圏ガク!!

はなッぱち

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家畜生活はじまりました!

家畜も色々

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 反省室から出た翌日。

 新入生は入学式を迎える前に校舎へと召集され、丸一日かけて校内の大掃除をさせられた。床の掃き拭き掃除にはじまり、蛍光灯に積もった埃の除去、窓拭き、カーテンの洗濯にトイレ掃除。運動場や体育館も範囲に含まれ、せいぜい百人程度の人手で、全て終わるのか疑問だったが、その心配は無用だった。

 元から新学期が始まるまでに、完了するスケジュールを組まれていたからだ。なんとか初日のノルマをクリアして自室に戻ってみると、部屋のど真ん中で大の字になって寝ている由々式がオレたちを出迎えた。

「燃え尽きたべ」

 夕べの内に帰って来るだろうと思っていたのに、一晩をあの場所で過ごしたらしい由々式は、その言葉通り、精も根も尽き果てた様子で、その日は目を開ける事はなかった。

 真ん中に居座られて邪魔だなと思ったオレたちは、由々式を隅の方へ転がして自分たちの布団を敷いて、早々に床に就いた。夕べもそうだったが、体を使ったり頭を使ったりすると、部屋が暗くなると同時くらいに眠気がやって来て、初日のような眠れずに天井を眺めて過ごすような事はなかった。オレと同様に、皆元と狭間もすぐに眠りに落ちたようだった。

 オレと由々式が初日にやらかした事は、新入生全員に知れ渡っており、今日の作業分担で、オレらの班は当然のようにキツイ場所を割り当てられていた。

 ここに来て二日目だというのに、すでに一年の中にも、あれやこれやと仕切りだす奴が出てきていたのには驚いた。ふむ……思い出したら、また苛々してきた。せっかくの眠気が逃げていきそうだったので、明日またゴチャゴチャ言い出したら迷わず殴ろうと心に決め、瞼を閉じた。

 それから数日かけて、校内を掃除しまくった訳だが、少し期待していた場所の掃除は出来なかった。先輩の部屋がある一帯はしなくて良いとの事だったからだ。その部屋のある階へと続く階段にはご丁寧に封鎖を示すテープまで貼られてある。

 監視役の二年にさりげなく聞いた限りでは、あの階を使用出来るのは、三年の特権ならしく、下級生は招かれない限り足を踏み入れてはいけないらしい。『見つからないように』と言っていたのは、それが理由みたいだ。

 近くまで来たんだし、顔くらい見たいと思ったんだが、それは叶いそうになかった。これ以上、狭間や皆元に肩身の狭い思いをさせられない。……ただでさえ初日のあの騒動のせいで、一年の中でお山の大将やり出した奴に目を付けられてしまっているからな。

「なんじゃ! あいつは! おさげに眼鏡の委員長属性か! 男がそんな姦しいもん、ぶら下げんじゃねーべ! うっとおしい!」

 これは由々式の談だが、確かに委員長とかそうゆう見るからに小者臭が半端ない感じの奴だった。圏ガクのイメージとは大きく離れているが、今年の新入生は大人しめな奴が多いのか、それに力で異を唱える者は今の所、見当たらなかった。

 その第一号に自分がなってしまいそうで、ちょっと気が気じゃないんだが、上級生相手にケンカ売るのとは違って、一年同士ならそんなに問題にはならないだろう。

 反省室で共に過ごした、もう一人は、掃除期間中は全く姿を見かけなかった。

 まあ、スバルの事だから、外に出たら出たで分からないはずがないと思うので、まず間違いなく髭の、じゃないな、番長の言った通り、ずっとあの独房に居るのだろう。一晩あの場所で過ごした由々式の愚痴を聞いていると、多少気の毒でもあるのだが、それ以上に出てきた後の事が心配だった。

 数日で記憶が曖昧になったりしないよな……オレの事はやっぱり覚えてるのかなーとか、頭を天井にでもぶつけて記憶吹っ飛んだりしてないかなーとか、本当に切実な思いが日に日に募る。

 こんな感じで、オレたちは入学式を迎える前から家畜らしく馬車馬のように働いた。そして、疲れの残った冴えない顔をずらりと並べて入学式を迎え、圏ガクでの高校生活をスタートさせた。

 自分の運のなさに愕然としたのは、クラス発表の紙に書かれた自分の名前を見た時だった。もちろん、好ましくない字面だなぁとか、そういったどうしようもない手合いの物ではなく、その下に見間違いようのない危険人物の名前を見つけてしまったのが原因だ。同じクラスってだけでもアレなのに、出席番号が前後とか最悪だった。

「えべっさん、シャー芯ちょーだい」

 馴れ馴れしく肩を叩いてくるスバルに辟易しながら振り返ると、初日に見た姿とはガラリと変わった奴と目が合う。

 化粧っ気はまるでなく、けれど元から白いのだろう、何も塗りたくらなくても小綺麗な顔は、初日よりも女っぽく見える。髪も無造作にあちらこちらハネていて、かなりクセのある髪質なのかもしれない。

 何かこだわりがあって付けているものだと思った装飾品は一つとして見当たらず、その耳たぶには無数の穴だけがある。この通り、見た目的には普通になった訳だが……。

「何に使うんだ?」

「消しゴムにどれだけ刺せるか挑戦中!」

 手のひらの上に、既にハリネズミと化した消しゴムを乗せ、オレの目の前に突きつけてくる。小学生みたいに無邪気に遊んでくれている分には問題無い。適当にあしらえばいいだけだからな。ただ、それだけで終わらないのがスバルだった。

