして罰が当たったんだ。他の誰でもない先輩の手……額で。なんとか大丈夫だと返事すると、先輩はもう復活したらしく、落ち着いた声で当然の質問をしてきた。
「いきなりで驚いた。どうしたんだよ?」
先輩は責めるつもりは毛頭ないのだろうが、後ろめたいオレにとっては、平然と居られない質問だった。どうしたって言われても……先輩の寝顔にちょっと変な気を起こして、バレなきゃ大丈夫と思ってキスしようとした……なんて、正直に言えるはずがない。
適当な答えが見つからず、なんとかスルーして貰えないかと窺うと、ジッとオレの答えを待つ先輩と目が合ってしまった。気まずい沈黙が辛くて、頭の中から見つけ出したそれらしい理由を渋々口にする。
「昨日、その……また、すごい迷惑かけたから……その、お礼とか……しようかなって思って」
「お礼?」
「お礼になんてならないかも、てか、普通にならないけど……前に先輩が言ってたから……しようかなって」
恥ずかしくて先輩の顔を見られなくなった。視線をシートに落として「ちゅーしようかなって思ってた」と蚊の鳴くような声で付け足すと、先輩はようやく理解したと言いたげな相槌を打った。
てか、本当の事を白状するより恥ずかしくなってないか、コレ。今すぐ逃げたい。このまま山の養分になって消えたい。泣きたいというより叫んで色々な物を吹っ飛ばしたい気分で項垂れていると、何故か先輩がいつもみたいにオレの頭に手をポンと置いた。
「お礼なら、もう十分してもらってるよ」
先輩の言うお礼がなんの事を指しているのか、一瞬分からなかった。けれど『お礼=キス』の図が完全に出来上がっているオレの頭では、そのお礼が即座に夕べの事へと繋がってしまう。一回をどこら辺で区切ればいいのか分からないような、そんな濃厚なキスを思い出して、つい先輩に縋るような目を向けてしまった。
けれど、先輩の表情からは、オレが考えているようなモノは全く見当たらなかった。そんなモノを丸ごと飲み込んでも濁らない、眩しいくらいに純粋な何かを先輩は言葉にする。
「今、こうやって付き合ってくれてるだろ。それだけで十分だ。あ、それだけじゃないな。放課後も一緒に遊ぶ計画練るの手伝ってくれた。それに俺の作ったおにぎり美味しいって言ってくれた」
自分が情けなくなった。先輩から照れながらも嬉しそうに「一緒にいるだけで十分」と言って貰える資格が、オレにあるんだろうか。ちょっと隙を見つけただけで、身勝手な欲求をぶつけようとするオレなんかに。
「だからな、お礼なんて考えなくていい。昨日の事は早く忘れちまえ」
素直に頷いてしまいそうになったが、先輩のペースに巻き込まれてしまう前に気が付いた。先輩の言ってる事は全てお礼になんてならない。恥ずかしさと情けなさが霞むくらい、オレの中で『何か』が大きくなる。喜怒哀楽が綯い交ぜになった『何か』に突き動かされて、オレは真っ直ぐに先輩を見た。
「勝手な事ばっか言うな」
思ってた以上に低い声が出た。先輩が不思議そうな顔をしている。オレは構わず、自分の中にある想いを吐き出す。
「今日ここに居るのも、放課後にジュース飲みながら駄弁ったのも、先輩の為にやった事じゃない。全部、オレがやりたかったから、やったんだ。勝手に『お礼』なんかにすんな、バカ」
オレだって、先輩と一緒にいるだけで、すごく嬉しいんだ。すごく楽しいんだ。それを何かのお礼だなんて思われるのは不愉快でしかない。そんな認識は取り消してもらう。
「だから、絶対に昨日の礼はちゃんとするからな!」
最後は怒鳴るような勢いになってしまったが、よく考えてみたら、夕べの事だって単純に「ありがとう」と言えるような出来事ではない。薬のせいだって言ってたけど、だからって承諾もなしに手コキ始めるとか無茶苦茶だ。
そりゃ気持ち良かったし、結果オーライな感じだけど、オレは先輩みたいに何もなかった事には出来ない。昨日の事を忘れるなんて不可能だ。
