圏ガク!!

はなッぱち

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反逆の家畜

喧嘩両成敗

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 先輩の声を聞いていたのだろう、スバルが必死で体を揺らし抗議の声を上げる。先輩の足首に噛みつこうとするスバルを逆方向へ転がし、オレはそうじゃないと訂正する。

「先輩には預かって貰ってるだけだ。オレがお前から取り上げたんだよ、あの凶器一式」

「は? なんでえべっさんが?」

 転がったスバルは更に自分で回転を加え、器用にこちらへ視線を向けてオレをジッと見つめてきた。

「先輩から聞いたんだよ。お前が刃物持って追いかけて来るって」

 別に悪いとは思っていないが、こう目線が上からになってしまうと、妙な罪悪感が芽生えるので困る。床に顎を置いて一休みするスバルは、そんなオレを見上げ、何か悟ったような賢しい顔をした。

「そんなに欲しいならやってもいーよ。なに? えべっさんも好きなの、あーゆうのん」

「好きじゃねーよ! 欲しくもねーよ! 先輩が迷惑してたから、なんとかしたかっただけだ!」

 あと凶器隠し持ちながら人に飛びついてくるな。オレが反論すると、スバルは小学生みたいにブーブー文句を垂れだした。もう相手するのも面倒なので、このまま先輩に届かないこの場所で放置しようとした刹那、

「ふざけた事しやがって、クソガキがぁ!」

自分の腹や胸を反らしゆらゆらと揺れていたスバルの頭が、オレの目の前で蹴り飛ばされた。

 カッと熱くなったと言うより、サッと冷たくなった。思考が吹っ飛び、目の前でスバルを再び蹴り上げようとする足に、体が自然と絡みつく。不意に足を掬われ、無様に床へと尻を付く巨体に飛びかかる。視界の端に見つけたスバルが握っていたフォークが伸ばした指先に触れ、それを握り込む。暴れる豚の上に馬乗りになり、その体へ思い切り握ったフォークを突き立てた。

「セイシュン!」

 ふいに先輩の切羽詰まった声が聞こえた。先輩の声で、ようやく我に返る。ふと気持ちの悪い乗り心地に視線をやると、怒りに様々な何かが混ざり込んだ壮絶な表情をした笹倉がオレを見上げていた。軽く見る限りには、その体にフォークは突き刺さってはいない。不思議に思い自分の腕を意識すれば、振り上げたままピクリとも動かない。気怠く視線をそちらにやれば、髭がオレの腕を掴んでいた。

「喧嘩にしょーもないもん持ち込むなや。やるんやったら身一つでやらんかい、阿呆が」

 腕が抜けるんじゃないかと思うくらいの力で引っ張り上げられる。オレが笹倉の上から立ち上がると、髭は笹倉の襟ぐりを掴み、こちらも同じように立ち上がらせた。

 笹倉と対峙したオレは、自分でもゾッとするくらい苛ついていた。目の前にも同じような感情が渦巻いているのが分かる。

 脂ぎった顔が紅潮し、気色の悪い顔が不気味さすら感じさせるからだ。正面からの殴り合いか……この重量級相手に分が悪すぎるな。そう理解しているのに引く気がまるでない自分が笑える。そんなオレを見て、笹倉は更に顔を面白可笑しく歪めて見せた。

 次に奴が汚らし息を吐いたら仕掛けよう、そう考えていたのに突然オレらの間に髭が割り込んできた。

「お前の話はもう十分や」

 笹倉と対面する髭の背中越しに相手を見ると、さっきまで蛸のようなドス黒い赤色だった顔色が、見る見る内に白くなっていった。

「誰の前に居んのか、よう考えてから行動せぇや」

 髭が軽く腰を落とし拳を構えたように見えた瞬間、ドンッという重い何かを殴る音が聞こえた。それに続くのは、笹倉の苦しそうな呻き。その場で堪らずへたり込んだ奴は、無様に嘔吐し出す。床にびちゃびちゃと汚らしくまき散らしながらも、その呻きは止まらない。

 髭は一撃入れるとすぐに距離を取ったようで、絶賛リバース中のその被害は免れていたが、当然のようにオレの方へと向き直っていた。次はお前だと言わんばかりの髭は、オレを見据えている。

「…………腹に力入れとけ」

 迷うような間の後、アドバイスだろうか、髭はそんな事を言った。壁に穴を開けるという、噂のパンチをお腹へ頂けるらしい。

 先輩の方へ助けを求めてしまいそうな視線をしっかり目の前の番長へ固定する。先輩が助けに入ってくれるんじゃないかという甘ったれた考えを捨てる。

 オレは覚悟して番長に小さく頷き、グッと奥歯を噛みしめ、腹筋に力を入れて衝撃に備えた。

 この学校に来て既に何度か殴られているし、ここに来る前にも大の大人から思い切り殴られた事もある。今までも痛い思いは多少してきたのだ。何を言いたいのかと言うと、喧嘩両成敗で番長から受けた一撃が、筆舌に尽くしがたいほど強烈で、このままでは笹倉の二の舞いになりそうだという事だった。

 とりあえず、その場に立っていられず蹲る。ドンと響いた腹への衝撃が波紋のように広がり、胃を裏返したような無茶な痛みと一緒に、その中身を上部へ押し上げる。あんな無様だけはしないと必死に押し止めれば、気持ちの悪さが胸だけにはおさまらず、頭の方にまで昇ってくる。