「遊ぶな! 貸すぐらいならいいけど、ちゃんと返せよ。オレだって使うんだから」

 筆記具の中から、シャーペンの芯を取りだしながら言うと、スバルは「それは無理かもねん」と愉快そうに嗤って見せた。

「これ完成したら、向田にぶち当ててー泣かす予定だからぁー」

 一瞬で表裏が逆転するこいつの表情を見ていると、毎度の事ながらギョッとする。その矛先が自分に向いていなくとも、そこから波及する何らかの害は確実に被る訳で、オレは事前にそれらの芽を摘み取っておくことにした。

「向田に投げつけるのは、オレの消しゴム千切った奴にしとけ。ほら、新しいのやるから、それ没収な」

 スバルの手から、きっとオレら一般人が想像も出来ないような使われ方をするだろう凶器を回収して、まだ一度も使っていない真新しい消しゴムを置いてやった。

 新しい消しゴムの角にうまく興味を移せたらしく、スバルは楽しそうに机の上を擦り出した。小学生がやるような暇つぶしを今でも没頭出来るのは、ある意味尊敬に値する。童心を持ち続ける狂人ってのは、御しやすいんだかなんだか……まあ、あまり今の状況に慣れて、危機感が薄まらないよう気をつけなければとは思う。

「お前ら、そう刺激してやるな。また派手にぶつかる事になるぞ」

 オレらの元へ皆元が苦笑いで苦情を言いに来た。スバルは消しゴムのカスを生産中でそれを無視したが、オレは皆元がやって来た方向へ視線をやり、思わず舌打ちする。

 ことある事に、初日にオレと由々式がやらかした事を盾に取り、絡んできていたお山の大将の向田君がこっちを睨み付けていた。向田の周りには、同じように癇に障る顔を並べて、数人が今にも殴りかかってきそうな雰囲気を漂わせている。本当に面倒な連中だった。

 入学前の清掃期間中に、あまりにも酷い采配をするものだから、結局つい手が出てしまったのだが、それは奴が悪い。向田の押しつけた無理難題を狭間が容赦なく片付けていったのが気に食わなかったらしく、次々に出される意味不明な指示に付き合っていたオレと皆元が、同時にキレてついボコってしまったのだ。

 それを根に持ってか、入学初日、はじめて教室に足を踏み入れた時、オレは向田とその取り巻きにいきなり襲われた。何発か殴られたが、その騒ぎを聞きつけて、スバルが乱入、皆元が乱入、あと多分オレらと同じように向田たちが気に入らなかった連中が乱入してきて、大乱闘になった。

 先輩たちには何も指導はされなかったが、入学式前だったせいもあって、教師陣からはかなり怒られ、向田が積み上げようとしていた学校側からの信頼をきれいさっぱり洗い流した。それも気に入らなかったらしく、自分から仕掛けたくせに、その事は棚に上げにし、オレらのせいだとのたまった。

 そういう経緯があり、たった一週間しか経っていないというのに、教室内では大きな確執が生まれているのだ。

 たった三十五人しかいない教室で、こうも簡単に派閥めいたモノが出来上がる事には、心の底からどうでもいいが感心はしてしまった。

 まあ、それだけ何も無いって事なのかもしれない。娯楽品の大半が没収されてしまった一年が持ってるモノと言えば、自分の身一つで、それを使って出来る事は限られている。健全に部活でスポーツに打ち込むという選択肢もあるが、こっちはこっちで上級生の憂さ晴らしという役割が付属してくる為、あまり人気はないそうだ。

 そうなると、自己顕示欲も都合良く満たせて、時間が潰れるモノというのは、ケンカや小競り合いになってくる。向田はそういう気質がやけに強く、そのやり玉に挙げられたのが、都合良く初日に問題を起こしたオレやスバルという訳だ。ちなみに由々式はクラスが違うので、この被害には遭っていないらしい。羨ましい限りだ。

 本当だったら、清掃期間中の事をお互い軽く謝って、静かに過ごしたかったのだが、スバルと席が前後になってしまったおかげで、どうもコイツと連んでいると認識されてしまったのも大きな原因だろう。

 その日の気分で周りに危害を加えるスバルの蛮行に荷担していると思われているようで、クラスの半分くらいはオレにも敵意を剥き出しにしてくる。

 殺伐とした毎日は、正直な所かなりウンザリはするのだが、結果として退屈とは無縁の毎日を送っていた。良いのか悪いのかは、全く分からないが、そのせいで行きたい所に行けず、多少苛ついたりはしているかもしれない。

 あの暢気な先輩の姿をこの一週間、全くお目にかかっていないのだ。けれど、皆元に次の授業で出ていた課題のプリントを渡しつつ(丸写しをするらしい)、ぼんやりと中庭を挟んだ特別教室が集まる特別棟の方を眺めていると、視界の端に先輩らしき姿を発見して、一気にテンションが上がる。

「夷川、今日の放課後ちょっと付き合えよ」

 先輩がこっちに気付かないかなと、念を送りながら視線で追いかけていると、突然オレの肩を誰かが無遠慮に掴んだ。
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