啖呵切った形になってしまったオレを困ったように見つめる先輩は、どうしたらオレが納得するのかと聞いてきた。その答えは自分でも驚くぐらい恥も外聞もなくスルリと口から出た。
「オレもやる」
「やるって……何をだ?」
首を傾げながら聞き返してくる先輩に、オレは突きつけるみたいにハッキリと何をするのか言葉にしてやった。
「夕べ先輩にしてもらった事、今からオレが先輩にする」
言い切った後、オレは呆然とする先輩をジッと見つめた。
「セイシュン、自分が何を言ってるのか、ちゃんと分かってるか?」
「当たり前だろ」
難しい顔になってしまった先輩からの問いに、簡潔に答えると、オレは一人立ち上がって、近くに置いてあったペットボトルの水を手に、その場を後にした。
少し離れた場所でしゃがみ込み、キレイな水を使って手を洗う。昼飯の前に川の水で、顔を洗うのと一緒に軽く洗ったのだが、一応と前置きするような水より、ちゃんと飲めるキレイな水でもう一度洗っておこうと思ったのだ。片手ずつ洗い、表裏と確認していると、指の先に見つけてしまう。爪の中に土が入り込んで汚れていた。
どうやって爪の中を洗おうか悩んでいると、先輩が近づいて来て、オレの横で同じようにしゃがみ込んだ。
ペットボトルを持ちながらでは、爪の中は洗えない。丁度良いので先輩に水道のように水を垂らしてくれるよう頼んだ。チョロチョロと流れ落ちる水で、何とか爪の中を洗おうとするのだが、自分の指先では限界があり、どうしても黒く汚れが残ってしまった。
こんな汚い手では触れない。ペットボトルの水もなくなり、汚れたままの自分の指先を眺めていると、別に手を使う必要もないかと考え直した。顔を上げて、心配そうな顔した先輩に、オレはそれを伝える。
「先輩、爪の間にさ、土が入って取れないんだ。ごめん」
「セイシュン、もういいから」
先輩が宥めるみたいに、オレの頭に手を伸ばそうとした。オレはそれを待たずに、予定変更を淡々と伝えた。
「手が汚れてて使えないからさ、口でやるよ。いいだろ?」
そう言い終わると同時に、オレの頭をかち割る勢いで、先輩の手刀が炸裂した。
「いってぇーだろが! いきなり何すんだ!」
「いきなり何言い出すんだ、お前は」
「何って、手ぇ汚れてて手コキ出来ないから、フェラでいいかって聞いただけだろ」
「いいわけないだろ! ちょっと冷静になれ、セイシュン」
再度振るわれた手刀は、文句すら口に出来ない程に強烈だった。頭がグラグラして、その場にぶっ倒れそうになったが、先輩が律儀に支えてくれる。先輩の手を借りて、シートの所まで戻ると、オレたちは向かい合って座った。
「セイシュンはカッとなると、何するか分からない所あるよな。俺は正直、かなり心配だ」
手刀のダメージから回復出来ていないオレに、先輩は呆れた声で呟く。
「なんでそんなに怒るんだよ。昨日は先輩だってオレにしたじゃんか」
「それはお前が強情だからだろ。やせ我慢して、苦しそうなセイシュンをそのまま放置は出来なかったんだ」
したくてした訳じゃない、そう断言されると余計にオレはこのまま引き下がれない。無性に悔しくて、礼どころか、恩を仇で返すような屁理屈をこねる。
「別にあのままでも大丈夫だった! てか、すっげぇ恥ずかしかったんだぞ! こんなの不公平じゃねーか! だから、オレもする。先輩にもこの屈辱をあじわわせる」
オレはそのまま先輩に飛び掛かった。もう色気もへったくれもないが、とにかく既成事実を作って観念させてやる。そう思い手を伸ばそうとして、オレは自分の置かれている状況があまりに予想外すぎて、思考が停止した。
視界いっぱいに広がるのは青いシート、伸ばそうとした手は動かない、地面に頬ずりする感覚がグイグイと背中を押される度に強くなる。先輩に飛び乗ったはずが、先輩に取り押さえられている状態だと気が付いて、ようやくオレは肩の痛みに声を上げた。するとすぐ拘束の手は離れ、起き上がるのを手伝ってくれる。