 グルグル回り出した視界に平衡感覚をやられて、体のバランスが崩れた。膝を付くだけでは済まず、揺れる視界に映る床が近くなる。

 笹倉が吐いたゲロが飛んでるかもしれない床に倒れるのは嫌だった。けれど、体はオレの思い通りにはならず、重力に逆らう事なく落ちて行く。

「セイシュン」

 床にダイブする直前、先輩の声が耳元で聞こえる。どんなに気持ちが悪くても、そこだけは澄んでいる気がして不思議だった。倒れそうだった体を先輩が支えてくれる。

 先輩はそのまま、オレを近くの椅子へと連れて行ってくれた。椅子に腰掛けてからも、腹の痛みでまともに座れず、腕で腹を抱えるようにして体を机に預けた。俯き顔が他の奴に見られる事がないようにして、オレは噛みしめていた歯から力を抜く。

 少しでも大きく呼吸をすると、呻いてしまうくらい痛みが酷くなり、自然と涙が出た。

「いつまで私の視界を汚すつもりだ。早く片付けろ」

 会長の不機嫌そうな声が聞こえるや、生徒会の連中が慌ただしく掃除を始めた。笹倉の巨体を引きずる音だろう、死体でも運んでいるような妙な音が横を通っていった。

「真山、羽坂。セイシュンも辛そうだ。医務室へ連れて行っていいか?」

 情けなく呻くオレを見かねて、先輩が二人にそう提案してくれた。会長が難色を示していたが、そこへ予期せぬ援護が入る。

「ここは僕が引き受けますので、金城先輩は夷川をお願いします」

「私の意見を無視か。偉くなったな、葛見」

「旦那様は元より貴様など足下にも及ばぬ程に優れた人よ! 無礼を詫びろ、この盗人が!」

 声だけで状況を読み取るに、会長に執事モドキが激怒しているようだ。しかし生徒会長が盗人とは、何か理由あっての事なんだろうか?

 会長は応戦するつもりなのか、怒れる執事を宥める寮長の努力を無に帰すような攻撃的な言葉を次々に吐いた。その場がヒートアップする中、髭がこちらに向かって「かまへん、もう去ね」と短く伝えてくる。

 何一つ処分も決まっていないのに、いいのだろうかと思わなくもないのだが、これ以上殴ると言われたら、形振り構わず先輩に泣きつく事になると思うので非常に助かった。

「セイシュン、立てるか?」

 先輩の優しい声に精一杯の強がりを返す。目元を拭い、テーブルを支えに立ち上がる。よろつく足下に気合いを入れ、そろそろと足を進めた。慎重に動いていたせいか、先輩に先導され食堂を出ようという時、オレは大きな忘れ物に気が付く事が出来た。

「先輩、スバルが」

 先輩が困ったように笑ってオレを見た。そして「分かった、連れてくるよ」と言って食堂内に戻り、縄を外したスバルを肩に担いで連れて来てくれた。ホッとした反面、鼻血で悲惨な事になっているスバルを触ったせいか、先輩の服を汚してしまって申し訳なく思った。オレが背負えたらよかったんだけどな。

 食堂を出ると先輩は、空いた方の手でオレの体を支えてくれた。肩に添えられた手のひらが温かくて、ふらふらと体を丸ごと預けてしまいそうになるが、情けないので必死に堪えた。

 大した距離ではないのに、腹に響かないよう慎重に歩いたせいか、時間がかかってしまった。医務室の前まで来ると、中から笹倉を引きずって運んだらしい生徒会側の奴らと出くわした。オレやスバルを見る目は険しかったが、先輩が居るせいか、そいつらは軽く頭を下げて食堂へと戻って行った。

「まぁた返品かぁー」

 出て行った奴らと入れ替わりに医務室へ踏み込むと、裏返った独特の甲高いジジィの声が飛んできた。運び込まれた笹倉が横になっているのだろう、一番端のベッドのカーテンを遮るように閉め、便所サンダルの底を摺りながら膝を上げずに前進するジジィは、オレとスバルを酔いの回った虚ろな目で確認すると、面倒臭そうに治療台の方へと手招いた。

 先輩がスバルを治療台へと寝かせると、ジジィは明らかに診察目的ではなさそうな手つきで、スバルの体を探り出した。ポケットというポケットに二度三度、その短い指を突っ込み、おかしいという顔をして首を傾げては、スバルを裏返してみたり戻してみたり。

「サラミなら、盗られてなくなったって騒いでたから、もうないと思う」

 オレがそう伝えてやると、ジジィは悲しそうな顔してようやくスバルの悲惨な顔に目をやった。……酔っ払ってるとは言え、怪我人を相手によく追い剥ぎみたいな真似出来るな、このジジィ。

「こりゃ鼻血やねぇ。もう止まっとるし、あぁー鼻も折れとらん。はあはあ、そやな、大丈夫やで、寝とるだけやなあ」

 妙な相槌を打ちながらスバルの血まみれの鼻をギュッと摘まむと、血で汚れた手を洗面台で洗い流し、近くにあった台車から震える指でピンセットを操り、いくつも床に脱脂綿を落としながらもスバルの血を拭っていく。ストックしてあった分では足らなかったらしく、床に落ちたのを拾って使いやがったが、傷口がある訳でもないので大丈夫だろうとスルーした。消毒液が染みこんでるモンだしな。

 スバルの処置が終わり、先輩にベッドへ運ぶよう指示すると、ジジィはオレに診察台に座るよう言った。腹を抱えるオレを見て、ジジィはまたはあはあと相槌を打ちながら、薬が置いてある棚から一つの瓶を取って来ると、適当にザッと中身を手のひらに出しこちらへ差し出した。

 とりあえず受け取ってみると、独特の臭いの有名な腹痛用の薬だった。こうゆう薬って、鎮痛効果とかもあるんだろうか……正直、半信半疑だが少しでも効果があるなら、規定されている使用量より見るからに多くても飲んでしまいそうだ。
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