「…………ごめん」
痛みのあった肩や腕の辺りをさすっていると、「大丈夫か?」と声をかけてくれたので、オレはむくれながらも謝罪を口にした。先輩は何も言わずに、ちょっと乱暴なくらい力強くオレの頭を撫でた。
「オレなんかに迫られたら、迷惑だよな。ほんと、ごめん……嫌な思いさせた」
冷静になると、胸に穴が空いてしまったみたいに感じた。出て来る言葉も、どこかで投げ捨てた常識を必死で思い出しながら読み上げているみたいで、自分の中にはないモノだった。
「二人揃って寝過ごしたら、野宿とかすんのかな」
ちょっと楽しそうだと思ってしまったが、食料がおにぎりしかないのは寂しい。現地調達で何か食えそうな食材を探すのも有りだろうが、きっと調理器具がないから難しいだろうな。
「テントとか飯盒とか持ってさ、キャンプしようよ」
寝袋があるんだから、探せばテントもあるに違いない。穏やかな寝顔にそう提案してみたが、寝ているのだから返事はなかった。
オレはそろりとシートの上を移動すると、先輩の寝顔をジッと観察出来る場所で、自然と正座していた。ゆっくりと上下する胸と、うっすらと開いた口から漏れる寝息から、その眠りの深さが窺える。
「先輩」
声をかけつつ、指先を先輩へと伸ばし、触れる直前で引っ込めた。さすがに触ったら起こしてしまうかもしれない。それは非常にもったいない。夕べは部屋に灯りがなかったせいで、ちゃんと堪能出来なかった先輩の寝顔だ。オレはそれこそ舐め回すように、先輩の寝顔をねっとりと眺める。
「…………オレは変態か?」
思わず自分でツッコミを入れてしまう。先輩を起こさないよう、もちろん小声で。
食欲を満たし、少しのうたた寝で眠気も覚め、当然の事のように体が熱くなっていた。こんなふうに先輩を見ていると、夕べを思い出して舌が何かを求めて落ち着きなく唇を舐める。
夕べの続きがしたい。
頭に浮かんだのは身勝手な欲求で、自分のツッコミはそんな本性を言い当てていた。自分を抑えられず、いつの間にか先輩の体に触れないよう、腕立て伏せの体勢を取っていた。
徐々に腕に負荷がかかり、先輩へと顔が近づく。「オレは何をしてるんだ」と正気に戻る前に、こちらを誘うように開かれた口を見てしまった。そこから漏れる吐息を感じてしまった。
先輩の無意識に開かれた唇の吸引力は凄まじく、この距離では逃げる事は出来ないと諦めた。理性を捨ててしまった。けれど、
「せい、しゅん?」
捨てた事を次の瞬間に後悔した。
頭の中が真っ白になる。すぐに離れればいいのに、眠たそうな先輩の目と動揺しまくったオレの目がバッチリ合ってしまい、それすら出来ず冷や汗ばかりが流れる。
「セイシュン……?」
寝起きの掠れた声ではなく、しっかりとした声が聞こえて、先輩の目が驚いたように大きく見開かれた。
先輩が覚醒した事を悟り、真っ白の頭が「ヤバイ」で埋め尽くされた時、突然、額に衝撃が走った。いきなり起き上がった先輩と正面衝突したのだ。目の前がチカチカするくらい強烈な頭突きに、オレは思わず先輩の横で頭を抱えて蹲る。
「すまん。大丈夫か?」
寝込みを襲おうとして罰が当たったんだ。他の誰でもない先輩の手……額で。なんとか大丈夫だと返事すると、先輩はもう復活したらしく、落ち着いた声で当然の質問をしてきた。
「いきなりで驚いた。どうしたんだよ?」
先輩は責めるつもりは毛頭ないのだろうが、後ろめたいオレにとっては、平然と居られない質問だった。どうしたって言われても……先輩の寝顔にちょっと変な気を起こして、バレなきゃ大丈夫と思ってキスしようとした……なんて、正直に言えるはずがない。
適当な答えが見つからず、なんとかスルーして貰えないかと窺うと、ジッとオレの答えを待つ先輩と目が合ってしまった。気まずい沈黙が辛くて、頭の中から見つけ出したそれらしい理由を渋々口にする。
「昨日、その……また、すごい迷惑かけたから……その、お礼とか……しようかなって思って」
「お礼?」
「お礼になんてならないかも、てか、普通にならないけど……前に先輩が言ってたから……しようかなって」
恥ずかしくて先輩の顔を見られなくなった。視線をシートに落として「ちゅーしようかなって思ってた」と蚊の鳴くような声で付け足すと、先輩はようやく理解したと言いたげな相槌を打った。
てか、本当の事を白状するより恥ずかしくなってないか、コレ。今すぐ逃げたい。このまま山の養分になって消えたい。泣きたいというより叫んで色々な物を吹っ飛ばしたい気分で項垂れていると、何故か先輩がいつもみたいにオレの頭に手をポンと置いた。
「お礼なら、もう十分してもらってるよ」
先輩の言うお礼がなんの事を指しているのか、一瞬分からなかった。けれど『お礼=キス』の図が完全に出来上がっているオレの頭では、そのお礼が即座に夕べの事へと繋がってしまう。一回をどこら辺で区切ればいいのか分からないような、そんな濃厚なキスを思い出して、つい先輩に縋るような目を向けてしまった。
けれど、先輩の表情からは、オレが考えているようなモノは全く見当たらなかった。そんなモノを丸ごと飲み込んでも濁らない、眩しいくらいに純粋な何かを先輩は言葉にする。
「今、こうやって付き合ってくれてるだろ。それだけで十分だ。あ、それだけじゃないな。放課後も一緒に遊ぶ計画練るの手伝ってくれた。それに俺の作ったおにぎり美味しいって言ってくれた」
自分が情けなくなった。先輩から照れながらも嬉しそうに「一緒にいるだけで十分」と言って貰える資格が、オレにあるんだろうか。ちょっと隙を見つけただけで、身勝手な欲求をぶつけようとするオレなんかに。
「だからな、お礼なんて考えなくていい。昨日の事は早く忘れちまえ」
素直に頷いてしまいそうになったが、先輩のペースに巻き込まれてしまう前に気が付いた。先輩の言ってる事は全てお礼になんてならない。恥ずかしさと情けなさが霞むくらい、オレの中で『何か』が大きくなる。喜怒哀楽が綯い交ぜになった『何か』に突き動かされて、オレは真っ直ぐに先輩を見た。
「勝手な事ばっか言うな」
思ってた以上に低い声が出た。先輩が不思議そうな顔をしている。オレは構わず、自分の中にある想いを吐き出す。
「今日ここに居るのも、放課後にジュース飲みながら駄弁ったのも、先輩の為にやった事じゃない。全部、オレがやりたかったから、やったんだ。勝手に『お礼』なんかにすんな、バカ」
オレだって、先輩と一緒にいるだけで、すごく嬉しいんだ。すごく楽しいんだ。それを何かのお礼だなんて思われるのは不愉快でしかない。そんな認識は取り消してもらう。
「だから、絶対に昨日の礼はちゃんとするからな!」
最後は怒鳴るような勢いになってしまったが、よく考えてみたら、夕べの事だって単純に「ありがとう」と言えるような出来事ではない。薬のせいだって言ってたけど、だからって承諾もなしに手コキ始めるとか無茶苦茶だ。
そりゃ気持ち良かったし、結果オーライな感じだけど、オレは先輩みたいに何もなかった事には出来ない。昨日の事を忘れるなんて不可能だ。
啖呵切った形になってしまったオレを困ったように見つめる先輩は、どうしたらオレが納得するのかと聞いてきた。その答えは自分でも驚くぐらい恥も外聞もなくスルリと口から出た。
「オレもやる」
「やるって……何をだ?」
首を傾げながら聞き返してくる先輩に、オレは突きつけるみたいにハッキリと何をするのか言葉にしてやった。
「夕べ先輩にしてもらった事、今からオレが先輩にする」
言い切った後、オレは呆然とする先輩をジッと見つめた。
「セイシュン、自分が何を言ってるのか、ちゃんと分かってるか?」
「当たり前だろ」
難しい顔になってしまった先輩からの問いに、簡潔に答えると、オレは一人立ち上がって、近くに置いてあったペットボトルの水を手に、その場を後にした。
少し離れた場所でしゃがみ込み、キレイな水を使って手を洗う。昼飯の前に川の水で、顔を洗うのと一緒に軽く洗ったのだが、一応と前置きするような水より、ちゃんと飲めるキレイな水でもう一度洗っておこうと思ったのだ。片手ずつ洗い、表裏と確認していると、指の先に見つけてしまう。爪の中に土が入り込んで汚れていた。
どうやって爪の中を洗おうか悩んでいると、先輩が近づいて来て、オレの横で同じようにしゃがみ込んだ。
ペットボトルを持ちながらでは、爪の中は洗えない。丁度良いので先輩に水道のように水を垂らしてくれるよう頼んだ。チョロチョロと流れ落ちる水で、何とか爪の中を洗おうとするのだが、自分の指先では限界があり、どうしても黒く汚れが残ってしまった。
こんな汚い手では触れない。ペットボトルの水もなくなり、汚れたままの自分の指先を眺めていると、別に手を使う必要もないかと考え直した。顔を上げて、心配そうな顔した先輩に、オレはそれを伝える。
「先輩、爪の間にさ、土が入って取れないんだ。ごめん」
「セイシュン、もういいから」
先輩が宥めるみたいに、オレの頭に手を伸ばそうとした。オレはそれを待たずに、予定変更を淡々と伝えた。
「手が汚れてて使えないからさ、口でやるよ。いいだろ?」
そう言い終わると同時に、オレの頭をかち割る勢いで、先輩の手刀が炸裂した。
「いってぇーだろが! いきなり何すんだ!」
「いきなり何言い出すんだ、お前は」
「何って、手ぇ汚れてて手コキ出来ないから、フェラでいいかって聞いただけだろ」
「いいわけないだろ! ちょっと冷静になれ、セイシュン」
再度振るわれた手刀は、文句すら口に出来ない程に強烈だった。頭がグラグラして、その場にぶっ倒れそうになったが、先輩が律儀に支えてくれる。先輩の手を借りて、シートの所まで戻ると、オレたちは向かい合って座った。
「セイシュンはカッとなると、何するか分からない所あるよな。俺は正直、かなり心配だ」
手刀のダメージから回復出来ていないオレに、先輩は呆れた声で呟く。
「なんでそんなに怒るんだよ。昨日は先輩だってオレにしたじゃんか」
「それはお前が強情だからだろ。やせ我慢して、苦しそうなセイシュンをそのまま放置は出来なかったんだ」
したくてした訳じゃない、そう断言されると余計にオレはこのまま引き下がれない。無性に悔しくて、礼どころか、恩を仇で返すような屁理屈をこねる。
「別にあのままでも大丈夫だった! てか、すっげぇ恥ずかしかったんだぞ! こんなの不公平じゃねーか! だから、オレもする。先輩にもこの屈辱をあじわわせる」
オレはそのまま先輩に飛び掛かった。もう色気もへったくれもないが、とにかく既成事実を作って観念させてやる。そう思い手を伸ばそうとして、オレは自分の置かれている状況があまりに予想外すぎて、思考が停止した。
視界いっぱいに広がるのは青いシート、伸ばそうとした手は動かない、地面に頬ずりする感覚がグイグイと背中を押される度に強くなる。先輩に飛び乗ったはずが、先輩に取り押さえられている状態だと気が付いて、ようやくオレは肩の痛みに声を上げた。するとすぐ拘束の手は離れ、起き上がるのを手伝ってくれる。
「…………ごめん」
痛みのあった肩や腕の辺りをさすっていると、「大丈夫か?」と声をかけてくれたので、オレはむくれながらも謝罪を口にした。先輩は何も言わずに、ちょっと乱暴なくらい力強くオレの頭を撫でた。
「オレなんかに迫られたら、迷惑だよな。ほんと、ごめん……嫌な思いさせた」
冷静になると、胸に穴が空いてしまったみたいに感じた。出て来る言葉も、どこかで投げ捨てた常識を必死で思い出しながら読み上げているみたいで、自分の中にはないモノだった。
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